ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


ソニア女爵誕生?

帝国暦九十三年 紅炉の月・白雪の日(現代暦:九月上旬)

 まだ残暑が厳しいこの時期、帝都から皇帝陛下の勅令が帝国全土へと伝えられた。ラムリーザは先日、学校から帰ったあとに母からその話を聞かされた。そして昨日、具体的な内容も知らされ、今日に至る。

 昼休み、学食で昼食を取ったあと、ラムリーザたちは中庭に集まって駄弁っていた。今日は裏山には行かない。あそこはカップルの聖地というより、妙な空気になりやすい場所だ。

「爵位だとさ。これに意味があるのかどうかはわからないが、これからは、貴族にも階級が設けられるということだな」

 リゲルが切り出した今日の話題は、皇帝陛下の勅令についてだ。

「どこからそんな話が出てきたのだろうね」

 ラムリーザの問いに、リゲルは「ユライカナンのしきたりを真似てみたらしい」と答えた。

 リゲルの話では、実際のところユライカナンでは、大納言だの左京大夫だの右兵衛督といった具合に、家柄や役目に応じた古い官職名や称号が、細かく定められているそうだ。それを帝国でも真似てみようとしたらしい。ただし、そのまま取り入れても分かりにくいため、手始めに大きな区分を独自の名称で設けたのが、今回の試みだという。

「それで、リゲルは何になったのかな?」

「俺はまだ未成年だから、爵位とかそういうものには無縁だ。お前だって、まだ爵位とは無縁のはずだ。親父は子爵号を授かったらしいけどな」

 リゲルの父親は、フォレストピアからポッターズ・ブラフ地方にまたがるこの地方一帯の運輸を総括している貴族である。その功績をたたえられて、子爵位を授けられたのだろう。

「私の父も子爵号を授かったとか」

 そこへロザリーンも会話に加わってきた。ロザリーンの父親はポッターズ・ブラフ地方の首長なのだから、まあ妥当なのだろう。

 ただ、爵位と言われても、ラムリーザには、まだ紙の上に加わった肩書きぐらいにしか思えなかった。

「シュバルツシルト家もハーシェル家も子爵か、釣り合いが取れていていいじゃないか。二股とかやっている場合じゃないな、はっは」

 そう言って笑ったのはジャンだ。リゲルは、そんな彼を刺すような視線でにらみつけた。どうやら、まだ優柔不断な態度を続行する気満々らしい。だがジャンは、そんな視線などまったく気にしない。去年のリゲルならともかく、今のミーシャデレ状態のリゲルはきもい、というのがソニアの評価である。

「ラムリーザのところは侯爵――いや公爵だろ。母親が皇帝陛下の姉だからそうなっているはずだ」

「よくわかったね。まあでもその爵位を継ぐのは兄だから、僕はどうなるかわからないよ」

「ああ、まぁそうなるか。ちなみに俺の親父は男爵号を授かったらしい。男の中の男に授けられる称号だという話だ」

 ジャンの家はどちらかと言えば平民に近いが、帝都一のクラブハウス経営者ということで、功績がないわけでもない。あとこれは非公式だが、ラムリーザとジャンの交友を通じて、ジャンの家がフォレスター家と多少の縁を持っていたことも考慮されたようだ。

 ただし、男爵号が男の中の男に授けられる、という話は怪しい。

「侯爵や伯爵はあまりいないね」

「ああ、伯爵は地方領主に授けられるみたいだ。この地方だとヒーリンキャッツ家だな」

「ケルムさんか……」

 ラムリーザはリゲルからその名前を聞いて、少し顔をしかめた。ラムリーザ自身、どうも彼女が苦手だった。

「というわけでリリス、将来の男爵夫人の座をお前に与えてやれるぞ」

 早速ジャンは、爵位を武器にリリスに迫る。

「ラムリーザに嫁げば公爵夫人でしょう?」

 しかしリリスは微笑みを浮かべてやり返した。

「いや、公爵を継ぐのは兄だって。僕はどうなるかわからないよ」

「そうよ、リリスなんかハマクリボウ妙爵に嫁いだらいいんだ! ハマクリボウのお嫁さんの妙爵夫人になれ!」

 リリスが余計なことを言ったため、いつものようにソニアが騒ぎ出してしまった。だいたいいつも出てくるハマクリボウって誰だよ、と言いたい。クッピン王国がらみの話には出てきたが、クラスメイトにもフォレストピアにもそんな人はいない。

「ではあなたのお兄さんに」

 リリスは、ソニアの怒声を受け流して狙いを変更した。

「いや、兄さんはすでに結婚しているし……」

 ラムリーザの言うとおり、残念ながら兄ラムリアースは、帝国近衛騎士団長の娘ラキアと結婚済みだ。ちなみに近衛騎士団長のペルモドフ家は、侯爵家になったという話である。

「あたしも爵位欲しいなぁ」

 リリスの夢物語をよそに、ソニアも駄々をこねるように、ラムリーザへ爵位をねだった。ソニアの願いも夢物語のようなものだが、迷うことなく要求するのが彼女だ。

「よし、お前は女爵を名乗れ。俺は男だから男爵を継ぐことになる。お前は女だから女爵だ。女の中の女に授けられるという、絶世の淑女のための称号だぞ」

 ソニアの願いを叶えてやったのはジャンだ。女爵などという、いかにもありそうで帝国の制度にはない称号を、いかにも名誉的な説得力を加えて持ち出したわけだ。もちろん、ソニアはそれに気付くはずもなかった。
              
中庭のベンチに片足を乗せ、両手を腰に当ててソニア女爵を名乗るソニアを、腕組みしたラムリーザと親指を立てたジャンが見守る場面
「うん、それでいい。あたし今日からソニア女爵よ、そう呼んでね!」

 ソニアは立ち上がり、両手を腰に当ててポーズを取って堂々と名乗った。これまた迷うことなく受け入れる単純さに、ラムリーザは軽くため息をついた。それで納得できるなら、爵位というものも案外安いものなのかもしれない。

「あほくさ、男爵はバロン、女だとバロネス――いや女爵か、お前はバロムだ。ソニア・バロム・ルミナスとでも名乗ってろ」

 リゲルは鼻で笑いながら、そう言い放った。

「だっ、誰がバロムよ! あんな風船みたいな一番弱い雑魚と同じにしないでよ!」

「いや、あなたこそ風船おっぱいお化けじゃないのよ。風船バロムで十分だわ」

 結局ソニアは騒ぎ出し、その結果リリスから最近はご無沙汰だった懐かしのあだ名を浴びせられてしまった。

「うるさい! リリスは妙爵だからオニールって名乗ったらいいの! リリス・オニール・――ハマクリボウ!」

 いつもながらソニアの罵倒は、なかなか意味がわからない。間が空いたのは、名字を忘れたのだろうか。ちなみにリリスの名字は「フロンティア」だ。それにしても、ハマクリボウ家など本当に存在するのだろうか。

「べつにいいわよ、オニールはバロムより二倍の価値があるから、少なくともあなたよりは価値があるってことよ。八十倍のポンタンを名乗りましょうか?」

 どうやら、同じゲームをプレイしたことがあるリリスには意味が通じたようである。とはいえ、リリス・ポンタン・フロンティア……本当にこんな脱力系の名前でいいのか不明だ。

「ふんっ、リリスは妙爵。あたしは女爵、あたしのほうが格上、そこにひれ伏せろ!」

 もしもソニアが名家に生まれていたら、さぞかし尊大でわがままで厄介なお嬢様となっていただろう。そして従者をはじめとする世話役は、ソニアの思いつきで迷惑なことに巻き込まれて疲弊していたに違いない。

 いつものまったく実りのないソニアとリリスの罵り合いをよそに、ラムリーザとリゲルは中庭の芝生に寝転がっていた。

 話を爵位に戻すと、ラムリーザの仲間たちの家以外では、ケルムの父親が伯爵号を、ニバスの父親が子爵号を与えられたらしい。ほかの面々についてはよくわからないが、少なくとも帝国内の地方領主は、伯爵位で統一されるらしい。

 

 この日の夜、夕食の席でも、当然のように爵位が話題となった。ただし話のきっかけは、ソニアの「今日あたしも爵位を得たよ」というどうでもよいものだった。

「名前の呼ばれ方が、少し変わることになりました」

 ラムリーザの母親ソフィアは、いつものように恍惚とした瞳でラムリーザを見つめながら語った。

「私はフォレスター公爵の妻なので、これからはフォレスター公爵夫人と呼ばれます」

「こうしゃくふじん?」

「ええ、そうです。あなたは、ロード・ラムリーザとなります。ソフィリータは、レディ・ソフィリータ」

「へえ、そうなるんだ。まぁ呼び方なんてどうでもいいけどね」

 おそらく、学校で仲間たちと接するときの呼び方は、これまでと変わらないだろう。しかし、そうもならなさそうなのが約一名いる。

「あたしは女爵になったから、どんな呼び方? ソニア女爵でいいよね?」

「あなたは何を言っているの?」

 ソフィアの脇にメイドとして控えていたナンシーが、嬉しそうに語る娘へ不思議そうに尋ねた。

「男は男爵だから、女のあたしは女爵。あたしもいよいよ貴族の仲間入りよ」

「何を馬鹿なことを言ってるのですか」

 ナンシーは呆れ顔だ。その一方で、ソフィアは表情を変えずにそのまま食事を続けている。

「お母様が公爵夫人って言っていますから、ソニア姉様も夫人になるのではないですか?」

 まだ爵位の仕組みをよく理解していないソフィリータは、ソニアの話に合わせている。話についてきてくれる仲間ができて、ソニアはますます饒舌になっていく。

「それじゃあたしは、ソニア女爵夫人ってところかなー」

 いろいろとツッコミどころがある名称であるが、その後は突っ込めるところから順に突っ込んでいく会話となった。

「名前じゃなくて、名字に爵位が付くみたいですよ」

 ソフィリータは、「ソフィア公爵夫人」ではなく「フォレスター公爵夫人」と呼ばれている点に気がついていた。

「んじゃあたしはルミナス女爵夫人」

「夫人って、爵位を与えられた人の妻につく呼び方じゃないか?」

 ラムリーザも、爵位を授かったのが父ラムニアスで、母ソフィアはその配偶者だから公爵夫人となったことをなんとなく理解していた。

「何それ! ならあたしはラムのお嫁さんだから、ラムリーザ女爵夫人!」

「勝手に僕を女爵にしないでくれ」

「だから、名前じゃなくて名字に爵位ですよ」

「だったらあたしは何なのよ!」

 ラムリーザ兄妹に左右から突っ込まれてソニアは憤慨する。憤慨したところで何も変わらない。ソニアは、フォレスター公爵家に仕える執事とメイドの娘であり、それ以上でも、それ以下でもない。

「馬鹿なことを言ってないで、静かに食事しなさい!」

 いつものように、後ろから母親のげんこつを食らうソニアであった。

 ラムリーザが成人して何らかの爵位を授かり、ソニアも何の障害もなく彼と結婚できたとき、ソニアはその爵位に応じた夫人となるのだろうか。公爵家そのものは兄が継ぐため、「フォレスター公爵夫人ソニア」とは別の正式な呼び方になるのかもしれない。

 

 食事が終わった後、ラムリーザとソニアとソフィリータは、ラムリーザの部屋に集まっていた。今夜はゲームではなく、ドラムセットの周りに集まる。

「公爵とか公爵夫人とか言っても、生活は以前と何も変わらないね」

「家同士に格の違いとか生まれるのでしょうか?」

 爵位が加わったからといって、ラムリーザとソフィリータの日常は何も変わっていなかった。

「ユグドラシル先輩のハーシェル家は子爵家です。将来、身分違いだとか言われたら、私、困ります」

「それで離れろって話にはならないと思うよ」

 ラムリーザは、不安がるソフィリータを安心させようとそう言ったが、リゲルの父親がミーシャに見せている態度を知っているため、完全に安心できるわけでもなかった。

「あたしは将来は公爵夫人だけど、今は女爵でがまんする」

 一方、ソニアの言うことは相変わらず謎だった。

「だから女爵って、そんなものないし。誰だよ、ソニアに女爵とかいう意味不明なことを吹き込んだやつは――」

 ジャンである。

 しかしラムリーザは、そんな細かいことはすっかり忘れていた。

「別に名乗るのは自由でしょ?」

 ソニアは不満そうに言いながら、ソフィリータの太もものあたりへ手を伸ばす。サイハイソックスをずらされる危険を感じたソフィリータは、素早くラムリーザの反対側へ回り込み、彼を盾にした。

「まあいいや、久しぶりに『真・ラムリーズ』の三人でいくか」

 真・ラムリーズ。それは数年前、屋敷内でだけ活動していた、ラムリーザ、ソニア、ソフィリータ、そして兄ラムリアースからなる元祖バンドである。今夜は兄を除いた三人での演奏だ。

 ソフィリータは自分の部屋に戻ってギターを取ってくる。ソニアはベースを構え、ラムリーザもドラムスティックを握って準備良し。

「それでは最初は適当にジャムりながらウォーミングアップ」

 三人が思うままに音を合わせているうちに、気分が上がってきたラムリーザが、適当に歌を口ずさむ。

 

 おっぱいがいっぱい、うれしいな、さわりたい

 おっぱいがいっぱい、きれいだな、だいすきさ

 

「ラム!!」

 演奏が止まり、ソニアの怒号が飛ぶ。

「べっ、別にソニアのおっぱいについて言ったんじゃないよ!」

 ラムリーザは慌ててごまかすが、後の祭り。ソニアは足元に転がっていたココちゃんを蹴っ飛ばす。とばっちりのココちゃんは、ラムリーザの足元まで転がった。

「こんどはあたしが歌うから!」

「わかったわかった」

 再び適当なジャムに合わせて、今度はソニアが口ずさむ。

 

 オーティンティンオーティンティン

 あのちんまりした音どこいった

 

「ソニア姉様!!」

 再び演奏が止まり、今度はソフィリータの怒号が飛ぶ。

「別にラムの変な音について言ったんじゃない!」

「じゃあ誰ですか?」

 口をつぐむソニア。歌が適当すぎて、演奏がまるで続かない。

「もういいから、次の歌い手はソフィーで行こう」

 ラムリーザはその場をまとめて、再び演奏開始。

 

 アレオのキノコのおいしさ

 アレオのキノコのたべかた

 はてなをつついておいかけて

 したにおちたらぱっくりこ

 おいし よいし おいよいし

 

 不思議な歌であった。ソフィリータが言うには、テレビのCMで聞いた歌なのだとか。アレオ関係の歌なので、もしも本当にそんなCMが存在するなら、いずれリリスを攻撃するためにソニアが歌うことになるだろう。

 こうして適当なジャムセッションが続くうちに、夜は更けていったのである。

 ロードだのレディだのと呼び方が増えたところで、この部屋に流れる音まで変わるわけではない。

 確かに爵位の話は出たが、ラムリーザの周囲の環境は、まったく変わっていなかった。

 遠い帝都の偉い人たちが定めた格付けが、この先どんな未来を連れてくるのかはわからない。