ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ツアー最終日のコミックバンド
帝国暦九十三年 紅炉の月・星々の日(現代暦:八月下旬)
今日はいよいよツアー最終日。
計画では、まず四日前と同じようなパレードを日中に行う。そして夜は、三度目のエド・ゲインズショーに出演するというスケジュールだった。
しかし、一週間に及ぶこのハードスケジュールは、確実にメンバーの体力を奪っていた。
「さすがにもうクタクタだわ。もうダルい帰りたい」
真っ先にリリスが不平をこぼし始めた。ホテルのゲームセンターも毎日行けば飽きるのか、朝食が終わってから、ソファーで横になったきり起きてこない。
「私もですわ、一週間は長すぎますの。せめて三日ぐらいなら……」
ユコも、リリスが横たわっているソファーにもたれて、床に座り込んでしまっている。他のメンバーも、あからさまに態度には出さないが、その表情には疲労の影が現れている。
かくいうラムリーザも、確かに疲労は感じていた。休日にホテルで休んでいたメンバーと違い、イシュトに誘われていろいろ出歩いていた分なおさらだ。
一方で、ジャン一人だけがほくほく顔。ジャンは主にマネージャー的な仕事をしていて、演奏者としてステージには上がっていない。その分他のみんなよりも、肉体的には楽をしていたのだろうか。
「お疲れの諸君」
ジャンは、口数も少なくなっているホテルの一室で、みんなの中央付近に立ち、周りを見回しながら言った。
「君たちの働きで、今回の稼ぎがどのくらいになったと思う?」
「えっ、金を稼いでいたのか?」
ラムリーザは驚いて聞き返すが、ジャンは「あたりまえだ」と答えた。
「ステージでは入場料や演奏料でいくらかもらえるし、パレードではスポンサーも付いていた。まあささやかなものだが、この数日間で純利益として二百万エルドぐらいは転がり込んできたぞ。君たちのおかげだ、俺は感謝している」
ソニアたちは大金を提示され、とたんに元気になって騒ぎ出した。
「ジャンずるい! あたしたちにも分けてよ!」
「そうだわ、あなた打ち合わせとかしていただけじゃないの。現場で稼いでいたのは私たちだわ」
「そうですの! 私たちはあなたの道具じゃありませんの!」
「二百万エルドあったら、ゾウの卵も楽々買えて、ゾウの卵の卵焼き作ってもらうんだ」
「いやミーシャ、ゾウは卵を産まない」
「じゃあクジラ!」
「落ち着け、諸君――」
ジャンは、騒ぎ立てる女性陣に両手をかざして制してから続けた。
「報酬の分配は帰ってからだ。しかし今日のパレードや公演が失敗に終われば、逆に違約金を支払わなければならない。成功すれば報酬が増えるぞ? さて、どうする?」
ジャンはうまく人をコントロールしている。疲労困憊のメンバーに、報酬をちらつかせて最後の気力を振り絞らせようとした。
その考えは成功し、ソニアはリリスたちと共に「パレード行くぞーっ!」などとシュプレヒコールまがいのことをやり始める始末であった。
「それで、最終的にいくらになりそう?」
妙な盛り上がりを見せるソニアたちをよそに、ラムリーザはジャンに尋ねてみた。
「そうだな、二百四十万は行くかな? 九人で割って、一人二十五万エルドぐらいになるか?」
「差分は?」
「俺が手間賃として頂く。裏方もいろいろやることがあるんだぞ」
「人はそれを中抜きという――が、まあいいか。あいつらには大金だな」
リゲルは、騒いでいるソニアたちがやかましいとでも言うように、顔をしかめて言った。
「私も小遣いは、そんなにもらっていませんよ」
ロザリーンは騒ぎに参加せず、ラムリーザたちの雑談側に加わっている。ここに、庶民と貴族の温度差が生まれている。
「まったく、ふしだらな金のにおいがぷんぷんするな。若いうちに大金を手に入れると、道を踏み外すに決まっているものだ。なぁラムリーザ?」
「僕は大丈夫だよ、おまかせじじい」
「そうだぞ、おまかせじじい。これは純粋に働いて稼いだ金だからな、全然ふしだらではない」
リゲルは格言めいたことを言うが、ラムリーザとジャンにあっさりと反撃されてしまうのであった。ただ、おまかせじじいという呼称が謎ではあったが……。
そんなわけで、最終日のパレードも気力を振り絞って始まった。今回は前回とは反対方面、主に東の国境ミルキーウェイ川に沿って移動するパレードとなった。
ソニアたちは最初は観衆に応えていたが、やはり疲労は隠せずに、途中からはぼんやりと川を眺めていることが多かった。不思議な踊りも披露されなかったが、それは特に求められていないから大丈夫。
その様子を見てジャンは、「やはり二回目のパレードはスケジュール的にきつかったか」と少し反省するのであった。
もっとも、一番の目的である新領主のお披露目は、ラムリーザがなんとか最後まで笑顔を崩さずに対応していたからこそ、成功と言えるものであった。
これでユライカナン最東端の町に、フォレストピアの新領主のイメージを印象づけることに成功した、と言えるのだろう。
そしてそのまま最後の大仕事、エド・ゲインズショー三回目へと流れ込んだ。
メイン司会のエド・ゲインズと、マネージャーのジャンがステージに立ち、ラムリーズの登場を告げた。
「それでは皆さん、フォレストピアを代表するフレッシュなグループ、ラムリーズ!」
まずスポットライトが左側を照らし、ロザリーンがピアノについた。リゲルも一緒に登場して、彼女の後方に腕を組んで立った。
続けてスポットライトが右に移動して、ステージ右側を照らす。ラムリーザを先頭に、残りのメンバーが登場――
先頭のラムリーザは、少し前かがみになって右手を前に差し出した形で登場した。続くソニアは、同じように前かがみになり、右手をラムリーザの肩に乗せている。リリス、ユコ、ソフィリータ、ミーシャと続いたが、みんな同じようなポーズを取っている。
「こーぶらーむしっ、ピッピッ」
そして謎の歌が始まった。ロザリーンが弾くピアノに合わせて、女子たち五人が声をあわせて歌っている。
これは妙だ。リゲルは混じりたくないということで、ロザリーンの後方で腕を組んで傍観することにしたようだ。
ラムリーザは「こぶらむし」が何なのかわからないが、一列になっている様子が蛇のようだから、「コブラ」をもじっているのだろうと考えた。ソニアとミーシャが疲労と勢いで考えた入場ネタだから、ラムリーザにはわからなくても仕方がない。もちろんラムリーザも、歌うことだけは拒否していた。
そして六人は歌いながら、ステージ中央に向かって行列のまま進んでいく。シュールと言えばシュール、コミカルと言えばコミカルだ。
一列に連なった六人が、真顔なのか笑っているのかわからない表情で、同じ動きを繰り返しながら進んでくる。演奏会の入場というより、妙な祭りの行列だった。
「こーぶらーむしっ、ピッ、こーぶらーむしっ、ピッ」
「ピッ」の掛け声に合わせていったん立ち止まり、観客側に向けて左足を横に蹴り上げる。
「そーのまーたこーどもーも、こーぶらーむしっ、ピッピッ」
なんだかよくわからないが、妙な登場のやり方に会場は大爆笑。
エドは言葉に詰まり、ジャンは「やってみたものの、シュールだな……」とつぶやいている。リゲルは、「コミックバンドじゃあるまいし」と顔をしかめて、そっぽを向いている。このパフォーマンスにノリノリなのは、やはりソニアとミーシャぐらいであった。
もっともリゲルは、ミーシャに「やろうよー」とせがまれたが、さすがにこれは無理だった。
疲れが限界を越えると、人は静かになる者と、妙な方向へ跳ねる者に分かれる。今日のラムリーズは、どうやら後者が多かったらしい。
こうしてつかみを取ったところで、本日の演奏開始。一曲目はリリスの『カラーに口付け』、二曲目はソニアの『ルシア』、三曲目はミーシャの『おまた少女』、四曲目はラムリーザとソニアの二人で歌う『星の瞳』と続いていった。
ここまで終わってから、小休止というわけでトークショーのようなものが行われた。
なにやら大きな八面体のサイコロを振り、そこに書かれている名前の人へ何でも質問できるという企画だった。名前を出された者は、質問に答えなければならない。
せーの、という掛け声で司会のジャンがサイコロを投げる。最初の該当者はソニアに決まった。
ソニアはステージの真ん中に歩み出て、「質問はなーに?」と観客席に問いかけてみた。質問は、もう一人の司会であるエドが観客席に無作為にマイクを向けることで決まる、というものだった。
「おっぱいの大きさ!」
スピーカーから質問が流れ、観客席がドッと沸く。
「やだ! そんなの答えない!」
ソニアは憤慨してステージ中央から離れるが、そこに入れ替わるようにリリスが立つ。
「百三センチのLカップと聞いてるよ!」
それを聞いて、再び観客席から笑い声が上がる。
しかし、リリスが精神的に成長しているのは本当だ。自分からステージ中央へ歩み出るなど、ラムリーザと出会った頃には考えられないような行動だった。
二番目の該当者は、リゲルになってしまった。
リゲルは嫌がったが、ラムリーザに促されて仕方なくステージ中央へと進み出た。普段リゲルは、後方に下がってラムリーザの隣あたりで黙々とリズムを刻んでいるだけだ。あがり症というわけではなさそうなので、単に目立ちたくないだけだろう。
「付き合っている人はいますか?!」
質問者は女性だった。パッと見クールでイケメンに属するであろうリゲルのことを、もともと興味津々で知りたがっていたのかもしれない。
「うっ……」
リゲルは小さく唸ったが、マイクはしっかりとそのうめき声をキャッチして、スピーカーを通じて会場に響かせた。そしてリゲルもソニアと同じく質問に答えようとせず、ステージ中央から下がってしまった。そこにフォローに入ったのは、今度はミーシャだ。
ミーシャは、ピアノの前にいるロザリーンを片手で指し示しながら、もう片手でマイクを持って答えた。
「このロザリーン姉ちゃんが、リゲルおにーやんの恋人です!」
「こ、こらっ――」
リゲルは慌ててミーシャを止めようとする。観客席からは、所々から小さく「えー」という声が上がっている。リゲルに恋人がいると知った女性ファンのため息か?
一方、指し示されたロザリーンは、ピアノの前で困ったように微笑むしかなかった。
「そして、ミーシャも恋人だよ。リゲルおにーやんは、恋人が二人いるの!」
「ばっ、やっ、やめっ――」
観客席からは、笑い声とブーイングが半々だ。本当に、リゲルもミーシャが来てから妙なキャラになってしまったものだ。
次の質問の該当者はラムリーザとなった。ラムリーザはドラムセットの椅子から立ち上がってステージ中央へと向かう。
そこでエドは気を利かせたのか、それとも偶然か、今回も観客としてやってきていたイシュトへマイクを向けたのだった。
「えーと、ラムリーザさんがバンドを始めたきっかけは何ですか?」
イシュトは、ゆったりおっとりとした声で、ラムリーザに質問を投げかけた。
「えっと、僕にもよくわからないんだ。ソニアにそそのかされて、無理やり始めさせられたんだ」
「いけないなぁ、ラムリィ……。自分の彼女のことを悪く言っては。食らえ、ジャン・リベンジャー!」
「なっ、何をするんだっ?!」
突然ジャンが頭突きをしてきて、ラムリーザはよろけた。そのコントみたいな動きが、観客にはウケている。
実際ラムリーザの言ったことは半分事実で、唐突にソニアからギターを始めようと言われて始めることになり、次にドラムに変わってと言われて、そのまま担当が変わり、これまで叩いてきたというのもあった。ただ、それをストレートに語ってしまうのはどうかと思われるので、ジャンはフォローを入れたつもりであった。
次で最後ということになり、サイコロの結果ミーシャが選ばれた。
「ミーシャちゃんは、あのS&Mのミーシャですか?」
「そうだよー、ミーシャは踊り子ちゃん、何でも踊るよーっ」
そこで何を思ったか、ミーシャはソニアがいつも踊る不思議な踊りを披露した。やはり、ミーシャもよくわからない。
ソニア以外のメンバーも、観客もそのわけのわからない踊りに吹き出している。
こうしてトークショーまがいの企画は終わり、後半戦へと突入。まずはめずらしくリゲルが『破戒僧グリゴリー』を歌い、それに合わせてミーシャが思いきりダンスを披露していた。続いてロザリーンの『天使の光』などが披露され、ソフィリータも『ヒトカケラ』、ユコも『この世界のどこかで』を披露。ラムリーザも一曲歌い、再びリリスの出番に戻り、最後はソニアがトリを務めることになった。
最後の歌、いつものきーらきーらが始まる前、ラムリーザはマイクを取ってジャンの司会を引き継ぐように話し始めた。
「次でこのツアー最後の曲となります。そこで、観客のみなさんにも参加していただきましょう」
ラムリーザはそこで一息つく。メンバーも観客も、ラムリーザの次の言葉を待っていた。
「安い席の皆さん、一緒に拍手をお願いします。それ以外の方は、金貨や宝石などをジャラジャラ鳴らしてください」
再び観客席から大笑い。それを見て、ジャンはやれやれと困ったような表情を浮かべる。
「これじゃあコミックバンドじゃないか……」
とは言うものの、出だしのわけのわからない「こぶらむし」からして今日のライブは妙な雰囲気だった。
普段ならリゲルやロザリーンからブレーキがかかるところだが、二人とも疲労からいろいろと考えることが少なくなってしまっていたのかもしれない。
最後に披露したラムリーザの曲前の台詞も、彼自身が、テレビか何かで聞いたような記憶のあるものを、なんとなく真似てみたようなものだった。どこで聞いたのかは思い出せない。ただ印象的だったので、一度ぐらい言ってみたかったのだ。
なにはともあれ最後の曲も終わり、こうしてツアー最後のライブも終了した。
正統派のライブだったかと言われれば、たぶん違う。だが、観客を笑わせ、歌わせ、拍手させて終わったのなら、それもまた一つの成功なのだろう。
最後の最後には、ラムリーザの「逃げろ!」という号令で、メンバー全員がステージから駆け足で舞台袖に引っ込む場面もあり、最後まで妙なところだらけだったものの、一週間にわたるツアー活動も、これにて完了となった。
ドタバタと楽屋裏へなだれ込んだ瞬間、全員が糸の切れた人形のようにその場にへたり込んだ。けれど、誰からともなくクスクスと笑い声が漏れ、それはすぐに大きな笑い声へと変わっていく。
「あーあ、本当に終わっちゃったね、ラム」
「うん、こうしてみると、あっという間だったなぁ……」
悪意の影に怯え、新しい出会いに揺れ、最後はコミックバンドのようにはしゃぎ倒した一週間。明日になれば、深い緑の森が広がるフォレストピアへと帰る。部屋の片隅で待っているココちゃんたちや、お腹を空かせている「へほ」のもとへ。
最高の夏休みの余韻を胸に、ラムリーザたちは心地よい疲労感の中で、互いの健闘を称え合うように笑い続けるのだった。