ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
イシュトの歌声と手巻きスシ
帝国暦九十三年 紅炉の月・太陽の日(現代暦:八月下旬)
この日は、日暮れごろからスターズ・クラブというクラブハウスでライブだ。
スターズ・クラブは、ジャンの店に似ている。さしずめ、ユライカナン・ナイト・フィーバーといったところだ。どこでつながったのかわからないが、同業者のジャンとのコネで成立したライブだった。どうやら時々、バンド同士を交換公演させようという話にもなっているらしい。
「ラムリーズは無理だよ、他なら大丈夫」
ジャンによると、一応そういう話にはなっているみたいだ。普段は学生として学校に通う身なので、おいそれと外国に行けるわけがないのだ。
まぁ帝国でもユライカナンでも、それなりに腕はあるのだが埋もれてしまっているグループも多い。そういうグループを発掘する楽しさもあるようだ。
「ところでおい」
スターズ・クラブへ向かう車の中で、ジャンはラムリーザに尋ねた。
「なんでげしょ旦那?」
ラムリーザは、最近映画かどこかで聞いたような気がする返事を真似してみた。
「その爆竹――じゃなくて、昨日一緒だった領主の娘はどうだった?」
「そうだね、おっとりとしていて癒される感じ?」
ラムリーザは、別にやましいことはないので素直に感想を述べる。しかしその一言が気に入らない者もいたようだ。
「何よラム! あたしだってラムを癒す!」
「エルはどうやって癒すのかな?」
ラムリーザを取られるのではないかと心配するソニアに、ジャンは悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ねた。ソニアは「うー」と唸りながら少し考えたようだが、結局よくわからないことを言うだけだった。
「ほうりきのアリで癒す。とけ゛そ゛はレンジャーだけど、最初からアリが使える万能キャラ」
「ほーお、ちからときようさが低いから、打撃のダメージは出ないし攻撃は当たらんがいいのか?」
なぜかジャンは、ソニアの謎の理論に対して、理屈で返す技を習得しているようだ。ただし、実際のところはただのゲームの話である。
「メドラを使えば攻撃は当たる」
「それならレンジャーじゃなくてそうりょでいいよな。エルはラムリーザにぱふりんこでもして癒してやればいいんだよ」
「そうだ、おいお前っ」
そこにリゲルが割り込んできた。別にソニアの謎ゲーム理論に合わせるつもりはないはずだが。
「いいことを思いついたぞ。フォレストピアとユライカナンの交流強化の一環として、ここの地方を治める領主の娘イシュトと結婚しろ」
「なっ――?!」
ラムリーザは、突然のリゲルの提案に思わずのけぞった。
「ちょっとふざけないでよ、なんでよっ!」
当然のごとく、ソニアがものすごい勢いで文句を言ってくる。しかしリゲルの考えはそれだけではなかった。
「お前が文句を言ってくるのはわかっている。だからソニアとも結婚しろ」
「なっ――?!」
ラムリーザは先ほどとまったく同じ反応を示す。それほどリゲルの提案はぶっ飛んだものだった。
「あ、読めた」
ジャンは小さくつぶやいたが、リゲルはそれを気にせずに持論を展開し続ける。
「ほら、ユライカナンの言い方だと側室。帝国風に言えば寵姫だ。皇帝陛下も複数の寵姫を持っているらしいぞ。それに地方領主の中にも、寵姫を持つ者がいる。つまり領主となるお前が、寵姫の一人ぐらい作っても誰も文句は言わないだろう。こいつと結婚したいのなら、こいつとすればいい。しかし寵姫イシュトも作ってしまうんだ」
「いやいやいや、いきなり何を言い出すんだ無理だって。向こうの気持ちもまだよく知らないのに。それにソニアも嫌だろ?」
「絶対嫌!」
「ふっふっ、政略結婚には、本人の意思など介入する余地はないのだ」
「リゲル……君はロザリーンとミーシャを二人娶るのを合法化させたいだけだろう?」
ジャンの言葉は、身も蓋もない。ただしこの場合、おそらく本質を突くようなツッコミを入れた。
「まあそういう手もあるということだ」
だがリゲルは、肯定も否定もしなかった。あくまで例として提示するつもりらしい。
「しかしこれをロザリーンやミーシャが聞いていたらどうするんだよ?」
ラムリーザは、ちょっと呆れ気味に尋ねてみた。リゲルはいつも的確な判断で、いろいろとラムリーザの力となってくれる。しかしどうもミーシャが現れてから、ある方面、主に女性関係においては、なんだかよくわからない人になってしまっているところがあった。
現在は車で移動中である。
バンではなく普通の客待ち自動車のようなものなので、全員が一つの車に乗るのは無理である。だから二手に分かれて乗車しているわけだが、一号車に乗っているのはラムリーザとソニア、それとリゲルとジャンの四人だ。残りのメンバーは二号車に乗っている。もともとは男女別に分かれる手はずだったが、ソニアがラムリーザにくっついてきてこういった分け方になっていた。
「聞こえる場所では言うわけがないだろう?」
リゲルの言うことは、常に理にかなっていた。
スターズ・クラブに到着したところで、ラムリーザは店の入り口で見覚えのある顔を見つけた。
「イシュトさん?」
「お待ちしておりました、ラムリーザさん。わたくしも、クラブで演奏するところを見たいと思って待っておりました」
相変わらずゆっくりとした話し方で、それに癒やされる。
「ほう、これがイシュトか」
ラムリーザとイシュトの会話に、リゲルがニヤリと笑って割って入った。
「いや、待ってリゲル。さっきの話はなしだからね」
しかしラムリーザは、危険を感じてイシュトとの会話をさっさと切り上げると、ジャンの後について店の中へと入っていった。
スターズ・クラブでのライブは、ジャンの店でやっているのとほぼ変わらない。言葉の壁がない世界というのは、こういった外交面で楽だったのだ。
ラムリーズはいつもどおりにエロゲソングも披露したのだが、ユライカナンでは馴染みのない曲なので、普通のオリジナルソングだと思われている。ばれたときが怖いが、メンバーにそんな危機感はまったくなかった。
そんな中、唐突にサプライズが発生する。
ライブの合間の余興として、イシュトがステージに上がり、ラムリーザたちも演奏できる曲をリクエストした。そしてラムリーズをバックバンドに、イシュトが一曲披露したのだった。穏やかな令嬢だが、行動力はあるようだ。
イシュトの歌声は、強く前へ押し出してくるものではなかった。けれど、ゆっくりと染み込むような響きがあって、店のざわめきまで少し柔らかくなるように聞こえた。
ラムリーザはスローテンポの歌を披露するイシュトを見て、彼女のおっとりとした歌声にも癒やされるなと感じた。ソニアとはまた違った魅力のあるタイプで悪くないかも、とふと思ってしまっていた。もしもソニアがいなければ、イシュトになびいていたかもしれない。その場合、その先は明らかな政略結婚となっていただろう。
そう思った直後、ラムリーザは自分で少し驚いた。比較するようなことではないはずなのに、頭の中でソニアとは違う、という言葉が勝手に浮かんでいた。
一方、リリスはこのツアー中、口数が少なかった。
「調子悪いのか?」
ジャンはすぐに察して、心配そうに声をかけた。
「やっぱり緊張するわ。身近な場所は慣れたけど、こんな異国で……」
やはりリリスには、多少デリケートな部分がまだあるようだ。
「デリケート詐欺」
そんなリリスに、ソニアははっきりと言い放つ。
「なっ、なんですって?!」
「人見知り魔女なんて流行らないからね」
リリスが可愛いところを見せようとすると、ソニアはすぐに邪魔をする。しかしソニアに言われたまま黙っているリリスではない。
「くっ、不用意にでかいおっぱいを晒しながらステージに立つなんて、デリケートな私にはできない芸当だわ」
「あらあらまあまあ……」
その一言を聞いて、なぜかイシュトが反応する。言われてみたら、イシュトもソニアほどではないが、リリスと同じか、それ以上に胸が大きかった。
「いえ、イシュトさんのことでは――って、でかっ!」
そこでリリスも、イシュトが思った以上に華やかな体つきをしていることに気がつくのであった。
ちなみに現在のソニアは、ジャンにエルと呼ばれる所以であるLカップだという。驚きは尽きない。
そのとき、ちょうど別のグループが演奏していて、「Lのページあなたの声が聞きたくて消せない」などと歌っていて、リリスはクスッと笑うのだった。後で知ったのだが、世の中には「L」という歌が存在するようだ。おそらくラムリーズでカバーしようとしても、反対意見が出て歌えないだろう。
さて、休憩を挟んで後半の部が始まった。この店もジャンの店と同じく複数のグループが参加していて、それぞれ交代で演奏するといった形式を取っていた。そのスケジュールの中に、特別にラムリーズを挟み込んだのが今日のイベントであった。
演奏は夜八時には終わった。まだ学生なので、あまり遅くまで演奏させるのはよくないという配慮だった。これもジャンの店と同じ感じで、いつもなら店で食べて帰るところだ。しかし今日は、イシュトがまた別の店を案内してくれることになった。
行き先はスシ屋に決まった。
「フォレストピアにも店ができていて、食べたことがあるよ」
「あのお店は握りですね。では手巻きというものを扱っている店を紹介しましょう」
そんなわけで、手巻き専門というまた違ったタイプのスシ屋に行くことになった。
店では、大きな器に入ったスシメシ、手ごろな大きさにカットされた海苔、そして様々な具材が用意されていた。
「これをどうするのかな?」
ラムリーザがイシュトに尋ねると、「わたくしが作ってみせますから、見ていてくださいね」と言ってまずは海苔を手に取った。
イシュトは海苔の上にサジでスシメシを薄く広げると、魚の切り身やキュウリなどを選んで乗せ、サビの実を潰した薬味が入った壺から、薄緑色のものを少し取り出して乗せ、仕上げに海苔を円錐状にぐるりと巻いて「はい、これで完成ですわ」とラムリーザに手渡した。
手つきは慣れていて、急がず、迷わず、それでいて押しつけがましくもない。こういうところにも、昨日から感じているイシュトらしさが出ていた。
「へー、なんだかおもしろそうですの」
ユコは興味津々、早速自分も海苔を手に取って、先ほどイシュトがやってみせたのと同じように作り始めた。
「スシメシのレシピが分かれば、自宅でパーティーもできますね」
ロザリーンも気に入ったようで、ユコに続いて手巻きを作り始めていた。
ラムリーザはイシュトから受け取った手巻きを食べてみた。酢の効いたスシメシの味と、生魚や野菜がうまく合っていておいしいものだ。そして適度に入ったサビの実が、いい薬味になっている。
そこでラムリーザは、あることを思い出した。ソニアとリリスの近くに置かれていた、サビの実を潰した薬味入りの小さな壺を、二人に気づかれないよう手の届かない場所へ移動させた。自分の目の前に置いておき、二人が使いたいと言ったら、自分が適量を差し出すことにしたのだ。二度と同じ騒動を起こされてたまるものか、と。
みんなの様子を見てみると、ミーシャは必ず卵を巻いている。卵好きなのだろうか? 卵ばかり食べているミーシャに、リゲルはカニ巻きを作って手渡している。
ソニアは毎回具をたくさん入れすぎて、太巻きになってしまい大口を開けている。これはこれで面白そうだ。
リリスは普通に食べているが、時折ソニアのほうをじっと見ている。何かいたずらでも考えているのか?
そしてソフィリータは、時々具を入れずにスシメシだけを巻いたものを食べている。不思議なことをするものだ。
ちなみにジャンは、クラブハウスのほうでまだ打ち合わせがあるらしく、この会合には参加していない。
サビの実を管理していたおかげで、特にトラブルは発生せず食事は無事に終わり、イシュトと別れてホテルに戻った。
みんなで泊まる大部屋で、ラムリーザは部屋の一角にあるソファーにソニアと並んで座っていた。
イシュトの穏やかな声は、まだどこか耳に残っていた。けれど、腕の中にいるのはソニアだった。少し重く、少し騒がしく、そしてずっと隣にいた相手だ。
ソニアを抱き寄せながらも、イシュトのことが少し頭をよぎる。けれど、ラムリーザは「それではだめだ。僕はソニアを幸せにするんだ」と、強く誓い直すのであった。
一週間のツアーも、明日で終わり。そして夏休みも残りわずかになっていた。
遠くで静かに時を刻む時計の音を聞きながら、ラムリーザは迫るツアー最終日のステージに向けて、そっと瞳を閉じるのだった。