ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


望まぬ縁談

帝国暦九十三年 陽翼の月・賢者の日(現代暦:九月中旬)

 休日の午前中のこと――

 ソニアはまたもや新しいゲームをやっていた。少し前まで遊んでいた、棒の周りをくるくる回りながら金塊を探すゲームには、それほどのめり込まなかったようだ。

 今プレイしているゲームは、屋敷のような建物が舞台らしい。そして何やらネズミのようなキャラクターを操り、追いかけてくるネコから逃げながら、トランポリンで跳ねて階を移動し、電化製品を集めて回っていた。

 ラムリーザにとって幸いなことに、対戦モードはないらしく、ソニアは黙々と一人でプレイしていた。騒がしくないソニアというのも珍しいが、同じ部屋にいるだけで、ラムリーザにとってはそれなりに落ち着ける時間だった。

 ラムリーザは、窓際に置かれたリクライニングチェアーへ寝転がり、のんびりしていた。時折響くのが、ゲームからの音。ゲーム内で光る扉を開くと、そこから衝撃波のようなものが放たれ、追ってきたネコを退治していた。そのたびに、「ピラピラピラ」という甲高い音がラムリーザの耳に届いていた。

 この日も、何事もなく平凡な一日として終わるはずだった。

 事実、何も起きなかった。昼食が終わるまでは。

 

 昼食時――

 食堂の大きな食卓を囲むのは、いつものメンバー。ラムリーザ、ソニア、ソフィリータ、そして母ソフィアの四人だ。そしてソフィアの脇には、メイドのナンシーが控えている。これもまた、いつもの光景だ。

 ソニアは幼い頃から、フォレスター家の食卓に同席させてもらっていた。今日もソニアは静かだった。というより、いつもの四人だけの食卓では、普段から周囲に合わせて上品に振る舞っている。ただし、いつもの食卓に誰かが一人でも加われば、とたんにはしゃぎだし、母親であるメイドのナンシーにどつかれるまでが一連の流れとなっていた。

 

 昼食が終わると、その場にはラムリーザだけが残された。なにやら母親ソフィアから話があるという。ソニアとソフィリータが退室してから、ソフィアはゆっくりとラムリーザに告げた。

「あなたにはこれから、縁談の席に出てもらいます」

「縁談?」

 ラムリーザは、母の言葉の意味をすぐには理解できなかった。しかし、内容をのみ込むにつれ、とんでもない話を持ってこられたものだと憤った。

「ちょっと待って。なぜ?!」

 ラムリーザとしては、去年の春にソニアと付き合うと宣言したことで、そういった話は終わったものだと思っていた。それが、なぜ今になって縁談の話が舞い込んでくるのか。しかも、なぜ事前の相談もなく今日なのか。それも不可解だった。

「先方からの強い要望です」

 だが母は、短く答えただけだった。

「ちょっと待ってよ、話が違うじゃないか。僕はソニアと――」

 ラムリーザは言いかけて、ふいに口をつぐんだ。ひょっとして清くない交際がばれてしまい、二人を引き離そうとしているのではないかと勘ぐった。もしそうなら、母に対して強く拒む資格がないように、ラムリーザには感じられた。清い交際をすると約束したのだから、それを破っている今、ラムリーザは何も言い返せなくなってしまう。

「相手は、この近隣で最も有力な家の娘です」

「そんな相手でも――って、それってもしかして?」

 ラムリーザは言いかけてから、母の言う相手に思い当たりがあることに気がついた。この近隣で「最も有力」と言われれば、思い当たる家は一つしかない。

「ポッターズ・ブラフ地方を治める、ヒーリンキャッツ伯爵家の娘です」

「まっ、なっ――」

 ラムリーザは言葉を失い、口をぱくぱくとさせた。そのとき、ヒーリンキャッツ伯爵家の娘、ケルムの言葉が脳裏によみがえった。

『あなた、私と付き合ってみませんか?』

 先日、確かにそんなことを言っていた。彼女の言う「付き合う」とは、このことを指していたのだろうか。

『近いうちに、計画を立てます』

 もう一つの言葉も思い出した。計画とは、縁談の話のことだったのだろうか?

「どうしましたか? 応接室に移動しますよ」

 母の言葉に、はっと我に返った。

「断れないのかな?」

「伯爵家からの正式な申し出を、顔も合わせず門前払いにはできません。断るにしても、まずは礼を尽くしなさい」

「ソニアよりもケルムさんと付き合えと言いたいの?」

「それは会ってから、あなたが決めなさい。もうすぐ、先方のお嬢様が到着する時間です」

 ラムリーザは、母の後について応接室へと続く廊下を歩きながら、小さくつぶやいた。

「会うだけだからね」

 

 しばらく応接室で待っていると、そこに執事が入ってきた。彼はソニアの父親だ。

「お見えになりました」

 ヴィクターの表情には、ほんの少しだけ陰りが見えた。ソニアの父親として、いつか領主の息子であるラムリーザに娘を嫁がせることを、内心では喜ばしく思っていたのかもしれない。ところが今日、そのラムリーザが、突然ほかの娘との縁談に臨むことになった。心中穏やかでないのも無理がなかったのだ。

「ヴィクター、通しなさい」

 どうやらソフィアも、この縁談に同席するらしい。

 そこにケルム・ヒーリンキャッツが入ってきた。ケルムと共に入ってきたのは、ヒーリンキャッツ伯爵とその夫人だ。三人は一礼すると、ケルムはラムリーザの正面にあるソファーに、両親は別のソファーに腰掛けた。

 ケルムは、じっとラムリーザを見据えてくる。その瞳からは、わずかな優しさも感じ取れなかった。その眼光には、野心だけが宿っているように見えた。

 ここにきてラムリーザは、改めてソニアの存在に感謝した。もしソニアがいなければ、今ごろこの怖い人と付き合わされていたかもしれないと考え、思わず身震いがした。

 さらに、ユライカナンでフォレストピアと国境を接する地方領主の娘、イシュトの顔も脳裏に浮かんだ。あの娘もケルムと同じ領主の娘だが、おっとりとしていて優しかったな、とラムリーザは思った。

 ケルムと無理やり付き合わされることになれば、この先は地獄だろうな、などと考えていた。
              
フォレスター邸の応接室で、ラムリーザと母ソフィアが、ケルムとヒーリンキャッツ伯爵夫妻を迎えて縁談に臨む緊張した場面
「ラムリーザ、すでに顔見知りなので今さらですが――いえ、形式に沿いましょう。ケルム・ヒーリンキャッツです」

 ケルムの一言にラムリーザは、はっと我に返った。先ほどから何度もぼんやりしているが、それも仕方のないことだった。

「……ラムリーザ・シャリラン・フォレスターです」

 ラムリーザは、まさに望まぬ縁談に平穏を壊されつつあった。そして縁談は、地味ながらも形式に沿って進められていた。自己紹介を終えると、形式どおりに趣味や普段の過ごし方についての質問が始まる。

「私の趣味ですか? 人間観察です。あなたのこともいろいろと調べました」

 ラムリーザは、思わず「気持ち悪い」と口にするのをこらえた。なんだ、このストーカーじみた人は――と、恐怖すら感じていた。そもそも趣味にするようなものなのだろうか?

 そしてケルムは、今度はラムリーザ自身の趣味について尋ねた。

「趣味……ドラ――ソニアと一緒に遊ぶことです」

 ドラムの練習と言いかけたが、あえて別のことを持ち出してみた。ことさらソニアの存在を強調して、ケルムを激昂させて縁談をぶち壊してやろうと企んだのである。

「それは良い趣味とは言えません」

 しかしケルムは、少し表情をこわばらせただけで、キッパリと言い切った。

「なっ、えっ?」

 予想外の答えに、ラムリーザは顔をしかめた。昼食後から驚きの連続で、まるで息をつく暇もない。

「あまり高尚な趣味ではありませんね」

 高尚とは、要するに上品で立派という意味だ。ラムリーザには、ソニアと遊ぶことを下品だと言われたも同然に聞こえた。

 ソニアは突発的に奇行に走る娘なので、一理あるのが残念ではあるが、これにはさすがのラムリーザも腹が立った。

 自分と一緒にいる時の彼女のあの眩しい笑顔や、何ものにも縛られない純粋さまでを「下品」の一言で片付けられる筋合いはない。

「なぜソニアと遊ぶことは下品なのかな?」

「誰も下品とは言っていません」

 言葉どおりに受け取れば、確かにケルムは「下品」とは言っていない。しかしラムリーザには、「高尚ではない」と「下品だ」は同じ意味にしか聞こえなかった。

「高尚でないというのは、下品という意味では?」

「提案します。私と付き合いなさい」

 その言い方は、好意を伝えるものではなかった。まるで、すでに決まった条件を読み上げているかのようだった。

 ラムリーザは、この人は本当に会話をしているのだろうか、と思った。ただ自分の意見を押し通しているだけではないのか。

 それに、ケルムの両親は何も言わない。まるで、両親がケルムに全面的に任せているかのように。

 ソフィアも無言でラムリーザとケルムを観察しているようだ。

「そんなことを急に言われても――」

「私と付き合えば、ここの地だけでなくポッターズ・ブラフの地もあなたのものになります。私はあなたにそれだけのものを提供できます。では、ほかの女性は何を提供できるでしょうか。どちらが得かは、火を見るよりも明らかです」

 ラムリーザの言葉を遮るようにして、ケルムは持論を述べた。

 要するに、ソニアには、領地や権力を提供することができないので、より良いものを提供するケルムと付き合えということだ。交際相手を、そんな損得勘定だけで決めてよいものだろうか。それに、付き合うことで領土がもらえるという理屈なら、ケルムではなくイシュトと付き合い、ユライカナンの一部をもらうほうがよい。

 そんなことを考えてみても、ラムリーザにはやはり、ソニア以外の相手など考えられなかった。

「前向きに――いや、検討する努力をしてみます」

 だからラムリーザは、約束する気はないと遠回しに伝えた。

 実質的には否定に近いラムリーザの返事を聞いて、ケルムの眼光が一瞬鋭くなる。しかし、その鋭さはすぐに何事もなかったかのように消え、さらなる提案を投げかけた。

「明日、逢瀬しましょう」

「オウセ? 何それ?」

「ポッターズ・ブラフにある私の庭園を案内します」

 ラムリーザは「逢瀬」の意味が分からなかったが、続く言葉を聞き、どうやらデートのことらしいと悟った。

「そんな急に言われて――」

「どうせ暇でしょう? いいですか、私と付き合いなさい。明日はポッターズ・ブラフの駅前で待っています。必ず来るように」

 再びラムリーザの言葉を遮って、ケルムは強引に約束を取り付けた。

 以上で今日の縁談は終わりである。ケルムにとっては、明日の約束を取り付けた時点で、今日の目的は達成できたのだろう。

 逆にラムリーザにとっては、無理矢理話を進められただけで、話し合いにすらなっていなかった。こんな縁談があるか! などと文句を言ってやりたいが、母の前でもあるため、この場では黙っていた。仮に何かを言おうとしても、すぐにケルムから言葉をかぶせられるだろう。

 ラムリーザが何も答えずにいると、ケルムは気が済んだのか一礼して応接室を退席していった。一方、ケルムに同行していた両親は、ラムリーザの母親ソフィアと話があるらしく、まだこの場に残っていた。

 ラムリーザは母に退室を命じられ、憤りを感じながらも応接室を後にする。応接室から出ると、少し離れたところに、玄関ホールに向かって歩いていくケルムの後ろ姿が見えた。しかし追いかけることはせず、ラムリーザは近くの壁にもたれ、ケルムの両親が出てくるのを待った。

 数十分後、ケルムの両親が応接室から出てきて、そのまま玄関に向かって廊下を歩いていった。

 すぐにラムリーザは、応接室に飛び込んだ。

「母さん、話が違うじゃないか。ルールを無視した縁談の進め方、僕は望んでいないよ」

 望まぬ縁談。

 そう胸の内で言葉にした瞬間、ラムリーザは妙な胸騒ぎを覚えた。どこかで、これに似た言葉を聞いたことがあるような気がしたのだ。けれど今は、それを思い出している余裕などなかった。

「彼女は、ポッターズ・ブラフ地方の領主の娘です。好条件だと思いませんか?」

 ラムリーザは怒鳴るほどではないにせよ、いつもよりきつい口調で反抗した。だがソフィアは、いつもの、まるで恍惚としているかのような瞳で見つめ返す。そして返答は、ケルムが口にしたものとよく似ていた。

 権力者というものは、常に自己の権力を強化することばかり考えているのか? ラムリーザだけが例外なのか?

「領主の娘を選ばなければならないのなら、ユライカナンのシロヴィーリ地方にいる、イシュトを選ぶよ」

「ではそれも選択肢に入れておきましょう」

 別案を提示しても、選択肢に入れられてしまうだけだ。

「でも、母さんも去年の春に納得したはずだよ。僕はソニアと――」

 そう言いかけて、ラムリーザはやはり口をつぐんでしまう。清いとはいえない交際を続け、母に隠れて同棲していることが、ラムリーザを後ろめたくさせ、ソニアのことを強く言い出せずにいた。これまでばれなければよいという考えだけで過ごしてきたが、ここにきてその弊害が出てしまった。

 ここでソニアの話題を出し、「清い交際をするという約束を破ったから」と切り返されたら――などと考えると、どうしても言い出すことができない。

「とにかく明日は、ケルム嬢と出かけなさい。その後で考えればよいことです。もしも合わなければ、そのときに断ればよいのです。試しもせずに否定することは許しません」

「わかったよ。でも結果を期待しないことだね」

 ラムリーザは、そう言い捨てて再び応接室を出た。母が強制しているのは、明日ケルムと会うことだけだ。その後も交際を続けろとは言っていない。それなら、まだやりようはある。ラムリーザはそう考えた。

 自室へ戻る途中に窓の外を見ると、一台の高級車が屋敷から離れていくところだった。

 部屋に戻ると、ソニアは相変わらず午前中と同じゲームをプレイしているようだった。なにやらネズミのようなキャラクターがトランポリンで跳ね回り、風船を集めているらしかった。

 テレビ画面に映る風船と、ソニアの巨大な胸元を見比べて、ラムリーザは小さく笑った。この少し妙で、見ているだけで飽きない可愛い娘を捨ててまで、ケルムと付き合うなんて考えられない。

 そこでラムリーザはあることを思いついた。ケルムにソニアと付き合っているということを、改めて思い知らせてやろう。それでケルムが機嫌を損ねるなら、それでも構わない。下手に付きまとわれるよりは、嫌われてしまうほうが手っ取り早いものだ。

 その考えが本当に正しいのか、ラムリーザにはまだわからなかった。けれど今の彼には、ソニアの存在を示すこと以外に、思いつく抵抗がなかった。

 ラムリーザはテレビの前のソファーへ行き、ソニアの隣へ腰を下ろした。そして肩に手を回して抱き寄せて言った。

「ソニア、明日ちょっといいかな――」