ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


これでよいのだ

帝国暦九十三年 陽翼の月・白雪の日(現代暦:九月下旬)

 この日の夜も、いつもと変わらない光景。少し違うのは、今日はソニアがテレビゲームではなく、マイコンをいじっていることだ。

 マイコンは、半年ほど前にソニアがゲーム実況をやってみたいと言うので、ラムリーザが買い与えたものだ。しかし、二週間もしないうちにやめてしまい、それ以来、ほとんど埃をかぶっていた。時折ラムリーザもいじっていたが、使い道があまりなく、ほぼ放置されていた。

 ラムリーザは、ソニアが珍しくマイコンで何かしているのが気にはなっていたが、ユコが新しい楽譜を書いて持ってきたので、そのドラムパートを練習していた。

 楽譜を見ると、普通の8ビートに少し変則的なアレンジが加えられていた。まず右手では、ハイハットではなく、ライドシンバルのカップをひたすら刻む。それだけではなく、ただ八分音符を叩いていればよいわけではない。一拍目は四分音符。二拍目から四拍目までは八分音符を刻み、五拍目では八分音符に続けて十六分音符を二打入れる。あとは八拍目まで八分音符である。

 音を言葉で表せば、チン、チチ、チチ、チチ、チンチキ、チチ、チチ、チチといった感じだろうか。

 ラムリーザは、しばらくライドシンバルのカップだけを叩き続けていた。こんな細かなパターンを聞き取り、譜面に起こせるとは、さすがユコといったところか。いつもと違う変則パターンを身体へ覚え込ませていた。

 この曲に関しては、左手も少しだけ変則的だ。二拍目に八分音符でタムを二打、四拍目にリムショットを一打入れる組み合わせとなっていた。言葉で表せば、タタッコン、タタッコンといった感じだろう。

 右足で踏むバスドラムだけは、四拍のうち一拍目だけでよい。左手と組み合わせると、ドッタタッコン、ドッタタッコンといった具合である。さらに左足でも、二拍目と四拍目にフットハイハットを入れるため、全体的にせわしない。

 ラムリーザが苦戦しながらドラムパターンを身体に覚えさせている間に、ソニアは今度はステレオの前で何やら始めていた。次の瞬間――

 

 ピーッ! ビーッ! ヒョロヒョロヒョロガガガーッ! ビーィピーイッ!

 

 突然ラムリーザの部屋に、鋭く不可解なノイズが響き渡った。

 ラムリーザは驚いてスティックを落とし、ソニアもステレオの前で飛び上がって尻もちをついた。その間にも、耳障りなノイズ音はステレオのスピーカーから鳴り響いている。

 ソニアはあたふたしながら、ステレオの前でまるで手持ち無沙汰の怪獣が奇妙な動きをしているかのようにバタバタしていた。

「何をやっているんだよ?!」

 ラムリーザはドラムセットの前から立ち上がり、ぴーひょろぴーひょろとノイズを発し続けるステレオへ歩み寄った。ソニアがカセットデッキの停止ボタンを押すと、ノイズ音はピタリと止んだ。

「ふっ、ふえぇっ、びっくりしたぁ……」

 どうやら、カセットデッキで変なものを再生したようだ。

「何を再生したんだ。出してみなさい」

 ラムリーザは右手を差し出して、ソニアにカセットテープを取り出すよう命じる。ソニアはバツが悪そうな表情を浮かべたまま、テープを取り出して手渡した。

「これは?」

「マイコンで使っていたテープをこっちでかけてみたら、すごい音がしただけ。あたし悪くない!」

 ソニアが手渡したテープは、マイコンのデータ記憶媒体だった。マイコンのデータを保存しておきたいときは、セーブコマンドでテープへ記録し、ロードコマンドで保存したデータを読み出せるのだ。ソニアはそのテープを、マイコンではなくステレオのカセットデッキで再生し、音として聞いてみようとしたようだ。

「何をやってんだか。変なことをするんじゃない」

 ラムリーザは奇妙なノイズの原因が分かって少し安心し、ドラムセットの前へと戻っていった。ただし、ノイズ音の仕組みはわかっていなかった。

「あたし悪くないもん!」

 ソニアはまだ文句を言っていた。変な音を出すステレオが悪い、などと言っているが、ラムリーザは取り合わず、ドラムの練習を再開する。ユコの書き上げた変則パターンを覚えるのにわりと必死になっているのだ。

 しばらくソニアは、不満そうな視線をラムリーザへ向けたまま立ち尽くしていたが、そのうちマイコンの電源を落としてラムリーザのそばにやってきた。そして壁に立てかけていたベースギターを手に取った。

 こうしていつものように、二人での練習が始まるのだ。

「なんだかいつもと違う、変わった叩き方しているね」

 ソニアもラムリーザの叩く変則パターンにすぐに気がついた。

「ユコもよくこんなパターンを聞き取ってコピーできるなんてすごいね。おかげで練習が大変だよ」

「呪いの人形なんか、すごくない。すごいとしたら、呪いの力がすごいの。例えばそれがあるだけで死霊館とか呼ばれるようになったりするだけ」

 相変わらず友達の悪口ばかり言うソニアであった。

 そのうちソニアは、練習をやめてテレビ前のソファーへと行ってしまった。この曲のベースパターンは、「たーんたたーん、たーんたたーん」の繰り返しがほとんどで、歌いながら通して演奏でもしなければ、すぐに飽きてしまうようだった。ラムリーザにばかり負担のかかる曲であった。

 ソニアはソファーに腰掛けると、手を伸ばしてテレビゲームのスイッチを入れた。ソフトは先日買ってきた、風船を背負った男が登場するゲームだった。画面の中では、風船を背負った男が腕をばたつかせて上昇し、敵らしき相手へ上から体当たりして風船を割っている。風船を割られた敵は落下傘を開いてゆっくり落ちていくが、さらに体当たりを受けると消えるようだ。

 そのようにプレイしながら、ソニアは次々にステージをクリアしていた。

 ラムリーザはドラムの練習をしながら、その様子を遠目に見ていた。今度は、土管から出てくる風船を次々と壊していた。とにかくやたらと風船の出てくるゲームである。たぶんリリスあたりが遊びに来たときに、何か一言言われるまでがこのゲームの寿命だな、などと考えていた。

 ソニアはゲームオーバーになっても、繰り返し挑戦していた。しかしそのうち、二人同時プレイがあることに気づいたようだ。ドラムセットのほうを振り返って、ラムリーザを協力プレイへ誘った。

 ラムリーザは、対戦を挑まれたわけでもないし、ちょっと練習を休むかな、などと考えてソニアの要求に応えてやることにした。最後にクラッシュシンバルを一度、ドシャーンと鳴らしてから立ち上がった。

 ソニアは対戦ゲームとなると、ずるい手ばかり編み出す困ったちゃんだ。しかし、先ほど見ていた限り、このゲームには相手を陥れるような技もなさそうだったので、ラムリーザは気にしなかった。要は、敵の風船を上から体当たりして割って退治すればよいだけなのだ。何も問題は起こるはずがない。

 しばらく、二人は黙々と協力し、敵の風船を割ってステージクリアを目指していた。

「ねぇラム?」

 二度ほどゲームオーバーになってタイトル画面に戻ったとき、ソニアはラムリーザに尋ねた。

「なんだ?」

 ラムリーザは一瞬、ソニアが自分の下手なプレイに腹を立てたのかと思い身構えた。しかしソニアは、そんな様子ではないようだ。

 タイトル画面へ戻っても、ソニアはすぐにスタートボタンを押さなかった。珍しく、コントローラーを握ったまま黙っている。

「こないだのデートだけど、あれでいいの?」

 ソニアが尋ねたのは、二日前の休日に、ケルムとの逢瀬を潰し、結果的にソニアとのデートへ変えたことについてだった。

「そうだなぁ――」

 言いかけてラムリーザは口ごもる。しゃべりながらのプレイに慣れておらず、敵に上から体当たりされ、自分の風船を叩き割られてしまった。

「風紀監査委員、めっちゃ怒っていたよ」

「いいんだよ、怒りたいのはこっちのほうだから。母さんも母さんだよ、僕はソニア一筋だと決めていたのに、勝手に縁談の話を持ってきたんだからな」

 そう話すと、ラムリーザはまたやられてゲームオーバーになってしまった。ソニアはどちらかがゲームオーバーになると、すぐにリセットボタンを押してくる。

「あたしでいいの?」

「何を今さらそんな質問してくるんだよ」

 ラムリーザは、ソニアが弱気になっていることが歯がゆく、少しむっとして答えた。

「だって、向こうは領主の娘だよ?」

 ソニアは、少し弱々しい口調で答える。やはり、相手の地位が気になるのだろうか。

「それはケルムさんの理屈だよ。領主の娘だから正しいとか、そうじゃないから間違いとか、僕はそんなふうには考えない」

 ラムリーザは、なかなかゲームが始まらないなと思ってソニアを見ると、彼女はこちらをじっと見つめていた。今さら何を不安がっているのだ? そうした不安は、高校入学直後、リリスやユコを巡って悩んだ一件で終わったのではなかったか。困った娘だとラムリーザは思いながら、ソニアの肩に手を伸ばした。

「領主は領主同士で付き合わなければならない、なんて法はないぞ。そんな理屈なら、皇帝陛下は皇帝陛下としか付き合えなくなる。それに、忘れたのかな? 僕は、ソニアを幸せにしてあげるのが夢だって言っただろう? そんなに不安になるくらいだから、忘れていたんだろうな」

「そっ、それは――」

「僕がケルムさんと付き合うことにしたら、ソニアは幸せになるのかな?」

「なるわけないじゃない!」

「じゃあ、わかるよね? 僕はソニア一筋」
              
夜の自室で、ゲームを中断したラムリーザがソニアの肩を抱き寄せ、二人がソファーで寄り添って気持ちを確かめ合う場面
 ラムリーザは、ソニアの肩へ回した腕で彼女を引き寄せ、顔を近づける。

「うん、あたしもラム一筋」

「これでよいのだ」

 そして二人は、唇を重ねた。地位や領地なんて、この温もりに比べたら何の意味も持たない。

 

 二人は肩を寄せ合ったまま、ゲームを再開した。一緒にゲームをするのも二人の時間。それは変わらないものなのである。

 しかしその蜜月の時間は、やがて終焉を迎えることになった。しょうもないラムリーザのミスによって。

「ちょっと! なんでラムがあたしの風船割るのよ!」

 ゲーム中のちょっとした事故をきっかけに、ソニアはラムリーザを糾弾した。

 ラムリーザは別に意図してやったわけではない。ゲームに不慣れで、おぼつかない操作をしていたところ、ソニアの操るキャラクターに少し上方からぶつかってしまったのだ。その瞬間、ソニアのキャラが背負っている風船が割れてしまい、画面の下へ落下してしまった。

 ソニアはその事故を、ラムリーザがわざと攻撃を仕掛けたのだと受け取ったようである。

「ちっ、違うよ。ちょっと操作をミスってぶつかっただけだよ。ごめんっ!」

「ラムがそんなことをするのならっ!」

 ラムリーザの謝罪を受け入れず、今度はソニアがラムリーザのキャラに体当たりを仕掛けた。正面からぶつかるだけなら、互いに弾き飛ばされるだけだが、そのうちソニアのキャラが少し上からぶつかれば、ラムリーザの風船が割れることに気がついたのだ。

 こうなってしまったら、ソニアはもう本領発揮。ゲームのいたずら小僧――いや、いたずら小娘と化してしまった。

 ソニアは敵を退治することにはすっかり興味を失い、積極的にラムリーザの風船を割りにくる。そしてラムリーザをゲームオーバーへ追いやってはリセットし、また最初から始める。そして再開するたび、ラムリーザの風船を割ることへ熱中。ラムリーザは逃げ回るだけとなってしまった。もはや協力プレイという言葉は、深淵の彼方へ飛んでいってしまったようである。

「おいおい、これはそんなゲームなのか?」

「これはそんなゲームだ!」

 ソニアはものすごく嬉しそうな表情で、ラムリーザを追い回している。最初のころのように協力しているより、「ゲームだ、ゲームだ、だ、だ、だ、だだだだ――」などとつぶやきながらこうして攻撃しているほうが楽しいようだ。

「風船割りね。それじゃあ僕は、もう一つ――いや、もう二つの風船のほうを見ておこうかな」

 ラムリーザはそう言うと、テレビ画面から視線を外して隣へ目を向けた。方向キーを横へ入れたまま上昇ボタンを連打しているので、適当に上の方を飛び回っていた。

「二つの風船って何よ」

 ソニアは気になったのか、ラムリーザへちらりと目をやった。すると彼がテレビ画面ではなく、自分のほうを見ていることに気づいた。しかし、見ているのは顔ではない。脚でもない。その視線の先は――

「あっ、このゲームだめっ!」

 ソニアは察したのか、突然ゲーム機の電源を落とす。ラムリーザの視線は、ソニアのやたらと目立つ胸元へと注がれていたのであった。

 最近はリリスやジャンも、「風船おっぱいお化け」という言葉はあまり使わなくなっていた。どちらかと言えば、「エル」だの「ふえぇちゃん」だのという呼び方が多い。そういうこともあって、ソニアは風船に対して無警戒になっていたようだ。

 ソニアは、カセット取り出しレバーに掌底を食らわせる。その勢いで、カセットは二十センチほど飛び跳ねた。

「まったく、何をやってんだか」

「このゲームをプレイするの禁止だからね!」

 結局、この新しいゲームは、買ってから三日で封印されてしまった。もったいないと思うが、明日になればまた忘れて普通にプレイしていることだろう。

 ソニアは鼻息を荒くしながら、別のゲームカセットを取り出してプレイを始めた。金塊集めゲームだ。しかしすぐにレンガに閉じ込められて身動きが取れなくなってしまった。

「はぶじゅう!」

 ソニアは意味不明な言葉を叫んでコントローラーを投げ捨てると、隣でぼんやりと見ていたラムリーザに飛びかかってきた。

「どないした?」

「ゲームなんてやだ! ラムと遊ぶ!」

「ほーお、何して遊ぶのかな?」

 ラムリーザは、抱きついてきたソニアの両肩をつかんで尋ねた。ソニアはさらに強くしがみつき、顔を近づけてきた。

「チュウチュウドラマ!」

「さっきやったじゃん!」

「もっと!」

 仕方がないのでラムリーザは、ソニアを抱えたままソファーに座り直した。ゲーム機の音が消えると、部屋には二人の息遣いだけが残る。

 ケルムがどれほど立派な条件を並べても、ラムリーザにとっては、この騒がしくて面倒で、どうしようもなく近い時間のほうが大事だった。

 カーテンの隙間から覗くフォレストピアの夜空は、どこまでも深く、静まり返っている。

 帝国からもたらされた爵位や、領主たちの思惑が、どれだけ二人の未来を揺るがそうとしても、この部屋に流れる二人だけの特別なリズムは、誰にも奪えやしない。

 ラムリーザはソニアの頭にそっと顎を乗せ、この愛おしい「面倒事」を両腕でしっかりと抱きしめた。