ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
カラオケ喫茶、再び
帝国暦九十三年 黄昏の月・氷狼の日(現代暦:十月中旬)
定期試験も、試験明けの休みも終わり、学校生活に日常が戻った。
そして休み時間にも、いつもの空気が戻っていた。
「シューエキショーって知っているかしら?」
「知らない」
今日もリリスの雑学タイムが始まっていた。いつものように妙な話題を挙げてきて、ソニアは知らないと答える。知っていると答えたことはあっただろうか? リリスが博識すぎるのか、ソニアが無知すぎるのか。これまでの傾向から言ってただ一つ確実なのは、リリスの知識は偏っているということだ。
「歌手よ」
「どんな歌が有名なのよ」
「そうねぇ――」
リリスは少し考えてから、おもむろに歌いだした。
アリワー、キャルラキャッチュッキャールナー、ゼツマー、キョルラレツニュー、ラニラウィーマーラッテラウィーマーラッテラ、タッチッタッチッ、ウォー!
「どこの言葉よ、わかんない!」
ソニアの指摘はもっともだった。リリスは、誰も聞き覚えのない言葉を使って歌い始めたのだ。
「呪文ですの? ひょっとして呪歌?」
ユコは自分の知っているゲームから、なんとか答えを導き出そうとしていた。これまで何度か遊んだテーブルトークゲームには、古代語で歌う「呪歌」という魔法が登場した。敵へ聞かせれば戦意を失わせたり眠らせたりでき、味方へ聞かせれば戦意を高められる。
「呪歌なら『ほなら』というものもあるけれど……その呪歌は設定にあったかしら?」
ユコが首をかしげる。
「ほならって何よ」
「教えてあげようか?」
ソニアの問いに答えたのはリリスだ。
「うん、教え――」「ほなら!」
ソニアの台詞に被せるように、リリスは身を乗り出して「ほなら」とソニアの耳元で叫ぶ。
「なっ、なにすんの――」「ほなら!」
同じように、ソニアの言葉を邪魔するリリス。それを見て、ユコはくすっと笑う。
「しゃべるの邪魔し――」「ほなら!」
「うるさい――」「ほなら!」
「ふえぇ……」
ソニアが困ったようないつもの悲鳴を上げたところで、リリスはソニアの言葉を邪魔するのをやめて、身を引いたのだ。
「交渉の邪魔などに使える呪歌ですの。この魔法をかけられると、何かをしゃべろうとするたび、頭の中へ『ほなら!』という声が響いて動揺してしまうのですわ」
果たして使い道があるのか。どんな場面なら効果的なのか、いろいろ考えなければならない魔法であった。
「そもそもほならって何よ」
「あなた、ホイミって何よって追及するタイプなのね、くすっ」
「ホイミは回復魔法、でほならは何よ」
「さっき説明したじゃないの」
「意味わかんない」
「ホイミって単語の意味は何かしら? 効果じゃないわよ」
「ぐぬぬ……」
ソニアが返答に詰まったところで――まあ、そういうことである。創作された魔法や呪文の名称に突っ込むのは野暮なことなのだ。効果が重要であって、名前や詠唱文句は重要ではない。例えば雷撃魔法の名前がシャングリラであっても、何の不都合もない。サンダーである必要はないのだ。
「呪歌じゃなくて、一部で流行している竜言語歌でしょう? 神秘的な言葉の羅列を用い、声を楽器の一部として扱うように作られたもの」
呪歌の講座が終わったところで、ようやくといった感じでロザリーンは口を開いた。
「そう、それよ。その竜言語歌を中心に活動しているグループが、シューエキショーというの」
「ふーん」
ソニアは竜言語歌にあまり興味がないようだ。
「一番有名なのは、『竜の血族』という曲ね」
そしてリリスは、再び歌いだす。いや、声を楽器として奏で始めた。
ヤッ! ホッ! ハッ! ヤッ! ホッ! ハッ!
ヌーズアンソー、フェンターローック、フォーフィンドゥー、ドゥヴァノゥー!
フェンコスナー、ロマフェー、ラークァールゥー!
曲が盛り上がると、ユコも声を重ねる。歌だの呪歌だの竜言語歌だのと騒いでいるうちに、教室の空気は自然と音楽のほうへ傾いていた。
パズケイザール、フェンコスティン、ノールベイン、アードイジョーッ!
ドヴァ――
「えーい、静まれーいっ!」
リリスとユコは、突然背後から大声を浴びせられ、驚いて演奏を中断した。傍目には歌っているようにしか見えないが、本人たちの認識では、あくまで声による演奏らしい。
振り返ると、そこにはクラスメートのレルフィーナの姿。彼女は普段は別のグループの中心人物で、クラスのムードメーカー役なのだが、今日は珍しくラムリーザたちのところへ近寄ってきたようだ。
「どうしたんですの? レルフィーナさん」
黙っているリリスに代わって、ユコが声を掛ける。
「聞いて喜んでよ。また楽しい文化祭の時期がやってきたのだ。文化祭そのものより、騒ぐ理由が増えるのが嬉しいのよね」
「そういえばそんな時期ですのね」
帝立ウェストウィルド学院高等学校では、夏休み明けの定期試験が終わると文化祭モードに切り替わる。播種の月に開催される文化祭へ向けて、企画を練り、内容を検討し、準備を進める期間に入るわけだ。
「その準備に向けた打ち合わせをするから静かにしていてねっ」
レルフィーナはソニアたちから離れると、教卓へと向かっていった。そして黒板へ、チョークで『文化祭統合作戦会議』と大きく書いた。しかし、さすがにそれは大げさだろう。軍事作戦じゃあるまいし。
「レフトールさんは去年別のクラスだったけど、何をやりましたの?」
ユコは自分の前の席にいるレフトールに尋ねてみた。
「知らね、俺出てねーから」
要するにサボっていたわけだ。番長のレフトールならこれも仕方がない。
「去年の文化祭で、番長なら運動場で頭丸めていかめしの屋台出してたよ」
「勝手に丸めるな! ってか、んなことやってねーよ、コラ!」
ソニアは茶化して、レフトールは凄んでくる。やはり恐怖のレフトールも、ソニアにかかっては今では愉快な番長さんだ。
「それでジャンは何をやったのかしら? 去年は帝都の学校でしょう?」
「ん? なんか『劇』をやっていたみたいだけど俺はぽこぽこ太鼓役だったな」
「劇? 演劇じゃなくて、あの踊りの劇?」
「あたしできるよ!」
ソニアは立ち上がると、突然その場で踊りだした。少し前かがみになって、膝の少し上を手のひらでバンバン叩きながら、小刻みに足踏みをする。そしてその場でゆっくりと回りだした。
これが帝国が建国される以前から、この地域の先住民に古くから伝わる民族舞踊「劇」である。単純でやたらとせわしない踊りではあるが、帝国建国よりも古い歴史を持つため、それなりに有名だ。
「はーいそこ! 騒がない!」
「劇」を踊りながら回るソニアを、レルフィーナはビシッと制する。
「それでは、文化祭実行委員の、あちきことレルフィーナより、今年の文化祭の出し物を決める会議を開催します!」
ソニアは踊りを止めて、レルフィーナを睨みつける。しかしレルフィーナも口をへの字に曲げて負けていない。
「席に着く」
ラムリーザの一言で、ソニアは不満そうな顔をしながら戻ってきた。何が不満なのか、さっぱりわからない。せいぜい行動を阻害されたためだろう。劇を。
去年のカラオケ喫茶は大盛況だったが、今年は何をするつもりだろうか。また出し物の投票でも行うのであろうか。ラムリーザは去年、ソニアやリリスの暴走を止めるために茶番に付き合わされたことを思い出していた。
「それでは今年の出し物ですが、カラオケ喫茶をやろうと考えています。反対意見は歌で表現してください」
なんてことはない、二番煎じだった。というよりは、恒例行事にするつもりなのだろう。クラスメイトは去年から何人か入れ替わっているが、演奏メンバーは去年と同じ顔ぶれがそろっているのだから。
「では、実行委員のメンバーを決めるよ。委員長はあちき、メンバーにラムリーザを推薦します。異論は受け付けますが、参考程度に」
「なっ、なんで?!」
突然、本人の了承もなく実行委員へ入れられ、ラムリーザは思わず叫んでいた。
「去年の実行委員が、クラス替えでほとんどいなくなっちゃったので、お願ーいっ。ラムリーザなら、十分に期待に応えられるよ。断るタイミングは、たぶんもう過ぎてるから」
「でもこっちはいろいろと忙しくて、部活とか――」
「軽音楽部の部室に、カラオケ喫茶委員会本部を設置します。部活の一環にするから、全然問題ないでしょう? それに、去年のカラオケ喫茶がうまくいったのは、ラムリーザたちが演奏してくれたおかげだからね。今回もそこは外せないのよ」
「……まあ、いいけど」
ここまで言われたら、おとなしく従うしかない。カラオケ喫茶をやるとしたら、また楽器をジャンの店にあるスタジオから部室に運ばなければならないな、などとラムリーザは考えていた。
「ラムがやるならあたしもやる!」
ソニアの信条ともいえる言葉が、久しぶりに炸裂した。ラムが行くなら行く、やるならやる、嫌なら嫌。自分の意思など最初から存在しないかのように、当然の顔でラムリーザの袖を引いてくる。
「はい、ソニアの立候補。他に立候補はいませんか? あと三人ほど欲しいのですがー」
レルフィーナは教卓の前から、クラスメイトたちを見渡した。
「ちょっと待って? 立候補を募っておいて、僕だけ指名制って何?」
「うるさいなー、男の子なんだからそのぐらいビシッと引き受けてよー。引き受ける顔をしてるじゃない」
「いや、性別も顔も全然まったくこれっぽっちといっていいほど関係ないと思うぞ」
「立候補いませんかー?」
レルフィーナはラムリーザの不満をスルーして、再びクラスメイトに声を掛けはじめる。
ラムリーザはこうなったら仲間を全員引き込んでやろうと考えた。
「ユコ、やらない?」
「またカラオケ喫茶やるなら、さらにレパートリー増やそうと思うので、楽譜を量産するから無理ですの」
あっさりと断られてしまった。
「レフトール……は、やめておくか。ジャンとリリスも加わってくれよ」
「めんどくさいから嫌だわ」
「リリスが嫌なら嫌」
「そんなソニアみたいなこと言ってないでさー」
「いや、俺、店あるし」
「あ、そうか」
しかたなくラムリーザは、後ろを振り返った。しかし、リゲルとロザリーンは、掛け持ちしている天文部で展示発表用の記事を作らなければならないという。演奏の練習には参加するが、それ以外の仕事までは手が回らないとのことだった。展示の準備さえ終われば、あとは案内役を数人置くだけでよいので、当日はカラオケ喫茶に集中できるのだ。
「チロジャルもやろうよ!」
ラムリーザとは別の方向で、ソニアが勧誘を行っていた。お気に入りのチロジャルに声をかけている。
「でっ、でもぉ……」
気弱なチロジャルは、ソニアの押しの強さに怯んでそのまま押し切られてしまいそうだ。彼女はソニアとは正反対におとなしいぶん真面目なので、委員にされれば、嫌とは言えないまま、真面目に仕事をこなしてくれるだろう。
「レルフィーナ! チロジャルがやってくれるって言っているよ!」
「そうなの?! ありがとー、チロジャル! あと二人いないかなー?」
「えっ、えええっ……?」
可哀想なチロジャルは、ソニアに押し切られ、実行委員へ入れられてしまった。
「そうはいかんぞ、俺もやる」
この状況に黙っていられなかったのが、チロジャルの幼馴染であり、彼氏でもあるクロトムガ。自ら立候補してメンバーに加わってしまった。クロトムガとしても、自分のいないところで、チロジャルをソニアと二人きりにしておくのは危険だと判断したのだ。
「いいねいいね、あと一人! あっ、そうだ!」
レルフィーナが求める定員まであと一人となったところで、彼女は何か思いついたようだった。
「フィルクルさん、やってみない? やってみようねっ。転校してきたばかりだし、こういうのに混ざるとクラスに馴染みやすいからね。大丈夫、みんな最初は他人だったから」
フィルクルは、夏休み明けに転校してきたばかりだった。レルフィーナは、この機会を、フィルクルがクラスへ打ち解けるきっかけにしようと考え、実行委員に誘ったのであった。しかし彼女は、何も答えない。
「はいっ、お疲れさま。文化祭実行委員のメンバー決定。ラムリーザ、ソニア、チロジャル、クロトムガ、そしてフィルクルさんよろしくねっ」
フィルクルは肯定も否定もしなかったが、その沈黙を承諾扱いされ、強引に実行委員へ組み込まれてしまった。ただ、レルフィーナではなく、少し離れたところにいるラムリーザのほうへ、一瞬だけ冷たい視線を向けた。
こうしてメンバーは決まった。出し物は去年と同じでカラオケ喫茶。レルフィーナだけは、「去年よりも盛り上げよう!」と張り切っているのだった。
「それじゃ、あちきはこれから生徒会に報告してきまーす。絶対に他のクラスと被らないから、絶対採用されて楽だわーっ」
レルフィーナは、意気揚々と教室を飛び出していった。出し物がほかのクラスと重なった場合、例えば「お化け屋敷」を希望するクラスが複数あれば、抽選で一クラスだけに絞られたりするのである。
とにかくラムリーザにとっては、強引に実行委員へ選ばれ、出し物まで一方的に決められ、すべてレルフィーナに振り回される形となったのだ。ソニアがついてきたのは良いとして、自分を嫌っているフィルクルまで加わることになり、この先大丈夫なのだろうか、などと考えていた。レルフィーナは、ラムリーザとフィルクルの確執を知らないのだ。
放課後、生徒会室にて――
「おおっ、今年もラムリーザくんのクラスはカラオケ喫茶か。楽しみだねー」
ユグドラシルは、各クラスからの出し物申請書を一つずつ確認しながらそうつぶやいた。
「でも会長、そのために軽音楽部が体育館でステージ演奏をしないのは、残念ですね」
ほかの生徒会役員の一人がそう言ったが、彼らが普段からジャンの店で演奏していることを知るユグドラシルは気にしない。
「彼らの本格的な演奏が聞きたければ、フォレストピアにある唯一のナイトクラブに行ってみたらいいよ。それに、体育館で数曲だけ演奏するより、カラオケ喫茶で一日中いろんな曲を、一緒に歌って楽しめるほうがずっといいじゃないか」
「ナイトクラブですって? 学生が出入りするのは感心しませんね」
それに噛みついたのは、副会長で風紀委員も務めているケルムだった。
「いいじゃないか、住民も楽しんでいるし、ジャンくん自身も経営に関わっている店なんだ。そのことを、とやかく言う権利は自分たちにはないよ。それこそ帝国の臣民が持つべき信念に反する」
ユグドラシルに諭されて、ケルムはふんっと顔を背ける。ケルムは、少し前にラムリーザに逢瀬を台無しにされて、彼らに対して、かなり否定的になっていた。だから、会長であるユグドラシルが、ラムリーザたちを評価することも面白くないらしい。
そこでユグドラシルは、思い出したかのように言った。
「ああそうだ、来月ごろから、軽音楽部顧問のリセッテ先生が産休に入り、そのまま育児休暇へ移る予定なので、しばらく不在になってしまう。その間を任せる代理顧問を、決めておかなければならないんだった」
「それは私に任せてください」
その話にすぐに飛びついたのはケルムだった。ユグドラシルの話を聞き、ラムリーザに恩を売るつもりなのか、それとも別の思惑があるのか。少なくともケルムはその話を聞いた瞬間、迷うことなく引き受けた。
「よろしく頼むよ」
「ご安心を」
ユグドラシルは、それを単なる代理顧問探しの一件だと思っていた。しかしケルムは、目の前に置かれた申請書へ視線を落としたまま、静かに口元を緩めていた。
文化祭の準備は、まだ始まったばかりである。