ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
騎馬戦後編 この世に善が栄えた試しなし?!
帝国暦九十三年 播種の月・王の日(現代暦:十一月上旬)
体育祭の熱気、その中でも騎馬戦の盛り上がりは、最高潮に達していた。
個人対抗戦、勝ち抜き戦を終え、戦績は一勝一敗。勝負は最後の乱戦にもつれこんでいた。
ラムリーザは、昨年の騎馬戦を思い返した。個人対抗戦には勝った。勝ち抜き戦は、どうだっただろう。そして最後の乱戦では、レフトールの作戦に敗れていた。
しかし今年は、昨年の敵だったレフトールが味方、それも大将格である。普段は体育祭をさぼってばかりの不良だが、騎馬戦だけは気に入っているらしくきちんと出場する。
「ラムーっ、負けたらご飯抜きだからねーっ!」
観客席のソニアは、なぜかラムリーザの食事を人質に取って声援を送っている。食事を作るのは、ソニアではないのだが。
「ふはははは、今年もいただくぜ。てめーらは俺様の前に這いつくばるのさ」
今年もレフトールは陣頭に立ち、相手陣営を威圧している。
「そうはいかんぞ。今年こそ悪を成敗してくれる!」
対する相手陣営を率いるのは、プロレス同好会のベイオだ。夏休み明け、プロレス同好会を立ち上げるため、ラムリーザに協力を求めてきた生徒である。プロレスにかける意気込みがあるだけに、レフトールの威圧にも負けていない。
レフトールが悪の覇王なら、ベイオは善の覇王。こうして善と悪が正面からぶつかり合い、騎馬戦は、いよいよ最高潮の盛り上がりを見せていた。
「えーと、自分は総大将でいいのかな? レフトールくんが大将で」
二年生たちの勢いに押され、三年生はすっかり影が薄くなっていた。その代表であるユグドラシルが、おそるおそる尋ねる。
「てめーだと勝てねーだろうが!」
レフトールは先輩にも容赦ない。個人対抗戦で敗れていたユグドラシルは、肩をすくめて引っ込む。
「こらっ、先輩に何て口をきくんだ」
すかさずラムリーザが諭す。しかし騎馬戦という舞台では、レフトールは完全にお山の大将になっていた。
「ラムさんにもきっちり働いてもらうからな」
ラムリーザを守護する騎士を気取っていたはずだが、その忠義はどこへ行ったのやら。
こうして構図だけを見れば、ラムリーザは完全に悪の陣営に属していた。プロレスにたとえるなら、ベイオがベビーフェイス、レフトールがヒールである。
去年はレフトールとは敵同士だったが、今年はクラスメイトになっていて、ラムリーザは否応なく悪役商会の一員に組み込まれていた。
悪役商会の二年生部隊は、これまでと同じく、レフトール、ラムリーザ、リゲル、ジャンを騎手とする四騎だ。そこにユグドラシル率いる三年生四騎、これまでの二種目で苦戦していた一年生の四騎。以上、合計十二騎が全戦力である。
一方、相手側の陣営では、ベイオが「この戦いに勝って、プロレス同好会ここにありと示してやる」などと息まいている。
「ふっふっふっ、プロレスが何だ。……待てよ、マック。お前、埋伏の毒か?」
「んなわけないんだな」
そういえば、マックスウェルはプロレス同好会に参加している。レフトールは、自分の騎馬で先頭役を務めるマックスウェルを疑ったが、さすがに体育祭の競技で裏切り劇など発生することはないだろう。
こうして、乱戦が始まった。
レフトールは、まずはラムリーザを少し前進させる。それに応じて前へ出てきた相手を見て、ラムリーザは首をかしげた。勝ち抜き戦のときには気に留めなかったが、よく見れば見覚えのある生徒だった。
「やあやあ、我こそは、プロレス同好会のヤンブットなり! いざ尋常に勝負いたせいっ!」
「ああそっか、彼か」
ラムリーザは自分に向かってくる相手を思い出した。ベイオと一緒にやってきた生徒だ。おそらく副将格なのだろう。彼を討ち取れば、レフトール側の士気も上がり、逆にベイオは困るわけだ。
ラムリーザとヤンブットは、がっちりと組み合って力比べを始める。他の者はラムリーザの力を恐れて近寄らないが、さすがはプロレスをやろうという者である。物怖じせずに正面決戦を挑んできた。
「よし、ジャン。やれ」
「ほいきた」
両軍が固唾をのんで一騎打ちを見守る中、ジャンが素早く接近した。そしてそのまま、ラムリーザと組み合っているヤンブットのハチマキを奪ってしまった。
「「なっ?!」」
その行動に、ヤンブットだけでなくラムリーザも驚き、声が重なる。
「こらっ! 卑怯だぞ、お前らーっ!」
ベイオはレフトールに抗議の声を上げる。しかしレフトールは、涼しい顔をして指示を飛ばす。乱戦では、一騎打ちを守る義務などない。
「全軍突撃! ただし常に一騎に対して二騎で当たれ。一騎ずつ確実に潰していくのだ」
これはラムリーザも去年やられた策だ。ラムリーザを討ち取った去年と同じ手で、今度はラムリーザを囮にして相手の主力をやっつけてしまっていた。
ラムリーザの属する陣営、レフトール軍団は、一対一を避けて一騎が相手の動きを封じ、もう一騎がハチマキを奪う作戦で、次々に戦果を上げていた。
その間にレフトールは、ユグドラシルを表向きの総大将として前へ出し、その周囲に数騎置いて相手の動きをそこへ誘導していた。
実際に、相手側の手の空いた騎馬は、ユグドラシルのほうへ突撃してくる。ユグドラシルは、突撃してくる相手から逃げるように動いていた。
もっともユグドラシルも、状況をある程度は理解していた。自分が狙われることで相手の足並みが乱れるなら、それはそれで役目だと割り切っているようだった。
表面上の総大将ユグドラシルは、実質的な囮になっているのだ。
このあたりの騎馬の動かし方は、レフトールも妙に手慣れていた。内政や大局を考えるリゲルが参謀なら、レフトールはさしずめ現場の戦術指揮官といったところか。
ラムリーザは去年、そのレフトールにあっさり敗れた。だが今年は、彼の指揮のもと、ジャンと組んで戦場を駆け回っていた。ラムリーザが相手を捕らえ、ジャンがその隙にハチマキを奪う。まさに適材適所。二騎の連携は、向かうところ敵なしだった。
レフトール自身は遊軍として動き、ユグドラシルへ向かった相手のハチマキを横から奪う場面もあった。一方、ベイオ側もいくつかハチマキを奪っていた。
気がつけば、相手側の騎数はかなり少なくなっていた。
「味方は、何騎残っているか?」
ベイオが、そばに残った騎手に尋ねる。
「お前と俺だけだ……」
ベイオ側で残っているのは、本人を含めて二騎だけだった。
「そうか……」
そうつぶやいた後、ベイオはレフトールをギロリとにらみつける。レフトールもベイオの視線に気がついて、負けじとガンを飛ばし返した。
「レフトール! 貴様、一騎打ちだ!」
「おう、ラムさん。相手してやれや」
ベイオの挑戦を、レフトールは軽くいなしてしまった。
「お前、ラムリーザの騎士を名乗るわりに、随分と偉そうだな」
すかさずリゲルはツッコミの言葉を入れた。レフトールは完全に総大将気取り、ラムリーザも含めて、すべて子分にしてしまっていた。
「よっしゃ、俺が行くぜ!」
突撃を仕掛けたのはジャンであった。残る二騎へ向かっていく。
「バカが! 単騎で突入するやつがあるか!」
レフトールは最後まで統率の取れた動きを期待していたようで、ジャンの勝手な突撃に腹を立てる。
ジャンが狙ったのは、ベイオではなく、もう一騎残っていた相手だった。ベイオは二人に一騎打ちをさせたまま、単騎でレフトールのほうへ騎馬を進める。ラムリーザはその間に割って入り、ベイオの進行を妨げる。
「どっちが主君なのかわからんな」
その様子を見て、リゲルは笑みを浮かべながらつぶやいた。
「邪魔をする気か? まあいいだろう、君とは先ほどの勝ち抜き戦で引き分けになってしまった。今度こそ決着をつけてやろう」
「ん、僕もそのつもりで出てみた」
こうして、周囲をレフトール側の八騎に囲まれながら、ラムリーザとベイオの一騎打ちが始まった。
レフトールたちが見守る中、ラムリーザとベイオは円の中央でがっちりと組み合った。プロレスでは、力比べから入るのが常套手段なのだろうか。
「どちらかが場外へ出そうになったら、中央に押し戻してやれ」
レフトールは、周囲の味方にそう指示した。
「ふっ、ランバージャック・デスマッチか」
リゲルはすぐにその意図に気がついて、にやりと笑う。
「そういうこと。負けたほうをゴンドラに放りこんだら勝ちだ」
「なんだそれは?」
「ランバージャック・ゴンドラ・デスマッチだ」
真顔で答えるレフトール。ぽかんとしているリゲル。
しかし、外野の茶番はさておき、リング上――ではなく、円の中央では力比べが続いていた。そのうちベイオが苦悶の表情を浮かべる。
「くっ、やはり君の力は尋常じゃないな……」
「まだ、もっとすごいことができるぞ。アイアンクロー――じゃなくて、ドラゴンクローとか」
「ラムリーザくん、プロレスやろうよ。ひょっとしたらバンドより楽しいかもしれないぞ」
「それは考え中。勝手にバンド脱退したらソニア怒るだろうし、ドラムを叩いているのも楽しいからね」
「ドラムなら、知り合いにアンディ・ブラックって上手い奴がいる。収録は彼に任せればいいんじゃないか?」
「あ、待って。考えてみたら、僕はラムリーズのリーダーだった。僕が抜けたら解散になってしまう、それ絶対みんな怒るから無理」
そこでラムリーザは次の行動に出た。組み合っている両手のうち、ラムリーザは左手を右手の近くに寄せる。そして、右手でベイオの左手をつかんだまま、親指と人差し指を開き、そこにベイオの右手首もまとめて挟み込んだ。勝ち抜き戦で相手の馬役の押し出しを止めるために使った、片手で相手の両手首をまとめて封じる方法だ。
「くっ、なんて力だ――離れない……」
ラムリーザに動きを封じられたベイオは何とか逃れようとするが、ベイオの両腕は、ラムリーザの片手に封じられ、びくとも動かなかった。そしてラムリーザは、空いた左手をベイオの顔へ近づけ――
「無念――ぬおっ?」
ラムリーザはベイオのハチマキを奪わずに、そのまま顔面を鷲掴みにした。
「これがドラゴンクロー、竜の爪。君の言うとおり、プロレスをやってみたよ」
周囲を囲んで見守っていたリゲルは、「騎馬戦でプロレス技の指導を始める奴があるか」と呆れ返り、観客席のソニアは「ラムーっ! なにそれーっ! 早くハチマキ取ってよー!」と身を乗り出して叫んでいる。
「なっ、なんてことだ……」
ベイオは完全にラムリーザに捕まってしまった。まさに万事休す。手も足も出ないとは、このことだった。かつては、顔をつかんだ片手だけでレフトールを持ち上げたことすらある。ベイオの動きを封じるぐらい、たやすいことだった。
二人の動きが完全に止まったのを見て、レフトールは、ゆっくりと二人のいる円内へ近づいていった。そして、二人の様子を間近で観察しながら、その周囲をぐるりと回る。
ベイオはレフトールの動きに気がついていない。ラムリーザに顔面をつかまれて視界を奪われているためだ。
そのとき、レフトールはおもむろに手を伸ばし、ベイオからハチマキを奪い取ってしまった。
「「あ……」」
ラムリーザとベイオは、同時に声を漏らした。
「せっかくドラゴンクローがうまく決まっていたのにー」
「プロレスじゃねーんだ、騎馬戦やれっ!」
「ぬぅ……」
ラムリーザにしてみれば、技を試している最中に水を差されたようなものだ。しかし確かにレフトールの言うとおり、だらだら遊んでいると見られても仕方がない。
敗れたベイオは、悔しそうにレフトールをにらみつけた。
「くっ、悪に屈してしまうのか……」
「はぁーっはっはっ! この世に善が栄えた試しなし! この世に善がある限り、悪の魂が俺を呼ぶ!」
レフトールは声高らかに勝ち名乗りを上げた。彼は、見守るという約束をしたわけではない。彼だけは、最初から横取りする気だった。
「えっ、終わったん?」
ところが、ジャンの戦いだけはまだ続いていた。相手との力比べが延々と続いている。というか、誰も注目していなかった。
「なんだ? まだやってたのか? 全軍かかれ!」
レフトールは興味なさそうに言ったあと、総攻撃の指示を飛ばした。
残っていた八騎が一斉になだれ込み、それに驚いた相手側に残った最後の一騎は、ジャンとの戦いを放棄して馬役の肩から飛び降りて逃げ出してしまった。馬役の四人も、騎手の後を追って逃げる。最後の一騎が戦闘を放棄したことで、乱戦は決着した。
こうして乱戦では、ラムリーザたちの陣営が勝利を収めた。銅鑼が打ち鳴らされ、戦いは終わった。
「よっしゃー! 去年に続いて二連覇!」
去年ラムリーザに勝利していたレフトールは、これで二年連続の勝利となる。
「くっ、来年覚えてろ」
敗れたベイオはおとなしく引き下がっていく。正義が敗れ、悪が勝利した瞬間であった。
いずれにせよラムリーザは、レフトール軍の一員として、騎馬戦での勝利を初めて味わったのである。
控え席に戻ると、「やったね!」とソニアが迎えてくれる。
「去年は敵だったのにね」
くすりと笑いながら、リリスはレフトールを見つめて言った。
「俺も最後まで活躍したぞ」
そのリリスに、ジャンはアピールをかます。確かに、最後まで戦場に残っていたという意味なら、間違ってはいない。
「レフトールさんを味方にして、今年はどうでしたか?」
ロザリーンがユコに尋ねた。レフトールは俺を褒めろとばかりに、そばでふんぞり返っている。
「うっとうしいだけですの」
しかしユコの答えは、まったく褒め言葉になっていなかった。
「なんでやねーん! 誠に遺憾に存じます!」
おどけてみせるレフトールに、一同は笑い声を上げるのであった。
去年の騎馬戦で、ラムリーザはレフトールの策に敗れた。今年は、その策の中にいた。
敵だった番長は、今ではうっとうしい味方になっている。勝ち方は少し悪役じみていたが、それでも勝ちは勝ちである。
騎馬戦は、誰が何と言おうと、レフトール軍の勝利で幕を閉じたのであった。