ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
リリスの相談 親友の保証
帝国暦九十三年 黄昏の月・不死鳥の日(現代暦:十月中旬)
放課後、ごんにゃにて――
店内には珍しく、ラムリーザとリリスの二人だけが向かい合っていた。見る者によっては、少々危険な組み合わせである。
ラムリーザは一度屋敷に帰った後、電話でリリスに呼び出されていた。ちょうどそばにソニアがいなかったため、何も告げずに出てきた。リリスが個人的に話したいというので、たまにはよいかと付き合うことにしたのだ。これは逢瀬ではないか、という考えも浮かんだが、友人として話を聞くことすら断るのは、さすがに酷だと考えた。ケルムと違ってリリスは大切な友人だ。
もっとも、二人きりとはいっても場所はごんにゃである。店主のヒミツとも馴染みだし、人目のある店で話を聞くだけなら、逢瀬とは言えないだろう。ソニアに聞かれたら、ごんにゃに行ったこと自体は隠すつもりもなかった。ただし、相談内容まで勝手にソニアへ話すわけにはいかない。
リリスは現在、ジャンの店の上階にあるホテルの一室で暮らしていた。リリス自身もラムリーザたちに近いフォレストピアに住みたいと考えていたので、そのことについてはジャンに感謝しているようだ。
そうしてごんにゃで待ち合わせることになり、二人は先ほど店へ入ったところだ。
「らっしゃい――って領主さん。んん? 珍しい組み合わせだね、いつもの緑の子はどうしたんだい?」
リリスは、ごんにゃの店主ヒミツへ顔を寄せ、いつもの演技がかった艶めかしい声でささやく。
「ラムリーザとソニアは別れたわ。今は私がラムリーザの新しい彼女」
「ええっ? それは初耳!」
「冗談だからね、ヒミツさんも真に受けないでください」
ラムリーザはきっぱりと否定した。そんなラムリーザに、リリスは微笑を浮かべて言った。
「そんなつれないこと言わないで」
「なんだよ、そんな冗談をやりたかっただけならもう帰るよ」
「あっ、冗談よ冗談」
リリスは唐突に演技めいた表情を消し、真顔――というよりごく普通の笑顔に戻ってラムリーザを引き止める。ここまで雰囲気の変わる娘も珍しい。二重人格というわけではないが、リリスの妖艶な演技はなかなかのものがあった。ただしその妖艶な仮面が剥がれると、ソニアと同じくらいおかしなことをする娘であることは、今では周知の事実であった。
二人は適当な席を選び、向かい合って座ると、つめたいぶんとえーぶんを注文する。
ごんにゃのリョーメンは、主に「えーぶん」と「うまいぶん」の二種類に分かれているが、たいていはラムリーザかジャンのおごりなので、ソニアたちが、わざわざ下位の「うまいぶん」を頼むことはまずなかった。といっても、二つの違いは肉片が乗っているかどうかの違いだけなのだが、肉がないよりはあったほうがよい、ということなのか、ソニアたちは「えーぶん」しか注文しない。
「文化祭の話は順調かしら?」
リリスが最初に切り出したのは、当たり障りのない文化祭の話題だった。
「よくわからないけど、去年と同じようになるんじゃないかな」
「よくわからないって、打ち合わせしたのでしょう?」
「ちょっとね……」
するとリリスは、妖艶な微笑を浮かべて話を続けた。この表情が、ソニアには表せないリリス特有の個性だ。
「フィルクルでしょう、大丈夫かしら?」
「それなんだよねぇ。僕はあまり関わらないようにしようとしているのだけど、同じ実行委員にされてしまった以上、嫌でも顔を合わせることになる。レルフィーナも、人選を誤ったね」
「どうしてもフィルクルのせいで回らなくなったら、私が代わりに委員に入ってもいいわよ」
「えっ? それはありがとう」
ラムリーザとしては、リリスがフィルクルと代わってくれるならばなるべく早くそうしてもらいたかった。あそこまで敵意を持っている相手に、無理にこれ以上近寄るのは意味がない。
ただし、フィルクルとリリスが入れ替わると、ラムリーザとフィルクルの問題は解決しても、新たにソニアとリリスの問題が発生するのは目に見えていた。ベストではないとしても、どちらがベターか、ラムリーザは真剣に悩むのであった。
「ユコとレフトールって付き合っているのかしら」
唐突に話題を変えてくるリリス。やはりリリスから見てもそう見えるのか。ラムリーザは、先日フォレストピアのゲームセンターで見かけた二人を思い出してそう考える。
「レフトールからは、付き合っている風には言ってこないけどね。ユコがそう言っているのかい?」
「ユコは、レフトールを自分の騎士だと言っているわ。ところでソフィリータとユグドラシルはどうなのかしら?」
リリスは矢継ぎ早に話題を転換させてくる。男女の関係の話ばかりだ。
ラムリーザは、女子の会話なんてこんなものかなどと考えながら、この二人に関しては自信を持って答えた。
「それはきちんと付き合っている。ソフィリータに会うため、ユグドラシルさんが時々うちの屋敷へ来るし、ソフィリータも逆にユグドラシルさんのところに行っているみたい」
「兄にベタ惚れの妹じゃなくて残念ね、くすっ」
リリスは再び微笑を浮かべた。ラムリーザは、リリスのこの表情が作りものなのは間違いないと思いつつも、完成度は高いと感じている。
「ギャルゲーの世界だと、キャラの設定ミスだね」
だからラムリーザは、適当にそう答えておいた。たぶん現実の兄妹なら、現在の自分たちのような距離感になるのではないか、と勝手に想像しながら。なにしろ今では、少しでも妹が兄に甘えるそぶりを見せたら、すぐに一言何か言ってくる娘がそばにいるのだ。
「リゲルはどうするのかしらね」
「彼の二股については、僕は何も言わないよ」
さっきから、リリスの話題は人と人との関係ばかりだった。ユコとレフトール、ソフィリータとユグドラシル、そしてリゲル。どうやら今日は、ただの雑談をするために呼び出されたわけではなさそうだ。
そこへ店主が、注文していた二つのどんぶりを運んできた。
「お待ちどう、えーぶんとつめたいぶんどうぞ」
それから二人は、しばらく黙々とリョーメンを食べた。
「あなた、あいかわらず熱いの食べないのね」
リリスは、熱々のリョーメンに息を吹きかけながらそう言ってくる。
「指を入れて平気なものしか食べないよ」
「そうなのよねぇ……」
リリスにしてみれば、ラムリーザのこの特性を知らなかったために、ソニアとの料理対決で敗北したという苦い記憶があった。そしてそのころから、リリスの中でも何かが少しずつ変わり始めていた。
「好きとか嫌いとか、最初に言い始めたのは誰なのかしら?」
リリスは窓の外を眺めながら、ほぅとため息をついてそうつぶやいた。
「歴史研究家に聞いてみたらどうだろう? 古生物学者……違うかな」
ラムリーザの真面目な答えに、リリスはくすっと笑った。リリスは特に深い意味があってつぶやいたわけではなく、最近発売されたギャルゲーの主題歌を、ふと口にしてみただけなのだ。ひょっとしたら近いうちに、ユコが楽譜に起こすかもしれないものである。
「というより、そんな恋話をするために僕を呼び出したのかい? こんな話ならわざわざ二人きりにならなくても、明日学校で聞いてあげたのに」
「違うわ、前置きが長くなってごめんなさい。どうしてもあなただけに聞いてもらいたいことがあって」
リリスは箸を止めて、しばらくじっとラムリーザの顔を見つめた。今の表情に作りはない、真顔と呼べるものだった。
「ソニアとは別れないよ」
だからラムリーザも、先に釘を刺しておく。リリスが何を言い出すのか、先回りしたつもりだった。
しかしリリスは静かに首を横に振ると、いつもの誘うような口調ではなく、ごく真面目な声で問いかけた。
「ジャンってどんな人なのかしら?」
いつものからかうような光が失われた赤い瞳は、まっすぐにこちらの答えを待っている。だからラムリーザは、自分の大切な友人について語るための言葉を選んだ。
「親友……かな?」
リリスの言う「どんな」の範囲がわからないので、ラムリーザは差し障りのない答えを示す。ただし、それは本心であって偽りではない。
「リゲルとどっちが大事?」
「リゲルもジャンも、出会った時期が違うだけでどちらも同じ親友だよ」
ラムリーザには、リリスが何の話をしたいのかいまだにつかみかねていた。人間関係の話がやりたいだけなのだろうか?
「あのリゲルが親友ねぇ――」
リリスは少しだけ微笑を浮かべたが、すぐに真顔に戻って続けた。
「――まあいいわ。ジャンの昔ってどんな人だったのかしら?」
どうやらリリスの聞きたいことの中では、リゲルのことはあまり重要ではないようだ。
現在、リリスは傍目にも分かるほど、ジャンから何かとよくしてもらっている。店の上階にあるホテルの一室を提供してフォレストピアに住ませてやったり、そのほかにもリリスに対して好意的に接している。
「昔かぁ、これは話したかな? J&Rのこと」
「あなたとジャンが、以前組んでいたユニットの名前でしょう?」
「そのとおり。そこでジャンは、メインボーカルとリードギターを担当していたね。今のリリスと同じパート。ジャンとリリスって、実は似たもの同士だね」
リリスはくすっと笑って、話を続けた。
「ジャンって、彼女がいたことあるのかしら?」
なるほど、リリスは、ジャンと付き合ってよい相手なのか、探りを入れているのだな、とラムリーザは考えた。それならば、親友として、ジャンのよいところを伝えて援護射撃をしてやる場面だ。
「そうだねぇ、特定の誰かと付き合っていたってのはないかな。僕やソニア、メルティアあたりとつるんではいたけど、男女の関係という感じにはならなかったね。僕もソニアとは、去年の春に恋人として付き合うと決めるまでは、ただの幼馴染で兄妹みたいなものだったし」
「メルティア?」
聞きなれない名前に、リリスは首をかしげる。
「彼女とは最近はすっかり疎遠だけど、去年の帝都ライブとか見に来ていたのを知っていたかな? ソニアによくちょっかい出していた」
「ああ、去年の文化祭に、ジャンと一緒に来ていた娘ね」
そこでリリスは、一呼吸置く。そしてシチミの入った瓶を手に取って、自分のリョーメンに少し入れた。リリスがその瓶に手を伸ばしたとき、無意識に身構えるラムリーザがいるのだが、それはまあよい。今ここにはソニアはいないのだ。
「ジャンって、そのメルティアと付き合ってたんじゃないのかしら?」
リリスから見たら、ジャンに連れられてわざわざ帝都から文化祭を見物しに来た娘だ。何かしら関係があると見るのも無理はない。
「どうかなぁ? メルティアはジャンよりもソニアに執着していたし、仲のよい四人組、いや他にもいたか。ヒュンナとかアキラとか――まぁそれはいいか。とにかく、少なくとも僕の知る限りでは、ジャンとメルティアは付き合っていなかったよ」
あまり帝都での仲間たちの名前を挙げても、リリスが混乱するだけだ。
「ジャンはリゲルみたいに二股はしないと思うよ。リリスのことだけを大事に思っているさ」
だからラムリーザは、そのように締めくくった。
「やっぱりジャンは私狙いなのね」
「ジャンはいい奴だよ。僕が言うのだから間違いない」
根拠は、親友として長く付き合ってきた実感だけだったが、ラムリーザはリリスにそう言い放った。少なくとも、ラムリーザから見たらジャンはいい奴で、それは嘘偽りではない。
「エロトピアなのに?」
「ごほん――」
それを言われると、ラムリーザには痛いところだ。確かにジャンには、エロオヤジっぽい一面がある。ラムリーザから見たら、昔からのことなのでもう慣れていた。しかし知り合ってから日の浅い、しかも女の子のリリスから見たらどうだろうか?
「エロトピアが気になるようならば、やめるように言っとくよ」
「別にいいわ、私は気にしない」
ラムリーザの提案を、あっさりと断るリリス。確かにユコなどは、ジャンのエロトピア発言を嫌がっているが、リリスは嫌がるどころか、ジャンの発言に乗り、さらに挑発的な言葉を返すことさえあった。そんな点からも見ると、意外とお似合いの二人なのかもしれない。
リリスはさらに、ラムリーザが知るジャンの昔話を求めた。
ラムリーザは、兄ラムリアース、妹ソフィリータ、幼馴染のソニアと四人でバンドを組んでいたころから話し始めた。そのうち兄が学校を卒業して城勤めを始めると、メンバーが三人となり、活動は少し勢いを失っていた。唯一作詞のできた兄が抜けたのも大きかった。そこにジャンが加わったわけだ。
「ジャンは作詞ができるのかしら?」
「エロトピアならね」
ジャンはメンバーに加わると同時に、自分の親が経営するナイトクラブ――帝都にあったシャングリラ・ナイト・フィーバー――で演奏する機会を用意してくれた。普通はいきなりそんな大舞台に立てないものだが、親友特権というやつだ。
「それに私も乗せてもらったわけね」
「そういうこと」
ラムリーザがジャンと知り合ったのは、小学校時代。たまたまクラスが一緒となり、妙に馬が合って、それ以来親しく付き合い、ときにはぐだぐだ、だらだらと過ごしながらも、その関係は続いてきた。ちなみに、帝都でよく一緒にいたメルティアと知り合ったのは中学時代で、ソニアは物心がついたときからそばにいた。
「それで、公園で一緒にう〇こを集めてまわったのね」
「知らない」
ジャンとは、ラムリーザがポッターズ・ブラフに来たときにいったん離れ離れになったが、文化祭には遊びに来てくれたり、さらには新設したフォレストピアで二号店を出すなど、再び近くで過ごすようになったのは、今年に入ってからだ。
「一つ言えるのは、僕がずっと親友関係を続けている相手だ、ということだよ」
リリスにとっては、おそらくこの一言だけでも、ジャンが信用に足る人物だと伝えるには十分だろう。親友として積み重ねてきた年月だけが、その言葉の根拠だった。
ラムリーザの近くに変な人や厄介な人が集まることは考えづらい――と言いたいところだが、ソニアはどうよ、レフトールはどうよ、などと言われたらそれまでだ。
「まあ、リリスとユコみたいな関係だよ」
「私たちは中学時代からだわ」
ラムリーザとジャンが昔からの親友であるように、リリスとユコも同じような関係だ。だからこそ、
「転校騒ぎが転校詐欺でよかったね」
リリスとユコが離れ離れにならなかったことは、リリスだけでなくラムリーザもよかったと思うのだ。
「ジャンの計らいでフォレストピアに住めたし、今までどおりユコと同じ町に住めたからね」
「実は不安だったの」
「何が?」
「去年のおみくじで、『連れ添った恩者が離れていくであろう』という災厄が出たのが関係したのかなと思ってたの」
リリスはおみくじの内容をよく覚えていた。少なくとも二年目が始まるまでは、その災厄どおり、二人は離れ離れになりかけていた。
「ああ、そんなのだったか」
「あなたはどうなのかしら? 『望まぬ縁談が平穏を壊すであろう』って出ていたけど、縁談があったのかしら?」
リリスの記憶力に、ラムリーザは色々な意味で驚愕し、思わずのけぞる。勉強には生かされない記憶力が、妙なところで働く者もいる。幼き日のラムリーザとジャンの公園のエピソードについてもそれが言える。リリスもその例に漏れないらしい。それ以上に驚いたのは、先日のケルムからの縁談を思い出したことだった。あのとき感じた胸騒ぎはこれか……。
ラムリーザが黙っていると、リリスはくすっと笑い、「あったのね」とつぶやいた。
「僕のことはいいだろ? それよりもジャンはいい奴だよ。もしジャンが告白してきたら、ちゃんと考えてあげるんだぞ」
ラムリーザは、ダメ押しとばかりに最後の援護射撃を放った。
「どうかしら」
しかしリリスは、真顔からいつもの怪しげな微笑を浮かべた顔へと戻っていたのである。真剣な話は、ここまでということなのだろう。
二人はリョーメンを食べ終わり、二つ三つ取り留めのない雑談を交わしてから店を出て別れた。
リリスは結局、ジャンをどう思っているのかは最後まで言わなかった。
けれど、わざわざラムリーザを呼び出してまでジャンの昔話を聞いた時点で、答えの半分ぐらいは出ているような気もした。
少なくともラムリーザには、そんなふうに思えた。
ラムリーザは帰り道、ソニアへの土産も兼ねて薬屋へ寄り、ブタノールを少し買ってから屋敷へ戻った。
部屋に戻ったときに、ソニアが待ち構えていて「どこに行ってたの?」と問い詰めてきたので、ラムリーザはブタノールの入った小さなボトルを見せる。
「ごんにゃに行って、それからこれを買ってきた」
リリスからジャンについて相談されたことまで話すわけにはいかない。けれど、行き先まで隠す必要はなかった。
するとソニアは、嬉しそうに早速ブタガエンの生成に取りかかる。水槽の横でへんこぶたをつついているソニアの背中を、ラムリーザは苦笑いしながら眺めた。
あんなに不器用に、けれど真剣にジャンのことを尋ねてきたリリスの顔を、ソニアはまだ知らない。
つかみどころがなくて、いつも煙に巻いてばかりのリリスが、これからジャンとどんな歩幅で歩いていくのか。
自分の買ったブタノールが怪しげな液体に変わっていくのを眺めながら、ラムリーザは窓の向こうの夕暮れ空へ目を向け、二人の未来が穏やかなものであるよう、そっと願った。