ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


イシュトより

帝国暦九十三年 紅炉の月・学匠の日(現代暦:八月下旬)

 一週間にもわたるユライカナン・ツアーは終わった。

 一昨日、ユライカナンを離れる前に、今後につながる大きな出来事もあったわけだが、それに対する喜びよりも一刻も早く家に帰ってゆっくり休みたいという気分の方が強かった。表面上はにこやかにイベントをこなしたが、内心では帰りたい帰りたいという気持ちを表に出さないよう耐えていたところもあった。

 こうして一昨日ユライカナンを出発し、メンバーはそれぞれ自分たちの家に帰っていった。ラムリーザもソニアも昨日は一日中何もせずにごろごろと過ごし、そして今日である。

 

 午前中のラムリーザの部屋。朝食が終わってから、ラムリーザは窓際のリクライニングチェアーに、ソニアはテレビ前のソファーに横になって、ぼんやりと過ごしていた。南の島キャンプから戻ってきたときと同じような感じだ。今年の夏休みは、充実しすぎていて忙しいものだ。

 二人とも疲れはほぼ取れていたが、大きなイベントが続いた後なので、燃え尽きた感じで何もやる気が起きないまま過ごしていた。昨日から今日にかけて、ソニアは一度もゲーム機の電源を入れていない。

 外ではいつもどおりの夏の日差しが差しているのに、部屋の中だけ時間が少し遅くなったようだった。

「ラムー、チョコレート持ってきてよー」

「そんなのないよ、リゲルにもらってこいよ」

「リゲルやだ、なんかキモいしー」

 リゲルは見た目こそ整っているのだが、鋭利で精悍な雰囲気をまとっていながら、ミーシャと一緒になると突然デレッとしてしまう。その豹変ぶりを、ソニアやリリスは「リゲルキモい」と評しているのだった。

「ゲームはやらないのか?」

「対戦する?」

「なんでもない、聞かなかったことにしてくれ」

 ソニアとのゲーム対戦は、最初のころはそれなりに楽しめる。だが、ソニアが必勝法やセコ技を身につけるとそればかりになってしまうので、新作が出たときぐらいしか対戦したくない。今やっている飛空艇ゲームも、ラムリーザの飛空艇はソニア帝国に蹂躙されるだけなのでやらない。しかも、必勝法やセコ技が確立されるまでは、ソニアもあまり対戦を要求してこないから困る。

 そんな感じにぼーっと午前中を過ごしていた。

 そろそろ昼食の時間かな? という時間に、ラムリーザの部屋にノックの音が響いた。今はやましいことをしているわけではないので、鍵はかけていない。

「どうぞ」

 だから、ラムリーザは何のためらいもなく招き入れる。入ってきたのはメイドのナンシー、ソニアの母親だ。

「ラムリーザ様、あなた宛てに手紙が来ていますよ」

 ナンシーはまっすぐに窓際のリクライニングチェアーに向かい、ラムリーザに一枚の手紙を手渡した。そして帰り際に、テレビの前のソファーにソニアが寝転がっているのを見て言った。

「ソニア、なぜあなたがここにいるの?」

 ソニアの部屋は別に用意されているのだが、使用されていないと言っても過言ではない。ほぼすべての時間をラムリーザの部屋で過ごしている。

「あたしの部屋つまんない。ラムの部屋の方が楽しいからここにいるの」

「つまるとかつまらないとかそういう問題じゃありません。あまり入り浸るのはよくないですよ」

「だってココちゃんここにしかいないし」

「持って帰ればよいでしょう、こんなにたくさんラムリーザ様の部屋に持ち込んで、あなたはいったい何を考えているの?」

 最終的に、ラムリーザの部屋にはぬいぐるみ――いや、クッションのココちゃんが十八体転がっている。飾られているならともかく、床やソファーに無造作に転がっているのだ。ぬいぐるみを飾るのは普通だけど、クッションを飾るのは変、そう言ってソニアはラムリーザに整頓させない。

「あたしの部屋には悪魔が棲み付いているから戻りたくない。それにあたしはラムの恋人だから、ここにいる権利がある」

 ソニアは、恋人主張を繰り出す。それを言われると、ナンシーもあまり強く戻れとは言えなかった。

「何が悪魔の棲む部屋ですか。ラムリーザ様にあまり迷惑かけないように」

 いろいろとやることがあるのでナンシーはのんびりとしていられない。そう言うと、最後に「そろそろ昼食ですよ」と告げて、部屋から出ていった。

 迷惑か……。

 ラムリーザは、ゲームの対戦で迷惑をかけられまくっているなと思い、くすっと笑った。

 対戦要素のない、金塊探しのパズルゲームもあったが、ソニアは早い段階で難しすぎると諦めて別のゲームに移っていた。

 それでもソニアがいると、迷惑以上の楽しさがあるのも間違いないので、ラムリーザ的には全然邪魔だとは思っていなかった。

 

 昼食後、ラムリーザは改めて手紙を読むことにした。まず問題は、誰からの手紙かである。

「誰からの手紙よ、リリスからのラブレターだったら読まずに食べて! 返事はあたしが書いてあげるから」

「なんで手紙を食べなくちゃならんのだ。それに内容も読まずに返事書けるのか?」

「さっきの手紙の用事は何? この根暗吸血鬼! と書いて送り返すから。だからその手紙渡して!」

「えーと、リリスじゃない。安心しろ、イシュトさんだ」

 イシュトと言えば、ユライカナンツアーで出会った、シロヴィーリ地方の領主の娘だった。

「イシュト? イシュト――あっ、思い出した。あの『あらあらまあまあ』だ。手紙まで送ってきてイシュトもラムを寝取るつもりだな?!」

「それはないない。僕に近寄ってくる女の子全員が、僕を寝取ろうとしていると考えないほうがいいぞ」

「じゃあ、何の理由で近づくのよ」

「そんなのいろいろあるじゃないか」

 ラムリーザはめんどくさくなって、ソニアの相手をするのを中断すると、封筒の封を破って中身の手紙を取り出した。

「あっ、カミソリの刃が入っているかもしれないよ!」

 ラムリーザはそれを無視して手紙に目を通した。だが、ソニアから視線を外していたせいで気がつかなかった。視線を外している隙に、ソニアはラムリーザに接近し、手紙を奪ってしまった。

 ソニアはそのまま手紙をビリビリに引き裂――くことはしなかったが、ラムリーザの手が届かないところに下がると声を出して手紙を読みはじめた。
              
ラムリーザの部屋で、イシュトからの手紙を奪ったソニアが不機嫌そうに音読し、ラムリーザがあきれた顔で見守っている場面
「ラムリーザ様、そしてラムリーズの皆様へ。ツアーお疲れ様でした。ラムリーザ様の活躍に敬意を表します。再見の日まで、壮健をお保ちください。わたくしはラムリーザ様のドラム捌きに見とれていました。ツアーは大変でしょうが、また単発のライブで結構ですので、こちらにいらしてラムリーザ様の雄姿を見せてください。あるいは、わたくしの方からフォレストピアでのライブを見に行ってもよろしいかと考えております――って何よこれラムリーザ様ラムリーザ様って、呪いの人形じゃないのよ!」

「いや、手紙で丁寧な書き方をすると、相手を様付けするのは普通だから。それで、文句を言ってないで、続きも読んでくれ」

 ラムリーザは、わざわざ手紙を取り返そうとして追いかけっこになるのもめんどくさいので、読みたいなら読ませてやろう作戦に出ることにした。腹は立つが、ソニアが本気で手紙を破るつもりではないこともわかっていた。騒ぎたいだけなのだろう。

 それを聞いてソニアは、少し怒ったような声で続きを読み始めた。

「姉妹都市の締結、おめでとうございます。そして、応じていただきありがとうございました――って何よ姉妹都市って、イシュトと姉妹になったの?」

「違うよ。姉妹都市というのは、文化交流や親善を目的とした地域同士の関係を指すものだよ。友好都市とも、親善都市とも呼ばれるもので、今回フォレストピアと、ユライカナンのサロレオームなどを含むシロヴィーリ地方とで、これからのお互いの発展を祈って姉妹都市を締結したんだ」

 今回ツアーを行った地方は、その地の領主であるシロヴィーリ卿の名を取ってシロヴィーリ地方と呼ばれているのだ。

 また、ラムリーズのシングルレコードが十七位まで上り詰めたのも、そのシロヴィーリ地方でのランキングであった。

「まあいいわ。えーと、それぞれ異なる領地を治める家に生まれながら、こうして巡り合えたわたくしたちも、兄妹みたいなものなのでしょうか? ちょっとやっぱりイシュトと兄妹締結しているじゃないのよ!」

「し、知らないよ! 勝手にイシュトさんがそう書いているだけであって、別に養子縁組したわけじゃないぞ?!」

「やっぱり寝取ろうとしてる!」

「妹になることと、寝取ることは違うぞ。――ってだから文句言ってないで最後まで読んでくれよ」

 ソニアはラムリーザから手紙へと視線を戻すと、再び続きを読み始めた。

「今後とも、仲良くしていきましょう――ってやっぱりラムのこと狙っている!」

「いいから読めよ」

 ラムリーザは、いちいち反論しているのもめんどくさくなり、ただ先へ促すだけにした。

「明々後日の花火大会、楽しみに待っております。一緒に見ることはできませんが、わたくしもユライカナン側から見ています。花火大会って何? そんなことやるの?」

「ああ、ユライカナン側で、けっこう規模の大きな打ち上げ花火大会をやるみたいなんだ。今年は国境を流れるミルキーウェイ川の中州から打ち上げるらしく、こっちからも川の近くまで行けば見物できるみたいなんだ。それに誘われたんだから、またみんなで花火見に行こう」

「ふ~ん」

「それで、手紙の続きは?」

「えーと、最後にもう一度ありがとうございました。ソニア様にもどうぞよろしくお伝えください。――ラムリーザ様、皆様もお元気で。かしこ。何これ? 最後、かしこで終わってる。意味わかんない」

「ん、音読ご苦労。やれやれ、返事書かないとなぁ」

 どう読んでも礼状であり、今後の予定を伝えるための手紙だった。少なくとも、ソニアが警戒するような甘い文面ではない。

「むー……。ひょっとしてイシュト、自分が賢いからってわざわざ最後に『かしこ』って入れて、あたしをさりげなく馬鹿にしてる?」

「知らんよ。ソニアも賢くなればいいじゃん」

 ラムリーザは、飛び飛びに聞いたことをもう一度後で確認するとして、せっかく手紙を頂いたのだから、返事を書くのが筋だと考えていた。

 しかし返信となると、ソニアは思いっきり反対してくる。

「それダメ! ラムとイシュトの文通になる! 文通するなら、あたしともやろうよ!」

「意味わからんわ! なんで同じ屋敷にいる相手と、わざわざ文通しないといけないんだよ……」

「イシュトとやってあたしとやらないのは不公平! むしろイシュトとなんかやらないで、あたしとやって!」

「交換日記しているじゃないか、最近誰が止めているのか知らんが回ってこないけど」

「とにかくあたしと文通してくれないと、この手紙返さないからね」

「じゃあ早速僕宛ての手紙を書いてみろよ」

 ラムリーザは、イシュトへの返事は後にまわすことにした。別に急いで書く必要もないだろう。ソニアが手紙のことを忘れるまではのんびりと待とう。

 一方のソニアは、引き出しから紙を一枚取り出すと、ペンを持ってテーブル席へと向かうのであった。

 

 夕食の時間となり、ソニアはいったん手紙を書くのを中断した。

 そして夕食が終わってから、ラムリーザは再びリクライニングチェアーへ戻り、ソニアはテーブル席に向かい、手紙と向き合った。

 そこにラムリーザの携帯型情報端末キュリオが着信音を鳴らした。ディスプレイを見ると、ジャンが相手だった。

「はい、こちら大魔神でございます」

 ラムリーザは、通話ボタンを押してふざけた対応をする。

「ん、こちら魔界童子だ」

 ノリの良いジャンも、妙な名前で応対した。

「それで、なんだ?」

「私はマリオです」

「誰だよ! 名前をいきなり変えるなよ!」

 二人は時々こうやって、電話でふざけた対応をする。ラムリーザは時々リゲルにも同じように接してみるのだが、残念ながら毎回リゲルは華麗にスルーしていた。

「明後日の予定だが、明々後日の花火大会についてこちらも準備を半分手伝うことになった。ユライカナンとの合同作業だ」

「へー、どんな準備をするのだろうね」

「とにかく、キャンプでやったときのものとは規模が違う、大きな花火になるらしい。というわけで、明日はゆっくり休んでいいから明後日はよろしくな」

 ラムリーザは、わざわざ自分が準備に参加する必要はないのでは? と思ったが、大きな花火にも興味があったので、とりあえず見物ついでに行ってみることにした。

 他のメンバーはお疲れモードだろうから、特に連絡する必要はなかった。

 そこでラムリーザは、手紙の返事は花火大会の後にその感想も踏まえて書こうと思った。

 ふとテーブル席を見ると、ソニアはペンを持ったままテーブルに突っ伏して眠っている。ラムリーザはやれやれとばかりに立ち上がり、タオルケットをソニアの肩にかけてやった。そのとき、ソニアの頭の下からはみ出している手紙の冒頭部分だけが見えている。

 

 かしこ。イシュトは自分が賢いことを鼻にかけてる泥棒猫だから要注意、騙されてはいけない。ラムはあたしの変人なの。

 

 ラムリーザは、小さくため息をついてリクライニングチェアーへと戻っていった。なぜ変人にされてしまったのか、疑問に感じながら。

 騒いで、疑って、手紙を書こうとして、そのまま眠ってしまう。結局ソニアはいつもどおりで、ラムリーザにはそれが少しだけありがたかった。

 窓の外を見上げると、夏の終わりの夜空が深い群青色の帳を広げ、満天の星々が静かに瞬いていた。

「ラムはあたしの恋人なの」

 夢の中でもまだ文句を言っているのか、ソニアが小さく寝言を漏らした。それを聞いたとき、ラムリーザは、手紙には恋人と書こうと思っていたけど、間違えて変人と書いたのだろう、と納得した。

 三日後になれば、国境の川を挟んで、あのイシュトたちとも同じ花火を見上げることになる。

 ラムリーザにとって、世界がどれだけ広がっていっても、この部屋の温かさと、隣で眠る愛おしい存在だけは変わらない。

 遠くで優しく響く虫の音に包まれながら、フォレストピアの穏やかな夜は、ゆっくりと更けていくのだった。