ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


煙たい休日

帝国暦九十三年 黄昏の月・竜神の日(現代暦:九月下旬)

 今日は休日。特に食事会などの予定はなかったので、ラムリーザはソニアを連れてフォレストピアの町をうろうろしていた。いわゆるデートというやつである。ケルムとの逢瀬事件が発生してから、二人は、ひと月に少なくとも一度は、二人きりで出かけようという決まりを作ったのであった。

 普段から同棲みたいな生活をしている二人。ことさら二人きりのお出かけを強調する必要もないように見えるが、ケルム以外にもラムリーザと逢瀬したいという者が現れないとは限らない。そこでソニアとの逢瀬を当たり前のものにしてしまおうとしたわけだ。

 ただ、これまでも二人きりで出かけたことがないわけではない。買い物、食事といろいろ二人で出かけていた。恋人同士になる前も、友達として二人で遊びに出ることは多かった。

 しかし今回はちょっと趣が違う。何か目的を持って出かけるわけではない。出かけることが目的となっているのだ。だから、あても決めずに屋敷を出て、町までぶらぶらと歩いていく。デートじゃないね。散歩だね。

 午前中は、ぐるぐると町を回るだけだった。

 まずは一直線にフォレストピア駅へ向かい、そこから大通りを北へ進んで中央公園へと向かう。中央公園では、休日をのんびり過ごしている人たちが何人かいた。キャッチボールをしている少年たち、草原で寝転がっているカップル、ベンチで日向ぼっこをしている老人など、過ごし方はさまざまだった。

「のだまかぁ……」

 ラムリーザは、この春にみんなで集まってのだま大会をここでやったことを思い出していた。

「絶対にリベンジしてやるんだから」

 おっぱいの死角をつかれて敗退したソニアは、のだまの復讐戦をいつも考えているようだ。内角低めギリギリのコースを封印しない限り、ソニアの旗色は悪いままだ。そこをどのように対策してくるものやら。

 中央公園を回っていると、ちょうど昼時になったので昼食にすることにした。

 公園に面した通りで、スシ屋が目に入った。久しぶりにスシでも食べようということになり、スシ屋の暖簾をくぐる。

「らっしゃい! 何にする?」

「適当に、握ってくれ」

 ラムリーザは、この店へ来ると、最初の注文は店主に任せている。しばらくしてからメニューを見て、欲しいと思ったものを追加で注文する流れがいつものコースであった。

「あたしムベンガが欲しい」

「あいよっ」

 ムベンガとは、帝国とユライカナンの国境ミルキーウェイ川に生息している淡水魚で、二メートル近い巨体を持ち、獰猛な危険魚だと噂されている。

 しかし、人が襲われたという事故も、そんな巨大魚を見たという目撃談も聞かない。話題づくりのために生み出された、噂の中だけの魚なのか、想像上の生き物なのかはわからない。

 そういうわけでこのスシ屋でネタとして出てくる切り身が、本当にムベンガのものなのか、確証は得られなかった。噂では、まったく別の魚をムベンガと称して売っている可能性もあるという。例えば、カペリンをシシャモとして売るようなものだ。しかし、弾力のある歯ざわりは好評で、それなりに人気があった。

 ラムリーザは、ソニアが身を乗り出して注文している隙に、サビの実が入った壷を、彼女の目につかず、手も届かない場所へこっそり移した。リリスがいないからトラブルは発生しないと思うが、この手の調味料はソニアに触らせないほうが無難だ。

 昼食を終えると、再び町をぶらぶら歩き始めた。特にあてもなく、二人が思いついた場所へ行くだけ。今日は二人で外の時間を過ごす。それが大切なのだ。

 やがて、見慣れたバクシングジムの前へ出た。当初はバクシング専門だったが、人が集まらなかったため、格闘技全般を扱うようになった。すると、少しずつ利用者が増えていった。

 フォレストピアの住民が言うには、バクシングは拳を使うだけで効率が悪いとのことだった。もともと帝国の民はプロレスを嗜んでいて、「頭突き、蹴り、投げ、締め、体当たりと、攻撃手段はいくらでもある。なぜ拳だけなのだ」という意見が多かった。

 そこでジムの経営者ゴジリは柔軟に方針を転換し、それらすべてを混ぜ合わせた格闘技、いわゆる総合格闘技というものを主流に扱うことにしたのだ。そうしたところ、納得する住民が多かったと見えて、ある者は護身術として、ある者は運動不足の解消を目的として、様々な理由でジムを利用し始めたのであった。

「ゴジリさん、こんにちは。今日もジムは熱気でムンムンですね」

「はっはっはっ、領主さん。今の流行はプロレスっぽいですぜ」

「あたしラムとプロレスしてみたい!」

 好奇心旺盛なソニアは、ラムリーザにプロレスで決闘を挑んだ。

「お嬢ちゃん、その格好でプロレスか、これはすごい試合になりそうだな、はっはっはっ」

「いや、冗談じゃありませんよ」

 ソニアの姿を見て豪快に笑うゴジリの様子に、ラムリーザは戸惑い気味に答えた。ソニアは、上半身はまあ置いといて、下半身はいつもの際どい丈のプリーツミニスカート。これでプロレスをしたらどうなるかは、火を見るよりも明らかであった。

「やってみないとわかんないよー。あたし『また』ラムに勝つかもよ」

 ソニアはことさら「また」を強調する。バクシングや、去年の冬休みにしたプロレスごっこのようなものでは勝っているので、調子に乗っているところもあった。

「そのミニスカでやるん?」

「うん」

 即答だった。

 ラムリーザは懲らしめるために、おもむろにソニアのおでこのあたりをわしづかみにした。ブレーンクローというか、アイアンクローというか。ラムリーザ自身は、ドラゴンクローということにしている。

「一分以内にこの技から逃げられたら、見込みありとして戦ってあげるよ」

 ラムリーザは、ソニアが怪我をしないように力を加減しながら、がっちりと顔面をつかんで離さない。

「こっ、こんな技なんて!」

 こうなるとソニアも必死だ。試合をしてもらうためにラムリーザから逃れようと、頭を振ろうとした。しかしがっちりとつかまれていて振りほどけない。今度は両手を使って引きはがそうとするが、レフトールですら外せなかったラムリーザのクロー攻撃を、ソニアの力で振りほどけるはずがない。

 ラムリーザはソニアの顔をつかんだまま、サンドバッグへ近づいていった。

「さてと、ちょっと打ち込みやるかなぁ」

「なっ、何をっ?」

 ラムリーザはソニアをつかんだまま、サンドバッグへ軽く押しつけた。ソニアは後頭部をサンドバッグへ押しつけられる形となった。ラムリーザは、そのまま彼女を数回、軽く揺さぶった。

「どうだ、まいったか?」

「こっ、こんなものーっ」

 驚いたことに、ソニアはまだ諦めていなかった。そしてラムリーザは、怪我をさせない範囲ではあるが、本気で押さえ込んでいた。

 ソニアは体格差も体力差も考慮せず、いかなるときも堂々と戦ってくれることを望む。手加減などしようとしたら怒るので、ラムリーザは怪我をさせない範囲で本気を出すという、微妙な力加減に長けているのだ。

「ほら、三十秒経ったぞ。逃げられなかったら、ドラゴンクローでテクニカル・ノックアウト、レフェリーストップね」

 確かにとある競技では、相手を締め上げて押さえ込み、三十秒押さえ込めば勝利とみなす競技もある。ラムリーザはその競技を知っているわけではないが、自然とそれに似たルールを取り入れていた。

 ソニアはさらに必死になるが、サンドバッグに押さえ込まれたまま首から上の身動きができずにいた。

「あいたっ!」

 そのときラムリーザは、膝に痛みを感じて一歩下がった。ソニアが蹴飛ばしてきたのだ。そこでラムリーザは、ソニアの顔をつかんだ腕を伸ばして距離を取った。さらにサンドバッグへ押しつけたまま、彼女の身体を片手で持ち上げた。ソニアの足が地面から離れ、蹴って反撃できなくなってしまった。

「ふえぇ……」

「どうだまいったか」

 ラムリーザは、一分までまだ十秒残っていたが、ソニアを解放してやった。

「はっはっはっ、お嬢ちゃん無理だよ。男女にはもともと体格差があるうえ、この領主さんの腕力だけは並外れすぎているからな」

「何よ! あたしラムにバクシングで勝った! プロレスでも勝ったことがある!」

「はっはっはっ、今も領主さんが手加減してくれたから怪我せずに済んだんだぞ」

「えっ? ラム手加減したの?! ひどい!」

「し、してないよ、本気で押さえつけたよ」

「こらこら、領主さん。それはさすがに大人げないだろう?」

 ラムリーザはめんどくさいなと思って、黙ったまま二人から遠ざかっていった。本気を出さなければソニアに怒られる、本気を出せば他の人に咎められる。怪我させないのと本気のギリギリの力バランスで戦っている苦労を誰もわかってくれない。ソニアの負けん気にも困ったものだ。

「ラム逃げるのかーっ」

 ソニアはラムリーザに駆け寄ると、後ろから飛びついてきた。ラムリーザの背中に、いつもの妙に存在感のある感触が押し当てられる。

「プロレスはまた今度、プロレスらしいコスチュームを持ってきたときね」

「ラムは一分以内に逃れたら試合してくれると言った! あたし五十秒ぐらいで逃れた!」

「めんどくさっ!」

 ラムリーザは、思わず大声を上げた。

 

 それからジムでしばらく遊んだあと、ゴジリから土産に「けむりだま」というおもちゃをもらい、次の場所に向かうことになった。

 けむりだまは、直径二センチぐらいの玉から短い紐が出ているもので、その紐に火をつけてけむりだまに火が届いたら面白いことになるというものだ。

 ゴジリが言うには、面白いことは後のお楽しみとのことだった。ゴジリは妙に楽しそうに笑っていた。今思えば、その時点で少しは疑うべきだったのかもしれない。

 

 次はゲームセンターのペパーランドに立ち寄った。

 そこには見知った顔もいた。ユコはメダルゲームに励み、レフトールは近くでビデオゲームに熱中していた。ユコとレフトールは、すっかりゲーセン仲間となっており、今日もレフトールはわざわざユコに呼ばれてフォレストピアまで来ていたようだ。

 ラムリーザとソニアは、リゲルとロザリーンがよく遊んでいたエアホッケーを一試合だけして、切り上げた。十二対七でソニアの勝ち。こうした、体格差があまり影響せず、反応速度がものをいうゲームでは、どちらかと言えばソニアに分があるのだった。それに、少なくとも四点は、ゴール前で大きく身を乗り出したソニアの胸元に助けられたようなものだった。

 そこまで遊んだところで、今日のデートは終わりということにして、二人は屋敷へ戻るのであった。

 夕方まで町で遊び、二人が屋敷へ戻るころには、窓の外も暗くなり始めていた。

 屋敷へ戻る途中、道から少し離れた場所で、遊びに来ていたミーシャがソフィリータと何かをしていた。よく見ると、二人はへんこぶたを撮影中。『幻のへんこぶたを発見』などという題で、動画を作っているのだろうか。それとも、発見からかなり日が経っているので、『へんこぶたの生活』といった内容だろうか。

 大きなケージのそばには、作ったばかりのブタガエンが、ボトルに入ったまま置かれていた。

「おーい、動画のネタになるようなものがあるぞ」

 ラムリーザは二人に声をかける。すぐにミーシャは飛びついた。

「何々~? ラムたんのりんご割り? あれ、評判よかったから、第二弾として、くるみ割りをやってほしいな~」

「待て、だれがラムたんだ」

「ラムたんはラムたんだよ」

 いつの頃からか、ミーシャはラムリーザのことをラムたんと呼ぶようになっていた。あまりにも脱力系の名前だが、別に蔑称ではないので放置している。だが、ラムたんか……。

「それともふえぇちゃんが何かやってくれるの~?」

 こっちは明らかに蔑称だ。ソニアは「媚び媚び娘にはなにもしてあげない」と怒っている。

「これを見ろ」

 そう言ってラムリーザは、ゴジリからお土産でもらった玉をミーシャの目の前に突き出した。

「なぁに? さくらんぼ?」

「それじゃあ食ってみろ!」

 ふえぇちゃん呼ばわりされたソニアが、そばからすごんでくるが、ミーシャはケロッとしたものだ。ミーシャは、ソニアが実力行使に出ても、胸元を狙えば簡単に迎撃できると知ってから、すっかりやりたい放題だ。

 そんなわけで、けむりだまを持って一同はラムリーザの部屋へと集まった。けむりだまをテーブルの上に置いて、その周囲をぐるりと囲んで観察。

「トリダトリダベンタボンパワー」

 すると謎の呪文のようなものを唱えながら、ミーシャが奇妙な踊りを踊る。それにソニアとソフィリータも加わって、突然ラムリーザの部屋は怪しげな儀式場と化した。

「なにをやっているんだっ」

 ラムリーザが突っ込むと、ミーシャは突然「おおっ」と声を上げて踊りを止め、けむりだまを凝視する。ソニアとソフィリータもそれに続く。それから三人は、両手で握りこぶしを作り、それを交互に重ねるような動きを始めた。

「謎の儀式をやってないで、けむりだまを試すぞ」

 ラムリーザは、ゴジリに言われたとおりに玉から伸びている紐にマッチで火をつけた。火を使うおもちゃを部屋で試すのは、少し危ない気もした。けれど、玉は小さく、ゴジリもおもちゃだと言っていたので、ラムリーザは深く考えなかった。

 紐の上を、シュルシュルという音とともに火花が走り、少しずつ玉へ近づいていった。ミーシャは慌ててカメラをけむりだまに向ける。撮影開始だ。

 しかしラムリーザはこの光景に見覚えがあった。それは花火だ。夏休みに花火をやったとき、打ち上げ系の花火も、こうした導火線へ火をつけて使うものだった。

「しまった、部屋の中で火をつけたのはまずかったか?」

 ラムリーザは一歩下がるが、導火線を伝わった火は玉に到達してしまった。

 パン! ――などと弾けることはなかった。

 ただ、玉からモクモクと煙が出てくるだけだ。

「けむりだまって、煙玉のことじゃないの?」

 その様子を見て、ソニアはつぶやいた。けむりだま――つまり煙玉は、ずっと煙を吐き出し続けている。みるみるうちに部屋の中が真っ白になってしまった。

「なっ、何これーっ」

 部屋の中は、プチパニック。すぐそばにいるはずの人すら見えないほど、部屋は濃い煙でいっぱいになってしまった。

「ごほんごほん!」

 ミーシャの咳き込む声が聞こえる。もはや撮影どころではなくなっていた。いや、このプチパニックは動画のネタとしてはおいしいかもしれない。

 そのとき、部屋のドアを外からどんどんと叩く音が響いた。

「何が起きましたか?! 火事ですか?! 大丈夫ですか?!」

 どうやら、ドアや窓の隙間から煙が漏れ出していることに、メイドのナンシーが気づいたようだ。

 ナンシーがドアを開けると、部屋の中からぶわっと煙が飛び出した。
              
ラムリーザの部屋でけむりだまが大量の煙を噴き出し、ラムリーザ、ソニア、ソフィリータ、撮影中のミーシャが慌てる中、火事を疑ったナンシーが駆け込んでくる場面
「なっ、なっ、何ですかこれは一体! ラムリーザ様! 大丈夫ですか?! みんな来てくださーいっ!」

「けっ、けむりだまです! けむりだま!」

 ラムリーザもさすがに動揺していた。ただのおもちゃだと思っていたので、ここまで凄まじいものだとは想像していなかった。

 ナンシーの呼びかけで使用人たちが集まり、次々と窓を開けて換気を始めた。使用人たちは火元を探したが見つけられず、やがて、机の上でモクモクと煙を発している玉に気づいた。そこでナンシーは、それを窓の外へと放り投げた。

 けむりだまが窓の外へ放り出されると、しばらくして、ようやく部屋の煙も薄れていった。

「いったい何をやっていたのですか?」

 ナンシーはラムリーザにきつく問い詰めた。ソニアもソフィリータもミーシャも、部屋の隅で丸くなっている。

「い、いや、けむりだまというおもちゃを貰ったので、それで遊んだだけ――」

 ラムリーザは、そう言うしかなかった。明らかに室外で遊ぶおもちゃを室内で使ってしまった。知らなかったとはいえ、それが今回の大きな失敗だった。

「一体誰がこんなものを?」

 ナンシーの詰問は続く。ラムリーザはゴジリを庇うつもりこそなかったが、告げ口するようで気が引け、ひとまず黙っていた。しかしソニアが、ジムにいるゴジリがくれたと言ったので、出所はばれてしまったのだ。

 

 結局、ゴジリはフォレスター邸に呼び出され、ソフィアの前で始末書を書かされる羽目になったのである。

 ちなみにゴジリは、呼び出された直後、ソフィアと会う前に玄関でラムリーザと顔を合わせていた。ラムリーザがゴジリに文句を言うと、彼はガハハと大笑い。悪びれもせず、「いたずら大成功だ」と言っていた。

 肝心のけむりだまは花火の一種で、光や音を楽しむことよりも、煙を出すことに特化したものらしい。花火の扱いに長けたゴジリならではの、悪ふざけ用アイテムだったのだ。

 のんびりした休日の締めくくりにしては、ずいぶん煙たい終わり方であった。このようなものに引っかかってしまうとは、やれやれだ。

 こうして、月に一度の二人きりのお出かけは、最後に屋敷中を巻き込む煙騒動で終わった。

 けれどソニアは楽しそうだったし、ラムリーザも退屈はしなかった。そう考えると、これもまた、二人らしい休日だったのかもしれない。