ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
無愛想な転校生 お約束が通じない日
帝国暦九十三年 陽翼の月・女神の日(現代暦:九月上旬)
朝食後のフォレスター邸にて。
登校までのちょっとした休憩時間、ソニアは手にしていたお茶のコップの中に、珍しいものを発見した。
「あっ、お茶の葉が立ってる」
しかしラムリーザにとっては、わりとどうでもよいことだった。それに、ソニアの言い方も正確ではなかった。正確には、立っているのはお茶の茎だ。
「それがどうしたというんだよ」
「知らないよ」
ラムリーザの淡白な反応に、ソニアもすぐに興味を失った。残念ながら、帝国の文化ではその程度の扱いである。
「あ、でも聞いたことがありますよ。ユライカナンの文化では、お茶の葉っぱが立っていたら、縁起が良いのですって」
ソフィリータはソニアの言葉を聞き、先日格闘ジムでゴジリから聞いた話を思い出した。しかしソニアがお茶の葉と言ったので、間違えたまま言ってしまった。ゴジリが言っていたのは、「茶柱が立つ」という話である。
「やったあ!」
しかし単純なソニアは、コップを持ったまま万歳。コップのお茶が飛び出して宙を舞い、テーブルへばしゃっと散らばった。
その様子を見て、フォレスター家のメイドであり、ソニアの母でもあるナンシーが、布巾を片手にむっとした表情でソニアに近づいてくる。ソニアは母が近づいてくるのに気づき、すぐにコップをテーブルに置くと、席を立って逃げ出してしまった。
「いつも行儀が悪くて申し訳ありませんね」
ナンシーは、布巾で飛び散ったお茶をふき取りながら、ラムリーザに言った。
「別に気にしなくてもいいですよ。いつも見ていて面白いから」
「それはそれで問題があります」
ラムリーザはソニアをかばったつもりだったが、ナンシーにはあまり慰めになっていないようだった。この茶柱が本当にソニアにとって縁起のよいものなのかわからない。
その後、ソニアは登校前のラムリーザを屋敷の駐車場へ引っ張っていった。
「ねぇ、車で学校に行こうよー」
しかし、ちょうど外に出ていた母ソフィアがそれを耳にして注意する。
「自分で運転できるようになったのはよいですが、なるべく控えるように。車で行くなら運転手をつけなさい」
「それならレイジィに運転手をお願いするよ」
ラムリーザは、個人的な警護役であるレイジィに頼むことにした。去年の秋、レフトール襲撃事件以降、普段の生活には干渉しない形で警護をつけているのだ。
ラムリーザとソニアとソフィリータの三人は、フォレストピアに来てから初めての車通学となった。
「汽車ばかりだと飽きるので、時々車で行くのもいいですね」
ソフィリータは、いつもと違う風景を眺めながら言った。
フォレストピアの市街地を出て、アンテロック山脈に差し掛かる。ヘンカラ峠の山道を登っていくと、山脈の中腹あたりにあるオーバールック・ホテルを通り過ぎる。ヘンカラ峠と言えば、夏休みにソニアたちがへんこぶたを捕まえた場所で、ホテルは去年定期的に行われていた貴族のパーティー会場だ。
ホテルを過ぎて峠道を下ると、三人の通う学校があるポッターズ・ブラフへ到着。去年ラムリーザとソニアが住んでいた親戚の屋敷の駐車場を借りて、車を停めておく。
こうして、いつもと違う登校は終わった。
教室ではいつも通りの雑談だ。
「あなた、今日汽車にいなかったけど、いつの間に登校したのかしら?」
リリスはソニアに尋ねた。怒っているわけではなく、いつもと違う流れに興味津々といった様子が近い。
「あたし真面目だから、新聞屋よりも早く登校したもん」
別に車で通学したことを隠す必要はまったくないのに、なぜかソニアは変な方向へ話を持っていきたがる。そんなことを言うから、リリスにいろいろと突っ込まれ、返答に困った末に――
「ふえぇ……」
もはや恒例行事と化したやり取りである。リリスとユコは「ふえぇちゃん」と言い、二人で顔を見合わせてくすっと笑う。
「――で、どうやって学校に来たんだ?」
ソニアをからかうことで満足したリリスに代わって、今度はジャンがラムリーザに尋ねた。
「ソニアが車で登校したいと言ったから、そうしてみただけだよ」
「かーっ、車か! 俺も絶対、どこかで運転免許を取ってやる」
「ソフィリータと、たぶんミーシャもまだ免許を持っていないから、そのときは一緒に頼むよ」
そんな話をしているところに、担任の先生が入ってきた。朝のショートホームルームが始まる時間だ。
しかし最近は、ちゃんとした授業が始まるまで、ラムリーザの周囲だけ座席配置が乱れたまま。隣のソニアは窓際のラムリーザにくっついてきているし、前の席にいるリリスとユコも窓際寄りに移動しているし、ジャンも自分の席から移動し、本来リリスが座る場所にいる。先生が入ってきたらちゃんと元の位置に戻るのは、ロザリーンぐらいだった。
先生は、ざわついている教室に向けて、「おほん」とひとつ咳払いしてから言った。
「えー、今日は転校生を紹介する」
夏休み明けに転校生が来るのは、ありえない話ではない。ラムリーザは、ひょっとしたらイシュトが? などと期待してしまっていた。
「そういえば、雑貨屋でインスタントリョーメンを売っていたぞ。帰りに雑貨屋へ寄って、買って帰るぞ」
ジャンは、まだ先生の話に気づいていないようだ。そりゃそうだ、後ろを向いてラムリーザやソニアと向かい合い、教卓のほうへは背を向けている。そのまま今日の予定を決めてしまう。
「ジャン、転校生だぞ」
ラムリーザは、ジャンに説明しなければならないぐらいだった。
「転校生? ほう、転校生か」
ジャンはぐるりと振り返り、教卓のほうへ目をやる。
「たぶんユコが来ると思う」
ソニアはそう吐き捨てた。ユコの転校するする詐欺を、またしてもぶり返したのだ。
「なんですの! ココちゃん返しましたわ!」
「足りない! ユコが持ってるココちゃん、七個ぐらいよこせ」
ソニアとユコが、ココちゃん論争を始めたところで、ジャンは再びラムリーザのほうへ振り返り、転校生論を語り始めた。
「転校生とくれば女だ。金髪でツインテール、定番だね」
「違うみたいだよ」
先生に呼ばれて教室へ入ってきたのは、燃えるような赤い髪を肩まで伸ばした女の子だった。どこが金髪でツインテールだというのだろうね。
「う~む」
ジャンは、早速転校生の品定めを始めている。転校生の赤い髪はひときわ目立っていたが、本人は周囲の視線を拒むように、不機嫌そうにそっぽを向いていた。
「どうしたのかしら?」
リリスが寄ってきて、ジャンは、はっと我に返った。
「ま、転校生と言っても、リリスのほうがずっと美人だね。あの転校生は、ちと色気が足りんな」
それを聞いて、リリスはクスッと笑う。
「でもよ――」
ジャンは今度はラムリーザへ身を乗り出し、言い聞かせるように語り始めた。
「転校生は空いている席に座るよう言われる。そしてなぜか、お前の隣の席だけが空いているのだ。最初はツンツンしている彼女だが、お前は興味津々。そのうちそのツンデレに振り回されるようになって、やれやれ、健気な幼馴染は脇へと追いやられ、気の毒な負けヒロインの誕生だ」
ジャンの理論は、なんてことのない、ただのソニアいじりだった。しかし、いろいろとツッコミどころはある。まず初めに、ソニアが健気か? そしてすでにその幼馴染が、ラムリーザを振り回している。
「僕はすでにソニアに振り回されているよ。そこにそれ以上振り回されてしまったら、すっ飛んで月まで飛んで行っちゃうよ」
ラムリーザはおどけてみたつもりだが、いまいちオチが適当すぎたようだ。
「寝取る奴は、全部埋めてやる。あの転校生も埋める!」
ソニアも当然ながら、ユコとのココちゃん合戦を中断してジャンに噛みついた。多正面戦法が好きな奴だ。気がつけば、ジャンとリリスとユコの三人に、半包囲されている。
ソニアは怒っているというより、いつものように自分の場所を守ろうとしているだけなのだろう。
「そこらへーん、静かにしろー」
さすがに騒ぎすぎたか、多少のざわつきには目をつぶっていた先生も看過できなくなり注意した。
半包囲する三人は、声をそろえて「ソニア、お口にチャック」と言う。憤るソニアをラムリーザは抱え込んで黙らせた。
そこで、先生の転校生紹介が始まった。
「えー、フィルクルは、お父さんの仕事の関係で、ポッターズ・ブラフに来ました。皆さん仲良くしてあげてください」
「ユコは、お父さんの仕事の関係で、フォレストピアに来ました」
先生の説明のすぐ後、ソニアはユコに聞こえるように言った。ココちゃん論争、ラウンドツー、ファイッ!
その間、フィルクルと呼ばれた赤髪の少女は、そっぽを向いたまま何も反応を見せない。
「無愛想なやっちゃな」
レフトールは腕を組んだまま、じっとガンを飛ばしていたが、相手は全然目を合わせようとしないので飽きてしまったようだ。
「無愛想なツンデレが、デレに転じたときのカタルシスなんだな。がんばれ、レフ――ってか、野郎ならともかく女にガン飛ばしてどないすん」
レフトールの前の席にいるマックスウェルが、めんどくさそうに茶化した。
「ゲーセンに行きたいと言ってきたら、付き合ってやるってことも考えてやってもいいぞ――おぐっ?!」
レフトールが語りかけている途中、突然背後から拳が飛んできて背中に入り、言葉に詰まった。レフトールは驚いて振り返ったが、そこにはソニアとココちゃんがどうのこうのと言い合っているユコがいるだけだ。
「あそこの空いている席に座りなさい」
先生は、廊下側の一番後ろの席を指差す。偶然空いていたのではなく、今朝作った空き席だ。
「わかったぞ」
転校生は黙ったまま、周囲を気にも留めない様子で指定された席へ着いた。それを見たジャンは、手をぽんと合わせて言った。
「クールってやつだな。寡黙なタイプ、デレたらクーデレ。うるさいソニアよりは、神秘的で人気が出るぞ」
「なっ、まっ、ジャンのドロヌリバチは珍品!」
どうにもソニアの返しは適当すぎて、反撃になっていない。せいぜい神秘と聞いて、珍品と言い返しただけだろう。
当のフィルクルは、そんな勝手な分析など耳に入っていないかのように、ただ廊下の向こうにある窓の外へ視線を向けていた。
結局、転校生のフィルクルはその日、誰とも話さなかった。話しかける者はいたが、相手にせず、そのまま一人でさっさと帰ってしまった。
ただ少なくとも、いつもと少し違う日になったことだけは確かだった。
放課後、予定どおり部活はやらずに、雑貨屋に寄って帰ることになった。ただし、雑貨屋へ寄るのはフォレストピア組だけだ。インスタントリョーメンは、まだフォレストピアの雑貨屋でしか販売されていない。売れ行きが好調なら、最終的には帝国全土で販売される予定である。
汽車でフォレストピアまで帰って、そこから市街地にある雑貨屋に向かう。
その途中で、ソニアがつぶやいた。
「車を向こうの家に置いてきちゃったね」
「あっ、しまった! 早く言えよ!」
ラムリーザは、今朝車通学したことをすっかり忘れていて、汽車で帰ってきてしまった。ここはもう素直にソフィアへ謝り、明日にでも汽車で通学し、帰りは車で戻ろうと誓った。
雑貨屋の新発売コーナーに、それは並べられていた。
「インスタントリョーメンはこれか、ふむふむ」
ジャンは、棚に並んでいるカップを見ながら、品定めをしている。
「クッパタしかないね。他に種類はないのかな」
「たぶん売れたら、種類を増やしてくると思うよ。ごんにゃ店主がユライカナンには他にも種類があるって言ってたし」
そんな会話をしながら、五人はクッパタを一つずつ購入。店に設置されているポットからカップへお湯を注いで、雑貨屋の前に並んでいるベンチへと向かう。店の前には、四人掛けほどのベンチが二つ並んでいる。ここにいるのは五人。
「私とユコ、ラムリーザとジャンの四人がこっちのベンチ。ソニアはあっちに一人だけで座りなさい、くすっ」
「なっ、吸血鬼が一人になれ! 人間四人と吸血鬼一人に分割!」
ラムリーザは、以前どこかで聞いたような展開だなと思いながら、ソニア、リリス、ユコを片方のベンチに座らせ、自分はジャンと二人でもう一つのベンチに腰掛けた。ジャンはリリスと並べないことが不満そうだったが、今日のメンバーでは仕方ないかと考えて、素直にラムリーザの隣に座る。
「なぁ、ラムリィ。フィルクルだっけ。お前はどう思う?」
ジャンは、お湯を注いだリョーメンのカップをゆらゆらさせながら、ラムリーザに尋ねた。
「来たばかりで、初めての土地に緊張していたのかもね。僕も去年は緊張したけど、みんな一年生で似たような立場だったから、まだ気楽だったよ」
「そっかー? 俺もこの春に初めて来たけど、そんなに緊張しなかったよ」
「僕とかソニアとか、すでに知り合いがいたからだろ」
「違うな、リリスがいたからだよ」
「はいはい」
インスタントリョーメンは、お湯を注いで三分。そろそろ食べ頃だとばかりに、ジャンは箸を突っ込んだ。
「転校生ってのはな、幼馴染から主人公をぶっちぎって奪い取っていくのが定番なんだ」
ジャンは、リョーメンを箸で持ち上げて、ふーふーしながら語る。
「何の定番だ。それこそフィルクルさんが、ソニアに埋められても知らないよ」
ラムリーザは、まだリョーメンには口をつけない。箸で持ち上げては、スープの中に戻すのを繰り返しているだけだ。
「おっ、このリョーメンもうまいな。手軽に作れて保存もきくらしい。いくつか買って帰ろう」
ジャンは、このクッパタが気に入ったようだ。
「保存食を常備しておくのはよいことだね」
「しかし、定番のイベントが発生していないから、このまま幼馴染ルートが継続だろうな」
「何のことだ?」
「学校に行く前に、お前はその転校生と知り合っておく必要があるのだ。そこで、教室に現れたときに、『お、おおっ、お前はっ?!』という展開にならないとダメだ」
「それはジャンのときにもうやったよ。初対面のジャンと」
ラムリーザは、この春に突然ジャンが教室に現れて、朝のホームルームがしっちゃかめっちゃかになったことを思い出していた。
「それなら、登校中にパンをくわえた転校生とぶつかるか?」
「今日のあの子なら、向こうが一方的に弾き飛ばされるかもね」
残念ながらラムリーザの体格では、お互いにしりもちをついて「あいたたた」という展開は難しいかもしれない。
「つくづくラムリィはお約束が通用しないやつだな」
「そういうのはジャンに任せるよ」
そこにソニアがやってきた。手にはクッパタとは別の容器を持っている。
「かき氷も買ってきたよ。シロップのかかったところは避けたから、この氷の部分をリョーメンの中に入れたらいいよ」
ソニアはスプーンで氷をすくい、ラムリーザが持つクッパタのカップへ入れた。
「ああ、その手があったか。ありがとう」
「あー、お前熱いのダメだったな」
ジャンはずるずると麺をすすりながら言った。そしてソニアは、リリスとユコの待つベンチへと戻っていった。
朝立っていた茶柱が、本当に縁起の良いものだったのかどうかはわからない。けれど転校生が現れた一日の終わりに、ラムリーザの隣にいるのは、やはりソニアだった。
ここまで自分のことを分かってくれている彼女。見ているだけで面白くて飽きない彼女。何かと迷惑ばかりかけてくる彼女。困らせると「ふえぇ」とつぶやく、ふえぇちゃんと呼ばれる彼女。物心ついたときからずっと一緒だった彼女。むろん、これからもずっと一緒の彼女。
こんないい子を差し置いて、今日現れたばかりの女の子へどうして乗り換えられるものか。
ラムリーザはそんなことを思いながら、冷えたリョーメンを食べるのであった。