ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ファルクリース学園にて リゲルの危うい野望
帝国暦九十三年 黎明の月・詩歌の日(現代暦:十月下旬)
ファルクリース学園――
ここは、ジャンの店でラムリーズと同じように演奏しているバンド「ローリング・スターズ」のメンバーが通う学校である。そのリーダーであるレグルスは、リゲルの中学時代からの友人でもあった。
そしてこの日は、その学校の文化祭の日。リゲルは、ロザリーンとミーシャの二人を伴い、文化祭へ遊びに来ていた。二人を同時に連れてくるあたり、リゲルはすでに開き直っているように見え、少なくともどちらか一人を選ぼうとしているようには見えなかった。
ロザリーンは、帝国貴族の間には妻を複数持つ慣習があることや、ユライカナンにも正室と側室を置く文化があることを知っていた。
そのためロザリーンは、複数の相手を持つことを、少なくとも理屈の上では受け入れられると思っていた。リゲルが自分を大切にしてくれるのなら、それでもよいのだと考えようとしていた。
一方のミーシャは、自分の立場が今も危ういことを理解していた。
あまり表立ってリゲルと親しげに振る舞えば、またリゲルの親に見つかって遠くに飛ばされかねない。そのため、表向きはロザリーンの陰に隠れるような形で、リゲルと接しようと考えていた。
再び遠くに飛ばされるぐらいなら、リゲルの隣をロザリーンと分け合う形でも、今は十分なのだと、ミーシャは自分に言い聞かせていた。さらに将来を見据え、リゲルの父親よりも大きな権力を持つフォレスター家――その一員であるソフィリータと親しくしておけば、ソフィリータなら事情を知っても助けてくれるかもしれないと考えているのだ。
この二人それぞれの事情が微妙な均衡を作り、三人の一見すると奇妙な関係を保っていた。
リゲルはリゲルで、定規で測ったかのように、二人を寸分違わず平等に扱っているつもりだった。ただし、それを平等と呼んでよいのかどうかは、まだ誰にもわからなかった。そもそも本当に二人とも納得できているのかは、また別の話である。
「踊り子ちゃーん、久しぶりーじゃないけど久しぶりー」
リゲルはレグルスと校門前で待ち合わせていたが、顔を合わせるなり、レグルスはこんな調子だった。
妙な言い回しになっているのは、プライベートで会うのは久しぶりだが、ジャンの店のステージでは何度も顔を合わせているからだ。
ちなみにミーシャは、中学時代からリゲルと交際していたということもあり、レグルスからは、リゲルの彼女である踊り子ちゃんという認識なのだ。
「ダメだなー。この学校にも、あんまりいい男いないのー」
レグルスとミーシャの挨拶は、どうもかみ合っていない。そもそも、リゲルしか眼中にないミーシャが、本心から言っている台詞とは考えにくい。ただのジョークだろう。
「俺がいるじゃねーかっ! ――っとまぁ、リゲルは首長の娘と踊り子ちゃんの二人を連れて、両手に花か。いかにもリゲルらしいのぉ。うらやましい、うらやましい」
「黙れ。うらやましいならお前も二人以上と付き合ってみろ」
リゲルは、勝ち誇ったような目でレグルスを見やった。
「それじゃあ一人目を紹介しろ。一人も二人も変わらないが、一人とゼロの間には無限に近い差があるんだぞ」
「お前はムジョルを追いかけていたんじゃなかったか?」
「彼女はアエリンとくっついた、畜生! ――とまぁそれで、結局お前はどっちを選ぶんだ?」
「両方だ」
何も迷うことなくリゲルは言ってのける。それが許される土壌が帝国にはあった。もっとも、それが認められているのは、帝国でも上流階級に属する者に限られていた。
去年の文化祭では、レグルスのバンドでドラマーが病欠し、ラムリーザが代役を務めることになった。
しかし今年は特に問題も起きず、ラムリーザたちは同行していない。リゲルは、ロザリーンとミーシャだけを伴って訪れていた。
挨拶のついでに、レグルスは「最近、妙な小遣い稼ぎのメールが回っている」と口にした。詳しい話は、ライブのあとに聞くことになった。リゲルが振り返ると、ロザリーンとミーシャは二人で連れ立って生徒たちが出している屋台を見て回っていた。少なくとも表面上は、二人の間に確執が表れることもなく、この二人は仲良くしているようだ。
基本的に、二人とも優等生なのだ。相手が嫌がるとわかっていることを、わざと行うような性格ではない。リゲルという共通して想う相手を持つ二人は、わざわざいがみ合うことなく平穏に過ごしていた。
今年は何の問題もなく、体育館でレグルスたちの公演が始まった。
ただのライブではない。文化祭ということで少し違った趣向を取り入れ、体育館はバンドの演奏に合わせて踊るダンスパーティーの会場と化していた。レグルスたちの演奏するノリのいい音楽に合わせて、カップルや友達同士で踊っている。
――と言っても二人で組み合って踊るようなものではない。
踊る者たちは、互いの身体が触れない程度の距離を空けて向き合い、両足をそろえ、そこを軸にするように、肩や腰、膝をぐりぐり捻って踊っている。帝国で、徐々に流行し始めているダンスだった。
リゲルとロザリーンは向かい合い、周囲の生徒たちに交じり、軽快なダンスを踊っていた。一方ミーシャは、このダンスで縦横無尽に動き回り、まさに踊り子ちゃんの本領発揮で、周囲の注目を一身に集めていた。
ただしリゲルたちにとっては、これも見慣れた光景。レグルスのバンド「ローリング・スターズ」は、ジャンの店でも、この軽快なダンスを客と一緒に楽しんでいるのだ。
――空を飛んでいるのは、鳥でも飛空艇でもねぇ! 踊り子ちゃんだ!
ファルクリース学園のライブも盛り上がりは最高潮。カラオケ喫茶とはまた違った楽しい時間となった。
文化祭ライブは終わり、ロザリーンとミーシャは、再び二人で、各教室の展示や出し物を見物に出かけた。一方リゲルは、レグルスと二人で「休憩室」と書かれた教室で文字通り休憩していた。
「お前、踊り子ちゃんってわざと言っただろ」
「お前に対するサービスさ」
二人はレグルスが歌の途中で叫んでいた言葉について話していた。ライブでは、レグルスが「踊り子ちゃん」のところでアドリブを効かせて様々な言葉を叫んだ後、観客が一斉に「イエーッ!」と叫ぶのが定番となっている。
演奏の上手さなどではなく、勢いとノリを優先しているローリング・スターズならではのナンバーであった。
「ところでさ、さっき言ってた小遣い稼ぎのメール、お前もやっているのか?」
レグルスの問いかけに、リゲルの瞳がギラリと怪しく輝いた。
「ひょっとしてウォンツコインのやつか?」
「ああそうだ。でもあれ、新規登録特典キャンペーンが突然終わったけど続くのか? ――とまぁ、ウォンツコインのメールが回ってきたから参加してみたけど、一万コインに増えたあたりからほとんど増えなくなったんだよなぁ……。リゲル、あれ知ってるか?」
「さっさと現金化しとけ」
「は?」
「あれは俺が考えて流させたメールだ。そろそろ破綻しているはずだからな。というか新規登録特典のキャンペーンが終わった以上、もう終焉を迎えたようなものだ」
「お、おう……」
ここにもリゲルの考案した小遣い稼ぎを実践していた者がいたのであった。
身近なソニアたちだけを使うつもりで始めた実験が、レグルスにまで広がっている。リゲルは、その拡散力に我ながら感心していた。
ただし、末端に行くほど稼ぎが悪くなるのは自明の理で、ソニアたちと違ってレグルスの口座残高は一万ほどにとどまっていた。さらに末端の参加者は、後続から一件も送金を受けられないだろう。そこが、この仕組みの構造的な欠陥だ。
「まるでネズミだな」
最初にそう評したのは、確かジャンだった。リゲルも同じことをつぶやくのであった。
夕暮れになると、定番のフォークダンスが始まる。このあたりの学校では、運動場の中央にキャンプファイヤーを焚き、その周囲で踊るというのは同じようだ。
そういうことに興味のないリゲルは、一緒に踊る相手のいないレグルスと二人で、運動場を見下ろせる土手に腰掛けて、リゲルいわく「馬鹿騒ぎ」を眺めていた。
「しかしホント、今年に入ってからリゲル変わったな」
「何だと?」
「いや、違うな。二年前に戻ったというのが正しいかな」
「下らん詮索はそのぐらいにしておけ」
「ははっ」
リゲルとレグルスの間には、ラムリーザとジャンにも似た、遠慮のない気安さがあった。二人は、中学時代からの仲なのだ。
二年前の秋が深まった頃、リゲルの父親の手によってミーシャは一家丸ごとポッターズ・ブラフ地方から飛ばされた。飛ばされた先は帝都であり、一見すれば栄転にも見える措置だった。それは、ミーシャの両親を納得させるためのものである。しかしその裏には、家柄が釣り合わないと見なしたミーシャを、リゲルから遠ざけようとする父親の意図があった。
それ以降リゲルは心を閉ざしたようになり、人を寄せ付けない雰囲気をまとい、実際に周囲を遠ざけ、見下すようになっていた。
そこにラムリーザが現れ、リゲルの新しい友人となったのは去年の話である。高校の天文学部で知り合った首長の娘のロザリーンのことは認めたが、メイドと執事の娘であるソニアにはずいぶんと冷たく接したものだ。
その反発の裏には、かつてのミーシャの姿があった。ラムリーザと堂々と親しくしているソニアを見るたび、身分の違いによって引き離された自分たちの過去が重なって見えたのだ。そのためリゲルは、ソニアに理不尽な反発を覚えていた。
その後、ロザリーンと交際するようになると、リゲルの中にあった刺々しさは少しずつ和らいでいた。彼女は、リゲルの理屈っぽさも、他人を突き放すような態度も、正面から受け止めてくれた。
ただ、それでも埋まらない穴があった。その穴の形を、リゲル自身も長い間うまく言葉にできずにいた。
リゲルのソニアに対する反発を払拭するには、ミーシャが必要だった。ロザリーンとの交際を父親が認めたのは、彼女が良家の令嬢だったからにすぎない。それだけでは、身分の低いミーシャを奪われた痛みも、平民でありながら領主候補のラムリーザと堂々と親しくしているソニアへの反発も消えなかった。
そして今年の春、ミーシャが戻ってきた。リゲルの中にも、二年前の一面が戻ってきた。
ソニアやリリスから「リゲルきもい」と評される姿こそが、リゲルの過去の姿そのものだった。もともとのリゲルは、ミーシャのような天真爛漫な娘の隣で、にやにやしながら調子を合わせているような男である。それがミーシャを失ったことで、長く沈み込んでいただけなのだ。
ただし、二年前と変わったこともある。ロザリーンとの関係だ。
ミーシャとだけ、以前の関係へ戻るというわけにはいかない。ミーシャとの関係が表向きになれば、再び父親の手によってミーシャは飛ばされるかもしれない。そこで、表向きはロザリーンとだけ交際しているように見せかけ、実際にはロザリーンとミーシャの二人と交際する。それがリゲルの選んだ作戦だった。
最終的には、ラムリーザを重婚させる。そんな無茶な筋書きまで、リゲルの頭の中には加わっていた。
ロザリーンとミーシャが表立って争わずにいることを、リゲルは自分のやり方がうまくいっている証拠だと考えていた。二人を同じように扱いさえすれば、どちらかを選ぶ必要はない――そう思っていたのである。
問題は、ラムズハーレムが崩壊しつつあること。例えばリリスには、ジャンが本気で思いを寄せている。
ラムリーザに、ソニアともう一人の両方を幸せにしようと考えさせる。そして、その前例に便乗して、自分もロザリーンとミーシャの二人を幸せにする――。
リゲルは、その流れに持ち込むための作戦を考えていた。
「どうした? なんか、すげー不埒なことを考えているような顔しているぞ」
レグルスの言葉に、リゲルはハッと我に返った。少しの間、リゲルはレグルスの顔を見つめ、
「踊るか?」
などと思わず口にしていた。
「何が悲しくて野郎なんかと」
「まったくだ」
リゲルとレグルスは、土手に仰向けに寝転がった。
薄明の空に、一番星が瞬いていた。
運動場から届く、フォークダンスを楽しむ生徒たちの歓声と、焚き火の爆ぜる音が、秋の冷えた夜風に乗って遠く流れていく。
リゲルの頭の中には、まだ無茶な筋書きが残っている。けれどその星だけは、そんな考えとは関係なく、静かに空に浮かんでいた。
ラムリーザを巻き込もうとする自分の野望が、どれほどいびつで身勝手なものかはわかっている。けれど、あの仲間たちと作り上げる新しい街なら、この不器用な愛の行き先さえも受け入れてくれる。
リゲルは、自分に都合のよい未来を、そう信じ込もうとしていた。