ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
第五回フォレストピア首脳陣パーティー
帝国暦九十三年 黄昏の月・賢者の日(現代暦:十月上旬)
定期的に週末に行っている、フォレストピア首脳陣パーティー。ラムリーザの屋敷へ集まり、町の発展状況を報告し、今後の計画を発表するこの催しも、すでに五回目を迎えていた。
ラムリーザたちが去年まで参加していたオーバールック・ホテルでの貴族の会合も、おそらく同じように続けられているだろう。貴族中心だったあちらと違い、こちらには現場や事業を取りまとめる管理人が多い。小規模な事業所からは、従業員の代表者が参加することもある。
参加者の顔ぶれが違うのは、会合の目的そのものが異なるからだ。あちらは貴族の顔つなぎが主な目的だが、こちらの目的は、あくまで町の発展状況を確認し、今後の方針を調整することなのだから。
そしてラムリーザの周りにも、去年の貴族の会合にはいなかった仲間たちが、今はラムリーザの周囲に集まっている。ラムリーザとソフィリータは、主催するフォレスター家の者として参加。ジャンは、フォレストピア唯一のナイトクラブの経営者。リゲルとロザリーンの二人はフォレストピアの住民ではないが、ラムリーザの参謀といった立場で参加。ここまでが、正式な参加者と言ってよいだろう。
残るメンバーのうち、ユグドラシルは、ユライカナン文化への個人的な好奇心を満たすために参加。ユコは、フォレストピアの輸送部門を取りまとめる父に付き添って参加。ソニアはラムリーザの付き添い、リリスはジャンの付き添いといったところだ。そしてソニア、リリス、ユコの三人娘は、会議そっちのけでご馳走に群がっているのだ。
「このご馳走、用意したのはソニアママですのね」
「そうよ、すごいでしょー」
ユコに母親を褒められて得意げになるソニア。いつも母親に怒られてばかりのソニアも、やはり母は自慢なのだろう。ただし、ごちそうを用意したのはソニアの母親だけではない。ほかの使用人や、パーティーの準備を手伝った料理人、住民たちも一緒だ。
「で、あそこでグラスを運んでいるのが、あなたのお父さんなのね」
「執事ってかっこいいと思いますの。あ、メイドも素敵ですわ」
「えっへん、どうだー」
ソニアは自分が褒められているわけでもないのに、ひとりで有頂天になっていた。
「まあ、職業に貴賎はないですの」
「どういうことよ!」
ソニアはユコの言葉の意味をよく理解できず、思わず騒ぎ出す。執事やメイドは、仮に職業へ貴賎があるとすれば、「貴」の側ではないだろうか。まして、帝国宰相を務めるフォレスター家に仕えているのだから。しかしソニアには、そのありがたさがわかっていないようだ。
「お母さんの名は?」
「ナンシー」
「お父さんの名は?」
「ヴィクター」
するとリリスは、ソニアに両親の名前を尋ねた。どういう意図があってかは、わからない。
「名前聞いてどうするのよ」
「ふ~ん、ヴィクターにナンシーね。なんだか馴れ初めが、ネズミ駆除業者を装った妙な殺し屋二人組に追われ、冤罪で処刑されかけるような、散々な目に遭った人みたいな名前ね」
「なにそれ! どういう意味よ!」
――とまあ、いつもの三人娘の雑談は、まったく実りのないものであった。
ラムリーザは、記録役のリゲルとロザリーンを伴い、まずは食糧生産の現状報告を受ける。そろそろ収穫期を迎える作物の予想収穫量や、これから種まきへ入る作物についての報告である。報告内容は、リゲルとロザリーンによって記録されていく。
そのほかの細かな現状報告も聞いて回った。改善が必要な案件は正式な会議へ回し、必要に応じて新しい案も提示した。そのあとで、いよいよ、ラムリーザが最も楽しみにしている、今後の発展計画についての話し合いとなった。
まず、ごんにゃの店主ヒミツがラムリーザたちのもとへやってきて、要望を述べた。
「フォレストピアで働き始めて、そろそろ半年になる。店も順調で軌道に乗ってきたので家族を呼びたい」
「ええっ、おっちゃん、結婚してたのですかい?」
なぜだかジャンは驚いた様子を見せた。今ではごんにゃ店主は、「おっちゃん」という呼び方が定着しつつあった。それは、店主自身が普段から「おっちゃん」と自称していることが大きい。
「馬鹿にすんねぇ、これでも女房子ども持ちだぜい! 思えば遠くへ来たもんだ」
店主はそう言うが、フォレストピアから見てユライカナンの最東端、国境に面している町ゾーフィタスならば、帝都シャングリラへ行くよりは、はるかに近い。もっとも、店主の家族がゾーフィタスに住んでいるとは限らないのだが。
「別に家族を呼び寄せることは悪くないよ。むしろ家族団らんは良いことだと思うね。ただし、入国手続きと居住登録は、きちんと済ませてね」
フォレストピアに限っては、ユライカナンとの文化交流目的で作られた町なので、ユライカナンからの移住者には、広く門戸を開いている。ただし、身元の分からない者が、不正な目的で入り込むことを防ぐため、移住者の身元確認と居住登録だけは、厳格に行っていた。
「そりゃあもちろん。だがなぁ、困ったことにうちのボウズがそろそろ幼稚園に通う年頃なんだわー」
「ボウズですか……」
ラムリーザはボウズという言葉を聞いて、最近自分のことをボウズと呼ばれるパターンが出ているが、やっぱり小さな子ども向けの呼び方だよなと改めて実感していた。
「そこでだ。フォレストピアに幼稚園とか保育園を作ってくれ」
これが、ごんにゃ店主ヒミツの要望だった。ある意味、もっともな要望だった。これまで教育施設の必要性が話題にならなかったのが、不思議なくらいである。
「高校については、当面、ポッターズ・ブラフ地方の学校へ通ってもらえばよいが、中学校までは地元にあったほうが都合がいい。幼い子どもを一人で遠方の学校へ通わせるわけにもいかないし、送迎するとしても大変だ」
リゲルもこの意見には同意している。そこでラムリーザは、結論を出した。
「わかりました。早速建設の準備を始めます。遅くとも次の春までに開園できるよう準備を進めるから、安心して奥さんとボウズを呼んでください」
ラムリーザは、あえてボウズという言葉を使った。自分はボウズではないと言い聞かせるために――というわけではないのだがなんとなく。
さらに住民の状況を確認すると、小学生や中学生のいる家族も、すでに暮らしていることがわかった。ユライカナン側だけでなく、帝国側からフォレストピアへ移り住んだ家族もいる。こうなると、幼稚園や保育園だけでなく、小学校と中学校の整備にも、取りかからなければならない。ただし、高校の新設は後回しとなった。ポッターズ・ブラフ地方にはそれなりに質のよい高校が揃っているし、汽車で通えばそれほど通学も大変ではない。例えばユコも帝国側からフォレストピアへ移り住んだ一人だが、普通に汽車通学をやっている。
ただし、大学については事情が別だった。ラムリーザたちの進学時期に合わせて、フォレストピアに大学を作る計画は、開発の初期の頃から動いているのだ。
「それじゃあ早速名前を決めよう!」
各種教育機関を整備する方針が決まるや、ごんにゃ店主はすぐにネーミングについて語ってくる。
「そんな慌てなくても。特に帝立校なら、フォレストピア幼稚園、フォレストピア小学校でいいと思いますよ」
帝国の学校には、帝国が管理する帝立校と、民間人が管理する私立校の二種類がある。例えばポッターズ・ブラフ地方でラムリーザたちに深く関わりがあるのが、帝立ウェストウィルド学院高等学校と、私立ファルクリース学園だ。
「帝立はそれでいいよ。将来、私立校を造ることになったら、その名前は我々で決めよう」
「そんな、まだ子どもの人数も多くないのに、帝立と私立を一校ずつ造るつもりですか?」
「備えあれば憂いなし。それにさ、フォレストピア幼稚園とかひねりがないぞ」
「施設の名称にひねりなんかいらないよ」
「ああっ、領主さんの横暴だ」
ラムリーザとごんにゃ店主の攻防が続いていた。どうしても名前を決めたがる住民側と、慌てなくてもよいという領主側の対立構造。これが後の革命の火種に――なるわけがない。
「じゃあ念のために幼稚園の名前を聞くよ。おっちゃんが投票にかけたい名前は何ですか?」
「そうだなぁ……パンダさん幼稚園とか」
ラムリーザは、リゲルのほうを振り返った。リゲルは首を横に振る。続いてジャンのほうを振り返る。
「強いぞ強いぞパンダさん」
ジャンは、ラムリーザと目が合うと、謎のフレーズを口ずさんだ。
「なんだか妙な元ネタがありそうだから却下」
ラムリーザは、少しだけ不安を感じて、店主の提案した名前を却下した。
「なんだか盛り上がっているじゃねーか」
そこに割り込んできたのが、バクシングジム「レサー・ワイルド」の経営者ゴジリ。
「ゴジリ殿は幼稚園の名前、どうすっか?」
ごんにゃ店主は、ゴジリを仲間に引き込もうとして問いかける。
「ん、幼稚園……。マジカル・ミステリー幼稚園」
どうしてフォレストピアには、独特な命名感覚の持ち主ばかり集まるのだろうか。ラムリーザは、こういった名称案が投票にかけられる未来を想像して、少しやけを起こしかけた。仮にパンダさん幼稚園と命名されても、地図上では適当に東幼稚園と記入してやろうかなどと考える。呼称問題に発展したとしても知ったことか。やはりラムリーザはやけを起こしていた。
結局、帝立校の名称は領主側が決め、将来私立校を設ける場合は、その名称を住民側が決めるということで、とりあえずは決着がついた。
店や駅が増えるだけなら、町は働く場所のままである。けれど子どもの通う場所を作るとなれば、そこは少しずつ生活の場になっていく。
次の議題は、新しい駅の名称。
ラムリーザの屋敷から南へ少し進んだ場所に、ほとんどラムリーザのための駅ができていた。そこの駅はまだ正式名称がなかったため、住民投票にかけるべきだという意見が上がったのだ。
「駅といっても、次の議題にする予定の、炭坑の奥で見つかった遺跡へ向かう拠点にもなるので、その役割も考慮して、名前を考えること」
あまり効果があるとは思えないが、ラムリーザは一応釘を刺しておく。パンダさん幼稚園だのマジカル・ミステリー幼稚園だの言っている住民のセンスは警戒しておくべきだ。
「それならそうだな、つねきとかどうだろうか」
ごんにゃの店主ヒミツが、命名案を口にした。しかし「つねき」とは何か? 独特すぎて意味がわからない。
理由を尋ねると、店主は「あまりにも利用者が少ないから、汽車まで居眠りしそうだろう」と、よく分からない説明をした。納得できないこともないが、それがなぜ「つねき」なのかがわからない。ラムリーザはリゲルやロザリーン、ジャンに尋ねてみるが、明確な理由は返ってこなかった。
「領主様の屋敷にあるアンブロシア庭園が近いので、そのまま『アンブロシア前駅』でよいのではないでしょうか?」
これはユコの父親ボビーの意見。さすが帝国の住民は、ある程度わかりやすい名称を選んでくれる。問題はユライカナンからやってきた人々だ。これは文化の違いと割り切るべきであろうか。
「駅の周囲を見てきたが、神隠しが起きそうな神秘的な場所だったので、キサラギ駅というのはどうだろうか」
これはスシ屋のツォーバーの意見。何が「神隠しが起きそう」だ、物騒なことを考えるものではない。ラムリーザは、ほぼ毎日のように利用している駅をそんな場所に認定されてはたまったものかと思っていた。そもそも「キサラギ」とは何か? ユライカナン特有の何かを指す言葉だろうか。
「俺と俺の猿以外みんな何か秘密を隠してる駅」
ゴジリは腕組みをしたまま険しい顔つきで、一気に言ってのける。そんな不穏な名前は嫌だ、ラムリーザの率直な願いである。
そのほかにも、「なぜそんな名前を」と首をかしげたくなる案が次々と提出され、案が出そろったところで、住民投票にかけられた。
その結果、実用的なアンブロシア前駅を抑え、つねきが二票差で勝利した。フォレストピアで二つ目となる駅の名は、「つねき」に決まったのである。
「つねき……何なんだよそれは……」
ラムリーザは思わず額を押さえた。自分の屋敷の目と鼻の先にある、あの静かな林の中にぽつんと佇む無人駅。あそこへ明日から「つねき」という謎の駅名標が掲げられる光景を想像し、頭がくらくらしてくる。
「まあいいのではないでしょうか。ごちゃごちゃした名前よりは、なんだか自然な感じがします。駅も自然の中ですし、雰囲気的に合っているのではないですか?」
ロザリーンが、精いっぱい慰めようとしてくれる。
「いや別に反対しているわけじゃないんだよ。ただ名前の意味がわからなくて」
ごんにゃの店主が拳を突き上げると、周囲の住民たちから、なぜか大きな歓声が湧き起こった。ラムリーザとしては、みんなが本当に楽しそうに笑い合っている姿を見ていると、強く反対する気も失せてしまうのだった。
「気にするこたーない。世の中には、マルデアホとか、スケベニンゲン、ボインシティという名称の町もある。そんなのと比べたら、つねきなど――なんだろうねぇ」
ジャンも最初は励ましと取れることを語っていたが、やはりよくわからないといった感じだ。
その一方で、当選したごんにゃ店主は張り切っている。
「おっしゃー! 駅の鉄道信号には、キツネのような、ふさふさした尻尾の飾りをつけてやるからな」
などと言っている。駅の名前が名前なら、装飾内容も意味不明であった。
それでも、名称そのものは意味がわからず独特ではあるが、卑猥でも不穏でもない、とラムリーザは思った。尻尾の飾りも運行の邪魔にならず、駅の幻想的な雰囲気には合いそうだったので、ラムリーザは認めることにした。
「あれだな、キツネが化けて創り上げた駅みたいになったな」
「そういうことかな、つねきってキツネのアナグラムだし」
「ユライカナンの昔話では、キツネやタヌキが人を化かすという伝承が残されているそうですよ」
リゲルやロザリーンの物知りなところを見せられて、ラムリーザはこの謎だった名称と尻尾の飾りの意味が、少しずつわかり始めた気がした。それなら駅の周囲を見れば、そうした連想が生まれるのも無理はない。つねき駅の周りはあまり開拓せずに、自然を残しておこうかな、などと考えていた。
それに人に迷惑をかける動物と言えば、ラムリーザから見たらキツネやタヌキではなく、へんこぶたであった。もっとも、実際に周囲に迷惑を振りまいているのは、ブタガエンを持ち歩くソニアなのだが……。
続いて、今回最後の議題となる、炭坑と遺跡の話へ移った。
炭坑と遺跡の名称は、次回までの宿題とすることにして、まず必要なのは、遺跡を調べる調査隊である。さらに、隊員のための宿泊施設、休憩所を兼ねた酒場、遺跡から出土した品を鑑定する専門家や研究組織も必要になる。必要な人材を集め、施設の建設準備も、なるべく早く始めておきたかった。調査隊を「冒険者」と呼び替えれば、ファンタジーの世界に早変わりといった具合だ。
施設の管理人、酒場のマスター、建築を担当する大工など、必要な人材は多い。そこで、帝国とユライカナンの双方へ向けて求人を出すことになった。
炭坑と遺跡の最寄り駅は、今回名づけられたつねき駅となる。駅の周囲では大規模な開発を避け、自然を残しながら、炭坑へ通じる道だけを整備する。炭坑の周囲には、作業員や調査隊が滞在できる、炭坑町のような拠点を造ろう。ラムリーザは、そんな開発計画を考えていた。
「ちょいとちょいと、領主さん」
会議が終わり、あとはパーティーだけとなったとき、ラムリーザのところへごんにゃ店主がやってきた。
「調律の日には、ユライカナンで毎年行われる、小さなお祭りがあるんだぞ。どうだ、やってみないか?」
調律の日とは、二つの月が年に一度だけ重なって見える夜のことだった。
「へー、秋にも祭りがあるのですね。どこでやるのですか?」
「簡単で小さなものさ。家の中でもできる、ちょっとしたお祭りだよ」
「家の中でやる祭りか。ソニアみたいだね」
ソニアのおかげで、ラムリーザの部屋はほぼ毎日がお祭り状態だ。先日も、部屋から奇妙なノイズを響かせる馬鹿騒ぎがあった。
「やり方を教えるから、調律の日に店まで来てくれよなっ」
こうして、調律の日にごんにゃへ行くことが決まった。もっとも、わざわざ約束をしなくても、小腹が空けばリョーメンを食べに立ち寄っているので、さほど特別といったわけではない。
「ところでスワキはどうでしたか?」
店主は、今度はスワキについて尋ねた。確か、ごんにゃとスワキの店主は、リョーメン学校時代の友人同士だったはずだ。
「あの辛みがよかったよ。こってりしたものが食べたくなったら、スワキに行くことになるかなぁ」
「おおっ、やはり商売敵になってしまったかっ」
「当然そうなりますよ。まあでも、店をすぐ近くに並べるようなことはしませんよ。ごんにゃのある通りから見て町の反対側に建てます。それなら客の奪い合いにはならないでしょう。ただし――」
「ただし?」
「多少遠くても、そちらの味を好んで通う客までは止められませんので、負けないように頑張ってくださいね」
「お、おう、あたりまえよっ」
そもそもスワキの出店を提案したのは、友人のためを思った、ごんにゃの店主自身だった。これからは負けないよう、互いに腕を競い、切磋琢磨しながら発展していくことになるだろう。
幼稚園、駅の名前、炭坑と遺跡、調律の日の祭り、そして二軒目のリョーメン屋。話題はばらばらに見えても、そのどれもが、フォレストピアが町として形を整えていくためのものだった。
町は少しずつ大きくなり、店も増え、人も増え、住民が選べる選択肢も増えていく。
それは良いことのはずなのだが、こういうときだけは少し困る。
「ところで領主さんは、うちのリョーメンとスワキのリョーメン、どっちが好みかな?」
実のところスワキのリョーメンのほうが好みだったラムリーザは、返答に詰まるのだった。
友情を取るか、味覚に正直になるか……。