ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


体育祭の舞台裏 男山の大将

帝国暦九十三年 播種の月・王の日(現代暦:十一月上旬)

 この日は本来なら休日だが、体育祭が実施されるため、登校日となっていた。

 授業の準備はなし。鞄の中には、体操着と弁当だけ。まるで遠足である。

 学校に着いても、朝のホームルームはない。生徒たちは、すぐに体操着に着替え、運動場へ集合することになっていた。クラスごとに決められた場所へ集まり、開会式が始まるのを待った。

「体操着って美しいよな……」

 待機していたジャンが、ぽつりと漏らす。リリスはくすりと笑って、ユコは「エロトピア」と言う。

「だが、リリスの体操着が一番だ。ソニアは、おっぱいに目が行きすぎる」

「変態エロトピア!」

「ジャンの名前って、連呼したら奇襲攻撃食らったみたいになるね」

 止まらないジャンのエロ発言にユコは怒り、引き合いに出されてけなされたソニアも、相変わらずよくわからない理屈で反撃した。

 一方、リリスは「もっと見るかしら?」などと、ジャンを誘うようなことを言ってくる。

「リリスも調子に乗らないの、見せないの」

 どうやら、この中でまともなのはユコだけのようだ。真面目なロザリーンは、クラス委員の仕事として出席を取っている。

「あれ? レフトールさんとマックスウェルさんがいませんね」

 出席簿を見ながら、ロザリーンが首をかしげた。

「番長は最初から来てないよ」

「なんですって?! 困った人たちですこと」

 この場にレフトールもマックスウェルもいなかった。子分たちを率いて、どこかでだらだら過ごしているのだろう。おそらく、騎馬戦の時間になれば戻ってくるだろう。

 そうこうしているうちに開会式の時間となり、皆は運動場の中央へ集まっていった。

 

 一方その頃――

 

 レフトールとマックスウェルは、仲間たちと共に校舎裏に座り込んで暇をつぶしていた。

「なぁレフ、体育祭には出んの?」

「バカちんが! 番長にスポーツは似合わねえだろ?」

「あ、レフトールさん、番長って名乗るようになった」

「あぁ? うるせぇピート!」

 ソニアがやたらと「番長、番長」と呼んでくるので、いつの間にかその気になってしまっているレフトールであった。

 もっとも番長とは、不良少年たちのリーダーを指す俗称でもあるため、ソニアの言っていることは間違いではない。

 というよりもソニアは、レフトールを不良たちのリーダーだと見て、そう普通に呼んでいるだけだ。

「どこ行こかー、ガッコから出たら怒られるしなぁ」

「慌てるな、騎馬戦まで待つんだ。あれは俺のたった一つのガッコでの楽しみだからな」

「年に一度しか楽しみのないガッコ生活、レフトールさんも大変っスね」

「あぁ? うるせぇチャス! ケツのど真ん中に矢をぶち込むぞ!」

 レフトールは周囲の生徒から恐れられているが、ひょうきんな面もあるため、仲間たちからは結構な軽口を叩かれていた。

 本人は恐ろしい番長のつもりでも、仲間たちといる姿には、どうしてもコメディじみた空気が漂っていた。

「外に出たとしても金がねーよ。レフトールさんがカツアゲ禁止なんてするからさー」

「あたりめーだろ。堅気には手を出すな。金が欲しけりゃウサリギの子分でも襲って奪っちまえ」

「それやると抗争になっちまうぞ、いいのか? レフトールさんがガツンとウサリギのヤローをやっつけてしまえば、あいつら全部支配下に置けるのによ」

「やるときは全員でやるもんだ。『赤信号、みんなで渡れば怖くない』って言うだろ?」

「いや、それ言うのレフだけなんだな――むっ……」

 仲間たちと一緒になってレフトールに軽口を叩いていたマックスウェルは、彼の背後に現れた人物を見て口をつぐんだ。

「どうした? 急に神妙な顔つきして」

「レフ、後ろ後ろ――」

「なんだよ――お?」

 レフトールが振り返った先には、噂のウサリギが立っていた。彼も、体育祭をさぼっているらしい。ただ仲間とつるんでいるレフトールとは違い、ウサリギは見知らぬ女子生徒を一人連れている。

 しばらく、両者はにらみ合ったまま動かなかった。その沈黙を破ったのは、ウサリギだった。
              
体育祭の最中、校舎裏で女子生徒を連れたウサリギが、地面に座り込むレフトールたちと向き合う場面
「ふっ、相変わらず野郎共で群れてやがるな。むさくるしい奴らだ」

「なんだと? ……やーいやーい、女と遊んでるやーい。色気づいてやんのー」

「レ、レフ……お前、小学生かよ……」

 苦し紛れのレフトールの反撃を聞いて、マックスウェルは苦笑いを浮かべる。当然ウサリギは、そんな反撃を意に介する様子もなく、レフトールをじっと見つめたまま言った。

「ま、レフトールには女はまだはえーよ」

「むむむっ、なんで俺には女がいないのだぁ?!」

 レフトールは子分たちを振り返るが、マックスウェルやピートは肩をすくめて首を横に振るだけだ。そんなの俺たちの知ったことではないと言いたいのだろう。

「ふふっ、お前は仕える主人を見誤ったのさ」

 しかしウサリギが言いたいのは、単にレフトールがもてないという話ではなかった。仕える主人を見誤るとは?

「なんだそれは?」

「ケルムさんに仕えていれば、取り巻きの女の一人や二人、おこぼれにありつけるってものだ。しかしあのラムリーザは周りの女を一人で独占して、お前らには回してくれねーよな? その違いがなぜ発生するかわかるか?」

「なんだてめー、俺がモテねーとでも言うのか?」

「それもある――では身も蓋もねーから、簡潔に言うとケルムさんは女でラムリーザは男だということだ」

 ウサリギはニヤニヤしながらレフトールを見据えている。少なくとも、今日の舌戦ではレフトールの分が悪いようだ。

「ケルムさんの周りに集まる女は、ケルムさん本人だけが目当てじゃない。周りにいる男にも目を向ける。だがラムリーザの周りにいる女は違う。あいつ本人しか見てねぇ。だからお前らには回ってこねぇって話だ」

 もちろん、それはウサリギがレフトールを挑発するために組み立てた、都合のよい理屈にすぎない。

「てめーが何を言いたいのかさっぱりわからん」

「わからんならわからんでよい。俺は勝手に裏山で遊んでくっか。またな、男山の大将」

 ウサリギは捨て台詞を残して、学校の裏山へ去っていった。

 遠くのグラウンドから聞こえる歓声や吹奏楽の音が、秋の風に乗って校舎の影まで届いては消えていく。その華やかな熱気から切り離された日陰で、レフトールたちは追おうともせず、その後ろ姿を見送った。

 数秒後、レフトールは子分たちのほうを振り返って尋ねた。

「おい、今の意味は何だ?」

「知らんがの」

 マックスウェルは興味なさそうに短く答えた。

「ピートお前どう思う?」

「女は女を求めないが、男は求めるということだろ?」

「なんやそれ?」

「知らんがの」

 ピートも結局マックスウェルと同じ答えになる。

「くっそ、チャスはわかるか?」

「知らん。ピートと同じことしかわからんよ」

 レフトールは、子分たちに聞いても結論が出ないので、自分でラムリーザの周りにいる女どもを思い浮かべてみた。

 おっぱいちゃんソニアは、レフトールにとって一番興味を引く対象だが、ラムリーザの本命だからラムリーザが飽きるまで回ってこない。

 根暗吸血鬼リリスは、小便ちびるような女だから興味はない。

 そのツレのユコは、自分を用心棒代わりに連れて、ゲーセンへ行くだけだ。

 優等生ロザリーンなど近寄りたくもない。

 あとは下級生だが、ラムリーザの妹ソフィリータは去年のこともあってどうも苦手。

 踊り子ちゃんミーシャはアホっぽいから趣味じゃない。というか踊り子ちゃんと言えばリゲルの本命のはずだ。

 以上が、現在ラムリーザの取り巻きだと、レフトールたちが見なしている女子たちだ。これはあくまで、校舎裏にたむろしている連中から見た、雑で身勝手な値踏みである。

 ラムリーザたちの輪の内側から見える彼女たちの実像とは、まるで違っている。けれどレフトールたちにとっては、そういう見方しかできないのだった。

「ん~、あんまりいい女は揃ってねーな」

 その独り言が、レフトールの今の感想だった。周囲では子分たちが、噂話に興じている。

「あいつ裏山に向かったけど、あそこに何があるのだ?」

「知らないのかピート、あそこは落ち着かないことをする場所なんだな」

「のおぉ……」

 それをレフトールは聞きつけて言ってくる。

「つまり、そこに行けば女を漁れる場所だな? よし、俺たちもそこへ行くぞ」

 多少勘違いしている感もぬぐえないが、こうしてレフトール一派は、連れ立って学校の裏山へ向かった。しかし――

「ダメだ、ここはお前らのような者の来る場所ではない」

 あっさりと見張りに追い出されてしまった。

「なんだとコラ! ウサリギはよくて俺はダメだってのかあぁ? てめぇらウサリギ派のものだな?」

 レフトールは凄んでみせるが、見張りはびくともしない。

「ウサリギとは誰だ? 我々はニバス殿に命じられてここを見張っているだけだ」

 裏山を見張っているのは、ニバスが配置した使用人。生徒ではなく、本職の警備役であった。そもそも生徒ならば一日中見張っているわけにはいかない。裏山の支配者ニバスが、自家の使用人を警備役として配置していたのだ。

 ウサリギだけでなく、カップルなら誰でも入ることは黙認されているらしい。しかし、レフトール一派のような集団が入り込むことは許されていなかった。

 レフトールは、ウサリギが入っていったであろう山を恨めしそうに見つめていたが、レフトールやウサリギが恐れられているといっても、所詮は学生の間での話にすぎない。本職の警備役が、レフトールの威圧程度で動じるはずもなかった。

 仕方がないので、レフトールたちは元いた校舎裏へと戻っていった。

「マック、お前女とやったことあるか?」

 レフトールは、何気なく子分一号マックスウェルに尋ねる。

「ないんだな」

 返事は、いつも通りのんびりしたものだった。

「いいのか? あと三年しか残ってないんだぞ?」

「何が?」

「このままだと俺たち、ヤラハタ一直線だ……」

 これは、二十歳まで男女関係の経験がない者を指す、レフトールたちの俗な呼び方である。

「別にえーんだな。何か問題あるのか?」

 いかなるときも、のんびりと心に余裕を持っている。それがマックスウェルなのだろう。

「俺はハタチまでに大人になってやるんだからな」

「おー、がんばれがんばれ」

 レフトール一人だけが意気込んでいる。

「しかしよー、ラムリーザなんかについてねーで、ケルムについていったほうがやっぱええんとちゃうか? ウサリギの野郎みたいに、おこぼれの女が回ってくるかもしれんぞ。あいつ、女をとっかえひっかえしているぞ」

 子分二号のピートは、レフトールに画期的な提案をしたつもりになっていた。しかしレフトールは、

「愚か者め! ラムリーザと呼び捨てにするな! ラムさん――いやてめーはラムリーザ様と呼べ!」

 などと、ゲーセン仲間であり、ラムリーザを慕っているユコの顔を思い浮かべながら怒鳴っていた。

「なんでー? 俺、ラムリーザあんまり知らねーし。ケルムのほうがよく知ってんよ」

「ピートてめぇ、権力よりも女を選ぶってーのか?」

「俺、別にラムリーザでもケルムでもあんまし関係ねーし」

「けっ、夢もチボーもないやっちゃな」

 レフトールがラムリーザに心底ほれ込んでいると言えば大げさかもしれないが、その点に関しては親分と子分の間で温度差があるようだ。

 子分たちにとっては、あくまで大将はレフトール。その上の存在までは考えていない。

「ラムリーザ――っと、ラムさんなぁ……。いい人だとは思うんだな」

 子分たちの中でマックスウェルだけは、夏休みにレフトールに連れられて一緒に南の島に行っているので、ある程度はラムリーザのことを知っている。

「で、そのラムさんとやらについていって、女もらえるのか?」

 女のことしか考えていないのか、ピートはレフトールにそう問いかけてくる。

「ラムさんの周りの女……。おっぱいちゃんはラムさんしか見てないからなぁ」

 レフトールは、先ほど考えてみたことを思い返していた。

「おっぱいちゃん? あー、俺は爆乳はパス」

 どうやらピートは、レフトールとは反対の趣味のようだ。

「ロリコンかてめーは。でもあの中で一番小柄なミーシャはアホっぽいぞ?」

「ミーシャ? 踊り子ちゃんか? アホっぽい?」

「あのなぁ、中に入ってみないと、見えてこないことってあるからな」

 レフトールはそう言う。実際ラムリーザとつるむようになる前は、ソニアやリリスも遠巻きに見るだけだった。

 ソニアには、帝都からやってきた新入りという印象。リリスには、暗い女という印象。ミーシャには、踊り子ちゃんとして元気な印象。その程度の認識しかなかった。

「ソニアはラムさんしか見てねぇ。リリスは根暗吸血鬼の二つ名どおり、よーく見ればなんか陰湿なところがある。ミーシャは動画で見る限りだと、踊っているだけだからわかりにくいが、話をしてみるとすっげーアホっぽい感じがするぞ。ソニアとリリスもアホっぽいが……」

 レフトールは、ラムリーザの周りにいる女子たちについて、思うままに子分に語って聞かせた。

「踊り子ちゃんってリゲルの女だよな?」

「信じられねーだろうが、そうなっているな。あーリゲルな。あれも近くで見ると妙なところあるぜ。あいつは、ミーシャの彼氏だと聞いても、ロザリーンの彼氏だと聞いても、妙に納得できる変な奴だ」

「ロザリーンはパス。ってかあんな真面目女、絶対無理」

 条件の細かいピートであった。

「で、ゲーセン仲間の娘はどうなんだ?」

「あいつなぁ……」

 レフトールは少し考える。簡単に言えば、レフトールはユコに頼まれて、用心棒をしているだけだ。ゲーセンに行っても一緒に遊ぶわけではなく、別行動をしていることが多い。時折ユコが誰かに絡まれると、呼ばれて飛び出てジャジャジャーンと助けに入る。その程度の付き合いである。

 ただ、一人の女生徒として見た場合、クセの多いリリスと比べてまともなほうである。もっとも、あくまで相対的にまともというだけで、妙なところがあることには変わりない。

 しかしレフトールにとっては、おっぱいちゃんと比べて差があるのが難点だった。何にとはあえて述べぬ。

 それに、彼女は「ラムリーザ様」と呼んでいる。彼女の強い敬意が、ラムリーザに向いているのは明白だ。

「なんだ? 結局ラムリーザの周囲には、まともな女はいないってことだな」

「なんだてめーピート、女のことばかり考えやがって」

「だったらレフトールさんよ、ラムリーザの周りから誰か一人連れてきて、俺たちに回してくれよ」

「だから呼び捨てるな! ラムさんかラムリーザ様と呼べ!」

 レフトールがピートの胸ぐらをつかんだとき、校内放送が聞こえた。

 

『次の競技は、クラス対抗騎馬戦です。出場する生徒は南ゲートに集合してください』

 

 それを聞いて、レフトールはパッと手を放す。

「おいっ、野郎ども! 行くぜ!」

「レフお待ちかねの騎馬戦なんだな」

「ごちゃごちゃ言うなマック! ほら準備していくぞ!」

「番長にスポーツは似合わないんじゃなかったっけ?」

「バカ野郎! 騎馬戦はスポーツじゃねぇ、戦争だ!」

 土煙と歓声が渦巻く日向のグラウンド目がけて、日陰のバカ野郎たちが一斉に駆け出していく。

 騎馬戦のときだけは、遊びにも全力で取り組むレフトール。そしてそれに付き合わされる子分たちであった。

 運動場では、体育祭が順調に進んでいる。

 だがその舞台裏では、男山の大将とその子分たちもまた、彼らなりの低俗で騒がしい体育祭を始めようとしていたのである。