ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
リリスの行方とジャンの信念
帝国暦九十三年 播種の月・月影の日(現代暦:十一月中旬)
この日の放課後、ジャンとユコは二人でごんにゃを訪れていた。二人揃ってカウンター席に陣取り、「えーぶん」を注文する。うまいぶんのほうがあまり注文されないのは、ラムリーザたちの贅沢なのだろうか。
「なんだか珍しい組み合わせだな」
店主のヒミツが言うのも頷ける。店主の知る範囲では、初めての組み合わせであった。
「たまにはな」
ジャンは軽く答える。
「領主さんや、あの賑やかな娘や雰囲気美女はどうしたんだ?」
ジャンは「う~む」と唸り、ユコは「その表現は的確ですの」と答えた。
「調律の日の前日には、領主さんと雰囲気美女さんの二人で来たこともあったけど、いろいろな組み合わせがあるのだな」
店主は、えーぶんの準備をしながら話している。この店ではボックス席よりもカウンター席に座ることが多く、店主とよく会話しているのだ。
その台詞にジャンは「マジかよっ――」と驚き、ユコは「リリスも抜け駆けですのね」と答えた。
「なんだか雰囲気美女さんのほうが、領主さんに相談しているみたいだったな。そうだ、君のことを聞いていた気がするよ」
「俺のことをですか?」
「そうだな。君と雰囲気美女さんが付き合うとかどうとか」
それを聞いて、ジャンは再び「う~む」と唸った。
「はいどうぞっ、えーぶんだよ」
店主は二人の前に、できあがったえーぶんを置くと、別の客のところへと向かっていった。
少しの間だけ、二人は静かにリョーメンをすすっていた。珍しい組み合わせなだけあって、ジャンもいつものように軽口ばかりとはいかない。
しかし今日の組み合わせは、ジャンが望んだものだった。
リリスは依然として行方が分からず、今日のラムリーザとソニアは、お互いによそよそしくて変だった。リリスの件はともかく、ラムリーザとソニアがよそよそしい原因は、昨夜の「のだまゲーム」にある。そんなしょうもない事情を、ジャンとユコは知る由もなかった。
ジャンがユコを誘ったのは、ただ恋愛相談をしたかったからではない。
リリスが誰にも連絡を取っていないとは思えなかった。もしも誰か一人だけに連絡をしているとしたら、それはラムリーザでもソニアでもなく、ユコではないか。
ジャンはそう考えていた。
「あのさぁ、リリスってさぁ――」
最初に話を切り出したのは、ジャンであった。ユコのほうはジャンから「ちょっと今日いいかな?」と言って誘われたので、何の話なのかは、ジャンから切り出してもらわなければユコにもわからない。
「リリスがどうしましたの?」
ジャンは言葉をためらうかのように間を置き、
「リリスって、実は付き合ってる人がいるとか?」
そう切り出した。
文化祭の日に告白を受け入れてもらえなかったということは、リリスはジャンが気に入らないのか、すでに付き合っている人がいるのか、そのどちらかとジャンは考えていた。
「それはないですの、少なくとも私が知っている限りでは。ただし――」
「ただし?」
「ネットで恋愛していたら別ですの。さすがに私も、リリスのメールとかチェックできませんので」
ジャンから見ると、去年出会ってから今年になって直接交流が増えるまで、二人はメールでやり取りすることが多かった。だからネット恋愛というものにも理解があった。
だから今日、ジャンはユコを相談相手に選んだ。
ジャンがリリスに告白した後、なぜリリスは逃げるように姿を消すことになったのか。その理由を少しでも知れれば、と考えていた。
「リリスは君と付き合っているとか?」
「百合には興味ありませんですの!」
「冗談冗談、さてと――」
ジャンはいったん箸を置いて、ユコに向き合う。
「リリスって俺のことどう思っているか、聞いたことあるか?」
「リリスのジャンさんに対する評価ですのねぇ……」
ユコもいったんリョーメンを食べるのを中断して考える。これまでのリリスとの会話を思い出してみた。
「う~ん、リリスとはあまりそういう話はしてませんね」
ユコはともかく、リリスが愛だの恋だのといった話題を口にすることはなかった。
リリスは基本的に一人でこもっているような娘だ。例えばマインビルダーズというサンドボックスゲームを、延々と一人でやり続けるような。
「恋バナの類はなし?」
「ゲームでこのキャラとこのキャラは付き合っているとか、そういう話ばかりでしたの。例えば、ミルクとヨーグルは付き合っているとか」
「ん~」
ジャンは改めて、リリスの見た目と中身のギャップを思い知った。だが世の中にはギャップ萌えという言葉もある。
問題児ソニアと同レベルの幼稚さを持ち合わせた見た目だけ妖艶な美女。それでいいじゃないか。
「――で、リリスがどこへ行ったか、何か知らないかなぁ。今回の件をきっかけに、ラムリィはフォレストピアに憲兵隊まで作って、最初の任務がリリスの捜索になってるんだけど……」
「えっ、リリスを捜してますの?」
ユコは、きょとんとした顔で尋ねた。
「知らなかったのか?」
「知りませんでしたの。……実は、リリスは私のところにメールを送ってきてますの」
「なっ、何っ?」
「でも、しばらく誰にも言わないでって頼まれてますの。ジャンさんに言っていいものでしょうか?」
「いやいや、憲兵まで出て捜してるんだぞ。せめて無事なのかだけでも教えてくれよ」
ジャンは思わずユコのほうに乗り出す。腕がリョーメンのどんぶりに当たり、大きく揺れたどんぶりを慌てて抱える。
「聞いていいものか、言っていいものか……」
ユコはそうつぶやきながらも、持っていた携帯型情報端末キュリオを操作し始めた。
やはりジャンの考えは合っていた。ユコなら、こんなときでもリリスとつながっているのではないか。その可能性に賭けたのだった。
それに、ユコとメールで連絡が取れるということは、何かの事件に巻き込まれているわけではなく、少なくとも無事だということだ。
その事実だけで、ジャンは思ったよりも肩の力が抜けるのを感じた。怒りたい気持ちも、問い詰めたい気持ちもある。だが、その前にまず、生きていて、誰かと連絡を取れていることに安心してしまった。
しばらくしてから、ユコは顔を上げてジャンのほうを向く。
「ど、どうだった?」
緊張した顔でユコを見つめるジャン。
「リリスの命の消滅を見てはおりませぬ。それに――」
「な、何だぁ?」
「冗談ですの。えーと、何って言ったらいいのかしら? 実家……ですのね。どうやら実家に帰っているみたいですの」
「実家? リリスの実家? どこだそれは?」
「ポッターズ・ブラフですの。ジャンさんのホテルに住むようになる前は、あちらで暮らしていたでしょう?」
「ん? ああ、そうか」
そこでジャンは思い出した。もともとリリスはフォレストピアの住民ではない。フォレストピア首脳陣パーティーのときにも、リリスだけその場にいないのが不満で、わざわざ呼び寄せたことがあった。
「リリスはね――」
ユコは少し深刻そうな表情で語り始めた。ジャンも「ん?」とユコへ顔を向ける。
「リリスは、今回みたいなことには慣れてないんですの」
「今回みたいなこと?」
「ジャンさんみたいな方に、強い好意を向けられるということ」
ユコの言葉に、ジャンは黙り込む。ジャンが何も言わないので、ユコはそのまま言葉を続ける。
「リリスは――あぁジャンさんはまだ知らなかったのですね」
そこでユコは、以前ラムリーザにも話したリリスの過去を、ジャンにも語った。
数年前、ユコがリリスと初めて出会った頃、リリスはただの根暗な女の子だったこと。ユコと家が隣同士でなければ、ひょっとしたらユコはリリスと交流していなかったかもしれないということ。
それでもユコはリリスと行動を共にし、それまで見向きもしなかったおしゃれの仕方などを教えながら、少しずつ今の姿へ変えていったこと。
「初めて会った頃のリリスは、皆の嘲笑の的になっていました。レフトールさんがたまに口にするから、聞いたことはあるでしょう? ソニアも、口喧嘩のときには遠慮なく言うようになりましたけど」
「根暗吸血鬼――か」
「そう、それがリリスのすべてでした」
そのあだ名は、今では冗談のように口にされることもある。けれど、もともとはリリスを笑うための言葉だった。
「やっぱり閉じた土地の連中の考えはわからんね。リリスがもしも帝都に生を受けていれば、誰もが放っておかないはずだぜ」
ジャンの言いたいことは、いわゆる学園のマドンナ的な立ち位置だった。しかしユコは、否定する。
「いえ、ほとんどの人は、昔のリリスのイメージをずっと持っているのでしょうね。だから去年、ラムリーザ様がこの地方へ来て、私の育てたリリスを見たときは、魅力的だと思ったようですの」
「そりゃあラムリーザは生まれが帝都の人間だからな。田舎者とは違うのさ。ユコも、もともとこの地方に住んでいたわけではないのだろう?」
「私はここに来る前は、アントニオ・ベイに住んでましたの。とにかくリリスは、今までの辛い経験のせいで、ジャンさんの好意をにわかに信じることができず、逃げ出した――と私は予想しますの。別に彼女が語ったわけではありませんので、違うかもしれませんが」
「う~む……」
ふたたび唸るジャン。リリスはやはり、見た目は好物件、触れてみると地雷の類なのだろうか?
しかしジャンは、そうではないと思う。
「でもソニアとのやり取りを見ていたら、リリスは別に地雷ってわけではないと思うのだけどな。友達の友達は、友達だろ?」
「敵の敵は味方と言いますが、その並べ方からいけば味方の味方は敵にならないとおかしいですの」
「なんか変だな? まあいいや、どうやったらリリスから警戒心が取り除けるだろうか……」
話がそれかけたので、ジャンはさっさと次の話へと移動させた。
「リリスは、自己肯定感が異様に低いのよね。だからジャンさんの好意も、簡単に疑ってしまう。ジャンさんが持ち上げても、萎縮してしまうだけ」
「でもさ、リリスはリードボーカル、リードギターとバンドでは大車輪の活躍だぜ? ライブも普通にこなせるようになったし、何がダメなんだろう?」
「ポッターズ・ブラフで公演してごらんなさい」
「は?」
「去年は帝都でライブ、今年はフォレストピアやユライカナンでライブ。過去とのしがらみのない場所だから、リリスものびのびと演奏できたのですわ」
「そ、そうなのか」
「リリスの過去は暗かった。他人から好意を向けられることに慣れていないんですの。だからジャンさんが褒めても、本気の好意だとは思えないんですの。むしろ冗談や遊びだと思っているからこそ、エロトピアみたいな悪ふざけにも平気で合わせられるんじゃないかと思いますの。……いえ、ひょっとしたら違うのかもしれませんが」
ユコは、最後のほうは自信がなさそうにつぶやいた。そういえばリリスは、ジャンに求められると、挑発的なポーズも平気で取っていたような気がする。
「エロトピアやめてくれぇ」
「だめですの。ジャンさんはエロトピアです」
エロいジャンは、もうそのエロさを否定することなどできない。まあ、そんなことはどうでもいい。
「まあ何だ、もったいないよな。結局このあたりの田舎者は、十七年間もリリスの良さがわからなかったんだ」
「ジャンさんはすごいですのね。自分のお店もしっかり経営されてますし。さすがラムリーザ様の親友ですの」
「ユコもすごいよ、あの楽譜作成能力」
「誰かが歌詞を書いてくれれば、オリジナル曲も作成できますの」
「よし、作ってやろう――じゃなくてだな。俺はリリスと一緒に店を盛り上げたいんだよ」
またそれかけた話を、やや強引に本筋へ引き戻した。すぐに歌詞が思い浮かばないというのをごまかす意味合いも強かった。
リリスと一緒に店を盛り上げたい。
ジャンがそう言ったとき、そこにはいつもの軽さだけではないものが混じっていた。店を遊び場にするだけではなく、自分の場所として育てていくつもりだ。
「そうだよねぇ、フォレストピア・ナイト・フィーバーだったかな? おっちゃんもたまに晩飯頂きに行っているさね」
そこに、手の空いたごんにゃ店主が会話に加わった。
「毎度ありがとうございます」
一瞬、店主と客の立場が逆になった。
「おっちゃんはここに来てから帝国のことをいろいろと勉強したけど、帝国って、資源を豊富に抱えていて、富はいくらでも生み出せるのだよね? おかげでおっちゃんもここで働かせてもらっているのだが。でも普通帝国の人間って働く必要がなかったりしないかな? 特にジャンくん、君みたいに領主さんと距離の近い貴族ならば、そのおこぼれだけでも、暮らしには困らないのではないかな? あの領主さんの一族は、南方の島々の開拓で、それこそ国が成り立つぐらいの資産を持っているのだろう?」
ごんにゃ店主が言っているのは、夏休みにキャンプしたマトゥール島や、その周辺の島々のことである。原油やリン鉱石など、天然資源が豊富な島を複数、支配下に置いている。
「そうだねぇ」
ジャンは否定せずに、軽く肯定する。
「ジャンくん、でも君は違う。なぜかなぁ?」
「おやじさん、今の帝国貴族にとって、富を得ることそのものは、もう働く目的じゃないのさ。自分を高めるために、そして民のために働く。それが帝国貴族の持つべき信念なのさ」
ジャンの言葉に、店主は目を丸くして驚く。これは、先帝ジョージが提唱したものだ。先帝ジョージの代から、帝国ではフォレスター家を含む一部の穏健派貴族に、そうした考え方が広がり始めていた。
数秒後、店主はくすりと笑って言った。
「帝国には敵わないな」
「ま、大人はそうでも子供は違うみたいだけどな」
ジャンは、まるで自分が子供ではないと言いたそうに付け加える。
そういえば、金塊がどうのこうのと大騒ぎしていた一人が、ここにいる。
仮想通貨で荒稼ぎして、企業に迷惑をかけた一人も、ここにいる。
「お嬢さんもそうかね?」
「私もやりたいことはありますの」
店主に話を振られると、その一人であるユコも、自分は大人だと言わんばかりに語り始めた。
「ラムリィんとこのメイドか?」
すかさず、ジャンはツッコミを入れた。リリスの安否が確認できたので、ユコにも軽口をたたく余裕が生まれたということだ。
「それもありますが、その前にやっておきたいことがありますの」
「メイドで正解かよ! で、その前とは?」
「内緒ですの。そのうち、機会ができたら挑戦してみます。いや、絶対に再現してみせますの」
なんだか力強く語るユコであった。ま、機会とやらが来たときは、邪魔をせずに見守ってあげようというものだ。
「それよりもだ」
リョーメンのえーぶんを食べ終わったジャンは、立ち上がって勘定を支払いながら言った。
「で、実家に帰っているとして、リリスはそこからどこかへ出かけたりするのか?」
「リリスの行きそうな場所? そんなのないですの」
「えっ?」
ジャンはユコの答えに驚く。どこにも出かけないって、どういうことだ?
「私が連れ出さないと、ずっと家にこもってますの」
「あ、そうか……」
それにはジャンも思い当たる点があった。
リリスがジャンの店の上階にあるホテルで暮らしていたときも、ジャンが出かけようと誘ったときや、ユコが遊びに来たときは出かけていた。しかし、リリスから出かけようと誘われたことは、一度もなかった。
「だったらどこに――?」
「実家の自室にこもってますわねぇ……」
「ああ、ポッターズ・ブラフだったな。そのどこだっけ?」
「ポッターズ・ブラフ地方の……まあ、詳しい場所はあとで地図を見せますの」
そういうわけで、後日ジャンは、頃合いを見計らってリリスの実家を訪ねてみることにした。
リリスがどこにいるのかは分かった。けれど、そこへ行ったからといって、すぐにリリスの心まで見つかるとは限らない。
それでもジャンは、行くつもりでいた。
逃げたのなら、追いかける。信じられないと言われたのなら、信じてもらえるまで言葉を重ねる。
いつものお調子者な笑みを消し、まっすぐ前を見つめるジャンの瞳には、迷いのない確かな光が宿っていた。
ジャンとリリスの物語は、ここからもう一度動き始める。