ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


リリスのいない日

帝国暦九十三年 播種の月・学匠の日(現代暦:十一月中旬)

 文化祭翌日の朝、いつもの日常が戻ってきた。

 今日もラムリーザは、ソニア、ソフィリータと三人で登校していた。屋敷を出て庭園を抜け、しばらく南へ歩いた先にある最寄り駅へ向かっていた。駅名はつねき。意味はわからない。

「ねぇ、ソフィーちゃんのクラスって、文化祭何やってたの?」

 話題は、自然と昨日の文化祭に移る。一日中演奏に明け暮れていたソニアは、他のクラスや部活の出し物を見に行く余裕はなかったのだ。

「文化祭ですか? 劇をやっていましたよ」

「ゲキ? 膝頭を両手でパンパン叩きながらバタバタ足踏みしながらクルクルまわるあのお祭り?」

「あっ、演劇です。ゲキじゃありません」

 ゲキとだけ言うと、そういう祭りを連想されてしまうから、きちんと言い分ける必要がある。

 ソフィリータのクラスでは、全員参加の演劇を披露したようだ。

 内容を聞いてみると、主人公は学者たちで、大砲の弾に乗って月まで飛んでいく物語だった。月世界の景色に驚き、月の住民に捕まっては逃げ出して大騒ぎ。夢あふれる冒険物語なのか、パニック物語なのか、いろいろな要素を混ぜた面白そうな演劇だったらしい。

「ソニア姉様も、見に来てくれたらよかったのに。私は月の住民役だったんですよ」

「あたしカラオケ喫茶で忙しかったもん。でも、いっぱいケーキとか焼いているのに分けてくれない。あー思い出したら腹が立ってきた」

「いや、それはソニアが悪いからね」

 ラムリーザは、すかさずソニアの言い分を訂正しておく。腹が立つからと言って、売り物を食べていい道理がない。

「私は今年が初めてだから知らなかったのですが、軽音楽部って、体育館でライブをやったりするものじゃないのですか?」

「クラスに部員が全員そろっているから、クラスの出し物に巻き込まれてカラオケ喫茶になっちゃうの」

「ふ~ん」

 ソフィリータも一応軽音楽部に所属しているのだが、ミーシャと共にクラスの出し物を優先したようだ。だからカラオケ喫茶には、休憩時間に少し顔を出しただけだった。

 そうしてしばらく歩くと、駅名標にしっかりと「つねき」と書かれた駅に到着した。プラットホームに入ると、その端にある信号機に、なぜかキツネの尻尾のような大きな飾りがいくつも付いていた。
              
つねき駅のホームで、キツネの尻尾のような飾りが付いた信号機へ抱きつくソニアをラムリーザが引き離そうとし、ソフィリータが見守るなか汽車が近づく場面
「うわぁ、この信号可愛いーっ」

 ソニアは信号機に駆け寄ると、そのふさふさした尻尾に抱きつき、もふもふし始めた。

 そこにちょうど汽車がやってくる。ラムリーザは尻尾と戯れていたいソニアを無理やり信号機から引き剥がして汽車に乗り込んだ。

 つねき駅からフォレストピア駅に移動。ホームにはジャンとユコ、それに見知らぬ乗客たちがいた。

 リリスの姿はない。先に行ったのか、それとも今日は休みなのか。

 いつもの朝とほとんど変わらない。ただ、フォレストピア駅のホームにリリスが一人いないだけなのに、妙に人数が少なく感じられた。

「ジャン、リリスは?」

 ラムリーザは尋ねてみたが、ジャンは「先に行ったんじゃね?」と不貞腐れ気味だ。

 ラムリーザの記憶では、文化祭の後夜祭でジャンからリリスに告白すると聞いていたので、今のジャンの態度を見る限り、そういうことか……と納得して、それ以上追及するのはやめた。

 ソニアとソフィリータはユコも交え、まだ文化祭の話を続けていた。話題は演劇に登場した月に移り、ソフィリータが「あの月って、近くから見たら顔があるのかしら?」と言い出したことで、三人はあれこれ話し合っていた。

 どうやらその演劇では、人の顔を月に見立てて、打ち上げた大砲の弾が目にぶつかるといったシーンがあったそうな。

「それ有り得るよ」

 肯定的な意見を出したのはソニアだった。

「だって、ハーゴンのお顔はお月様でしょ?」

「それは絶対に違うと思いますの」

 しかしソニアの意見は、あっさりとユコに否定されてしまった。

 そうしているうちに、ポッターズ・ブラフ駅に到着。駅から出たところでリゲル、ロザリーン、ミーシャと合流。

 ミーシャはラムリーザに近寄ってくるなり、

「村長さん、鶏食っちゃった?」

 などと、ジェスチャーを交えて変わった挨拶をした。

「は?」

 しかしラムリーザには、さっぱり意味が分からない。

「なによー、太鼓打ちのお兄ちゃんはノリが悪いなー。ソフィーたん、骨董修理の天才は?」

「死んだ者でも生き返らせるよ」

 ミーシャとソフィリータは、二人揃って息の合ったジェスチャーを見せながら挨拶し、最後は互いを両手の人差し指で指さし、ポーズを決めていた。

「何あれ?」

 ラムリーザは、リゲルに尋ねてみた。

「知らん。どうやら一年生の間で流行っている挨拶らしい」

「ふ~ん」

「太鼓打ちのお兄ちゃんっ、リベンジさせてあげるよ」

 そこにミーシャが再びやってくる。

「お、おう」

 ラムリーザは身構える。

 しかしミーシャの挨拶は――

「石蹴って、紙切って、ぴっ?」

「は?」

「だめだなー、太鼓打ちのお兄ちゃんはっ!」

 呆然とした顔で佇むラムリーザをよそに、ミーシャはさっさと先に進んでいってしまった。

「な、何あれ?」

「さっき言った」

 ラムリーザは再びリゲルへ尋ねたが、あっさりと返されてしまった。

 しかしここにもリリスはいない。いつもの顔ぶれから一人欠けるだけで、ちょっとした違和感を覚えるものだ。ジャンも元気なさそうだし、これだから恋愛ってやつは――などと考えながらも、ラムリーザはすぐに別の話題へ移っていた。

「ところでリゲル、天文部の展示物、後で見せてほしいな」

 何だかんだで、リゲルの話を聞いているうちに、ラムリーザも宇宙に興味を持ち始めていた。

「そうだな、月について調べたことをまとめているから、後でノートを見せてやろう」

 なぜ月なのかというと、リゲルはミーシャのクラスで月世界へ旅立つ物語を演劇にすると聞いたので、それなら本当の月を見せてやろうとした、ただそれだけのことだった。

 学校の門が見えてくると、突然ソニアがしゃがみ込んだ。

 何だ――とラムリーザが見ていると、足首までずり下げて、もこもこにしていたサイハイソックスを引き上げただけだった。しょうもない、風紀監査委員対策だった。

 

 しかし、教室に入っても、そこにリリスの姿はなかった。

 

「あれ、先に出たのじゃなかったのか?」

 リリスが教室にもいないと分かり、ジャンは不思議そうにつぶやいた。

「え、やっぱり?」

 今朝ジャンはいつも通りに、自分の店にある宿泊部屋を使っているリリスを迎えに行ったが、すでに部屋の中はもぬけの殻だったと言うのだ。

 昨日のこともあり、気まずくて先に出たのだろうとジャンは思っていたが、教室に姿はない。つまり、リリスは宿にも学校にもいないことになる。

「変だな、ユコは何か聞いてない?」

「聞いてないですの」

「ん~」

「わかった」

 ――と声を上げたのはソニアだった。

「却下」

 すかさずジャンは、ソニアの意見を否定する。

「まだ何も言ってない!」

「エルの言うことが、毎回まともじゃないのはわかっているからなぁ」

「ふんっ、リリスは不良になったんだ。レフトールに感化されて、番長と一緒に学校サボるようになったんだ。今頃番長と一緒だよ」

「そ、それはないはずだ……」

「それはありませんですの!」

 力弱く否定するジャンと、なぜか強く否定するユコであった。

 そこへレルフィーナがやってきて、ロックンロールメイド喫茶が最優秀出し物賞を取ったと報告した。

「みんな、ありがとー。また来年もやろうね。解散って言うまで解散しないでね」

 ラムリーザも、来年も同じクラスになれたなら、それも悪くないと思った。

 しかしリリスは、結局一限目の授業が始まっても、教室に姿を見せなかった。

 

 休み時間、リリスがいないと、ソニアもおとなしくて平和だ。

 ユコとソニアの間では、あまり口論は起こらない。ユコはリリスよりも一歩引いて受け流すことが多いため、ソニアが騒いでも口論にまで発展しにくいのだ。

 今日はリリスがいないので、ジャンはリリスがいつもいる席へ移ってきた。これでラムリーザとソニア、その向かいにユコとジャンという形になる。

「リリス来ないね……」

 話題は自然と、姿を見せないリリスのことに移る。

「う~む……」

 悩むジャン。何度考えても、ジャンには今朝の空っぽの部屋が引っかかっていた。

「ジャン、文化祭の後夜祭でリリスと一緒じゃなかったのか?」

「う~む……」

「何があったんだ?」

「う~む……」

 ジャンは、うなるばかりだ。

「わかった! ジャンはエロトピアだから、リリスに脱いだところ見せてって言ったんだ。それでリリスは怒ってどこか行っちゃったの!」

「んなわけねーだろエル! お前が見せてみろや!」

 ソニアの勝手極まりない推測に、ジャンは唸り以外の言葉をようやく発した。それでもリリス抜きだと、いまいち盛り上がらない。

 やはりラムリーズは、ソニアとリリスが二枚看板なのだ。

 

 放課後――

 この日は、ラムリーザたちも部活を休んで帰ることにした。

 やはり二枚看板が揃わないとやる気が出ないし、楽器は文化祭で使ったので、スタジオではなく部室に置いたままだ。

 部室を使えばいいという話ではあるが、一度ちゃんとしたスタジオを使うと、部室はあまりにも設備が……それにジャンも元気がなさそうだ。

 結局ラムリーザとソニアは、そのまま屋敷へ帰ることにした。

「おかえりなさいませ、ソニアお嬢様。今日も一日ご苦労様でした」

 今日もつねき駅で、意味のないメッセージが流れた。

 最初はラムリーザに対するメッセージだったが、リゲルにこんなものは要らないと言って取り除いてもらうことにした。でもせっかく設置したのだから、とソニアが自分で使うことにしたのだ。

 こうしてソニアが利用するときだけ、この意味のないメッセージが駅で流れることとなった。しかしこのメッセージに、ソニアはまんざらでもなさそうな顔だ。

「わかった、ジャンはリリスに振られたんだ」

 駅から出たところで、まるで思いついたかのようにソニアが言った。

「でも今日出てきたのはジャンだぞ? 振られたほうが出てきて、振ったほうが隠れる?」

「じゃあ、ジャンがリリスを振ったんだ。リリス、ざまーみろ」

「後夜祭で、ダンスに誘って振るのか?」

「最後にからかっただけよ」

「ん~」

 あまり考えられないことだ。それに、いなくなったと決めつけるにはまだ早い。

 二人はそのまま屋敷には帰らずに、途中の庭園アンブロシアで日没までのんびりしていた。
              
夕暮れの庭園アンブロシアで、草原に横たわるラムリーザと、そのそばに座って二人が恋人になった日のことを思い返すソニアの場面
「ねぇ、ラム」

 ラムリーザは草原へ寝転がり、ソニアはその傍らに座って沈む夕日を眺めていた。

「なんだい?」

「ラムはいなくならないでね」

 そう呟きながら、ソニアは小さな手でぎゅっとラムリーザの袖をつかんだ。先ほどからリリスがいなくなった理由をあれこれ考えていたせいか、ソニアなりにも不安になっていたようだ。ラムリーザは、袖をつかむソニアの手に、そっと自分の手を重ねた。

「何を言い出すんだよ。リリスも失踪したって決まったわけじゃないさ。気まずくて、一人になりたかっただけかもしれないよ」

「それだったらいいけど……」

「明日になっても戻ってこなかったら、一緒に探しに行こうよ」

「……うん」

 ラムリーザは、日が沈むまでじっと横たわっていた。こうして考えごとを始めると、気が済むまで動かないことをソニアは知っている。だから何も言わず、そばに座ったまま起き上がるのを待っていた。

「なんだかあのときみたいだね」

 ラムリーザは、そばにいるソニアにちらりと目をやって言った。

「あのとき?」

「ほら、帝都を去る数日前。あっちの庭園でいろいろ考えていたときも、ソニアはずっとそばにいたよね」

「あの日かぁ」

 それはまだ二人が恋人になる前――ラムリーザがソニアを選ぶことになる、その日の昼間の出来事だった。

「ラムと一緒に次の世界を作っているよね?」

「よく覚えているものだな」

 それはラムリーザの告白の言葉であった。

 ジャンがリリスに告白したはずの夜の翌日、ラムリーザとソニアは、自分たちが恋人になった日のことを思い出していた。

「ラム、ありがとう」

「ん?」

「あたしを、選んでくれて」

「ん」

 あの日、二人は新しい時を刻み始めた。では、ジャンとリリスは――?

 

 二人が屋敷に戻ったとき、すでに日は沈んで空は藍色になっていた。

 屋敷に入る前に、ソニアはへんこぶたを飼っているケージへと向かい、そばに置かれた大きなボトルから、持ち歩き用の小瓶にブタガエンを補充した。

 どうでもよいことだが、ソニアはいつもブタガエンを少量持ち歩いている。何に使うかと言えば、もちろん人にかけるためだ。今日はリリスがいなかったため、どうやら一度だけユコへ振りかけたらしい。

 異変が起きたのは、二人が夕飯を食べ終わって、いつものようにラムリーザの部屋でのんびりし始めたときのことだ。

 ラムリーザがドラムを練習し、ソニアがハンバーガー作りのゲームで遊び始めたそのとき、携帯型情報端末キュリオが、通話の着信を告げるメロディを奏でた。

 ディスプレイを見ると、ジャンの名前が表示されている。

「はいなんでございましょ――誰やーっ!」

 いつものように、ラムリーザは妙な切り出し方をする。しかしジャンからの言葉は、それに対するツッコミではなかった。

 

「リリスが帰ってこない――」