ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


当たらない護身具

帝国暦九十三年 播種の月・詩歌の日(現代暦:十一月中旬)

 休日の午後となると、いつもラムリーザの部屋はのんびりまったりモードになっている。

 ラムリーザはリクライニングチェアでくつろぎ、ラッパ状の道具を手の中で弄んでいた。

 それはブランダーバス。護身用にと、カリポスを通じて暫定騎士団長のメトンから受け取ったものだ。引き金を動かすと、持ち手に近い位置の鉄細工がカチリ、カチリと動き、同時に銃身中央の筒状部分が回転する。ただそれだけだ。

 ソニアもまた、いつも通りゲーム中であった。プレイしているのはいつぞやの風船割りゲーム。一時は「プレイ禁止」とまで言っていたゲームだが、すっかり忘れて普通にプレイしている。

 実は最初、ラムリーザが先日対戦した『四国のだま』のシナリオモードで遊んでいたのだが、ソニアに見つかるとすぐに「それダメ!」とか言って止めさせられた。ソニアにとっては見たくもないゲームなのだ。

 だからラムリーザは、そのゲームを一人のときにこっそり楽しんでいた。

 シナリオの内容は、古代に繁栄した四つの国家が覇を争うといった定番の戦国ゲームであったが、あらゆる戦いが、なぜかすべて「のだま対戦」で決着する不思議な世界であった。

 例えばラムリーザの選んだ陣営が敵軍に攻め込む。そして完全に包囲し、あとは殲滅するだけという状況になると、おもむろに「降伏しろ! さもなくば『のだま』で勝負だ!」などと言い出すのだ。すると敵も、「降伏などするか! その勝負、受けてやる!」などと言って、戦略シミュレーションゲームが突然「のだまゲーム」へと変化する。

 のだまの勝負に勝てばシナリオが先に進み、負けるとゲームオーバーとなり、試合前に戻されてしまうのだ。

 だがソニアがそのゲームを嫌うので、彼女がいないときしかプレイできない。

 しかしソニアは、いつもラムリーザの部屋に入り浸っているようなものだ。そのため、彼女が風呂に入っている間などにしか進められずにいた。

 ラムリーザがリクライニングチェアでブランダーバスをいじっていると、ジャンからメールが届いた。なにやらリリスと降竜祭の実行委員に立候補しようという話になっているらしい。

 メールには、特にソニアを立候補させないでくれ、と書かれていた。ジャンはリリスと二人で参加したいのだというので、ラムリーザは素直にジャンに任せることにした。ラムリーザが動かなければ、ソニアが一人で立候補することなどないだろう。

「誰からのメールよ」

 相変わらずソニアは、ラムリーザ宛てのメールに敏感だ。

「ジャンだよ」

 そう答えると、すぐに興味を失う。ソニアにしてみれば、リリスやユコからのメールでなければどうでもいいようだ。

 これがリリスからのメールだったりすると、ソニアにばれた途端、ソニア対リリスのメール戦争が始まるので面倒なことになる。

 そのとき、部屋のドアをノックする音がした。続いて、使用人の声が聞こえる。

「ラムリーザ様、メトン様が面会を希望されています」

「どうぞ」

 ドアが開き、暫定騎士団長に任じられている初老の男メトンが入ってくる。

「メトンさん、執務室へ移りましょうか」

 そこでラムリーザは、自室で気軽に応対するような相手ではないことを思い出した。まだ騎士団も十名に満たず、「団」と呼べるほどの規模ではないが、それでもメトンは今、その組織を預かる責任者である。

「いえいえお構いなく、今日は執務のついでに立ち寄ったものでして。本来ならジェラルドを伺わせるところですが、ちょっと様子を伺いに参りましてな」

 メトンは、ラムリーザの兄嫁であるラキアの弟ジェラルドのお目付け役でもある。将来の騎士団長ジェラルドを育成する名目で、暫定騎士団長というわけだ。

「何でしょう?」

「それですよ」

 メトンは、ラムリーザが手にしているものを指さす。ラムリーザはブランダーバスを持った手を少し上に上げて引き金を引く。カチリ。

「どうです? 役に立てそうですか?」

「いやぁ、まだあまり使っていないのですよ」

「実弾は使ってみましたか?」

「う~ん、一度撃ってみたけど、狙ったところへ全然飛ばなくて」

「ちょうどいい、練習しましょう」

「練習?」

「私は今日、このあと非番なのです。練習に付き合いましょう」

 そこでラムリーザは、椅子から立ち上がりながら言った。

「そうしましょうか」

 ソニアがゲーム機を占領しているので、四国のだまで遊ぶこともできない。

 ちょうどブランダーバスをいじっていたことだし、メトンが付き合ってくれるというなら練習してみてもよいかと考えた。

 そもそも帝国で最近開発されたばかりの護身具だという。それまで見たこともなかった種類の道具で、使ったのも一度きり。正直、まだ持て余している。

 そうなると、今日はよい機会かもしれない。

「待って、あたしも行く!」

 風船割りゲームに熱中していたソニアが、急にゲームを中断して立ち上がった。ゲーム機が空くなら『四国のだま』も気になるところだが、今はブランダーバスの練習が先だ。

「いいよ、ソニアは風船割りやってろよ」

「やだ! あたしもそれ使ってるの見てみたい。あと風船言うな!」

 風船おっぱいお化けは、やはり風船と言われるのを嫌っているようだ。

 そんなわけで、三人は屋敷を出て庭園のアンブロシアへと向かっていった。

 ラムリーザはブランダーバスと、一緒に渡されていた弾薬を持ち、メトンも何やら木材をいくつか運んでいる。ソニアだけは何も持たずについてきているだけだ。

「では準備をしますので、しばらくお待ちください」

 メトンはそう言うと、持ってきた木材を組み合わせて何かを作り始めた。ラムリーザとソニアは、庭園を流れる川岸に腰掛けて、準備が終わるのを待っている。ソニアがケージから出して連れてきたへんこぶたが、二人の周りをうろうろしている。

「そのラッパが護身具?」

「そうだよ、ブランダーバスって名前だとさ」

「ちょっと見せてよ」

 ソニアはラムリーザから銃を取り上げる。ソニアの手に渡った瞬間、その重みで腕が少し下がった。

「おっ、重いなぁ」

「鉄製の筒だからね、それなりに強度もありそうだし」

 ソニアは引き金に指をかけて引いてみる。持ち手近くの鉄細工が動き、カチリと金属音を立てる。相変わらず、ただそれだけだ。

「これがどうなるの?」

「この弾薬と組み合わせて使うと、たぶんびっくりすると思うよ」

 ラムリーザはソニアから護身具を取り戻すと、銃身の側面を開き、シリンダーに弾薬を装填する。装填したところでソニアがまた手を伸ばしてきたが、今度はその手を押し返して渡さなかった。

「実弾を入れたら危ないから、今はだめ」

 ラムリーザは少し前に受け取ってから、一度だけ実弾を発射してみたことがあった。そのときも狙いを大きく外し、屋敷の窓ガラスに当たって穴を開けてしまったのだ。

 そのとき、メトンが戻ってきた。どうやら準備が終わったようだ。

 十分に離れた場所に、木製の物体が組み立てられていた。木でできた四角い枠に三重丸の描かれた紙が貼り付けてある。さしずめ的といったところだろう。

 続いてメトンは、ラムリーザの足元の地面に四角い枠を描いた。

「この場所に立って、あの的の真ん中に弾を当てることができれば上等なものです」

「そうですか」

「なお、練習の間は決して人や屋敷のほうへ向けてはなりません。弾を込めていなくても、筒先は必ず的のほうへ。これは最初に覚える決まりです」

「わ、わかりました」

 この際、屋敷の窓ガラスを割ってしまったことは、ないしょということにしておこう。

「これは、騎士団では使わないのかい?」

 ラムリーザは立ち上がり、メトンが地面に描いた枠の中へ移動しながら尋ねた。

「ブランダーバスは貴重品で、それほど数はないのです。だから、当面は要人だけが使用する護身具ということにしたのですよ」

 ラムリーザはフォレストピアの領主――と言っても領主は帝国内に何人かいる。その中でラムリーザにまで回ってきたのは、間違いなく父や兄の影響だろう。

「要人ねぇ……用心しとくよ」

 誰も何も答えない。

 寒くなったラムリーザは、急いで的のほうへ筒先を向けて、引き金を引いた。

 

 ドウン!

 

「きゃあ!」

 低い轟音が響き、続いてソニアの悲鳴がそれに重なる。

 木々がざわめいたような錯覚にとらわれた数秒後、再び周囲は静かになった。的は何事もなかったかのように、そのままの状態で鎮座していた。

「ラムリーザ様」

「ん?」

 ラムリーザは、外したことをごまかすように勢いよく振り返り、メトンの呼びかけに応じた。

「手首の力が強いのですね」

「え? あ、ああ、そうかな?」

 おそらく「外れましたな」と言われることを覚悟していたラムリーザは、メトンの意外な反応に少しあっけにとられる。

「私は帝都で数回それを使っているところを見てきましたが、それは、弾を発射した際の反動がかなり大きいのですが……。しかしあなたが使ったとき、手元が全然ブレませんでした」

「あ、そうなの?」

 ラムリーザ的には、引き金を引いた瞬間、確かに強い反動を感じた。しかし、それはほとんど気にならない程度だった。もともと力強く握っていたので、手元が動くことはなかったのだ。

「弾薬は三発まで装填できます。今度は三発連続で行ってみましょう」

 メトンの説明を聞いて、今度はシリンダーに弾薬を三発装填した。そして再び的に向けて、今度は狙いを定めて引き金を三度引いた。

 

 ドウン! ドウン! ドウン!

 

 今度はソニアも悲鳴を上げない。ただし、周囲の木々から鳥たちが一斉に飛び立ち、その羽音がしばらく響いていた。

「全然銃身がブレませんな。ひょっとして壊れているのでは? 少しお貸しいただけますかな?」

 ラムリーザはメトンに銃を渡す。メトンは一発だけ弾を込めると、的へ向けて発射した。ドウン!

 確かにメトンが撃った瞬間、銃身がブレて少し上を向いたような感じがした。

「ふむ、壊れてませんね」

「あたしも使ってみたい!」

 今まで見ているだけだったソニアも、メトンまで撃ったのを見て、自分も使いたいと言い出した。

「どうぞ」

 メトンは両手でしっかり握るよう念を押してから、一発だけ弾を込めてソニアに手渡した。すぐにソニアは、ラムリーザがやったのと同じように、的のほうへ向けて引き金を引いた。ドウン!
              
アンブロシアの庭園で、ブランダーバスの強い反動で武器を手放して驚くソニアと、足元のへんこぶた、後方でラムリーザとメトンが見守る場面
「きゃあっ!」

「へんこっ!」

 今度は自分で使ったにもかかわらず、銃声の直後にソニアの悲鳴が響く。そしてブランダーバスは、ソニアの手を離れて後方に落ちていた。弾を発射した反動で、ソニアの手から跳ね飛んだようだ。

「ふっ、ふえぇ――びっくりしたぁ……」

 衝撃で手がしびれたのか、ソニアはしきりに手首をぶらぶらと動かしている。

「おわかりいただけましたかな? 反動がそれほどあるのです。それをラムリーザ様はブレずに使いこなせる。これは見込みがありますぞ」

「そんなにすごいのですか?」

「もっとも、音のわりに威力はそれほどでもありません。まともな鎧を貫くほどのものではなく、今のところは相手をひるませるための護身具、と考えたほうがよろしいでしょう」

「わかりました」

 そこでメトンは、初めて的のほうを確認した。それまでは、ずっとラムリーザの手元を観察していたのだ。

 しかし的は、最初と同じ状態である。

「全部外れですか」

「おうっ、どうっ」

 メトンに遂に当たらなかったことを指摘され、ラムリーザは思わず変な声で呻く。

「何も最初からうまくいくようなものではありませんぞ。まずは当てることから始めましょう」

「は、はぁ」

「ラムリーザ様には見込みがありますぞ。先ほどお嬢様が撃ったときにどうなったかおわかりでしょう? ある程度以上の力のない者は、そもそも使いこなすこと自体が難しいのです」

「そんな武器怖い!」

 ソニアは怒るが、メトンも困ったような表情を浮かべた。

「そこが問題なのです。力のない者でも扱える護身具として開発されたものですが、そのような道具に頼らずとも戦えるような腕力のある者にしか扱えないという矛盾。その点、ラムリーザ様ならまったく問題ない」

 確かにラムリーザだと、道具に頼らずとも力で敵をねじ伏せることも可能だ。しかし本来使うべきソニアのような娘には、扱えるほどの腕力がないという。

「わかった、練習してみましょう」

 ラムリーザは、先ほどのメトンの言葉に、何とも言えない違和感を覚えつつ、再び弾薬を三発装填した。そして再び狙いを定めて撃つ。三発の轟音が再び響いた。

「外れ、外れ、当たりですな。当たりましたぞ」

 よく見ると、的の端のほうに穴が開いていた。

「当たったのか?!」

 ラムリーザも今度は少し興奮気味だ。ただし今回はかすったようなもの。練習を重ねて、真ん中を撃ち抜けるようにならなければ使い物にならないだろう。

「練習を重ねなされ」

「しっかし、これってどういう仕組みなのだろうね」

 ラムリーザは、再び弾を装填しながら尋ねた。

「私も詳しくは存じておらぬのですが、弾薬こそが世紀の発明で、専用の弾薬に火を走らせ、その勢いで中の弾を飛ばすそうです。細かい仕組みは、工房の職人でなければわかりませんが、おおよそそんなところでございます」

「爆発かぁ、それでソニアが使ったときに、手から吹っ飛んだのだね」

 再び三発撃ち込む。しかし、

「すべて外れですな」

 思い通りにいかないのが世の中なのである。

「だめかぁ……」

「大丈夫です。帝都は一日にして成らず、毎日少しずつ練習すればよろしいでしょう。ここだけの話ですが――」

「ここだけ?」

「ごく一部にしか出回っておらず、練度も低くて命中率が壊滅的。しかも先ほどお伝えしましたように、非力な者にはまともに扱えない。それではこの道具は失敗作か? という意見まで出ておるのですよ」

「そっかぁ。つまり使いこなせたら、帝国一の使い手を名乗れるわけですね」

「そのとおり、しっかり練習しなされ」

 ラムリーザはメトンから話を聞いて、この未知の道具を使いこなしてやろうという闘志が生まれてくるのを感じていた。

「ラムの力があれば、そんな道具使わなくても、相手を捕まえちゃえば無敵なのに」

「ほっほっほっ、お嬢様は乱暴なことをおっしゃる」

 ソニアの意見に、メトンは笑う。

「使える手段は、全部身につけておくに越したことは――あっ」

 そこでラムリーザはようやく気がついた。メトンの台詞の違和感に。ソニアが、お嬢様?

「あたしもそれ欲しいなぁ」

 撃った反動で手から飛び出してしまう癖に、ソニアは珍しいものをすぐに欲しがる。

「でも使いこなせないだろ?」

「ふん、いいもん。あたしラムに守ってもらうから」

「ん、任せとけ」

 こうして領主様に守ってもらう、メイドの娘――いや、お嬢様が誕生するのであった。

 その一方で、ラムリーザの手には、まだ硝煙の匂いが残っている。的の端に空いた小さな穴は、成功というには頼りない。

 ブランダーバスを使いこなすには、まだまだ練習が必要そうであった。