ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


うらにわにはにわにわとりがいる その四

帝国暦九十三年 黎明の月・鍛冶師の日(現代暦:十月下旬)

 この日の授業はすべて終わった。

 最後の授業は体育だった。内容は、体育祭に向けた行進などの練習で、つまらないものであった。一方、競技の練習なら、それなりに楽しめる。

 ラムリーザとソニアは今年も二人で組んで参加することになった。去年は二人三脚だったが、今年は大玉転がしに参加する。二人の身長を超えるほどの大玉を、力を合わせて転がし、その速さを競う競技だ。

 リリスは、「ソニアの風船も、最終的にはあの大玉くらいになる」とからかっていた。

 そのリリスは、ジャンと組んで二人三脚に参加するようだ。あとでジャンに聞いたところ、「リリスと密着できて至高だ」などと、相変わらずのエロトピアぶりを発揮していた。それを聞いたラムリーザは、いつも通りのジャンだと、妙な安堵を覚えた。

 とまあ、今のジャンとリリスは、まだその程度の関係である。一方、ラムリーザとソニアは、幼馴染から恋人へと、もう少し先まで進んでいる。

 もっとも、二人にとっては今さら大げさに語るようなことでもない。ずっと一緒にいた相手との距離が、少しずつ変わっていっただけなのだ。

 

 学校の裏山、カップルの聖地とひそかに噂される秘境。

 この日の最後の授業も終わったので、ラムリーザとソニアは教室へと戻らずに、なんとなくその秘境を目指していた。帰りのホームルームは、二人そろってサボっていた。それにレフトールなどは、出ていない日のほうが多いくらいだ。

 裏山の入り口から少し手前に見張りが二人。彼らがいつ教室へ戻っているのかは謎だが、ニバスによって配置された監視役だ。ちなみにこの裏山は、三年生のニバスという者が仕切っていた。独自のハーレムを築いている、女好きの先輩だ。

 二人が裏山の入り口に着いたとき、ほかに人の気配はほとんどなかった。しかし、帰りのホームルームが終われば、ここを訪れる生徒も徐々に増えるだろう。

 すでに顔パス同然となっている二人は、見張りに咎められることもなくそのまま裏山に突入。見張り役たちは授業に出ているのだろうか、という疑問も浮かぶが、気にしないことにしている。見張りは交代制で、授業が終わるたびに担当者が急いでここへ来るのだろう――と解釈しておこう。

 二人は、お気に入りの川辺へと向かった。それは、裏山の頂上付近にある水源から流れ出た、幅一メートル、深さ数十センチほどの小川だ。

 この場所でたまにクロトムガとチロジャルに出会うことがあるが、今日はいない。今はまだ帰りのホームルーム中で、それが終われば文化祭の準備もある。

「不真面目してるなー」

 ラムリーザは、川辺に腰を下ろしてぼやくようにつぶやいた。

「不真面目上等、サボり楽しいなー」

 ソニアは気にしていないようだが、実際ここへ来るのはホームルームが終わってからでもよかった。わざわざ体操着のままで来る必要があっただろうか?

 それでも、たまにはこういう日があってもいいかもしれない。ときには、はめを外すのも息抜きになる。

 ソニアが寄り添い、顔を近づけてきたので、ラムリーザは軽く唇を重ねた。

「ふえぇ……」

 いつもの反応、そしていつものチュウチュウドラマが始まった。

 ………
 ……
 …

 そこは、二人のお気に入りの場所。川のせせらぎが聞こえる、安らかな川辺。

 ラムリーザとソニアは、川辺の草むらに並んで横になり、夏が終わり、秋の気配が漂い始めた空を見上げていた。

 そろそろ暑い季節は終わり、川辺を吹く風も涼しくなっていた。川辺には赤とんぼが飛び交っている。

「ラム~、おなかがすいた~」

 ひとしきり甘えたあと、ソニアは今度は食べ物を求めた。心が満たされたら、次は腹を満たす番ということらしい。しかしラムリーザは、いつも食料を携帯しているわけではない。

「それじゃあもう一度チュウチュウやるのか?」

 とは言ってみるものの、つい先ほど、じっくりキスをしたばかりなので、もう一度という気にならないのも事実だ。

「お団子食べたい」

 ソニアの要求はおとなしいものであった。手に入りにくいチョコレートは無理だが、団子なら材料さえあればいくらでも作れる。もっとも、こんな裏山で作れるはずもない。

「団子はお月様にお供えするものだよ」

 そこでラムリーザは、作れないとは言わず、もっともらしい理屈でかわした。

「あたしにもお供えしてよー」

「ソニア様に貢物をしたら、どんなご利益があるかな?」

「ラムがいいことしたって気分になれるよ」

「ではソニア様にはハッカアメを贈呈」

「やだ、あんな歯磨き粉アメ要らない!」

 例のアメ缶は、残りが少なくなるにつれ、ハッカ味を引く確率が高くなっていた。

 しかしラムリーザは、ソニアがハッカ味を引くたび、こっそり缶に戻していることは確認済みだ。

 ソニアは文句を言っているが、その結果、ハッカ味ばかり残るのは自明の理であった。

「ではそんなわがままなあなたには、団子は団子でも泥団子を贈呈」

「それおままごとじゃないのよ!」

「小さい頃よく出してきたよな」

「食べなかったくせに」

「ソニアは食べてたね」

「うるさーい」

「ふっ、相変わらず仲良さそうだな」

 不意に、対岸の茂みからガサリと音がした。葉が揺れ、聞き慣れた声とともに、男女二人が姿を現す。

 クロトムガとチロジャルか?
              
学校裏山の小川を挟み、銅貨を手にしたウサリギと向かい合うラムリーザとソニア、ウサリギに同行する女子生徒の場面
「ウサリギ……」

 姿を現したのは、ウサリギと、彼に連れられた桃色の髪の女子生徒だった。女子生徒は会話へ割り込まず、少し離れた場所から二人のやり取りを見守っている。

 ラムリーザは、現れた男子生徒をじっと見つめた。彼は、ウサリギ・ファイヤンダ。レフトールの言い方を借りれば、ケルムの番犬だ。

 だが、この裏山にいるときだけは、二人の間にも多少の交流があった。

 カップルの聖地と呼ばれるこの場所には、恋人との逢瀬だけを目的に訪れる者もいる。ウサリギもその一人で、ここを格好の遊び場としていた。

 そうしてここでラムリーザと顔を合わせるうちに、少しずつ言葉を交わすようになった。この聖なる山は、二人にとっての中立地帯となっていた。どこが聖なる山なのかとツッコミが入るだろうが、少なくともカップルから見ればここは聖なる山なのだ。

 ウサリギから見れば、裏切り者のレフトールは粛清対象だが、ラムリーザとまで争おうとは考えていない。

 もしラムリーザがケルムと本気でやり合うのなら、ウサリギもケルムに加勢するだろうが、今のところはそのような事態には発展していないのだ。

 現状では、ウサリギはレフトールと小競り合いをしているだけだ。せいぜい、「学校をシメるのはどちらの勢力か」という、ちっぽけな野望を巡る争いにすぎない。

「別にケルムさんと争うつもりはないからね」

 ラムリーザのその一言だけで、ウサリギとの間に妙な中立関係が成立する。しかし、その中立関係にも、最近は怪しい雲が垂れ込め始めていた。

「しかしそうも言ってられんぞ。ケルムさんはお前にたいそうご立腹だ」

「心当たりはあるけど、それは僕が悪いわけじゃないよ」

「本当か? ケルムさんはもともとお前と手を組もうと考えていた。しかし、夏休みが終わってしばらくしてから、急にお前のことを敵だと言い始めたぞ。何かやったんじゃないか?」

「そうだねぇ……」

 ラムリーザは口ごもる。もともとケルムがラムリーザとソニアの間に割り込んでこようとしたのだ。だからラムリーザも、強引な手段でそれを跳ね返したに過ぎない。

「あいつラムにお見合い仕掛けてきたんだ」

 ソニアが、代わりに事情を説明した。ケルムは見合いをきっかけに、強引に逢瀬へ持ち込もうとした。だからラムリーザも前述のとおり、強引に跳ね返したのだ。

「ああ、お前はそれを断ったわけだな」

「それだけで、敵になるのか……。付き合うか、敵になるかの二択しかないなんて……」

 ラムリーザは、その先を声に出さず、胸の内だけで続けた。――めんどくさ。

「ケルムさんとやりあうのなら、俺は全力でケルムさんを守る。たとえお前と一戦交えることになろうとな」

 小さな火種が、徐々に大きくなりつつあるようだ。これを鎮火する方法はないものだろうか? ラムリーザは少し考えるが、ソニアと別れ、ケルムと付き合う以外には思いつかなかったので、鎮火は諦めることにした。

「君に聞くのもあれだけど、ケルムさん、攻めてきたりするのか?」

「俺に、直接お前を攻めろという命令はまだ来ていない。来たとしてもまずはレフトールを潰しておかなければならないからな。しかし、『ラムリーザを潰す』と、つぶやいていたのは聞いた」

「あーあ、めんどくさいなぁ。そもそも僕は、最初からソニアだと決めているのに、そこに無理矢理割り込んできて、思いどおりにならないからと怒るほうが無神経だよ」

 ラムリーザは草むらに大の字に寝転がり、吐き捨てるように言った。ケルムとの対立を招いた原因が自分にあると思ったのか、ソニアが心配そうな顔でのしかかってくる。

「あたし、邪魔だった?」

「なんでそうなる? そんなわけないだろ? 僕はソニア一筋だ。ソニアを幸せにしてあげるのが、僕の使命だからね」

 ラムリーザの宣言を聞いて、ソニアは安心した表情を浮かべて抱きついた。

「そう言えば、ずっと気になっていることがある」

 少し間を置いて、ウサリギがラムリーザに問いかけた。

「なんだろう?」

 ラムリーザは、抱きつくソニアの顔をよけ、ウサリギへ顔を向けた。ウサリギは、一エルドの銅貨をもてあそんでいる。

「お前、これ曲げただろ?」

 その硬貨をラムリーザの前に差し出して、そう言った。そういえばそんなこともあったっけ?

「ま、まあね」

「トリックを使ったにしても、地味すぎる」

 そう言ってウサリギは、銅貨をラムリーザに投げてよこす。そして「それを曲げてみろ」と命令した。ケルムとの話を伝えるついでに、以前から気になっていた力を確かめたかったのだ。

「お金を粗末にしたらダメだよ」

「気にせず曲げろや」

 ウサリギの口調が荒くなる。ラムリーザは仕方がないので、銅貨を親指、人差し指、中指の三本で挟んだ。

「コイン壊すなら、あたしにちょうだい」

 お金が大好きなソニアは、一エルドの銅貨でも欲しがる。どうせ壊すのなら自分にちょうだい、と思うのもソニアらしい。

 数秒後、ラムリーザは銅貨をウサリギに投げて返す。それを受け取ったウサリギは、小さくうめいた。同時に女子生徒も、小さく悲鳴をあげた。銅貨はぐにゃりと曲がっていたのだ。

「あーあー壊した。ラムは何でも壊す、コインに、ゴムマリに、空き缶」

 ソニアは、呆れたようにつぶやいた。

「まさかマジだったとはな……」

 ウサリギは考え込む。しかし、ウサリギが現在争っているのはレフトールだ。ラムリーザの力をただちに恐れる必要はない。しかし、レフトールに勝ったら、次はラムリーザが出てくるのだろうか。そんなことを考えながら、ソニアと戯れるラムリーザを見つめる。

 女子生徒の、「まだ終わらないの?」というつぶやきが聞こえた。

「なんか覗きをしてる人がいる~」

 ソニアが不満そうにつぶやいた。連れの女子生徒が隣にいるというのに、今のウサリギはラムリーザのほうが気になるらしい。連れの女子生徒は、少し呆れたようにウサリギを見ていた。

「お前はレフトールがやられたらどうするつもりだ?」

 ウサリギはラムリーザに尋ねる。

 ケルムと違ってラムリーザは実際の戦闘能力を持っている。ケルムの武器は、弁舌と権力だ。一方、ラムリーザは弁舌こそ苦手だが、それを補って余りある個人の戦闘力を持っていた。

 つまりウサリギがレフトールに勝てたとしても、その後ろ盾であるラムリーザにも、戦いで勝たなければならない。ウサリギが聞いた話では、レフトールはラムリーザに敗れたらしい。その事実が、ウサリギにとっての大きな不安材料だった。

「そうだねぇ……レフトールは友達だから、理不尽にやられたのなら黙ってはいないかな」

「やはりそうなるか……」

「でも、君との正面からの勝負で負けたのなら、レフトールは僕に助けは求めないだろうね。彼には彼のプライドがある。さらに修行を積んで、必ず君に再戦を挑むだろうね」

「それを返り討ちにしたらどうなる?」

「レフトールのほうから、『敵討ちをしてくれ』と僕に頼み込んできたら考えるよ。でもそうなったら彼の存在価値が問われることになるから、彼は絶対にやらないだろうね」

 主君を守る騎士が、逆に主君に「守ってくれ」と泣きつく。それでは本末転倒ではないか。

 ウサリギは何も答えない。レフトールの蹴り技は厄介だが、まだ常識の範囲内にある。しかしラムリーザの力は危険だということを本能的に感じ取っていた。

 そしてウサリギは、去年の今頃、レフトールが顔と両手に大けがを負っていたことを思い出した。ひょっとして、ラムリーザにやられたのではないか――と、思案を巡らせるのだった。

「争い、やめたら?」

 ウサリギが黙り込んだので、ラムリーザから声をかけた。

「それはできない。だからこそ――」

 ウサリギはそこで言葉を切った。

「――この裏山だけは、中立地帯にしておこう。この裏山だけは、俺とお前は敵ではない」

「僕は別に君を敵だと考えたくないけどね」

「…………」

 裏庭には二羽、鶏がいると聞く。裏庭に埴輪鶏が、いるとも聞く。

 そんな早口言葉のように、敵と味方の境目も、時と場所によって形を変える。

 うらにわにはにわにわとりがいる――

 カップルの聖地であり、中立地帯でもあるこの裏山。ここだけは、争いのない聖なる場所なのだ。

 ラムリーザとウサリギは、仲間になったわけではない。どちらかが味方を捨てたわけでもない。ただ、この川辺で会ったときだけは、敵でもない。

 そのささやかな約束が、小川のせせらぎに紛れ、静かに結ばれたのであった。

 ウサリギと連れの女子生徒が立ち去っていくのを見送りながら、ラムリーザは隣で「おなかすいた~、お団子食べに行こうよ~」と袖を引っ張ってくるソニアの手を、優しく取った。

 これから先、どんな嵐が学校やこの街に吹き荒れるとしても、二人で積み重ねてきたものが揺らぐことはない。