ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


バットバットサルフ 前編 バターサルフ入門

帝国暦九十三年 陽翼の月・竜神の日(現代暦:九月上旬)

 今日は朝から快晴。遠出をするには、申し分のない日であった。

 この日、ラムリーザはサルフという球技を体験するために、ユライカナンへと旅立っていた。そしてラムリーザはこの日も、すっかり気に入った月織を普段着として身につけていた。

 ユライカナンへは、フォレストピア駅から超特急汽車一本で行くことができる。距離でいえば、帝都へ行くよりもユライカナンへ行くほうが近い。

 今回は大勢で押しかけても大変だということで、フォレストピアからの参加者をすぐに予定の空いた四人に絞っていた。ラムリーザとソニア、ジャンとリリスの四人である。

 ちなみにリゲルは、人数を絞ると聞くと、すぐに参加を譲った。もともと、こういうときにあまりでしゃばらないタイプだ。

 ユコは午前中からレフトールとゲームセンターに出かけていたようで、電話したところ「サルフ? いってらっしゃい」と返ってきた。ユコはもともと、球技を含む運動全般が苦手である。

 一方、ジャンはリリスも連れていきたいと強く希望し、二人で参加することになった。何やらダブルデートのリベンジなどと言っている。しかしラムリーザは、「いつダブルデートに失敗したっけ?」と、以前の遊園地デートをすっかり忘れていた。

 見送りに来たごんにゃ店主が手を振る中、汽車は西へと走り出した。ユライカナンでは、ごんにゃ店主の親戚が案内してくれるという手はずになっていた。

 窓の外では、フォレストピアの建設途中の町並みが少しずつ後ろへ流れていく。その先に国境の川があり、川を越えればもう隣国である。

 ユライカナン行きの汽車の中では、ラムリーザとソニアが並んで座り、ジャンとリリスに向かい合っていた。

「あのさぁ、ダブルデートリベンジとか言っているけど、以前失敗したことあったか?」

 ラムリーザは、少しずつ開発が進んでいるフォレストピア西部の光景を、窓越しに眺めながら尋ねた。

「あれを見ろよ」

 ジャンは、窓の外を指差して言った。その方向には、遠くで何やら大規模な建設が進められていた。

「あれは確か、ポンダイパークだったね。フォレストピアにも一つ遊園地を作ろうって話になっていたよ」

「以前、ポッターズ・ブラフの遊園地でグダグダになっただろうが。そのやり直しを狙っているんだがな」

「あたし別にグダグダになってない。ジェットコースターに乗りまくってむっちゃ楽しかった!」

 ソニアが口を挟んできた。あの日、ラムリーザと合流できなかったソニアは、閉園間際まで延々と乗り続けていたのだった。ちなみにラムリーザは、一人観覧車で居眠りしていた。

「デートになってなかっただろうがっ」

「あたしとラムの、ニュータイプデートに文句言うなっ」

 ソニアの言うニュータイプデートとは、二人で行く場所を決めて、集合せずに各自別々に楽しんで、終わったら一緒に帰るというものだそうだ。自由と自主性を尊重した……まあいい。

「で、アレオブラザーズはどうだった?」

 ジャンは店の仕事があったので、先日のゲーム大会には参加していない。

「なかなかに酷いゲームだった。いや、ゲーム自体は面白かったけど、ソニアやリリスが絡むと、楽しいはずの出来事も戦争になってしまう。あれには参ったなぁ」

「そうなんだよなぁ。リリスは俺といるよりソニアといるほうが生き生きとしているから困る」

「それは大丈夫だと思うよ。ソニアもリリスといるときと、僕と二人きりでいるときとでほとんど別人だし」

「そっかぁ、それならまだ希望はあるか」

 ジャンは、向かいの席でしりとりをしているソニアとリリスを見て、ふっとため息をついた。

「まあいいや、それよりもサルフって知ってる? やったことある?」

 ラムリーザは、アレオブラザーズの話を二人に聞かれると、また余計な争いへ発展しかねないので、さっさと話題を変えた。

「聞いたことはあるな。ゴルというプロがいるのも知っているけど、畑違いだから会う機会はなかったぞ」

 ジャンは仕事で何度かユライカナンへ行っている。しかし仕事の目的は、クラブハウスへ出演してくれるバンドを探すことだった。残念ながら、プロサルファーに用はなかった。

 そんなことを話している間に、国境の川ミルキーウェイを渡りきり、ユライカナンへと突入した。

 目的地は、この地方の中心都市サロレオームではなく、最東端の町ゾーフィタス。川沿いに広がる平野に、そのサルフ場があると聞いていた。

 サロレオームで超特急から在来線へ乗り換えると、汽車はゾーフィタス駅にゆっくりと停まった。ソニアが「いちば~ん」と言いながら飛び出していった。ところが二番目に降りてきたリリスが、後ろからソニアを捕まえた。

「なっ、何よっ」

 いきなり後ろからつかまれてソニアは驚く。そのままリリスは、ラムリーザとジャンが続いて降りてくるのを尻目に、ソニアを汽車の中へと押し戻してしまった。

「これでソニアは一番じゃなくなった。降りるの最後よ、くすっ」

「なっ、そっ、まっ!」

 リリスの謎の理論で、ソニアはどん尻へと転落した。それだけではない。リリスは汽車の降り口に陣取り、ソニアを降ろそうとしなかった。

「ソニアはこのまま次の駅まで行ったらいいわ」

「何でよ! そこどけっ!」

 汽車の降り口で押し合いが始まってしまった。こうなると、すぐに車掌が駆けてくる。

「ちょっとお嬢さん方、何をやっているんだ?」

 ラムリーザは慌ててリリスを脇へと押しのけて、ソニアの手を引っ張って汽車から連れ出した。

「ごめんなさいごめんなさい」

 ラムリーザは、少し不機嫌そうな車掌に謝り、ソニアの頭の上にげんこつを振り上げた。

「ちょっと待って! あたし悪くない! リリスが変なことしたのが悪い!」

「それもそうだな」

 ラムリーザは、げんこつをリリスの頭の上へと移動させた。

「おっと待った、リリスに手は出させないぞ」

 すぐにジャンがリリスを庇い、ラムリーザとの間に割り込んできた。

「そうか、じゃあ君が代理で責任を」

 ラムリーザはそう言うと、遠慮なくジャンの頭にポカリとげんこつを落とした。

「ぶっ、ぶったな! 親父にぶたれたことならあるのに!」

「あるのなら別にいいじゃないか」

「ちょっと、痛いわね!」

 そばでリリスの悲鳴が上がった。ラムリーザがげんこつを落とさなかった代わりに、ソニアが一発食らわせたようだ。

 四人はそのまま「ぐぬぬ」とうなり、二人ずつに分かれてにらみ合う。ラムリーザ・ソニア組対ジャン・リリス組。男女混合タッグマッチでも始まるか?

 汽車が出発して静かになったとき、近くからクスクスと笑う声が聞こえた。ラムリーザがちらりとそちらを見ると、そこには見知った顔があった。

「あらあら、今日も最初から面白い光景を見せてくださるのですね」

「イ、イシュトさん?!」

 ラムリーザは、まだ握っていたげんこつを慌てて下ろすと、背後に隠して照れ笑いを浮かべた。

 そこにいたのは、夏休みのユライカナンツアーのときに知り合った、この地方を治める領主の娘、イシュト・シロヴィーリであった。

 気がつけばジャンも、愛想笑いを浮かべていた。にらみ合っているのは、ソニアとリリスだけになってしまった。

「ラムリーザさんがおいでになると聞いて、わたくしも時間を作ってご一緒させていただこうかと。ソニアさん、おはようございます」

 ソニアはイシュトに挨拶されると、ふんっとリリスから顔をそむけてイシュトの前へと出た。

「おお、ラムリーザも二股しているんだったな。ソニアもイシュトも、お前にはお似合いだ。しかし、これじゃダブルデートじゃなくなったな……」

 ジャンは、先ほどぶたれた仕返しとばかりにからかった。

「こらこら……」

「あらあら、それはソニアさんに申し訳ないですよ」

 イシュトはラムリーザとソニアの関係を尊重している。ソニアにもそれが伝わっているため、彼女に対してはそれほど攻撃的にならず、露骨な敵意も抱かない。単純なソニアのことだから、安心しているだけかもしれないが、とにかくリリスと対峙しているときのような面倒事は起こらない。

 ただし、個人的な手紙を送ってきたときには反発していた。

 ラムリーザはイシュトが案内役かと思ったが、彼女は同行を申し出ただけらしい。実際の案内役は、もう一人一緒に来ていた中年の男性だった。彼は、よく日に焼けた顔に、人のよさそうな笑みを浮かべている。

「ごんにゃでヒミツがお世話になっています。今日の案内を務めるシクレトです。よろしく」

「ラムリーザです、よろしくです。ごんにゃ店主の親戚なのですよね」

「そうです。私の父の妹の旦那の祖父のお兄さんの息子の嫁の母の弟の娘がヒミツの母です」

「非常に分かりにくい」

 どうやら親戚というより、赤の他人に近いほどの遠縁であることは間違いなさそうだ。まあ「遠くの親戚より近くの他人」という言葉もあるが、どうでもいいか。

 それでも互いを親戚として認識しているあたり、ユライカナンでは人の縁を大切にするのかもしれない。

 ゾーフィタス駅を出ると、六人はシクレトが運転してきた車へ乗り込んだ。六人乗りの車なので、少し窮屈だが仕方がない。

 国境の川沿いに出てしばらく南へ移動すると、遠くに大きな公園のような場所が見えてきた。いくつもの芝生の区画が、ぽつぽつと点在しているのが特徴的だ。そして看板には、「バットバットサルフ」と書かれている。どうやら今日の遊び場所はここのようだ。

 バットバットサルフとは施設全体の名前で、その中に初心者向けのバターサルフ場があるらしい。

 低い柵で区切られた芝生のコースがいくつも並び、ところどころに小さな坂や曲がり角が作られている。遠目には庭園のようにも見えるが、近づくとそれぞれが小さな勝負の場になっているのがわかった。

「広いコースを回る本格的なものもあるが、今日は初心者向けのバターサルフだ」

 シクレトは、入り口の前で一同を振り返って言った。

 ちなみにサルフには、いくつかの遊び方がある。広大なコースを回りながら遠くへ打つもの、練習場で何度も思いきり打ち飛ばすもの、そして小さなコースでボールを転がして遊ぶものだ。そしてこの場所で遊ぶのは、最後に挙げた小さなコースである。

「ここはバターサルフ専門で、初心者にもとっつきやすいんだよ」

 シクレトの案内で施設に向かう。遠くから見えた、低い柵で囲まれた芝生の区画が、それぞれ一つのコースになっているようで、1、2、3と順番が書かれているようだ。

「さあ、一番ホールからやってみよう」

 シクレトは、一人一本ずつ、スティック状のバターを手渡しながら言った。杖のような棒で、その先端には細長い打面が直角に取りつけられており、全体としてT字型に見える。

 また、球は一人一個ずつ貸し出される形になり、最終ホールに入ると係員がまとめて回収するそうだ。

「このバターというもので、スタート地点からボールを転がして、ゴールの穴に入れたら終わりだ。何打で入れたかを競うもので、打数の少ないほうが勝ちとなる」
              
川沿いのバターサルフ場で、シクレトがお手本の一打を穴の手前で止めて頭をかき、月織姿のラムリーザやソニア、ジャン、リリス、イシュトが見守る場面
 そう説明しながら、シクレトはお手本を見せようと、一番ホールのスタート地点にボールを置き、バターでこつんと打った。ボールはコロコロと転がり、ゴールの穴のすぐ手前で止まった。

「あいたっ、もう少し力を入れるべきだったかっ」

 シクレトは額をペチリと叩きながら、悔しそうにこぼした。そして次は、残りわずかな距離を見計らってごく弱く打ち、ボールを穴へと入れたのであった。

「なるほどね、よくわかりました」

 この一連の行動を見て、ラムリーザはこのゲームのルールを理解できた。そこで早速、同じように試してみる。この一番ホールが何の変哲もない直線コースであることも分かった。

 ラムリーザはバターを構え、ボールを打ってみた。ボールは先ほどシクレトが打ったときよりも勢いよく転がっていく。しかし角度か力加減を誤ったのか、ボールは穴から少しそれた軌道を進み、その脇を通り過ぎてしまった。

「外した」とソニア。

 くすっと笑うリリス。

「打つときの角度も重要だ」とシクレト。

「角度とか」と意味もなく復唱するジャン。

「あらあら、惜しいところでございましたね」と慰めるイシュト。

 ラムリーザは、「外野うるさい」とまるでユコみたいなことを言って、二打目を打った。今度は綺麗にゴールへと入ってくれたようだ。カラカランッという音が心地よい。

 シクレトはそれを見て、「二打、と」とつぶやいて、持っていたメモ帳のようなものに記録していた。

「次は私よ」

 二番手に名乗り出たのはリリスだった。リリスはラムリーザが打ったときと同じように構えるが、なにやらしっくり来ないようでもぞもぞしている。

「どうしたんだ? 何か問題でもあるのかな?」

 リリスがなかなか打たないので、シクレトは様子を見に近づく。そしてフォームの指導をしようとしたところ、リリスは「何か使いにくいわ」と言った。

「あ、その魔女は変な手逆病だから」

 ソニアは何かを察したようで、シクレトに謎のアドバイスをする。

「手逆? ああ左利きか、それなら反対から構えてごらん」

 シクレトは、リリスの構え方を直してやる。

「あ、これなら使いやすいわ」

「リリスはひねくれ者だから、何でも逆にしないと気がすまないのよねー、ねー、ねー」

 ソニアは、これ幸いとばかりにリリスをからかった。いつも手痛くやられている分、攻撃のチャンスを手に入れると容赦ない。いつもはその後、手痛い反撃を食らうものだが、さて今日はどうだろうか。

 リリスはボールを打とうとして、ちょっと考え込む。それからソニアのほうを見て、くすりと笑った。そして半歩下がってから、改めて打った。ボールはころころと転がっていった。ゴールの穴から少し外れているようだが、ギリギリ入りそうだ。

 ――と思ったが、ボールは穴のふちをぐるりとなめるように移動し、穴の手前に戻ってきてしまった。

「下手だ!」とソニアは大声で宣言する。

 リリスはむっとして、軽く打って二打目で入れると、今度はソニアに打つよう促した。

「あなた打ってみなさいよ。あと、今日のバターサルフで、次の新曲のリードボーカルを懸けて勝負よ」

 ミーシャがいないのに、また二人でリードボーカル争いを始めてしまった。ただ一つ言えるのは、この勝負を挑むとき、リリスは自分にとって圧倒的に有利な条件を見つけていることが多い。リリスは、自分の足元とソニアの胸元を交互に見ていた。

「なによこんな鞠突き、全部一発で入れてやる」

 ソニアは意気込んで、スタート地点にボールを置いて立ち上がった。そしてボールに近づいてバターを構えようとしたとき――

「あっ――」

 小さくつぶやいて、大きく一歩退いた。そしてボールから少し離れた位置でバターを振ろうとするが、すぐにもぞもぞと動き出し、なかなか打とうとしない。

「ちょっとボールから離れすぎだな」

 シクレトは、ソニアに近寄ってフォームを修正させようとした。そして後ろから押して、ボールへと近づける。しかしソニアは一歩下がろうとする。

「それでは離れすぎだ。ボールとの距離はこれくらいで、スタンスは――」

「ふえぇっ……」

 シクレトに指導を受けながら、ソニアは悲鳴をあげる。それをリリスは、何かに気づいているかのようにニヤニヤと眺めていた。

「ソニアは何をもぞもぞと――あっ」

 そこでようやくラムリーザも気がついた。シクレトに直された位置へ立つと、ソニアは胸元に視界を遮られ、足元のボールが見えなくなっていた。以前料理のときもそうだったが、サルフのプレイにも支障が出ていた。

 ラムリーザは二人に近づき、ソニアの胸元と足元のボールを交互に指し、シクレトへ事情を伝えた。シクレトは一瞬驚いたような顔をし、ソニアの姿勢と視線を確認した後、苦笑いして離れていった。

 ソニアは身体をひねるなどして工夫し、ボールが視界に入るようにしてから打った。ボールは狙いも定まらないまま、ゴールの近くまで転がっていった。

「あれがL式サルフ打法よ、くすっ」

 リリスがからかい、ソニアは「うるさいっ!」と叫ぶのであった。

 こうして、一部で早くも不毛な争いが始まる中、バターサルフの一日が幕を開けたのである。

 快晴の空の下、平和な球技のはずの遊び場には、早くも妙な火種が転がり始めていた。