ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
望まぬ逢瀬は潰そうか
帝国暦九十三年 陽翼の月・詩歌の日(現代暦:九月中旬)
今日はケルムとの逢瀬の日。要するに、デートの日。待ち合わせ場所はポッターズ・ブラフ駅、待ち合わせ時間は朝の十時だ。
ラムリーザは、十時前に発つ汽車に乗って、デートの場所へと向かった。ポッターズ・ブラフ駅に着くのは、十時の八分前でちょうどいい。本当のことを言えば、遅刻してやろうかとも考えたが、ラムリーザがケルムに伝えたいのは逢瀬が嫌だということだけではないので、時間どおりに到着することにしたのだ。
ポッターズ・ブラフ駅へ着くと、駅前で待つことにした。
どうしてこういうことになるのだろうか?
そんな疑問が、ラムリーザの頭から離れなかった。昨日は断りきれなかったので、今日だけはこの逢瀬に付き合うしかない。仕方がないことなのだ。
しかし母ソフィアは、なぜ今になってケルムとの縁談を持ち出したのだろうか。
ソニアと付き合うことを認めたのは表向きだけで、結局のところは政略結婚を強要されるのだろうか?
さまざまな考えが、ラムリーザの頭に浮かんでは消えていく。ソニアと清い交際を続けていれば、などと悔やんでも後の祭りであった。
ラムリーザは空を見上げた。今の気分を映しているかのように、空は薄曇りだった。薄い雲の向こうでは、太陽の周りに淡い光の輪ができている。
時刻は十時五分、待ち合わせ時間から五分が過ぎたが、ケルムは現れない。
「ラム、ジュース買ってきたよ」
その代わり、現れたのはソニアであった。
「ん、ありがと」
ラムリーザは、ソニアの買ってきた缶ジュースを受け取る。缶の中央あたりにはギザギザしたくびれがあり、ラベルには「ヨンキスト」と書かれていた。中身はオレンジジュースだ。
ここにソニアがいるのは偶然ではない。ラムリーザが意図的に連れてきたのである。そしてソニアには、今日ケルムと会う事情を伝え、協力を頼んであった。
さらに十分後、駅前へケルムがやってきた。今日は歩いてきたようだ。
「あら、おはよう。お待たせしたかしら?」
「いや別にこのぐらい気にしないよ」
「そう? 今日も元気そうで何よりです」
定型的な挨拶が、事務的に交わされる。ケルムは悪びれた様子もなく、相変わらずラムリーザをじっと見据え、親しみなどまったく見せなかった。
「ちょっと待ちなさい。なぜここにソニアさんがいるのですか?」
すぐにケルムは、ラムリーザのそばにソニアが立っていることに気がついた。ケルムからすれば、二人きりの逢瀬へ、別の女性を連れてこられたようなものだ。当然ながら、あからさまに不機嫌さを募らせる。
「別に不思議なことではないよ。ソニアだけど、実は僕たちはもう付き合っているんだ。だからケルムさんと二人きりで出かけるとなるといろいろとマズいんだよ。邪魔はさせないから、せめて同行を認めてください」
ケルムはすでに知っているはずなのだが、ラムリーザは、改めてソニアとの関係を隠さずに話し、頭を下げて頼み込んだ。
このやり取りは、夏休みにイシュトと会うことになったときと同じパターンである。
ラムリーザがソニアを連れてきたのには、二つの狙いがあった。一つはイシュトのときと同じようにケルムが受け入れ、三人で過ごすこと。もう一つはケルムが怒り出して、その結果デートが崩壊することであった。
「ふざけたことを言わないでくれるかしら? 今日は、私と逢瀬をする約束だったでしょう?」
「申し訳ないけど、恋人のソニアがいるのに、他人とデートする僕のほうがふざけているんだよ。ケルムさんは、二股をかける男とか、浮気をする男とかどう思いますか?」
「そんなの許せるわけがないでしょう?」
「では僕を罵ってください。今日の僕は、恋人がいるのに別の女性とデートしようとする二股男、ということになるんだ」
ラムリーザの自虐的な台詞に、ケルムは一瞬言葉を失った。
しばらく沈黙が流れ、それを破るように罵ったのはソニアであった。
「ラムの二股男。風紀監査委員の泥棒猫」
その声を聞いて我に返ったのか、ケルムはソニアをじっと見つめながら駅の構内を指差して言った。
「ソニアさん、これは両家の話に関わる逢瀬です。あなたが同席する理由はありません」
「ソニアが帰るなら僕も帰るよ。恋人のソニアをほっといてどこにも出かけられないからね」
ラムリーザは、ことさら「恋人」を強調して言った。これはケルムに言い聞かせると同時に、怒らせることを目的としていた。
「馬鹿なことを言わないで」
「そんなことよりも、今日はどこに行くの?」
駅前に集まってから一向に動き出さないので、ソニアはしびれを切らしてラムリーザの袖を引っ張った。
「あなたがいるのに行けるわけがないでしょう?」
「それじゃあ解散しようか?」
ラムリーザはこれを利用してケルムとの逢瀬とやらを終わらせようとした。ケルムが半ば強引に始めたのだから、こちらが強引に終わらせても文句は言わせない――ラムリーザは、そんなつもりだった。
「そうだ、ゲーム屋に行こうよ。新しいゲームが欲しいなぁ」
「一人で勝手に行きなさい」
「よし、三人でゲーム屋に行こう」
ラムリーザは、ソニアの手を取って駅の外へと飛び出した。しかしケルムは、二人を睨みつけたまま動こうとしない。
「あれ? 風紀監査委員は来ないの?」
「くっ……」
ラムリーザとソニアの二人が勝手に出発したので、ケルムはついていくしかなかった。ここで帰れば、自分の敗北を認めることになる。
ポッターズ・ブラフにある小さなゲーム屋にて、ソニアは早速ゲーム選びのために、店の奥へ行ってしまった。
「あの娘はほっといて、二人で次の場所に行きましょう」
ケルムは、ラムリーザに提案してくる。
「そんなことできるわけないだろう?」
「しなさい」
ラムリーザは拒否するが、ケルムは今日も強引に主導権を握ろうとした。そこでラムリーザは、ソニアがそばを離れたこともあり、少し語気を強くしてケルムに言った。
「無理だってば。君は、趣味が人間観察だと言っていたよね? それなら、僕のこともしっかり観察しているはずだよね?」
「それがどうかしましたか?」
「僕がソニアと付き合っているのを知っているはずなのに、どうして強引に縁談を持ってきたんだよ? 僕が嫌がると考えなかったのかい?」
「どうして嫌がるのですか? あなたにとってより良い環境を提供しようとしているのですよ?」
「ケルムさんにとってより良い環境の間違いじゃないのかな? それなら聞きますが、ケルムさんはどういったゲームが好きですか?」
「ゲームなど不毛なもので、領主候補が時間を費やすべきではありません」
「つまんない人だなぁ……。まあいいや、ドラムってどう思いますか?」
「騒々しいだけです。あなたの立場にふさわしい趣味とは思えません」
この時点でラムリーザは悟った。ケルムが欲しているのはラムリーザ個人ではなくて、ラムリーザの地位であることを。そしてこの人を選べば、自分には不幸しか訪れないことを。あまりにも価値観が違う。
そこでやはり、本気で今日の逢瀬を崩壊させてやろうと考えた。
最初はケルムに失礼かとも思ったが、ここまで価値観を否定されるなら、逢瀬を壊すのも自衛のためである。ソニアとの幸せな生活の間へ割って入ってきた、邪魔者でしかない。それに、ラムリーザの信念の一つが「ソニアを幸せにしてやること」である。ケルムと付き合ってソニアが幸せになるだろうか?
「ラム、これがいい」
そこにソニアが戻ってきたので、ラムリーザはケルムとの会話を中断した。いや、これで終わりにしようとも考えていた。
ソニアが持ってきたのは、ゲームの空パッケージだけだった。要するにまだ買っておらず、ラムリーザに買ってもらおうという魂胆だ。パッケージには、海から飛び出す大きな魚と、風船を二つ背負った男、そして風船を一つ背負った、くちばしのある人物が描かれていた。
風船おっぱいお化けと呼ばれているのに、なぜ、よりにもよって風船の描かれたゲームを選ぶのか、その基準は分からなかったが、またそういった間の抜けたところがラムリーザをほんわかとした気分にさせるのであった。ケルムとやり合ったあとだから、それはなおさらのことだ。
ゲームを買った後、少し早いが昼食をとることにした。その後は、ケルムが昨日言っていたとおり、彼女の庭園を案内してもらう予定だった。
昼食は、ポッターズ・ブラフにあるレストランで取ることになった。
「だからなぜまだソニアさんが付いてくるのですか? ゲームを買ったのだから気が済んだでしょう? 今日は私とラムリーザさんの逢瀬だから、あなたは早く帰りなさい」
「さっきも言ったとおり、ソニアは僕の恋人だから、ここに同席する理由がある。僕を浮気男に仕立て上げたくなければ協力してくれ。それともケルムさんは、簡単に浮気をするような男が好みですか?」
「何を馬鹿なことを……」
レストランでラムリーザが席に着くと、すぐに隣にソニアがくっついた。こうなるとケルムは、正面に座るしかなかった。
「ねぇねぇ風紀監査委員のケルムさん、あたし『女爵』って爵位を授かったんだよ」
ソニアはどうでもよいことをケルムに宣言するが、それがますますケルムを不機嫌にさせてしまったようだ。
「ふざけたことを言わないで」
権力志向のケルムにとって、ありもしない爵位の話を持ってこられるのは、自分を馬鹿にされているようなものだった。
どこまでが計画で、どこからが素なのか分からないまま、ソニアによるケルムへの挑発は続く。
「はいラム、ニンジンあ~ん」
ソニアはそんなことを言いながら、自分の皿に載っていたニンジンのグラッセをフォークで刺すと、ラムリーザの口元へ差し出した。
「こらこら、ケルムさんが見ているのにそんなことするなよ」
「なによー、あたしのニンジンが食べられないって言うの?」
「わかったよ」
ラムリーザはソニアの気迫に押されて、差し出されたフォークにかぶりついた。チラッとケルムのほうを見ると、ものすごく鋭い視線で睨みつけている。それでも、二人の仲睦まじさを見せつけるという意味では、これはこれでありかな、などと考えていた。
「じゃあ今度はラムのお返しの番だよ。あたしそのサイコロステーキが欲しいな」
「ちょっと待て。なんでニンジンのお返しがステーキなんだよ。それならまずは、そちらからハンバーグを一切れ差し出すのが筋じゃないかい?」
「あたしがあげたニンジンは、ステーキに匹敵するぐらい貴重な目が良くなる金のニンジンなの」
「そんなのあるか、全然目が良くなったようには感じないぞ? ――ってかどこが金色?」
「ラムはあたしにステーキを差し出したくな~る、差し出したくな~る。ダメ?」
ソニアは、フォークをラムリーザの目の前に突き出してグルグル回す。ラムリーザは「あ、目が回った」と言いながら、ソニアの皿へフォークを伸ばした。そして素早くハンバーグを一口大に切り、その一片をフォークで奪った。
「あっ、取った! ラムのいじわる!」
ソニアもラムリーザの目の前にかざしたフォークを使って、ラムリーザの皿からステーキを一切れ奪った。
「はい、あ~ん」
ラムリーザは、奪ったハンバーグをソニアの口元へ差し出す。ソニアはすぐにパクついて、今度は取ったステーキをラムリーザの目の前にかざした。
「はい、あ~ん」
ラムリーザもパクつく。
「公の場で、そのような振る舞いをするものではありません!」
当然のように、ケルムは怒ってしまった。
「ケルムさんもあ~んしてほしいの? じゃあこのお芋をあ~ん」
ソニアは今度はじゃがいもの塊にフォークを刺して、ケルムの前に差し出した。当然のように、逆効果である。
ケルムは、勢いよく席を立つと、ラムリーザを指差して糾弾した。
「ラムリーザ、あなたは自分の立場を何も理解していない。そのふざけた態度は、ただでは済みませんよ」
「いや、別にふざけているわけじゃないよ。ソニアと二人でデートしているだけだよ」
「それがふざけていると言うのよ!」
普段、ラムリーザとソニアは、ここまで人前でいちゃついているわけではない。特に家での食事の時間は、かなり礼儀正しいものだ。今回は、意図的に見せつけていたのである。
昨日の応接室で、ケルムには言葉だけでは通じないとわかった。話そうとしても遮られるのなら、今日は行動で否定してみせるしかない。言葉なら遮られても、行動までは止められない。力ずくで二人を引き離すことなど、ケルムにはできないだろう。
そして昨日、応接室での縁談について、ラムリーザはソニアへ隠さず打ち明けた。最初、ソニアは一人で激昂していたが、ラムリーザから「怒っているだけでは解決しない」と諭され、今日のケルムとの逢瀬でラムリーザとソニアには離れるつもりがないと、ケルムへ見せつけようと計画を立てたのだった。
そういうわけで、ソニアは、ことさら普段はしないような行動でラムリーザへ迫り、ラムリーザもそれをそのまま受け入れている。
ケルムを怒らせて逢瀬をぶち壊せたらラムリーザたちの勝ち。ユライカナンのイシュトのように、ラムリーザとソニアが付き合っていることを受け入れて三人で過ごしてくれれば、それでも勝ち。どちらへ転んでもよいように準備して、今日に臨んだのである。
「あなたのほうがふざけているね。あなたが差し出すものは、僕にとってソニアの代わりにはならない」
ラムリーザの一言がとどめとなり、どうやらケルムは怒りで我を忘れ、今日の逢瀬を自ら打ち切ってしまったようだ。いちゃいちゃしているラムリーザとソニアを残して、ケルムは一人レストランから立ち去ってしまった。
「行っちゃったね」
「そうだな」
ラムリーザとソニアは、顔を見合わせてくすっと笑った。ケルムが座っていた席の前には、ほとんど手つかずのシチューが残されていた。
「もったいないから、あたしこれも食べる」
ソニアは手を伸ばして、シチューの入った皿を自分のそばへと引き寄せて食べ始めた。
「二人分も食べるとまたおっぱいが膨らむぞ。ハンバーグは半分食べてあげよう」
ラムリーザがソニアの皿に載っているハンバーグにフォークを伸ばすので、ソニアはそれを阻止しようとナイフでハンバーグを守ろうとし、しょうもない攻防がしばらく繰り広げられた。
後から入ってきた客は、ラムリーザとソニアの二人が向かい合わせではなく、並んで座っていることを不思議そうに見ていた。今の光景だけを見れば、二人だけで来たのにボックス席の片側に並んでいるようにしか見えないのである。
食事を終えたあとも、二人はいつも以上に仲睦まじく過ごし、店に入ってから一時間ほどでレストランを後にした。
「早く帰ってこのゲームやりたい」
レストランから出ると、ソニアはいつものソニアに戻っていた。そんなに風船ゲームがやりたいのか。これを買ったことをリリスに知られたら、またソニアはからかわれるのだろうな、などと考えながら、ラムリーザはソニアの肩を抱いたまま駅へと向かっていった。
結局、ケルムとの逢瀬は途中で潰れ、終わってみればソニアとの食事デートへ来たようなものだ。しかし、これはこれでよいことだとラムリーザは考えた。
たとえ望まぬ縁談が平穏を壊そうとしてきても、ラムリーザはソニア一筋だ。幸せそうなソニアを見て、ラムリーザは満足するのであった。
だが、ケルムはまだ帰っていなかった。少し離れた通りの陰から、駅の構内へ消えていく二人を睨みつけていた。そして、誰にも聞こえないほどの声でつぶやいた。
「覚えてなさい……。あなたたちが守ろうとしているものを、一つずつ潰してあげる。何がこの土地に必要なのか、最後には思い知らせてあげるわ。そしてラムリーザ。あなたには、自分が立つべき場所を理解してもらう――」