ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
勇者店 ~地獄のまくら~
帝国暦九十三年 神帰の月・竜神の日(現代暦:十二月中旬)
この日は休日。そして今日も駅前の大倉庫で、ユライカナンから進出してくる店舗の視察を行うこととなっていた。
午前十時、フォレストピア駅前に集合。今日集まったのは、ラムリーザ、リゲル、ジャンの男性陣と、ソニア、リリス、ユコ、ロザリーンの女性陣。そしてソフィリータ、ミーシャの撮影担――いや、後輩陣を加えた、合わせて九人だ。
ユグドラシルは降竜祭の準備があり、今日は参加していない。ジャンとリリスも降竜祭の実行委員だが、今日は委員会を休ませてもらっていた。明日は参加する予定である。
そして正義の(?)番長レフトールは、エルム街に新しい焼肉屋がオープンしたということで、子分を引き連れて朝食から肉ばかり食べていた。
ソニアはそっちに行きたいと言っていたのだが、ユコが「どうぞ、私はラムリーザ様とごんにゃでお昼にしますわ」などと余計なことを言ったので、こちらに参加している。むろん、今日の昼ご飯は決定したようなものだ。
今日視察するのは、「勇者店」と呼ばれる店である。簡単に言えば、ユライカナンではメジャーな雑貨屋だ。
さまざまな掘り出し物や珍品、小物から飲食物まで扱っている。帝国の雑貨屋にあるようなものは、一通りそろっているだろう。そしてなによりも、勇者店系列の店舗でしか扱っていない品物もあるという。
「ま、外から見た感じは普通の雑貨屋だね。今日は僕のおごりだ、何か一つ買ってあげるからじっくり見て回るんだよ」
ラムリーザは、いつものように自ら進んで貢ぐ君になっていた。
「おっと、ロザリーンとミーシャは俺が買ってやる」
「リリスのは俺が買ってやるよ」
リゲルとジャンが、揃って甲斐性を見せる。こうなると、ラムリーザが貢ぐ相手はソニア、ユコ、ソフィリータの三人に絞られた。
まあ異国文化を扱っている点を除けば、何の変哲もない雑貨屋である。金貨数十枚もする宝石などの高級品は置いていないだろう。
「ソニア、あなた、乳置き台買ってもらいなさいよ」
「むっ、リリスは初心者用吸血キットを買ってもらえばいいんだ!」
またしょうもないののしり合いを始める二人。こうなるのなら、ジャンとリリスには降竜祭の準備へ行ってもらったほうがマシだったかもしれない、などとラムリーザは思うのであった。
駅前の大倉庫の一角に造られた仮店舗の入り口をくぐると、長い黒髪が印象的な女性が出迎えてくれた。
「ようこそ勇者店へ。おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる勇者店です」
「おはようございます。あなたが店長ですか?」
「はい、店長のリネイシア・シャーミンです。お見知りおきください」
「いやぁ、ユライカナンから来た人で、女性の店長に会うのは初めてだったから、珍しいなと思ってね」
フォレストピアにも女店主はいる。例えばつねき遺跡の近くにある冒険者の酒場、猫娘亭のフェルプールは女性だ。しかし彼女は帝国の人間。ユライカナンからやってきた女性店主は初めてであった。
「ほほほ、総店長の趣味が爆発していて、勇者店の店長には黒髪ロングの女性しか選ばれないのですよ」
「それはまたすごいですね」
実際に、リネイシアと名乗った女性は、若くはないが整った顔立ちと長くて美しい黒髪を持っていた。
そうだな、リリスがあと十五歳ほど年齢を重ね、さまざまな経験を積み、成熟した大人の女性になったような感じか。
「寝取るな!」
二人の会話に突然ソニアが割り込んできた。
「なんだよ、店主と話をしていただけじゃないか」
「店主がラムを取ろうとしている!」
「なんでそうなる」
これまで会った店主はすべて男性だったので、ラムリーザがどれだけ話し込もうがソニアは何も反応しなかった。しかしここでは、そういうわけにもいかないらしい。
ラムリーザは話を切り上げ、店主リネイシアに軽く頭を下げて、ソニアの頭を抱え込んだまま店の奥へ品物を見に向かった。それに続いて、他のメンバーもぞろぞろと店に入っていくのであった。
店の中へ進むと、帝国の雑貨屋とは少し違う匂いがした。
木箱に詰められた香草、見慣れない文字の札、「竜の鱗」「聖水」などと札の付いた小瓶や瓶詰め。日用品もあるにはあるが、その隣に何に使うのか分からない道具が平然と並んでいる。
普通の雑貨屋のようでいて、普通ではない。それが勇者店という店の第一印象であった。
「道具が並んでいるから道具屋です。あっ、薬草がありましたよ、八エルド。この竜の鱗、二十エルドで売っているけど本物かなぁ? あっ、聖水だ、十二エルド。これ悪魔払いに使えるのよねー」
ミーシャは、ソフィリータにカメラを向けさせながら、店内実況放送をしている。動画投稿者の習性というやつなのだろう。
「聖水、聖水。竜の神に明日の晴れを祈願しましょう、晴れるやーっ」
「晴れるやーっ」
ノリの良い二人であった。
「あっ、人形だ」
その一方で、ソニアは店の片隅に置いてあった、無機質な人形を手に取った。まるで作りかけの人形で、服も着ておらず、台座から伸びた棒で固定されている。そんな素体のような人形に、ソニアは興味を示したようだ。
その台座には、ボタンが一つ付いている。何かのスイッチのような? 押すのか回すのかは、パッと見ただけではわからない。
あまり物事を深く考えないソニアは屈み込んで、何のためらいもなく、そのボタンに指を伸ばした。まずは押してみる。ボタンはカチリと音を立てて、奥へと沈み込んだ。
コツン――
「えっ?」
ソニアは、何かが額に当たったような気がした。周囲を見回したが、そばには誰もいない。リリスのイタズラではなさそうだ。
再び人形と、その台座へと目を戻したソニアは、もう一度ボタンを押してみた。カチリ、コツン――
「あっ」
今度は目の下あたりに何かが当たった。ソニアは素早く、それを目で追う。それは、床に転がって止まった。近くには、同じようなものがもう一つ落ちている。
ソニアはそれを拾い上げてみた。小さな豆のようなもの――いや、どう見ても豆そのものだ。
「豆吐き人形が、気に入りましたか?」
いつの間にかソニアのそばには、ラムリーザを寝取ろうと――してはいない、店長のリネイシアが近づいてきていた。
「豆吐き人形?」
ソニアは、その単語に聞き覚えがあるような気がした。確かどこかで聞いたような? リリスが以前勇者店の話をしたことがあったっけ?
「ええ、ボタンを押すと豆が出ます」
「それだけ? この豆は食べられるの?」
やはり食欲を優先するソニアであった。リネイシアが「炒った大豆ですから、食べられますよ」などと言うものだから、早速拾った二つの豆を口に運んでポリポリやっている。店の床に落ちた豆であるにもかかわらず、三秒以内に拾えば問題ないらしい。
「それはもともと、もっとひどいものだったのですが、あまりにも苦情が殺到して――」
「痰吐き人形!」
ソニアは、以前リリスが休み時間の雑談で語ったことを、はっきりと思い出していた。あまりの汚さに不評で、今では痰ではなく、豆を吐き出すように改良されている。確かリリスはそう言っていたはずだ。
「よくご存じですね」
リネイシアは感心したように言った。
「この店は、エルム街にもあるやつだな」
リゲルやロザリーン、リリス、ユコなど、以前からポッターズ・ブラフ地方に住んでいる者は、すぐに気がついたらしい。
この勇者店は、ユライカナンでチェーン展開しているのはもちろん、実はすでに世界規模に店舗網を広げようとしているチェーンだった。そしてこのフォレストピアにも、支店を一つ出したいとのことだったのだ。
「皆さん、よくご存じですね。でも、これはご存じないでしょう?」
リネイシアは、壁の張り紙を指さして皆の注目を集める。
『地獄のまくら 一晩千エルド』
そこにはそう書かれていて、黒い枕が描かれていた。
「じ、地獄のまくら?」
ラムリーザは、それが物騒なものであるといった想像はすぐについた。しかし描かれている枕自体は、黒一色である以外、普通の大きさと形をしていて特に恐れるようなものはない。
「新しい企画――あ、いえ、新しく発明された道具です。きっと楽しい夜を過ごせますよ」
「やだ、なんか怖いからやだ」
ソニアはラムリーザの腕にしがみついて拒否反応を示す。それはまあ、「地獄のまくら? 楽しそう!」というほうが不思議な感性であり、ソニアの反応はめずらしくまともだった。
「俺、試してみようかな。どんなん?」
名乗り出たのはジャンだった。こういうとき真っ先に飛びつきたがるのが彼である。
「秘密です。ただし、借りた方によって、感想はかなり分かれます」
リネイシアはそう言って、にこりと笑った。
「よく眠れたという方は、今のところ一人もおりませんけど」
しかしリネイシアは、詳細を語らない。
「地獄にいざなう枕だったらどうするのさ?」
「それはそれで気になるぞ。さすがに犯罪につながるようなものを売って、店の評判を下げるようなことはやらんだろうからな」
ラムリーザは少し不安を感じていたが、飛びついたジャンは、純粋な好奇心だけでそれを借りようとしているようだ。
「それでは今夜お届けしますので、住所をここに」
リネイシアは、ジャンに一枚の紙を差し出す。そこには日付とともに、「一晩貸し出し契約書」と記されていた。
「物好きな奴だ。だがこの品物は、エルム街の店舗では見たことがないな。新発明と言っていたから新作なのだろうが、人柱ご苦労なこった」
「まあ、そのための体験型仮店舗なんだけどね」
リゲルが皮肉めいたことをジャンに投げかけるので、ラムリーザはやんわりとかばっておく。
「ラムリィも体験してみたらいいじゃないか」
「そうだなぁ――」
ジャンに勧められて、ラムリーザは店長のほうを振り返る。
「申し訳ありませんが、貸し出せるのは一晩に一つだけです。順番待ちとなります」
「そこまでレアなアイテムなのか」
なんだか恐ろしげな名前とは裏腹に、特別な道具であるようだ。
地獄のまくら、本当に地獄へいざなう枕なのか?
すべてはジャンの体験にかかっているのである。
翌日ジャンは、寝不足気味の顔で現れた。
彼から聞いた話では、夜寝る前にリネイシアと別の従業員がやってきて、その「地獄のまくら」とやらが運び込まれたという。
ベッドに置かれたそれは、どこから見てもただの黒いまくらだった。
そのまま眠ろうと、部屋の電気を消して布団に潜り込み、地獄のまくらとやらに頭を乗せる。その感触は、ぶよぶよとした肉のようでもあり、固いようでもあり、不思議なものであった。その奇妙な質感を除けば、何の変哲もない枕だった。
しかし、寝心地は最悪に近いものであった。
真夜中に、突然枕が跳ね上がって、叩き起こされること一回。
鼻をつままれたような感覚で息苦しくなり、目が覚めること一回。
首筋にひんやりとした息を吹きかけられたような感覚がして、ぶるっと震えて目が覚めること一回。
頬をつねられて目が覚めること一回。まるで生きているかのように枕がうねうねと動いて目が覚めること一回。
その他にもさまざまな怪現象に襲われて目が覚めること数回。
しかし朝になると、地獄のまくらは忽然と消えていて、いつも使っている枕で目が覚めたのであった。
「結局、何なん?」
「よくわからんが、あまり良くないものらしい。使わないほうが良いぞ」
「まあ『地獄のまくら』だからなぁ、悪いものであって不思議はないね。で、なくなったのか?」
「一晩千エルドってなっていたからな、一晩限りの貸し出しなんだろう。あれならその十倍の金を出して、高い宿で普通に寝たほうがマシだぞ」
「……やめとこっか」
――だそうであった。
余談だが、後日ミーシャが動画のネタにしようと、カメラを設置して自分の寝姿を撮ろうとしたのだ。
ところが朝になると、録画したはずの映像が残っていなかった。不思議なことに、リベンジでもう一度借りて撮影したが、二度目も朝には映像が残っていなかったのである。
さらに不気味なのは、録画そのものは成功していた形跡があるのに、その映像だけが夜のうちに削除されていたらしいことだ。
三度目には、ミーシャはソフィリータの部屋に泊まり、彼女に「地獄のまくら」を使わせた。自分は徹夜でカメラを構え、直接監視するという暴挙に出たのである。なんとしても動画のネタにしたいという、不退転の決意である。
しかし結果として、やはり映像は残らなかった。
ミーシャのおぼろげな記憶では、夜明けが近づいたころに、甘い匂いがしたと思ったところで、記憶が途切れている。
次に目を覚ましたのは、いつもの起床時間である朝七時だった。なぜか、ソフィリータの布団に潜り込んでいた。
ただし二人とも怪我はなく、部屋の中を荒らされた様子もなかった。残っていたのは、妙に甘い匂いの記憶だけである。
そして撮影した映像は削除され、「地獄のまくら」も部屋から消えていた。後で確認すると、なぜかすでに勇者店に戻っていたという。もともと一晩の貸し出しという話なので、文句は言えない。
不気味さだけが残るアイテムであった。
「地獄のまくら」は、今も勇者店の棚に置かれている。
一晩千エルド。
ただし、その一晩に何が起きるのかを、最後まで説明してくれる者はいない。
店の奥の棚に置かれた黒いまくらは、次に誰が借りるのかを待っているようにも見えた。