ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


プロレス同好会、動き始める

帝国暦九十三年 神帰の月・女神の日(現代暦:十二月中旬)

 この日の放課後、ラムリーザは気がつけば、いつもの仲間たちに一人取り残されていた。厳密に言えば教室にはまだ数人残っているが、特に親しくないクラスメートが、ぽつぽつ残っているだけだ。

 ジャンとリリスは、降竜祭実行委員の集まりにさっさと出かけてしまった。リゲルも、降竜祭の準備が始まってからはリリスやジャンが軽音楽部に来ないため、今日はロザリーンと天文部に顔を出している。

 レフトールは子分たちとつるんで教室から姿を消すことがあり、今日も最初からいなかった。

 ユコとソニアに至っては、ユコが「ココちゃんが三十三体になりましたの」などと余計なことを言ってしまった。そのため、まだ二十一体しか集めていないソニアは、帰りのショートホームルームが終わると同時に、ごんにゃを目指して教室を飛び出していった。ユコもそれを追いかけている。

 ココちゃんが二十一体で不十分というソニアもおかしいし、三十三体も集めるユコも大概だ。そもそも競争するように駆け出したのはよいが、どうせ駅で汽車を待っていれば、同じ汽車に乗ることになる。

 どちらかが一便早い汽車に乗れた場合だけは差がつくのだろうが、どうせ一杯しか食べないのなら店に行くまでの時間など関係ない。いろいろとツッコミどころがあるが、彼女らにいちいち突っ込んでいたらきりがない。

 そんなわけで、のんびり構えていたラムリーザは、あっという間に一人取り残されてしまったわけだ。

「忙しないなぁ、みんな。そんなに急いで生きる必要もなかろうに……」

 微妙に哲学チックなことをつぶやきながら席を立って教室を出ると、珍しく一人で廊下を歩いていく。こんなときにケルムさんと出くわしたらめんどくさいなぁ、などと考えながら。

 そのときラムリーザは、気になる部屋が目に留まった。

 そこは小さな部屋で、普段なら「1-2」などと教室番号が記されているプレートに、「プロレス同好会」と書かれている。

「こんな小さな部屋で、何をやるんだろう?」

 ラムリーザはそう思って、扉に手をかけた。この部屋の広さだと、プロレス用のリングを設置することはできないだろう。

「んん?」

 ラムリーザが扉を開けると、部屋の中央には折り畳み式のテーブルが置かれ、その周囲にパイプ椅子が並んでいた。その一つに座って何かを書いていた生徒が、こちらへ顔を向ける。

「なんだ、ラムリーザか」

「ベイオ、だったね」

 そこにいたのは、プロレス同好会で部長――いや、同好会だから会長か?――を務めているベイオ・オレクサンダーであった。

 部屋は普通の教室よりも、二回りほど狭い。横幅は折り畳みテーブルとその左右に置かれたパイプ椅子、その後ろを通れるぐらいの広さだ。正面の壁には大きな窓が一つ。片側の壁には学校らしく黒板があり、その反対側にはスチールラックが置かれているだけの、シンプルな部屋だった。ほかにあるのは、掃除用具入れぐらいだろうか。

「入部してくれる気になったってことでいいのかな?」

「んや、ちょっと気になったから覗いてみただけだよ」

「気にはなってくれたんだね、まあ掛けろよ」

 ベイオは、椅子を指差して座るよう促してくる。ラムリーザは、どうせ暇だし、少しだけ活動を覗いていくかと思い、言われるままに席についた。

「プロレス同好会にしては、なんだか文化的な空間だね」

「まぁ、同好会レベルで大きな部屋を貰えるわけないし、ここはここで使えるから今はこれでいいさ」

 ラムリーザがイメージするプロレス同好会の部室に、もっとも近いものといえば、ゴジリが経営する格闘技ジムだった。あそこもバクシングだけでは人が集まりにくいらしく、最近では格闘技全般を扱っている。

 プロレスもバクシングも、リングを使うという点では同じだし、そのリングの形状も似たようなものだから問題ない。ラムリーザが認識している大きな違いといえば、バクシングはロープワークを使わないのでロープが緩めになっており、プロレスはロープの反動を使った技もあるので、しっかりと張っているという違いぐらいか。

「トレーニング器具もないし、こんなところで何をやっているんだ? 読書?」

「そんなのは文芸部にでも任せておけって。そうだなぁ、物語を作っている――かな?」

「やっぱり文芸部じゃんか」

「まぁそうなるかな、アングルって知っているかい?」

「角度とか?」

「違う違う、プロレスはただレスラー同士が戦うだけでは成り立たないのさ。戦う意味というか、その戦いに至るまでの経緯とか、そういった物語をアングルって言うんだ」

「ほへー」

 ラムリーザも、ジャンやリゲルから聞いていたので、プロレスが単なる真剣勝負ではなく、技を受け合いながら物語を見せるものだということは、なんとなく理解していた。

 つまり、ベイオはここで将来プロレス団体を立ち上げるときに向けて、いろいろと戦いの物語を思い浮かべてはノートにまとめているのだった。

 ノートには、未熟ながらも熱のこもったアイデアが、びっしりと書き込まれている。技の名前や、入場シーンの演出まであった。器具もリングもない四畳半ほどの空間で、彼の頭の中には確かに満員の観客と熱狂のリングが広がっているようだった。

「他のメンバーは来ないのかい?」

「ヤンブットはどこかで自主トレーニング中。まぁ今は自主トレぐらいしかできないけどな。ジャンは降竜祭実行委員だし、マックスウェルは時々しか来ないなぁ……。まぁレフトール一味だから、あまり当てにはできないのはわかってるけどね」

「いや、今日は来てやったんだな」

 突然ドアが開いて、部室に入ってきたのはレフトールの子分第一号マックスウェルであった。

「ほう、今日は真面目に出てきたな」

 ベイオは感心してみせるが、ラムリーザはとりあえず突っ込んでおいた。

「レフトールもだけど、帰りのショートホームルームどころか、午後の授業からいなかったよね?」

「昼休みにみんなとカードゲームやってたらなかなか勝負がつかなんでさ、気がついたら放課後だったんで部室に来てみたんだな。レフも部室に行くか、とか言っていたけど、ラムリーザはここにいて大丈夫なんか?」

「あーまー、せっかくレフトールもやる気出してくれたのはありがたいけど、たぶん降竜祭が終わるまでは、軽音楽部の活動もあまりないと思う。いや待てよ、ユグドラシルさんから降竜祭で演奏する曲の練習を頼まれていたような……?」

 ラムリーザは、そこで大事なことを思い出した。ユグドラシルが持ち込んだ降竜祭のテーマソングを、当日に生演奏し、歌うことになっていたのだ。

 ジャンとリリスが参加できないからといって、フリーダムに過ごしている場合ではなかったのだ。

「ん? なんか珍しいもの持ってるんだな?」

 マックスウェルは、ラムリーザが腰にぶら下げているブランダーバスを見つけてひょいと取り上げた。ラムリーザは一瞬、あ、それは、と思ったが、昨日の成果を試すべく黙っていた。

「君には扱えないよ」

 だから、それだけ言っておいた。

 マックスウェルは、構え方を探るようにブランダーバスをいじってみる。銃口を窓のほうに向けて、グリップを握って引き金に指をかける。

「銃口を窓に向けるなよ。弾は入っていないけど、そういう癖はつけないほうがいいよ」

 ラムリーザがそう言うと、マックスウェルは「あ、そうか」と言って、銃口を少し下げた。しかし――

「んん? ここは動かないんだな」

 その台詞を聞いて、ラムリーザはしめたものだと思った。

 想定通り、ラムリーザほどの指の力を持たないマックスウェルには、引き金を動かせなかった。引き続き使い方を探ろうと、あちこち触って確かめているが、少なくとも引き金が勝手に動く心配はなさそうだ。

 もちろん学校に実弾を持ち込むつもりはなく、今日は最初から弾を込めていない。改良したばかりなので、しばらく携行したときの扱いやすさを確かめるつもりで腰に下げていた。本来なら護身具として活用したいところだが、命中率が不安定では事故につながりかねないので自重していた。

 ただし、ブランダーバス自体がまだ一般には知られていないため、周囲の生徒も、ラムリーザが何か変わった道具を腰に下げている程度にしか思っていない。

「そんなことより、真面目に部活出ているんだね」

 ラムリーザは、マックスウェルについてはそれなりに付き合いがある。レフトールに連れられてではあったが、夏休みのキャンプにも同行した仲である。

 それに、彼はそれほど荒っぽい性格でもない。レフトールと腐れ縁でもなければ、意外と真面目な学生であったかもしれないのだ。

「悟ったんだな」

「悟り?」

「馬鹿なことばかりやってないで、ちゃんとした部活に参加することにしたんだな」

 普通に真面目な生徒であった。「朱に交われば赤くなる」という言葉もある。マックスウェルも、交わる相手が違えば、また別の生き方ができるのかもしれない。

 もっともラムリーザは、レフトールにもいいところはあると考えていたが。

「それじゃあもうちょっと参加する日を増やしてくれたら助かるね」

 それでも、飛び飛びの参加では、ベイオとしても満足できないようだ。

「レフがわかってくれねーんだな。番長に部活は似合わないとか勝手に思い込んでいてさ。それに、こんな狭い部室だと、プロレスの練習できないっしょ?」

「それを言われると辛いところだが、いずれは部として認めてもらって、専用のトレーニングルームを手に入れてみせるよ。そこでだ――」

 ベイオは、再びラムリーザのほうへ向き直って言った。

「マックスウェルも真面目にやろうとしているんだ。ラムリーザもこっち来いよ」

「いや、僕はバンドを真面目にやって――いるのかなぁ?」

 軽音楽部はすぐ雑談部に化けるし、今は集まりも悪い。そう考えると、ラムリーザは思わず口ごもった。だから「ソニアが怒るからやめとくよ」と答えておいた。

「ふ~む、ソニアね。あの賑やかなのか」

「それで、物語ってどんなのかな?」

 ラムリーザは、ベイオの口調にどこか含みを感じたので、話をそらすように、ベイオが今書いていた「物語」について尋ねてみた。

「う~む、部長の俺がエースでいいのかわからないが、ヤンブットが対抗馬、マックスウェルはハンマー攻撃やりたいとか言うから悪役で。ジャンは掛け持ちだ何だでマックスウェル以上に出てないから、この際予備役扱いで……。今のメンバーじゃ、そのぐらいしか組めないんだよな」

「ジャンねぇ、彼は普通にもう働いているようなものだからね」

「最低六人は欲しいかな。それならシングルマッチも、タッグマッチも、六人タッグもできるんだ」

 実際ラムリーザの所属する軽音楽部にも、ジャンは所属している。しかし、一緒に練習に参加するのは稀で、放課後の大半は自分の店の経営に力を入れている。

 もっとも彼の店のおかげで、ラムリーザたちは活動の場や収入を得ているので、彼を悪くは言えない。むしろ感謝している。

「例えば――俺とラムリーザの決戦が組まれていたとする」

「いや、だから僕はプロレスは――」

「俺がリングで待っているのに、ラムリーザはなかなか入場してこない。よく見ると、ハンマーを持った何者かがラムリーザを襲撃している。そいつはひとしきり暴れると、さっさと引っ込んでしまうが、ラムリーザはとても試合できる状態じゃない。俺も適当に大暴れして、結局無効試合に。――とまぁ、そんな物語も演出できるわけだ」

「ハンマーで襲いかかるって、俺のことか? なんで俺がラムリーザを? やだよ、あとでレフに何て言われるかわかったもんじゃねーんだな」

 ハンマーで殴ると言えば、マックスウェル。夏休みキャンプのプロレス大会では、精巧にできたおもちゃのハンマーでジャンを大流血させて、ノックアウトしたっけ?

「むろん演出だよ」

 ベイオの言うように、キャンププロレスのときもハンマーはおもちゃだし、ジャンも事前に血糊を用意していたのだった。

「マックスウェルのテロリスト事件は置いといて、トレーニング場所ならいいところを紹介してあげるよ」

「いや待てよ、勝手にテロリストに仕立て上げられても困るんだな」

 マックスウェルは何だか文句を言っているが、ラムリーザは帰宅ついでに、ベイオたちにフォレストピアにあるゴジリのジムを紹介しようと考えた。あそこは今ならまだ、それほど混み合っていないので、歓迎してくれるだろう。

 リングはない。トレーニング器具もない。集まる人数も、まだ安定していない。それでもベイオは、ノートに試合の流れを書き、ヤンブットはどこかで身体を鍛え、マックスウェルもこうして顔を出している。

 形はまだないが、プロレス同好会は確かに動き始めているようであった。

 そんなわけで、今日はもともと一人で帰るところだったので、ベイオとマックスウェルを連れてプロレス同好会の部室――いや、会室? を出て、運動場で自主トレをしていたヤンブットにも声をかけて、四人でフォレストピアに向かうのであった。
              
ラムリーザがベイオ、マックスウェル、ヤンブットをゴジリの格闘技ジムへ案内し、トレーニング器具や設備を見学する場面
 ゴジリの格闘技ジムは、仕事を終えた人たちが日没後からぽつぽつ集まってくるのだが、夕暮れ前のこの時間はわりとガランとしている。

「へー、いいところあるじゃんか。すげーな、やっぱり君を引き抜きたいもんだよ」

「だからソニアが怒るからできないって」

 ヤンブットは早速トレーニング器具に向かっているし、マックスウェルは数回ここを見たことがあるので多少は勝手を知っている。

「つまり、ソニアをマネージャーか何かとして引き抜けば、あるいは――」

 ベイオはラムリーザ引き抜き作戦をいろいろと練っているようだが、ソニアはいつもどおり「ラムが行かなければ行かない」だろう。そしてラムリーザは「ソニアが怒るから移籍しない」という感じだ。

「ラムリーザ君、君はプロレス部の星だ。共に汗を流し、一緒に王国を作ろう」

「あ、いやいや、たまに顔を出して、一緒に汗を流すぐらいならできるよ」

「熱い期待を込めて待っている」

「――と言われてもなぁ……」

 ベイオは、やはりラムリーザを諦めていない。そしてラムリーザの能力自体も、ゴムまりを潰したり銅貨を曲げたりと、プロレスのパフォーマンス向きなのかもしれない。

 そこでラムリーザは、まずあり得ない未来だと思いながらも、冗談半分に一つだけ可能性を残した。

「もしも、軽音楽部が廃部になったら、レスラーの道も検討することにするよ」

 まぁ普通に考えて、あり得ないことだ。

 部員も順調に増えていて、仮に来年新入部員が増えなくとも、部を維持する最低人数を割ることはないので、ラムリーザが在学中に廃部になることはないだろう。

 それに今も、ラムリーザは時々トレーニングと称してゴジリのジムに通っている。妹のソフィリータに至っては、その三倍ほど通っているだろう。

 軽音楽部自体も、今では部室での活動よりも、ジャンの店にあるスタジオでの活動が主である。

 要は、細かい枠にとらわれる必要はない。軽音楽部は軽音楽部。プロレス同好会はプロレス同好会。今はそう分かれているだけで、何かの拍子に道が交わることもあるのかもしれない。

 そのときのラムリーザは、そんな未来など軽い冗談程度にしか考えていなかった。