ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


夜空に輝く色とりどりの花

帝国暦九十三年 紅炉の月・月影の日(現代暦:八月下旬)

 今日は、エルドラード帝国とユライカナンが共同開催する初めてのイベント、打ち上げ花火大会である。

 実行委員の一人からは、最初に興奮気味で「花火ではありません、大花火です!」というよくわからない意見も飛び出し、「それ打ち上げ花火だろ?」などとツッコミを入れられたが、大花火派はそれにも負けずに押し通そうとした。しかし「大花火大会」とすると「大」がしつこいという、これまたどうでもよい理由で、ただの打ち上げ花火大会となった。帝国側、というよりフォレストピア住民のネーミングセンスの謎さが浮き彫りにされた事案である。

 花火にあまり馴染みのない帝国側は、安全面を考慮して、当初は昼間の開催を提案していた。しかし夜空に打ち上げたほうが映える、明るいうちだと見づらいということで、大会の開催は日没後となった。

 もともと花火はユライカナンの祭りで使われてきた独自の文化であり、帝国にはあまり馴染みがなかった。そんなわけで、マトゥール島でのキャンプで花火遊びをしたのが、ラムリーザたちにとっても初めての体験だったのだ。

 帝国側はまだ開発があまり進んでおらず、会場となる国境を流れるミルキーウェイ川までの移動手段がまだ確立されていない。そこで車で乗り合わせていくしかないわけで、帝国側の参加者は限られていた。開発が進み、国境付近にも駅ができれば、また違った賑わいになっていただろう。しかし今のところは、ほぼフォレストピアの住民のみが参加という形になっていた。

 これは、両国の国境都市に対する考え方の違いから起きていた。ユライカナン側は、国を挙げて国境都市の整備を進めている。一方で帝国側は、フォレストピアをラムリーザ個人の箱庭のように扱い、ラムリーザの考えやペースに任せている面が強かった。帝国宰相ラムニアスが、息子に領地づくりを勉強させるという名目で任せているのである。それがまかり通るほどの帝国の余裕、悪く言えば驕りがそこにあった。

 そういうわけで、日没後の開始に合わせて、夕方ごろにラムリーザの屋敷の前へ集合し、一緒に出かけることになっていた。

 リゲルの運転するいつものバンが到着し、最初から乗り合わせていたユグドラシル、ロザリーン、ミーシャにフォレストピア組が合流という形で出発。

 レフトールは、子分たち全員を連れていくのが難しいということで、今回は参加を見合わせた。マトゥール島に一番の子分であるマックスウェルだけを連れていったことが、他の子分たちには不評だったようだ。といってもレフトール組はわりと人数が多いので、ラムリーザはさすがに全員の面倒を見ることはできない、ということになったわけだ。

 昨日通った線路沿いの道を、車で西へと進んでいく。

「今日の花火って、島でのキャンプでやったのとはまた違うのでしょうか?」

 ロザリーンが道すがら尋ねてきたので、ラムリーザは昨日見たものを話してやった。

「なんだか爆弾みたいな大きな玉を用意していたね」

「爆弾ですか……」

 ロザリーンは少し不安そうな顔をする。

「あの爆弾にリリスを縛り付けて打ち上げてみたら、面白いことになるかもしれないね!」

 爆弾と聞いて、ソニアは余計なことを言った。しかしリリスが反論する前に、ミーシャが不思議なことを言い出したのだ。

「ふえぇ姉ちゃんの頭をスキャンしたら、頭が爆発するよ」

「誰よそのふえぇ姉ちゃん!」

 ソニアが怒鳴り返した瞬間、リリスはすばやくソニアの胸元に手を伸ばし、指でツンツンとつついた。

「ふっ、ふえぇっ――」

 以下省略――

 

 騒々しかった車での移動を終えて、打ち上げ花火の会場になっている、国境の川であるミルキーウェイ川のほとりへ到着した。川岸から少し離れた場所には、屋台がいくつか並んでいる。

 ソニアは早速いかめしを売っている店がないかどうか探しに行き、ユコは射的屋を探している。射的屋のお目当ては、どうせココちゃんなのだろう。

 リリスはすでに綿菓子を手にしているし、ミーシャとソフィリータはリンゴ飴をなめている。

「まったく、祭りじゃあるまいし」

 はしゃいで回る女性陣を尻目に、リゲルはやれやれといった感じである。唯一ロザリーンだけは、はしゃいで回らずにリゲルに寄り添っているようだ。

「まぁお祭りみたいなものだろうね、島のキャンプでやった花火大会のときもお祭り騒ぎだったし。今日はそれよりも規模が大きいんだよ」

 ラムリーザは、昨日の準備の時点で商魂たくましい商人もいるものだと思ったが、フォレストピアから来た人もそれなりに多いし、わざわざ汽車でフォレストピアまで来て、そこから乗り合わせてきた人もいるらしく、それなりに人の数は多めだった。臨時に作られた駐車場には、大きなバスが数台並んで停まっているので、それなりに集まったということだろう。

「花火大会かぁ。昨日、中州まで行って見せてもらったけど、うまくやれば学校のイベントにできそうだよ」

 ユグドラシルは、常にイベントの種を集めて回っている。今回も良い収穫になったということか。

「今日は店を臨時休業してこっちに来てやったぜ。常連客もほとんどこっちに来ているみたいだからな」

 ジャンの言うことが本当なら、今現在フォレストピアはゴーストタウンのようになっているのかもしれない。

 それにしてもこのあたりは草原が広がっていて、見晴らしが良い。近くに邪魔になる山もないし、どこからでも花火の見物ができそうだ。

 そのとき、遠くの空からドダダダダと大きな音が響いてきた。日が沈みかけ、まだ薄明るさの残る東の空に飛空艇が現れて、そのまま花火大会会場から少し離れた場所の草原に降りてきた。

 そして男女が一人ずつと、護衛らしき数人が現れた。

「あっ、ラム兄」

 近づいてくる人物を見て、ソニアはすぐにそれが誰なのか気がついたようだ。

「よぉ、約束どおり、フォレストピアのイベント視察に来てやったぞ」

 その男女は、ラムリーザの兄ラムリアースと、その妻であるラキアであった。

「そういえば、そんなことを言ってたね」

「騎士団はできたか? 例の組織はできたか?」

 ラムリアースは、ラムリーザにいろいろと聞いてくる。それはすべて、マトゥール島のキャンプで、二人で語り合ったことだった。

「キャンプから戻ってきてすぐにユライカナンツアー、ゆっくり考えている暇もなかったよ。組織にはアジトが必要だけど、どこにするか決めかねているし」

「ツアーが終わってからは?」

「夏休みの宿題やってた」

「お、おう。そんなのもあったなぁ」

 ラムリアースは、数年前に自分が通り過ぎてきた道を思い出していた。

「ラム兄、お小遣い頂戴」

 ソニアは二人に近づいたが、ラムリアースは「ラムリーザにもらえ」と言って追い払うのだった。ソニアはふくれていたが、ラムリーザが金貨を一枚渡すと、嬉しそうに屋台へ向かっていった。

 そしてラムリーザ兄弟とラキアは、他のメンバーから離れて川岸を歩いた。いつしか日も暮れて、空には深い青が広がっていた。歩きながら、ラムリアースは声を潜めて言う。

「ところでお前を襲ってきたテロリストだが――」

「テロリスト? 暴漢じゃなくて?」

「いや、暴漢などという生易しいものじゃない。尋問の結果、ユライカナンに潜入していたヌマゼミ人のテロリストだということがわかった」

「なんでまた……」

「まぁこれはユライカナンとヌマゼミの歴史問題に関係するものだから、我が帝国では文字通り対岸の火事ということだったのだがな」

 そう言いながら、ラムリアースは目の前を流れる国境の川へ、小さな石を投げ込んだ。

「やっぱりあの国はあまり良くないみたいだね。クッピン王国とどっちが酷いかな?」

「クッピン王国? あれは、ただのアホな国王がいただけだ。それは置いといて、今回の件で対岸の火事だと言い切ることはできなくなったので、我が帝国はユライカナンに一つの条件を出すことにした」

「なっ、何?」

 ラムリーザは、ラムリアースの顔が険しいので、とんでもないことを要求したのでは? と思った。

「言うだけなら簡単だけどな。サロレオームだっけ? お前が姉妹都市を締結したのは」

「うん、そうだよ。ユライカナンで一番帝国に近い地方都市」

「その都市にヌマゼミ人の流入を認めるな。そしてすでに住み着いている者は追放しろ、と。その作戦には、帝国も協力するとな」

「そんな無茶な……」

 ラムリーザは、ラムリアースの言った作戦に驚いた。ヌマゼミ人はそこまで酷いことをしたのか、と思いかけて、いや、やったなと思い直すのだった。

 追放という言葉は重い。だが、ステージ上で短剣を向けられた瞬間のことを思い出すと、軽々しく反対できる話でもなかった。

「これまでヌマゼミはユライカナンとの確執だけで済んでいたが、今回の事件で我がフォレスター家に牙を向けた。そのことを後悔させてやるのだ」

 ニヤリと笑う兄の顔を見て、ラムリーザはそれでも通常運転だなとだけ思った。

「まあ危なかったけど、こうして無事なんだし」

「お前がやられたということではなく、襲いかかってきたことに対する報復だ。フォレスター家に歯向かった者はどうなるか、ということだな。向こうが不穏な動きを見せたり、次にまた襲ってくるようなことがあったら、今度は報復戦争だな。ヌマゼミ本国に軍隊を差し向ける」

「そのときは、僕も戦うよ」

 ラムリーザは兄に同調しながら、よくレフトールは無事でいられたなと改めて思う。

「そのためには、早く騎士団を作れと」

「ラキアさんの弟君を司令官に派遣するって話がなかったっけ?」

「ある程度騎士団ができてからだ。そうだ、それともう一つ」

「何? まだ物騒なのがあるん?」

「いや、今度は文化的な――というのかな? どうやら皇帝陛下が、貴族の爵位というものをお考えになったようだ。貴族にも階級ができるとかなんとか……」

「何それ?」

 ラムリーザは首をかしげる。

 少しの間沈黙が流れたが、ラムリアースはフッと笑ってラムリーザの肩を叩いた。

「近日中に公表されることになっている。まあ期待せずに待っていろ、というか今のお前には直接は関係なさそうだけどな」

 ラムリアースがそう言ったとき、ふいにパッとあたりが明るくなり、ドーンという音が腹の奥まで響く。何事かと思って空を見上げると、そこには一輪の大きな花が咲いていた。
              
ミルキーウェイ川の川岸で、花火が上がった瞬間、ラムリーザとラムリアースとラキアが空を見上げる場面
 夜空に開いた光は、ただ明るいだけではなかった。赤や金の粒が円を描くように広がり、少し遅れて細かな火の粉がぱらぱらと落ちていく。その残り火が消える前に、川面にも同じ色が揺れていた。

 手持ちの花火とはまるで違う。人の手の中で燃える小さな遊びではなく、空そのものを一瞬だけ祭りの道具に変えてしまうような光だった。

 周囲から、「おーっ」という歓声が上がる。どうやら打ち上げ花火大会が始まったようだ。

「こ、これはまた凄いな」

 ラムリーザよりも、ラムリアースのほうが驚いていた。そういえば島でのキャンプ時、花火遊びをしたとき、兄はすでに帝都へ帰った後だった。

「き、規模が違うなぁ」

 それでも、ラムリーザが驚いたのも同じだった。これだとキャンプで遊んだ花火はおもちゃのようなものだ。そしてこの川を挟んだ対岸で、同じ光景をイシュトさんも見ているのかな、などと思っていた。

 次の花火は、最初のものより少し低い位置で弾けた。紫がかった光が丸く広がり、その外側を緑の火が追いかける。さらに少し遅れて、金色の筋が雨のように垂れ下がった。

 誰かが歓声を上げるたびに、川岸の人々の顔が一瞬だけ明るく浮かび上がる。屋台の湯気も、屋形船の影も、草原に停まった車の列も、花火が開くたびに違う色を帯びて見えた。

「ラムリーザ」

「なんでしょか?」

「仲間はお前にとって何よりも大事な財産だから大切にしろよ」

「わかってるよ」

 再び夜空がパッと輝く。今度は小さな花が、パチパチパチと立て続けに弾けていた。

 対岸でも、同じように歓声が上がっているのだろうか。距離がありすぎて声は届かない。それでも、同じ花火を見上げているというだけで、二つの町が少し近くなったような気がした。

 フォレストピアとユライカナンの間に横たわる広い川は、今夜だけは隔たりではなく、同じ空を見上げるための場所のように思えた。

 射的屋で、ココちゃんの景品があるわけでもないのになんとなく遊んでいたユコは、打ち上げ花火が始まった途端に射的のクロスボウを持ったままぼんやりと空を眺めていた。屋台のおっちゃんも、同じように空を見上げていた。

 リンゴ飴を片手に、あっちへうろうろ、こっちへうろうろしていたミーシャとソフィリータは、花火が始まると早速持ってきたビデオカメラを空に向けた。打ち上げ花火を撮影して、その動画を投稿するつもりなのだろう。

 ジャンは、ユグドラシルと歩きながら『そういえばプロレス同好会ができるかもしれない』という話を聞いて、プロレスに乗り気になった。『何だ何だ』と話を聞いているうちに、リリスを見失っていた。そこで二人で川岸をぶらぶらしながら話をしているうちに、最初の花火がドーンと来たわけだ。

 ユグドラシルは、光り輝く大きな輪に驚き、これは学校でもやってみたいと思うのであった。

 ジャンは、ふとリリスの姿を探そうとして、今さら見失っていたことに気がついた。花火の光の下で告白するなどという発想は、そのときの彼には少しもなかった。

 リゲルとロザリーンは、川岸にある大きな岩の上に座り、周囲の祭り騒ぎを傍観したり、夜空の星を眺めたりしていると、花火が打ち上がった。そこでそのまま、まるで超新星爆発のように派手に輝く新たな星を見上げているのだった。

 その一方でソニアとリリスは、勝手に見物用の屋形船にもぐり込んでいた。ミルキーウェイ川を船で揺られながら、空へ昇っていく光の筋を眺めていた。川の水面に花火の光が反射して、まるで宇宙空間を遊泳しているような錯覚を覚えているのだった。

 花火は何度も夜空へ昇り、そのたびに違う色の花を咲かせていった。大きく開くものもあれば、細かく弾けて星屑のように散るものもある。音だけが遅れて腹の奥に響き、その振動が消えるころには、もう次の光が空へ向かっていた。

 帝国側の川岸にも、ユライカナン側の対岸にも、同じ光が降っている。場所は違っても、同じ空を見上げていることだけは確かだった。

 キャンプも、ツアーも、宿題も、そしてこの花火も、終わってしまえば一つの夏の出来事になる。けれど、そこから生まれた縁だけは、まだ終わる気配がなかった。

 

 いくつもの出来事が、いくつもの思い出を生み出し、こうして夏休みは終わった――
              
フォレストピア創造記 第二章 第二節 ~完~
「あれっ? そういえばこれって絶好のシチュエーションじゃなかったのか?」

「ジャンにとって何が絶好の?」

「ほら、夜空に輝く色とりどりの花の下で愛の告白って舞台が整っていたじゃないか」

「そうねぇ、くすっ」

「また吸血鬼に求愛する変な人がいる!」

「黙れ、ふえぇ・エル・ソニア、だいたい見物の組み合わせも、なんの変哲もなかったじゃないか。せいぜいリゲルとロザリーンが甘いムードを漂わせていただけでさっ」

「ほっとけ」

「ミーシャはソフィーと甘いリンゴ飴を漂わせていたよ」

「いやそれは意味がわからん。というよりもジャンとリリス、もう付き合っているようなものだろ?」

「いーや、ここはきっちりしておくべきところだ。次だ次! まだまだ終わらんぞ!」

「ベヤングか? もう夏休みは終わりだぞ」

「俺たちの戦いはこれからだ!」

「最終回、完」

「終わってねーよっ!」