ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


風船おっぱいお化け発祥の地

帝国暦九十三年 黎明の月・騎士の日(現代暦:十月下旬)

「ラム~、おなかすいた~」

 休日の昼前――ラムリーザの部屋にて。ラムリーザとソニアは、テレビの前に置かれたソファーに腰掛けていた。この日は珍しく、妹のソフィリータも部屋に来ていて、一緒にソニアのプレイを眺めている。

 金塊集めゲームに懲りずに夢中になっていたソニアが、隣で画面を眺めるラムリーザを振り返った。どうやらゲームに熱中していても、空腹だけはごまかせないらしい。やはりお月様の供え物に手をつけた祟りなのだろうか……。

「もうすぐ昼食の時間だから、これでしのぐんだ」

 ラムリーザは、ソファ前の小さなテーブルに置かれていた、手のひらほどの缶をソニアに渡した。先日駅で購入した、アクマ式ドロップスの缶だ。

「アメよりチョコがいい」

 ソニアは不満そうな声を上げるが、ないものは仕方がないのでラムリーザから缶を受け取った。そして蓋を開けて振ると、手のひらに白いアメ玉が一つコロリ。

「またハッカが出てきたー!」

 さらに不満そうな声を出すソニア。この缶には、ブドウやミカンに交じって、ハッカ味のアメも入っている。ソニアは、どうやらそのハッカ味が嫌いらしい。

「ダメだぞ、出てきたものからちゃんと食べないとね」

 ラムリーザは、ソニアがハッカを缶に戻そうとするので、すばやく缶を奪い取った。

「でもこのハッカやだ。絶対この中に要らない子が一人いるよー」

「いちいち戻していたら、最後にハッカだらけになるぞ」

「ハッカだけになったら捨てるもん」

「食べ物を粗末にする娘は、桃栗の里行きだ」

 そう言われると、ソニアはもうこのアメを口にするしかない。ラムリーザがことあるごとに脅すため、ソニアの中で学校指定の寮「桃栗の里」は、厳しい寮長が素行の悪い生徒を矯正する施設のような場所になっていた。

「ふえぇ、歯磨き粉みたいな味……」

「ふえぇじゃない、口の中がさわやかになっていいじゃないか」

 とまあ、こうしたやり取りは、ハッカのアメが無くなるまで何度か繰り返されることになった。

 

 そのとき、ラムリーザの携帯型端末キュリオから、着信を知らせる音が鳴り響いた。着信音は、ソニアの手によって勝手に、例のギャルゲー『ドキドキパラダイス』のエンディングテーマ「きーらきーら」に変更されていた。

「おい、俺だよ俺」

 電話の向こうから、そんな声。

「おお、こんにちは俺。なんだい、俺から電話がかかってくるなんて久しぶりじゃないか」

 声ですぐ相手が分かったラムリーザは、悪乗りして返した。

「そう俺だよ。あのさぁ、プール行かね?」

「なんで俺とプールに行かないとダメなんだ?」

「いや、俺とじゃなくて、お前と」

「俺じゃなかったのか?」

「…………」

 少しの間沈黙。

「すまん、変な出だしにしてしまった。プール行こうぜ」

「俺と?」

「それはもういいから。リリスも連れて行くからさ」

「二人きりで行かないのか?」

「俺は去年お前らとプールに行ってないからな。それが癪だから、俺も一つずつ、お前たちの思い出に加わっていってやる。まずはプールだ、行くぞ」

「そんなの気にしなくてもいいのに。まあ、行きたいと言うなら、こっちもごろごろゲームをしているだけだし、出かけるか」

 ジャンは、プール遊びをはじめ、クリスタルレイクへの旅行や自動車免許の取得など、これまで参加できなかったことに一つずつ加わるつもりらしい。そしてこの日は、まず手近なプールを選んだようだ。

「出かけるって、どこに? 誰と? そもそも今の相手誰? リリスだったら、リリスをハッカアメで埋める」

 ラムリーザが通話を終えると、ソニアはすばやく飛びつき問い詰めた。相変わらずラムリーザにリリスが接近するのは気に入らないらしい。

「だから食べ物を粗末にするんじゃない。あと相手はジャンだから文句言うな。リリスも来るけど」

「じゃああたしも行く! 旦那を質に入れてでも行く!」

「将来ソニアの旦那になる人は気の毒だなぁ……僕は遠慮しておこう」

「なんでよ! ラムがあたしの旦那になるのは、三代ほど前の前世から決まっているの!」

「待て、つまり僕を質に入れる気か?」

「入れる!」

「あのなぁ……」

 すでにラムリーザとソニアの会話は意味不明なものになっていた。要約すると、ラムリーザとソニアは、前世とその前世、さらにその前世から結びついていて、現世ではこれから質に入れられるらしい。意味がわからない。

「あの、私もこちらのプールには、行ったことがありません」

「じゃあソフィーちゃんも行こう!」

 ソニアはそう言って、ゲームの電源を落とした。落とす直前の画面では、金塊集めの主人公は穴に落ちて身動きが取れなくなっていた。

 

 昼食後、フォレストピア組は、フォレストピア駅に集合していた。リリスがユコも誘ったため、いつものメンバーとなったわけだ。

 十数分、汽車に揺られてアンテロック山脈を越え、ポッターズ・ブラフ駅に到着。駅前で待っていたミーシャとも合流。どうやら出発前に、ソフィリータが誘っていたようだ。

 フォレストピアにはまだプールはない。だから去年の同じ頃に訪れた、ポッターズ・ブラフ市民プールへ向かっていった。

「あのプールは、記念すべき場所なのよ」

 市民プールが見えてくると、リリスはそう言った。

「何? 俺の知らない記念があるなんてー……」

 なぜだかジャンはがっかりしているが、何か記念になるような出来事があっただろうか。去年行ったとき、特に何も起きなかったと思うのだが? などとラムリーザは考えていた。

「あのプールは――」

 リリスは一同を振り返り、いったん言葉を切って、たっぷり間を取った。みんなの視線がリリスに集中する。

「こっち見んな」

「は?」

 そういえばリリスは視線恐怖症だった。ラムリーザが初めて会った頃は酷いものだったが、今では文句を言える程度には落ち着いている。

「それで何の記念なんだ?」

 ジャンに問われて、リリスはソニアをじっと見つめた。

「な、何よ」

 リリスから意味ありげな笑みを向けられ、ソニアは少し不満そうな声を上げる。

「あのプールは――」

 再び沈黙を作る。何をそんなにもったいぶっているのだ?

 そしてリリスは爆弾発言をした。

「――風船おっぱいお化け、発祥の地!」

「なっ、まっ、まじょりあんの馬鹿!!」

 ――合掌。

 

 ひと悶着あったものの、プールへ到着すると、一同は男女に分かれて更衣室へ入った。

「そういえばジャン、君は泳げたっけ?」

「おっ、馬鹿にしているな? 現代に蘇ったネプチューンとは俺のことだぞ」

「青春のエスペランサじゃなかったか?」

「細かいところ覚えとんなー」

 なぜかラムリーザは、夏休みに南の島で行ったプロレス大会のことをよく覚えていた。あのときジャンは、自分のことを「青春のエスペランサ」と形容したはずだ。

「しかしどうもこの匂いは慣れないね」

 ラムリーザは、周囲を嗅ぎながらぼやいた。

「塩素消毒の匂いだな。昔、錠剤集めをして、怒られたことがあっただろ」

「あれか、ソニアがラムネと間違えて食べて、病院へ運ばれたやつか――」

 ソニアは昔から食いしん坊だった。別にお月様の祟りとか関係なく、昔からのことだったのだ。

 十分ほどして、みんな水着に着替えてプールサイドに集まった。

「なるほど、ソニアがL、ユコがM、ミーシャがSって感じだな」

「何を分析しているんだ?」

 ジャンが女性陣を品評するようなことを言うので、ラムリーザは一応突っ込んでおく。

「ソフィリータはマッチョタイプで、リリスがバランスタイプ。うむ、やっぱりリリスが一番ちょうどいい」

「いや、ソフィのマッチョは足だけだろ?」

 蹴り技の修練に精を出しているソフィリータは、下半身の筋肉が結構発達している。普段は、サイハイソックスを履いているため目立たないが、こうして素足になってみるといかにも格闘家といった感じだ。

 ソニアたち三人をS・M・Lで区切ったのは、単におっぱいの大きさだけということだろう。実際のカップサイズを指しているわけではないらしい。

「似非お嬢様枠、爆乳枠、ロリ枠、体育会枠、メインヒロイン枠、ちゃんと揃っているのがすごいよな」

 ジャンは、今日集まった女の子たちをギャルゲーの攻略対象のように表現して、そして、しっかり自分のお気に入りであるリリスを、メインヒロイン枠へ入れていた。

「メインヒロインに、一緒に帰って噂されると恥ずかしいと言われて逃げられてしまうジャンであった」

「待て、それはいかん」

 ラムリーザとジャンが実りのない雑談をしている間に、ソフィリータは早速飛び込み台に登って、後方二回転宙返り、別名スワンダブルプレスを決めてみせるのだった。

 それを見たミーシャも続き、豪快なヒッププレスを決めてみせた。――と言えばかっこいい(?)が、要は尻から飛び込んだだけである。

「どこかで見た景色だな」

 その様子を眺めながら、ジャンはつぶやいた。

「あれだね、南の島に行く途中に船から飛び込んだやつだね」

 あのときは、海から戻るための階段を用意する前に飛び込んだものだから、海から戻れずにソニアはパニックに陥っていた。あのまま全員が飛び込んでいたら、船に戻ることができずに全滅していたかもしれないので油断してはならない。

「あ~、胸が楽~」

 その一方、ソニアは水へ入ると、毎度おなじみの「おっぱいぷかぷか」で楽をしている。そして水から上がると、「重い……」とへたり込むまでが恒例だ。

「んじゃ俺たちも行くか」

 ラムリーザとジャンも、ほかのみんなに続いてプールへ入ろうとした。そのとき――。

「てめぇ、ラムリーザだろう?」

 誰かがラムリーザを呼び止めた。口調は多少荒い。

「いかにも、私の名はラムリーザだ。なぜ、私を知っている?」

 ラムリーザは、相手が何者かわからないので、ソニアがプレイしていたゲームに出てきたキャラを真似て、丁寧に答えることにした。

「何のキャラだよ」

 すかさずジャンが突っ込んでくるが、ラムリーザは聞き流して相手を確認した。

 相手は三人組だった。どこかで見たような気もするが、はっきりとは思い出せない。同じ学校の生徒なのだろうか。

 ラムリーザには、見覚えがあるような気がした。そしてこんなときに何か武器を所持していたら、威嚇に使えるのだろうなぁ、などと場違いなことを考えていた。

 しかし去年なら、こうした相手はラムリーザの名前すら知らなかっただろう。けれど今は違う。相手はラムリーザの名前を知っている。ラムリーザとレフトールの関係や、ラムリーザがただの貴族のお坊ちゃんではないことも、ある程度知られているようだった。

 そこにソフィリータがプールから上がって駆けてきた。柄の悪そうな三人組がラムリーザに絡んでいるので、急いで加勢に来たのだ。

 三人組はちらりとソフィリータを見たが、すぐに視線をラムリーザに向け直して言った。

「お前、最近ケルムさんに目をつけられているみたいだな」

 その言葉を聞いて、ラムリーザは思い出した。この三人はウサリギの取り巻きだ。レフトール一味とやり合っているときに、ウサリギの脇にいたのを遠目に見たことがあったのだ。

「そうだろうねぇ」

 どういう意図で接近したのかわからないので、まるで他人事のように答えておいた。少なくとも、彼らの頭であるウサリギとは、学校の裏山で時々雑談する仲になっていた。ああそこは、二人にとって中立地帯のような場所になっているのだ。その部下たちが、わざわざここへ出向いてきた意図は何なのだろう。

「馬鹿な奴だなー、ケルムさんの敵になる道を選ぶなんてね。へっへっへっ」

 ソニアと別れ、ケルムを選ばなければ敵と見なされるのなら、それは致し方ない。

 ゲーム風に言えば、ラムリーザの人生には「ケルムルート」も存在していた。しかしラムリーザはその選択肢を選ばなかったのだ。

「何こいつら、敵?」

 まだあまりよくわかっていないジャンは、ちょっとのんびりしているようだ。

「敵になっちゃったかな?」

 ラムリーザもちょっとのんびりしているような調子で答える。この三人組は、そんなに怖くはない。親玉のウサリギはいないし、所詮は下っ端だ。

 そういえば去年も似たようなことがあったなとラムリーザは思い出していた。このプールに来たとき、レフトール一味に絡まれたことがあった。あのときはリゲルの地位と知名度で乗り切ったが、今日はリゲルは来ていない。

 しかし今は、武闘派の妹がそばにいる。ジャンの戦闘力は未知数だが、人数は同じ三対三。ソフィリータもいることだし、こちらが不利とは思えない。

「別に、今は俺らから手を出す気はねーよ。どうせレフトールが出てきてめんどくさいことになるからな」

 そして去年ともう一つ違うところがあった。それは、ラムリーザの名もある程度知られるようになったことだ。相手も去年の不良たちのように「ん? 何だお前は?」とは言わない。

 それに、ラムリーザの力についても、ウサリギから部下たちにも伝わっているらしい。

 ラムリーザが反応を試すように、一人へすっと手を伸ばすと、相手は警戒して一歩後ずさった。ラムリーザにつかまれたらまずい――そんな認識も、広まっているのだろう。帝都にいたツッパリ軍団のボス、アキラと同じように、不用意に手を出してはいけない人物として知られていた。

「それじゃあ、話があるならレフトールを通してくれ」

「へっ、もともとそのつもり。領主に手を出すほど俺たちも馬鹿じゃない。でもレフトールをやっつけたらお前も困るだろ?」

「困るねぇ」

「じゃあな、レフトールによろしく言っといてくれ」

 ひと波乱あるかと思われたが、ラムリーザは、名が知られるにつれて、不用意に手を出してはいけない相手と見なされるようになっていた。だからその矛先は、自然と番犬――いや、騎士を自称するレフトールへ向かっていく。しかしレフトールにとっても、それは望むところだろう。

「なんだあいつら?」

 ジャンは去っていく三人を見つめながらつぶやいた。

「気にしなくていいよ。レフトールに任せちゃおう」

「ああ、番長関連か。この街をシメてるのは、あいつらか、俺たちか――ってやつか。帝都でも、アキラって奴がやってたな。公園の所有権を巡って」

「ま、そんなところだね」

 こうして不良集団との抗争に巻き込まれずに済んだ三人は、みんなの待つプールへ戻っていった。

「ふっ、ふえぇ……胸が重い……」

 その頃何も知らないソニアは、プールから出るといつものようにプールサイドでへたばっていた。

「風船おっぱいお化け健在ね、くすっ」

 それを囲むようにリリスとユコが座っていて、ソニアをからかっているところだった。

「ほー、風船だけに水に浮くって本当だったのか」

 なぜか感心してみせるジャン。その瞬間、ソニアの奇声がプールサイドに響き渡る。

「ニンボートンボーケンボー!!」
              
ポッターズ・ブラフ市民プールで、怒ったソニアがリリスをプールへ突き落とそうとしている場面
 などと意味不明な叫び声をあげながら、みんなに取り囲まれていたソニアが爆発。まずジャンへ突っかかり、そのままプールへ突き落とした。続いてリリスに飛びかかって突き落とす。さらに逃げ出そうとしたユコをすぐに捕まえて、これまたプールに落としてしまった。

「ふっ、風船おっぱいお化けの反乱だわっ」

 プールに突き落とされても、リリスは減らず口を叩く余裕があるようだ。

 さらにソニアは、プールサイドから助走をつけて、リリス目がけてダイビングボディアタック。まるでプロレスだ。

「去年もこんな感じだったのか?」

 ジャンも笑っている。

 あとはもう、収拾がつかなかった。プールの中では、バトルロイヤルさながらの大乱闘が繰り広げられましたとさ。

 

 こうしてジャンにも、市民プールで騒いだ思い出が一つ加わった。

 去年と同じプール。去年と同じように騒ぐソニア。けれど、そこにいる顔ぶれも、ラムリーザに向けられる周囲の目も、少しずつ変わっている。

 変わらないようで、何もかもが同じではない。

 それでも最後に残るのは、やはりいつもの騒ぎなのであった。