ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


キャンプファイヤーのすれ違い

帝国暦九十三年 播種の月・騎士の日(現代暦:十一月中旬)

「文化祭実行委員よりお知らせします。キャンプファイヤーは、まもなく始まります。ご用とお急ぎでない方は、校庭へお集まりください」

 現在は文化祭実行委員も兼任している生徒会長ユグドラシルが、校内放送で後夜祭の始まりを告げた。キャンプファイヤーは、例年行われている後夜祭の恒例行事である。

「それとラムリーザくんたち、去年と同じくダンスパーティーの伴奏をお願いするので、校庭のステージへ来てください」

「ぬお?」

 ロックンロールメイド喫茶が終わって、部室のソファーでのんびりと休んでいたラムリーザは、突然の呼び出しに驚く。

 去年の文化祭では、音楽を再生する機器が突然故障し、急遽ラムリーザたちの生演奏でその場をしのいだ経緯がある。

 しかし、録音された音楽よりも生演奏のほうが評判はよく、今年は最初から録音音源を使わず、ラムリーザたちに任せることにしていたのだ。

 かわいそうな再生機器は、壊れたまま倉庫の奥底で眠っている羽目になった。
              
文化祭の営業を終えた軽音楽部室で、メイド姿のラムリーザとジャン、執事姿のソニアとリリスが休み、制服へ着替えたリゲルが後夜祭の呼び出しを聞く場面
「ああ、そういえばそんな話もあったな」

 喫茶店が閉店すると同時に、何も言わずにさっさと制服に着替えたリゲルがつぶやく。メイド服でステージへ立った事実は、彼の中で黒歴史として闇に葬られるのだろう。

「とりあえずギターとベースだけでもいいけど、せっかくだから僕もスネアだけ持って参加するよ。メインメロディーは、ユグドラシル先輩がバイオリンで奏でるから」

「なによ、あたしたちバックバンド?」

「今日一日、バックバンドだっただろ」

 ラムリーザはソニアの不満を一蹴し、メイド服から着替えに取り掛かった。さすがに校庭にあるステージの上で、メイド姿を披露する勇気はなかった。

「あ、着替えた。あたし、ラムのメイド姿、もっと見ていたかったのに、のに!」

「変なものに興味を持つなよ」

「魔法使いがラムを女の子に変身させても、あたし平気よ。今まで通りきっとラムが好きでいられるから」

「ほ~お、ソニアはそんな趣味があるんだな」

 ラムリーザはソニアを軽くからかいながら、さっさと着替えを済ませた。

「別に~。あたしはただ一緒にいるだけでいいから」

「じゃ、今まで通りだな。さあみんな、第二ステージに行くぞ! 僕たちの戦いはこれからだ!」

「待てよ、俺はリリスとダンスするから」

 しかしラムリーザの意気込みをよそに、ラムリーズから急遽二人が離脱、リードギターとサブギターが、そろって抜けてしまった。

「ねー、おにーやん踊ろうよー」

「ぬ、しょうがないな。ロザリーンも行くぞ」

 リゲルは、ロザリーンとミーシャの二人と、きっちり半分ずつ踊るつもりなのだろう。本人は二人を平等に愛していると考えているらしいが、それを本当に平等と呼べるのかは、見ている側にはよく分からない。

 ともかくこれで、リズムギターとピアノ、そしてダンスボーカルも演奏から離脱した。

「今日みたいなキャンプファイヤーでの音楽って、スキッフル系が合っていると思うんですの。だから私はここに残りますわ。ラムリーザ様も、スネアではなくてウォッシュボードを持っていくべきですの」

「な、何なんだ、それ?」

 スネアにベルトを取りつけ肩からつるして準備していたラムリーザは、突然ウォッシュボードとか言われて戸惑う。

「洗濯板、例えばユッコの胸元みたいな」

 などと、ソニアがまたしても、わざわざ波風を立てるようなことを言う。

「風船おっぱいお化けよりも洗濯板のほうが実用的で意味がありますわ」

 ユコは腹を立て、後夜祭の演奏参加を取りやめてしまった。

「んじゃ俺と踊るか? へっへっへっ」

 そこに、レフトールがちゃっかり声をかけてくる。ユコは、テーブルに広げた楽譜、ラムリーザ、ソニア、レフトールへと、忙しなく視線を巡らせたあと、ごそごそと楽譜を片づけ始めた。

「不良なんかと踊っていたら私のイメージが壊れてしまいますが、レフトールさんがどうしてもって土下座してまでお願いするので、仕方なく付き合ってあげますわ」

「どっ、土下座なんてしてねぇっ」

「でもダンスよりも、ゲーセン行きたいですの」

「おっ、それいいな」

 などと言いながら、レフトールとユコは部室を出ていってしまった。

 その結果、部室に残されたのは、ラムリーザとソニアだけとなってしまった。

「去年と一緒だな」

 ラムリーザはそうつぶやきながら、ソニアと共に校庭に設けられたステージへと向かった。

 

 校庭ステージにて――

 ラムリーザとソニアが来たとき、ちょうど組み上げられた薪に火が入れられるところだった。文化祭実行委員の一人が松明を掲げ、薪に点火した。すると周囲から、わーっという歓声が上がった。

「静粛に、静粛にー」

 ユグドラシルは、ステージの上からみんなのざわめきを抑えようとした。歓声は少しばかり収まったが、まだまだはしゃいでいる人は多い。

「――って、二人だけ?」

 そしてステージのマイクから口元を離し、ラムリーザのほうを振り返って尋ねる。

「みんなフォークダンス優先しちゃった」

 ラムリーザが観客側を示すと、観衆に混ざってジャンやリリス、リゲルやロザリーン、ミーシャの姿が見える。

「バイオリンとベースとスネアだけ? ギター役が……」

 ユグドラシルがギターを持ったまま少し困っていると、観衆の中から一人ステージに向かってきた女生徒がいた。彼女は、ステージ脇の階段は使わず、一跳びでステージへ飛び上がった。

「私がギター役を引き受けます」

「ソフィリータ?」

 ソフィリータはユグドラシルからギターを受け取って構えた。

「あ、ソフィーちゃんなら申し分ないよ。元祖バンドトリオ、真・ラムリーズトリオだ」

 ソニアが言うのは、この地方に来る前、帝都で暮らしていたころの話だ。ラムリーザ、ソニア、ソフィリータの三人は、帝都の屋敷の中だけで活動していたトリオだった。

「それは助かるよ。さすがソフィリータ、それでは――」

 ユグドラシルはバイオリンを手に、再びステージのマイクの前に立った。

「――この曲を、校庭に集まった熱いカップルたちへ! 心ゆくまで楽しんでくれ!」

 そして合図とともに、演奏が始まった。

 

 軽快な演奏が校庭へ響く中、リゲルとミーシャは向き合って腰を振り振り。それは、ミーシャが現れる前のリゲルからは想像もできなかった姿だった。

「おー、踊り子ちゃんとリゲルのダンス、久々に見たねー」

 しかし昔から知っている地元の生徒にとっては、数年前までは当たり前に見られた光景だった。誰も違和感を抱くこともなく、二人のノリノリのダンスを受け入れている。

 一方、レフトールと一緒に部室を出たユコの姿はなかった。

 二人はこっそりとダンスパーティーを抜け出して、学校を出てそのままゲームセンターへ向かっていた。

 ユコはレフトールに感化された――というより、ゲームセンターへ行きたいと言い出したのはユコ本人である。

 

 紅く染まる空――

 軽快だった演奏は、やがてゆったりとした曲へ変わった。踊りも流行のツイストを思わせる激しい踊りから、やがてはチークダンスのような落ち着いた踊りへ変わっていった。

 リゲルは、ロザリーンとチークダンスを踊っている。まったくこの男は、開き直りも度が過ぎるというものだ。

 同じようにジャンとリリスも、ラムリーザたちの演奏をバックに二人で踊っている。

「去年みたいだな」

 ジャンは、ぽつりとつぶやいた。確かに一見すると、去年と同じような光景にも見える。

「そうね」

 リリスはそう答えたが、どこか落ち着かない様子だった。

「一年半かな? いや、一年と少しか。リリスと知り合ってから」

 ジャンは、リリスの顔をじっと見つめながら言った。

「あなたと知り合えたのは、ラムリーザのおかげね」

 そう答えるリリスの視線は、右へ行ったり左へ行ったり。顔色も、わずかに悪く見える。そしてラムリーザの名前を持ち出すあたり、やはり彼のことが頭から離れないのだろうか――と、ジャンは考えた。

「ラムリィのことねぇ……」

 ジャンは、ちらりとステージ上のラムリーザに目をやる。ラムリーザはソニアと二人で、踊るように身体を寄せ合いながら、それぞれスネアとベースギターを演奏している。

「あの二人、仲が良いよなぁ」

 ジャンはリリスにそう言った。まるでラムリーザに対する未練を断ち切らせるかのように。それを聞いたリリスは、一瞬顔をしかめる。せそ汁のことを思い出したのだ。

 以前ソニアとの勝負でユライカナン産のせそ汁を使った味比べをやったとき、審査員のラムリーザについてよく知らなかったリリスは、ソニアにラムリーザが熱い食べ物が苦手という特性を突かれて敗北していた。

 ソニアはラムリーザのことをよく知っている。そしてラムリーザもソニアのことをよく知っている。誰が見ても、二人の間に割り込む隙間はほぼないと言っても良いほど二人は強く結びついていた。

 たとえリリスが色目を使っても、ケルムが権力を使っても。

「なんだか、自信ないわ」

 リリスはつぶやいた。ジャンの問いへの直接の答えにはなっていないが、リリス自身、現在、戸惑っているのも事実だ。

「そういうわけでさ――いや、別にそういうわけでもないんだけど、俺ってどうよ?」

「どうって、何がかしら?」

 ジャンは、ゆったりとしたダンスをしながら、さらにリリスのほうへと顔を近づける。

 バイオリンが奏でる、ゆったりとした音色。燃え上がるキャンプファイヤーを囲むフォークダンス。告白の舞台は整った、とでも言えるような雰囲気。

 ジャンは、いつもより少しだけ強くリリスの手を握っていた。それだけでリリスは、胸の奥が妙にざわつくのを感じていた。嬉しいのか、怖いのか、自分でもよく分からない。ただ、今のジャンが冗談を言おうとしているわけではないことだけは、嫌でも分かってしまった。

「リリス、俺はな――」

 ジャンは、リリスに微笑みかけながら――

「お前のことが――」

「待って!」

 ――告げられなかった。
              
文化祭後夜祭のキャンプファイヤー前で、告白しようとするジャンの唇へリリスが人差し指を当て、その言葉を止める場面
 リリスは、左手の人差し指を、ジャンの唇に押し当てる。その先の言葉を遮るように。

 ジャンは、この最高の舞台と絶好のタイミングで、リリスへ想いを告げようとしたのだ。

 文化祭の後夜祭のフォークダンスで告白する――青春物語なら、これ以上ない場面である。

 しかしリリスは、その先を言わせまいとしている。

「でも、リリス。俺は――」

 しかしジャンは諦めていない。

 次の瞬間、リリスは身をひるがえしてジャンから離れた。近くで踊っていたカップルが、ちらりと不審そうに二人へ視線を向けたが、すぐに二人の世界へと戻っていった。周囲の視線に気づいた瞬間、リリスの肩がわずかに強張った。

「リリス――?」

 ジャンは、一歩離れたリリスに手を伸ばした。ジャンからしたら、伝説を作ってやろうとしたところに水を差されたようなものだ。

「ジャン、おしゃべりしてないで、踊りましょうよ」

 リリスは、離れた位置からひらひらと手を振っている。

「リリス!」

 ジャンは少し強めに呼びかける。

「何かしら?」

「君はなぜいつも、曖昧な態度ばかり取るんだ?!」

 ジャンは、言った直後、自分でも声が強くなったことに気づいた。リリスは何も答えない。ただじっとジャンを見つめている。

 しかしその瞳には、いつもの相手を誘うような妖艶さは浮かんでいない。ただそこにあるのは、戸惑いと怯えだけだ。ジャンには、それが恐怖のようにすら見えた。

「そんなにラムリィが諦められないか?」

「違うわ……」

「だったらなぜ?」

 ジャンにも戸惑いが生まれ始めていた。この娘は一体何を考えているのだろうか、と。

「私なんかが、いいはずは、ないわ。これは、何かの冗談、でしょう?」

 途切れ途切れに語るリリス。ジャンは忘れかけていたが、その態度と表情は、初めて出会ったころのリリスを思わせた。

 それは人の視線にさらされ、怯えていたころと同じ仕草だった。

「そんなことはない。俺はリリスが魅力的だと思っている。だから俺は、そのリリスのことが、好きだ」

 思い描いていたものとは、ずいぶん違う告白になってしまったが、それでもジャンは、自分の口で想いを告げた。しかし――

「あまりそういう言葉は、信じられない」

 リリスはさらに一歩退くと、表情を消したままジャンに背を向け、立ち去っていった。ジャンはその場に立ち尽くし、リリスがダンス会場となっている校庭から遠ざかっていく後ろ姿を、ぼんやりと見送っていた。

 キャンプファイヤーの火は、まだ明るく燃えている。ステージではラムリーザたちの演奏が続き、周囲の生徒たちは何事もなかったかのように踊り続けていた。

 けれどジャンの耳には、その音が少し遠く聞こえていた。賑やかな後夜祭の熱気の中で、ジャンだけが涼しい秋の夜風の中に、ぽつんと取り残されていた。

 文化祭の夜は、まだ終わっていない。けれどジャンとリリスの距離は、始まるはずだった瞬間に、かえって遠ざかってしまったのである。