ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


くるみ割り人間

帝国暦九十三年 紅炉の月・賢者の日(現代暦:九月上旬)

 エルドラード帝国の首都、帝都シャングリラにそびえ立つ城、ルテイザー・キャッスルにて。

 四代目皇帝エドウィン・ハッブル・エルドラードの思いつきで、とある試みが始められようとしていた。

 これまで帝国貴族という身分はあっても、その立場を細かく分ける明確な位は定められていなかった。

 皇帝曰く――

「帝国に尽くしてくれている貴族に、褒賞と明確な地位として爵位を授ける。ラムニアスを呼べ」

 皇帝は、この試みを実現させるため、宰相ラムニアスを呼び出すよう命じた。

 しかし、その話がフォレストピアの屋敷に届くのは、まだ少しだけ後のことである。

 

 夏休みも終わり、今日から再び学校が始まる。朝食時の食卓では、久しぶりの登校を前にした会話が始まっていた。

 ライブの日以来、久しぶりに着る制服を前に、ソニアは早速「これ嫌い」と文句を言ってくる。

「ソニア姉様は、制服が嫌いなのですか?」

「制服じゃないよ、どうせ靴下が嫌いだってことだよ」

 ソフィリータが不思議そうに尋ねてくるので、ラムリーザは補足しておく。

「そうよ、もうこんなの履きたくない」

「そうですか? 私は気に入ってますけど」

 ソフィリータの返答に、ソニアはキッとにらみつけて言い返す。

「ソフィーちゃんは、鍛え上げてごつい足を隠すために履いているだけ。あたしの綺麗な足を隠すのはもったいないってラムも言っている」

 そしてなぜか、ラムリーザに話を持っていく。ラムリーザは、「言っとらん」と短く答えて、一人黙々と朝食のパンにかぶりついていた。

 要するに、最初にラムリーザが言ったように、学校が再開し、久しぶりに制服を着たことで、ソニアのサイハイソックス嫌いが再発しただけである。

 朝食が終わって食堂から出ようとしたとき、ラムリーザは母親のソフィアに呼び止められた。

「今日は帝都から大事な知らせが届くので、なるべく寄り道をせずに早く帰ってくること」

 とまぁ、そんな具合の朝であった。

 

 屋敷を出て、ラムリーザはソニアとソフィリータを連れて、フォレストピアの駅に向かう。この新しい地に来てから数か月が過ぎ、三人で通うのも日常となっていた。

「ソフィーちゃんはどうしてそんなの我慢できるのよ」

 屋敷の敷地を抜けて、町へ続く一本道。竜神殿の隣を通りながら、ソニアはソフィリータに尋ねてくる。

「そんなのですか?」

 ソフィリータがきょとんとしているので、ソニアはソフィリータの足に手を伸ばす。ソニアの手が近づくと、ソフィリータはバックステップのように身を引いた。島キャンプのプロレス大会でソニアから食らった、あの変態攻撃は忘れていないようだ。

「蹴りを放つとき、直接足をぶつけるよりも間に何か緩衝材を挟んだほうが、自分の足に来る衝撃を抑えられますよ。バクシングでも拳を保護するためにグローブをはめるじゃないですか。それの足用みたいなものですよ」

 それでも、平然と持論を聞かせる。

「そんな薄い布で保護なんてできない」

 ソフィリータはさらに説明するが、ソニアは納得いかないようだ。

「すねとサイハイソックスの間に薄くて硬い繊維質のものを挟めば、蹴りの威力も上がりますよ。これだとすねだけでなく、膝や太ももも保護できますし。あとやっぱり筋肉質の足を晒すのは……」

「むー、だったら長ズボン履け」

「長ズボン履いたら負けだと思っています。ソニア姉様が、いつも無茶苦茶短いスカートを履いているのも、そういうことでしょう?」

「違う! ラムがあたしの足を見ていたいというからなの!」

「そんなことは一言も言っていない」

 突然ソニアがまたラムリーザに話を振ったので、短く答えて否定しておいた。

「何よ、リゲルみたいな口調で言って!」

 そんな会話をしながらも、三人はフォレストピアの町の中心部に到着。少し離れたところに、バクシングジムのレサーワイルドが見えてきた。ジムの前では、経営者のゴジリが掃き掃除をしている。

「ゴジリさん、おはようございます」

「おう、領主さんおはよう。ソフィリータも一緒か、今日も元気かい」

「あ、はい。完璧です」

 ソフィリータは、得意な蹴りに加えて拳の技も鍛えようと、このジムにちょくちょく通うようになっていた。

 そこでラムリーザは、ジムの前にある看板に、バクシングだけでなく、キックバクシング、プロレスと書いてあるのに気がついた。以前はバクシングの文字だけが目立っていた看板に、いつの間にか新しい競技名が加わっている。

「あれ? プロレスもやるようになったのですか?」

「今のところこの町にはジムのような場所はここだけだからな。当面は方針をちょいと変えて、広く浅くやっていこうと考えたものだ。リングを使った競技全般ってところだね」

「ならあたしはソフィーちゃんとプロレスするの?」

「嫌です」

 ソニアの提案を、ソフィリータはキッパリと断る。やはりキャンプでの出来事は忘れていない。

 登校前でそれほど時間もないため、三人はゴジリとの会話を早々に切り上げて駅へと向かう。「ゴジリさんに捕まっていました」などという理由では、遅刻は認められないだろう。

 駅に到着し、汽車待ちのジャン、リリス、ユコと合流。ここでラムリーザとジャン、ソニアとリリスとユコとソフィリータの二組に分かれてしまうことに、ジャンは若干不満げだ。

 そしてポッターズ・ブラフの駅で、逆方向からやってきたリゲルとロザリーンと合流。駅の外ではミーシャが待っていた。ミーシャは桃栗の里から直接学校へは向かわず、こうしていったん駅まで来て、みんなといっしょに登校することが多い。

 ここではラムリーザとジャンとリゲル、ソニアとリリスとユコとロザリーン、ソフィリータとミーシャの三つのグループに分かれることが多い。男子、女子、後輩と綺麗に分かれるので、やはりジャンは不満げだが。

 久しぶりの登校とは言え、休み前と何ら変わりない日常が繰り返されるのであった。

 ちなみにレフトール一味は、朝のホームルームのときに顔を出すことはほとんどない。子分たちとどこかでさぼっているのか、出てくるのは早くて二時間目以降だ。

 

 ホームルームまでのちょっとした空き時間。ラムリーザがいつもの席に着くと、後ろの席にいるリゲルが肩をつついて声をかけてきた。

「おい、珍しいものをまた仕入れてきたぞ」

「チョコレートかな?」

「そんな高級嗜好品ではない。まぁちょっとした木の実だ」

「木の葉と言えば、カミソリという木の葉かな?」

「葉じゃない、実だ。それにカミソリの木の葉は鮎という魚のことな、これ覚えておけ」

 といった具合に、少しばかり意味のわからないやり取りがあった後、リゲルは持ってきた袋から何かを取り出した。それは親指と人差し指でつまめるほどの大きさで、硬い殻に覆われた木の実だった。

「あっ、クルミだっ」

 ちょうどラムリーザとリゲルのやり取りを眺めていたソニアは、リゲルの出したものを瞬時に理解して、ラムリーザの目の前で、リゲルの手からすばやく奪い取ってしまった。

「あら、クルミですのね」

「私にもちょうだいよ」

 即座にリリスとユコも気がついて、リゲルにねだってくる。リゲルは「仕方ないな」という様子で、クルミの入った袋をみんなが取れる位置に置いた。

 リゲルは、ロザリーンがクルミ好きだと本人から聞き、早速取り寄せたのだった。しかし、多めに取り寄せてしまったので、ラムリーザにお裾分けしようとしただけだった。実はそれだけの話である。

 ソニアたちは早速クルミを手にした。しかし、リゲルが持ってきたものは殻付きだ。そこで、すぐに大事なことに気がついた。

「クルミ割りがないと殻を割れないよー」

 ソニアは、殻付きクルミを持った手をぐるぐる振り回して困ったように言う。ユコは机の上に置いたクルミに拳を振り下ろしてみたが、拳が痛むだけで殻は割れない。それを見たリリスは辞書を持ち出したが、角を当ててもうまく割れない。

「そうだ、いい方法があるわ。ソニア、あなた試してみなさいよ」

「何よ!」

 リリスは、自分の持っていたクルミをソニアの胸元に近づける。ソニアはすぐに胸を手で隠す。

「あなたの胸の間にクルミを挟んで、両側から押しつぶせば殻が割れるわ。やってみなさい」

「そんなので割れるわけがないじゃない! もう、リゲルのいじわる! 食べられない食べ物を持ってきた!」

 ソニアはリゲルに悔しそうな視線を向けて文句を言った。食べられない食べ物という言い方は、なんだか変な表現ではあるが、この際気にしない。

 それでもリリスは、思いついた方法をどうしても試したいようで、手を伸ばしてソニアの着ているブラウスの胸の部分のボタンに手をかけた。去年まで着ていた通常サイズのブラウスでは、胸元のボタンが留まらず、半ば開いた状態になっていた。しかし新学年からは特注のブラウスを仕立ててもらい、今ではきちんと隠れている。胸の形が少し強調されてはいるが、以前よりはずっとマシだ。

 ソニアはすぐにリリスの手の動きに気がつき、持っていたクルミを投げつけた。クルミはリリスの額にぶつかって大きく跳ねたが、床に落ちる前にラムリーザが受け止めた。そのままラムリーザは、クルミの殻を握りつぶし、中身を取り出して口に運んだ。

「あっ、ラムが食べた!」

 ソニアが見ると、リゲルもラムリーザに一粒割ってもらい、何食わぬ顔で食べていた。

「二人だけずるい!」

「どうやって殻を割ったのかしら?」

 リリスはソニアの胸元に伸ばしていた手を引っ込めて、ラムリーザの行動を凝視する。ラムリーザは、袋の中からクルミを取り出すと、殻に指を食い込ませてそのまま力任せに割っていた。

「ずるい! あたしのも割って!」

 ソニアは自分の持っていたクルミを投げ捨ててしまっていたので、リリスの持っていたものを奪ってラムリーザに差し出した。そしてラムリーザに殻を割ってもらい、ようやくクルミの実にありつけたのだった。

「贔屓はだめよ」

 リリスは新たにクルミを手に取りラムリーザに差し出してくる。しかしその腕をつかんで引き戻したのはジャンだった。

「リリス、お前のは俺が割ってやるよ」

 ジャンは笑顔を浮かべてリリスにクルミを渡すよう促す。リリスはくすっと笑って、持っていたクルミをジャンに差し出した。

「クルミ割り人形というものがあってだな――」

 クルミを受け取ったジャンは、両手で持って爪を立てて割ろうとする。なんだかもそもそとやっているうちに、徐々にその顔に苦笑いが浮かんでいく。

「どうしたのかしら? 早く割ってちょうだいよ」

 リリスはジャンを急かす。

「ここまではうまくいっているんだ。ちょっと待てよ、えーと――」

 ジャンはクルミを手のひらで挟んでグルグルと回している。むろんそんな方法で割れるわけがない。

 そのとき、リゲルが何も言わずにジャンのほうへクルミをもう一つ投げてよこす。突然クルミが飛んできたが、ジャンは間一髪で受け止めた。

「何だよ急に」

「一つだけで割れるのは化け物ぐらいだ。その殻の硬く出っ張った部分同士を合わせて握ってみろ」

 ジャンはリゲルの言った意味がよくわからなかったが、言われた通りに二つ持って力を込めて握り締めてみた。するとパキッと音がして、クルミの殻は二つともうまく割れたようであった。

「おおっ、どうだ? ほら、割ってやったぞ」

 なんだかよくわからないが、結果がよければすべてよし。ジャンは得意げに、リリスにクルミの中身を渡してやった。

 まだ一人だけ中身にありつけていないユコは、ラムリーザに自分の持っていたクルミを渡そうとする。

「ダメ! ラムのクルミ割りはあたし専用!」

 しかしソニアにすごい剣幕で怒られてしまう。そしてソニアも新たなクルミをラムリーザに差し出すのであった。
              
教室でラムリーザがクルミを片手で割ってユコに渡し、ジャンも殻割りに苦戦する一方、背後ではソニアとリリスがクルミを投げ合っている場面
 ラムリーザは何も言わずに二人から二つのクルミを受け取り、それぞれ片手に持ってソニアとユコの前へ突き出すと、同時に殻を握りつぶした。

「こっ、怖いですの!」

「怖かったら食うな!」

 ユコは怯え、ソニアはそのユコに文句を言う。しかしユコは、割れた殻を取り除いて実にありつくと、「怖いけどおいしいですの」と口にするのであった。

「そういえば、聞いたことがあるわ――」

 そのときリリスは、まるでどこぞの解説役のような口調でぽつりと言った。

「何よ」

「クルミの実を搾って作った油は、とてもよく効く火傷の薬になるのよ」

「ふーん」

 ソニアは一瞬だけ反応したが、火傷の薬と聞いて、すぐに興味を失ったようだった。

「そこで、本当に薬になるかソニアで試してみましょう。まずソニアの尻を燃やしてから――」

「いっ、嫌よ! リリスが魔女みたいに『いっひっひっ、いっひっひっ』と笑いながら大釜でお湯を煮て、その中に顔を突っ込んで火傷したらいいじゃないの!」

「尻が嫌ならその無駄にでかいおっぱいでもいいのよ――あいたっ!」

 ソニアが投げつけるクルミが、リリスの額に再び命中した。

「そういえば、帝国貴族の位が決まるらしいぞ」

 しょうもないことでギャーギャー騒いでいるソニアとリリスは置いておいて、リゲルはラムリーザに話しかけた。

「あ、その話かな? 朝出かける前に、母から大事な話があるって聞いていたよ」

「といっても普段の生活には影響なさそうだけどな」

 この地方でラムリーザが知る貴族の家といえば、リゲルのシュバルツシルト家とロザリーンのハーシェル家。ほかにはケルムのヒーリンキャッツ家やニバスのジェルダイン家が該当するだろう。去年、オーバールック・ホテルで見かけた人物たちも、それにあたる。

「わざわざ位を決めて、意味があるのかな?」

 ラムリーザの問いに、リゲルはあまり興味がなさそうに答えた。

「わからん。俺には単なる皇帝陛下のお戯れでしかないと思うけどな」

 そこでラムリーザがふと振り返ると、ソニアとリリスは互いにクルミを投げつけ合っていた。

 ラムリーザはいつもの光景にくすりと笑い、リゲルは冷めた視線で二人を見ながらクルミの入っている袋を片付けるのであった。

 帝都で何かが決まり、町では新しい看板が増え、教室では相変わらずクルミが飛んでいる。

 こうして、新たな日常が始まった。