ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ウォンツコイン実験
帝国暦九十三年 黎明の月・学匠の日(現代暦:十月下旬)
この日も放課後、ラムリーザたちは部室に集まって、文化祭の準備だ。とはいえ、この日はレルフィーナたちが教室で別の作業をしていた。そのため、部室にいたのは、ラムリーザたち演奏組だけだった。集まってからは、それぞれ気の向く曲やパートを繰り返し練習している。
一時間ほど練習を続けたあと、いったん休憩することになり、一同はソファーへ集まった。
「やっぱジャンの店のほうが部室より快適だったなぁ」
ソニアは大きく伸びをしながら、そうつぶやいた。確かに、学校の部室と一流クラブのスタジオとでは、設備も居心地もまるで違う。
「文化祭が終わったらまた来いよ」
自分の店を褒められて気をよくしたのか、ジャンはソニアを煽り返さなかった。普段ならソニアのつぶやきに対して、特にリリスやジャンがツッコミや煽りを入れ、口論になるのが自然な流れだが、いつもそういうわけではない。
「さて、重要な会議を始めます」
そう切り出したのはソニアだ。いったい何を話し出すというのだろうか?
しかし、待てどもソニアの次の言葉は出てこない。ふんふんと鼻歌交じりに、隣に座っているラムリーザにベタベタくっついているだけだ。
「ソニアお得意の、脳内会議が始まったわ。くすっ」
結果として、リリスに余計なツッコミの口実を与えただけだった。しかしソニアは、思いつきで口にしただけらしく、リリスのツッコミにも何も反応を示さない。
「せっかくだから重要――ではないが、面白い話をしてやろう」
そこへ助け舟を出すように話しかけたのはリゲルだ。しかし、リゲルの言う「面白い話」である。彼がテーブルトークゲームのゲームマスターを務めたときのような、ろくでもない展開を予想し、何人かは一瞬身構えた。
「小遣い稼ぎに興味はあるか?」
「ある」
リゲルの問いかけに即答したのはソニアだった。続いてリリスも「あるわ」と答えた。しかしユコはまだ警戒しているようで答えず、ロザリーンはそれほどお金に執着がないので反応なし。ユコの言葉だけの似非お嬢様と違い、首長の娘であるロザリーンは、正真正銘のお嬢様である。少なくとも、金にがめついタイプではない。
「ウォンツコインというものがあるのだが、それを使って俺の理論を試してみれば、稼げるかもしれんぞ。やってみるか?」
「ウォンツコインって何かしら?」
聞き慣れない言葉に、リリスが問いかける。リゲルは、「そんなことも知らないのか」と言いたげな冷たい視線を向け、説明を続けた。
「仮想通貨というもので、電子データだけでやり取りする通貨のことだ。今回のケースでは、ウォンツ・スマイル・カンパニーという会社が提供しているウォンツコインを使ってみるのだ」
明らかにソニアとリリスの頭の上にハテナマークが浮かんでいる。
「その仮想通貨で、お金を稼げるの?」
ソニアは少し不安そうに尋ねた。リゲルの話には罠があるかもしれない。以前のオークション騒動以来、そんな疑いを拭えずにいたのだ。
「このウォンツコインのキャンペーンとやらを見て、ある作戦を思いついた。それを、お前らを使って実験してやろうと思ってな」
「何それ怖いですの!」
「あたし実験台にされたくない!」
リゲルの物騒な物言いに、ソニアやユコは揃って不満の声を上げる。
「うまくいけば小遣い稼ぎができるぞ?」
「失敗したら?」
「何も残らない」
「む~、またあたしをひどい目に遭わせようとしてる」
ソニアはよくわかっていないようだが、少なくともリゲルの説明だけを聞けば、自分たちが元手を失うことはなさそうだった。
「――で、やるのか? やらないのか?」
リゲルの問いかけに、しばし沈黙が流れた。ラムリーザとロザリーンには、参加する気がないようだし、リゲルは仕掛け人だ。ソニアたちが首を縦に振らなければ、話は先へ進まない。
「じゃあ俺も付き合ってやるから、リリスやろうぜ」
最初に口を開いたのはジャンだった。それを聞いて、リリスは「じゃあやるわ」と答えた。
「リリスがやるならあたしもやる。成功してリリスだけ小遣いもらえるのはなんかやだ」
「それじゃあ私もやりますの」
こうしてリゲルの作戦は、彼の思惑どおり、実行に移されることになった。
「では、まずウォンツコイン用の口座を作れ」
リゲルの指示で、ソニアたちは携帯型情報端末キュリオを操作し始める。以前、ネットオークションを始めたり、ゲーム実況動画を投稿したりした経験があるため、ソニアたちはオンラインサービスの登録作業には慣れていた。それでも十数分かかったが、リゲルの言うとおり、ウォンツコインの公式サービスに、それぞれ口座を開設できたのだ。
「あれ、口座を開設しただけで三千コインもらえたよ」
ソニアの言うとおり、開設した口座にはすでにコインが入っていた。
「それは新規登録特典というやつだ。新規登録者を集めるために、会社が期間限定でこうした特典を配ることがある。俺が注目したのは、そこだ。この登録特典を利用すれば、小遣い稼ぎができるのではないかと思ってな」
「そうね、三千コインを換金したら確かにちょっとした小遣い稼ぎになりますわ」
ユコはその意図に気がついたようだ。三千コインは、普段の昼食数回分ほどになる。
「じゃあ口座を開設しまくって、その特典ってのを集めまくったらいいの?」
ソニアもそのからくりに気がつく。
「それは不可能だ。口座の開設には本人確認が必要だから、一人につき一つしか作れないぞ」
「それなら偽名で開設するわ。ポンタン・コンドリア、住所はパラダイスって」
リリスは謎の偽名と、あからさまに怪しい住所を口にする。
「それじゃあたしはパース・オニールって名前にしよう。住所はバクダン」
ソニアもリリスに同調する。相変わらずこの二人の思考は同レベルだ。
「そんなの、めんどうだろう? それにばれたらどうするのだ? 偽名を使ったことがばれれば、何らかの処分を受けるぞ」
帝国では臣民の身元管理をきっちりとやっていた。偽名を不用意に使えば、それがばれたときには厳しい処分が待っている。そのためフォレストピアでも、ユライカナンから商売に来る者の身元確認は、きちんと行われている。
「じゃあ、偽名じゃなくてペンネーム使う。ペンネームまで駄目なら、作家はみんな違法じゃん」
ソニアはいつの間にか作家になっていた。いつの間にかというか、たった今この場で。そういえば以前、小説を書き始めたこともあったはずだが、気のせいだったかと思うほど忘れ去られている。
「あなたのペンネームは何かしら?」
リリスの問いかけに対して、ソニアは「アレオ」とだけ答えた。それを聞いてリリスは「死ね」とだけ返す。
「馬鹿なことはするな。それは小遣い稼ぎではなく、ただの不正だ。実名で開設した、今の一口座だけにしておけ。ペンネームを使うにしても、申請には結局本名が必要になるだろう? それにいちいち開設するのもめんどうだし、一つにつき三千コインだろ? だが俺の理論がうまく動けば、得られるコインは三千コインにとどまらないはずだ」
「そのコインで取引でもするんですの?」
「オークションはやらないわ」
ユコとリリスは、さらに警戒を強めていた。特にリリスなどは、オークション勝負でソニアに負けて以来、その話題には過敏に反応するようになっていた。
「アレオカレー」
しかしそれを思い出したソニアが小さくつぶやく。それを聞きつけたリリスは、舌打ちした。まだ根に持っているのか。先ほどアレオに反応したばかりだというのに。
ただし、ソニアもリゲルのオークション手数料ごまかし作戦で痛い目に遭ったことは、忘れているようだ。
「作るのは新しい口座ではなく、一通のメールだけだ。それに、お前らにいきなり商売をしろと言っても無理だろうしな」
ソニアたちは首をかしげながらも、リゲルの説明を黙って聞いている。
「口だけで説明しても分からんだろう」
リゲルは、五人の名前と送金の流れを書いた紙をテーブルに広げた。
「まず、自分の三千コインを五つに分けて、五人に六百コインずつ送金する。このときにメールを送るわけだ。そのメールには、五人の名前を並べたリストを記載する。自分以外の四人と、最後に自分の名前を加えた、合計五人だ。メールを受け取った者には、新規登録でもらった三千コインを、リストの五人に六百コインずつ送るよう指示する。さらに、送信前にリストを書き替える手順も記しておく。リストの一番上にある名前を消し、受取人自身の名前を一番下に加えるよう伝える。あとは、書き替えたメールを別の五人に送ればいい」
リゲルの長い説明を要約すれば、五人分の名前が書かれたメールを、次々と回していく仕組みだった。受け取った者は、リストの一番上の名前を消し、自分の名前を一番下に足して、また別の五人へ送る。そうして自分の名前がリストに残っている間だけ、後から参加した者たちからコインが送られてくるはずだ、という理屈である。
ソニアたちは、わかったような、わからなかったような顔をしているが、ひとまず、リゲルに言われたとおりの手順を試すことにした。
しかしロザリーンは、リゲルの説明を聞きながら小さく首をかしげていた。
手順そのものは理解できた。だが、どこか腑に落ちないものがあった。ただ、今この場でどこに無理があるのかを説明できるほど、仕組みを理解したわけではなかった。
少なくとも、リゲルが何か怪しいことを企んでいる。それだけは分かった。
そこでロザリーンは、ラムリーザに何か言おうとして、結局口を閉ざした。どこがおかしいのか、自分でもまだ言葉にできなかったからだ。
ラムリーザも、コインがどこから増えていくのかまでは、よくわからなかった。ただ、登録時にもらったコインを回すだけなら、少なくとも自分たちの財布から金が減ることはないように聞こえた。
ソニアはメールを作り始めたが、リストに載せる名前のところで手が止まった。
「ねぇ、リストに誰の名前を書けばいいの?」
「とりあえずはここにいる者の名前でいい」
「ん」
そこで自分の名前に加えて、リリスとユコとジャンの名前を書く。
「四人しかいないよ」
「初回だけは、種になるリストが必要だ。一番上に俺の名前を書いておけ。ただし、今回は俺には送金しなくていい。お前ら四人も最初の参加者だから、まだ誰にも送金する必要はない」
「わかった」
こうしてソニアは、メールを完成させた。リリスやユコ、そしてジャンもメールを仕上げたようだ。最初のリストには、同じ五人の名前が、本人を最後に置く形で順番を変えて並んでいたが、そこは気にしない。
「メールができたら、適当な奴に口座を開設させてメールを送るんだ」
「適当な奴って誰かしら?」
「誰でもいい」
リゲルは淡々と答えるが、その瞳の奥には実験の成り行きを楽しむ不敵な光が宿っていた。
そこでソニアはレルフィーナたち五人に連絡し、ウォンツコインの口座を開設するよう促した。そのうえで、五人の名前が書かれたメールを、それぞれに送っておいた。ほかの者たちも、それぞれ思い当たる相手に、同じメールを送っておいた。
「これでいいのかしら?」
まだリリスは懐疑的なようだが、リゲルは「それでいい」とだけ答えた。
「メールを受け取った者が俺の理論どおりに動けば、これで勝手にコインは増えていく。ただし引き際を間違えるなよ。そうだな、口座の残高を確認しながら、一週間ほどを目安に換金するといい。まあ、放っておいてもそのうち破綻して終わるがな、ふっふっふっ」
「何ですの、その怪しげな笑いは! 怖いですの!」
「コインが増えなかったらリゲル、慰謝料として三千コイン払いなさいよ」
リリスやユコの非難の声を、リゲルは「ふっ」と鼻で笑って受け流す。
「あたし慰謝料要らないから、チョコレート仕入れてきて」
「は?」
ソニアの言葉に、リゲルも少し驚く。リゲルとしては、オークション騒動でソニアに悪いことをしたという反省もあり、詫び代わりにチョコレートを配っただけだった。そのチョコレートがここまで気に入られるとは、さすがのリゲルも想定していなかった。
「あ、チョコいいですの」
「私も欲しいわ」
ユコとリリスも、ウォンツコインのことなど、すっかり忘れてしまったかのように、チョコレートの話を始めてしまう。あの日ソニアが自慢するために持ってきたチョコレートの、その大半を奪うようにして食べたのが彼女らだ。
「金よりもチョコレートってところが、お前ららしいな」
リゲルは、そんな彼女たちへ呆れた視線を向けた。それからソファーに深く座り直し、大きく伸びをした。とりあえず勧誘のメールは送った。それだけで彼の理論を試す準備は終わったようなもの。あとは、思い描いた結果が出るのを待つだけだ。
「よし、それじゃあ休憩は終わりだ。練習を再開するぞ」
ラムリーザの一言で、一同はソファーから立ち上がり、簡易ステージへ戻っていった。
どう見てもラムリーザが部長である。ソニアとリリスがいまだに部長の座をめぐって対立しているが、実質的には、ラムリーザの指揮のもとで動いていた。もはや学校の部活動というより、ジャンの店のスタジオを拠点に活動するバンド「ラムリーズ」に近かった。
はてさて、リゲルが思いついた理論が、どのような結果を招くのか。そしてソニアたちは、リゲルの作戦どおりに動いたことで、本当に小遣い稼ぎができるのか。
ソニアたちは、この実験がどのような騒ぎを招くのか、まだ予想していなかった。
ラムリーザには仕組みそのものの危険性までは分からなかった。ただ、リゲルの突発的な思いつきが、以前にもソニアを巻き込んだことだけは覚えている。今回も、あとになって誰かが頭を抱えることにならなければよいのだが――。