ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
シロヴィーリ家のイシュト嬢
帝国暦九十三年 紅炉の月・森人の日(現代暦:八月下旬)
ユライカナンの最東端を治める領主が、シロヴィーリ卿である。それゆえに、この地域一帯をシロヴィーリ地方と呼んでいる。
そしてこの休演日、領主の娘イシュトがラムリーザに町を案内してくれることになっていた。予定は、朝の十時ごろに合流し、途中で昼食もいっしょに取るという流れだった。
「なるほど、そうきたか」
ラムリーザから今日の予定を聞いて、リゲルはなんだか納得したような表情を浮かべて言った。
「なるほどって何が?」
「先日の不手際の埋め合わせってやつだな。年頃の娘をあてがって、罪滅ぼしか機嫌取りかそんなところだろう」
「そんなひねくれた考えは感心しないなぁ。それに僕はもう気にしていないのに」
「逆の立場で考えてみろ。フォレストピアにユライカナンの客人を呼んで、そのときに暗殺未遂が起きたら、お前ならどうする?」
「う~む……」
ラムリーザは返答に困った。たしかにリゲルの考えにも一理ある。というよりも、基本的にリゲルの言うことは理にかなっていることがほとんどだ。だから彼を、参謀のように扱っているところがある。
「娘が来たら聞いてみたらいい。親父に言われて、今日の案内を引き受けたのだろ? と」
「そんなこと聞けないよ。ただしソニアは連れていくからね。二人きりで会うと、後で揉めるのはわかりきっているし」
「今も揉めてる!」
横からソニアが口を挟んできた。ソニアはラムリーザから今日のことを聞いてからずっと不機嫌だった。ラムリーザが折れて、同行していいよと言ってからは落ち着いたものの、「そのイシュトって奴も寝取ろうとしているだけ」と決め付けているからめんどくさい。
イシュトは「ラムリーザ一人で」と言っていたが、そこは謝罪しつつ事情を説明し、予定を変更してもらうことにした。とにかく二人きりのデートといった形にするわけにはいかないのだ。
さて、リゲルの考えは置いておくとして、待ち合わせとはいっても、ラムリーザはこの町の地理を詳しく知っているわけではない。そういうわけで、待ち合わせ場所は宿泊しているホテルの一階ロビーということにしておいた。
時間が近づいてきたので、ラムリーザはソニアを率いてホテルの一階へと降りていった。まだ待ち合わせ時間の十分前であったが、イシュトはすでにロビーで待っている。
「おはよう、イシュトさん」
「あら、おはようございます、ラムリーザ様」
ラムリーザが挨拶をすると、イシュトも気づいて立ち上がり挨拶を返した。ゆったりとした言葉づかいで、気分が落ち着く。
今日のイシュトは白いブラウスの上から薄紫色の上着を羽織り、濃い灰色のスカートという、領主の娘としてはあまり目立たない格好であった。そして、まるで夜明け前の空のような群青色の髪が美しい、とラムリーザは感じていた。ウェーブのかかった前髪を両サイドに垂らしていて、後ろは一本のお下げにまとめられ、その先は小さな白いリボンで留められていた。
一方、ラムリーザとソニアは、舞台衣装も兼ねている学校の制服のまま。ソニアなどは学校や公演じゃないのだからと言って、嫌いなサイハイソックスを脱いでしまっているので、短いスカートから伸びた素足が妙に目立つ。
「ラムリーザ様、その子は? 確かメンバーのソニアさん?」
「ああイシュトさん。いろいろあるけどまず、様付けはしなくていいですよ。僕も君も領主の子どもという、同じような立場ですし、そんなかしこまらなくても大丈夫」
「あらそうですか? ではラムリーザさんで」
「うん、それでいいよ。あとソニアだけど、実は僕たちはもう付き合っているんだ。イシュトさんと二人きりで出かけるとなると、いろいろとまずいんだよ。だから邪魔はさせないから、せめて同行を認めてください」
ラムリーザは、ソニアとの関係を隠さずに話し、頭を下げて頼み込んだ。
「あらあらまあまあ――」
イシュトは驚いたような表情を見せる。しかしすぐに穏やかな顔を取り戻して言った。
「わかりました。ラムリーザさんもしっかりしていらっしゃるのですね」
「そうよ! あんたになんか寝取らせないのだから!」
ソニアは一人で息巻いているが、ラムリーザに後ろから抱え込まれ、口元をふさがれて「ふがふが」と漏らすだけになり、そのうち黙り込んだ。
イシュトは再び「あらあらまあまあ」と言っただけで、ソニアの剣幕にも怯むことなくニコニコとしている。
「それではソニアさんもよろしくお願いします」
イシュトの挨拶に、ソニアは「ふんっ」とそっぽを向きかけたが、ラムリーザに背中を軽く叩かれて、慌てて「よろしくお願いしてあげるからありがたく受け取りなさい!」となんだか意味不明な挨拶で返すのだった。
まるでソニアが高慢な貴族令嬢に見える。ただし、穏やかなイシュトこそが本当の貴族令嬢だ。ソニアはメイドと執事の娘である。
断られても仕方がないと思っていたので、ラムリーザは少しだけ拍子抜けした。イシュトは、ソニアがいることを邪魔だとは受け取っていないようだった。
こうして、イシュトの案内でサロレオームの町巡りが始まった。
ラムリーザは、本当はみんなにも町巡りをさせてあげたかったが、もともとイシュトがラムリーザ一人で来てほしいと言っていたので、仕方なくソニアだけにしたようなものだ。
イシュトの狙いは何なのか。リゲルの言うとおり、親に言われてのことならば問題ないが、もしラムリーザ個人とより親密になりたいと考えているのなら、ソニアは邪魔になる。しかし邪魔者として扱うわけにはいかない。
リゲルのように開き直って二股などという選択をするのも遠慮したい。ラムズハーレムなどは、リゲルが勝手に言っているだけで、ハーレムなど形成されているはずがない。
ラムリーザは一人そんなことを考えながら、ソニアと並んでイシュトの後をついていくのだった。
「お二人とも、仲がよろしいのですね」
イシュトは、少し振り返ってそう言った。
「実は生まれたときから一緒なんだよ」
ラムリーザは、ソニアとの関係を語る。
「あらあら、幼馴染なのですか。いいですね、そういうの。わたくしも時々幼馴染がいたらな、と思うことがありますよ」
イシュトはゆったりとした、優しい口調で語っている。
「イシュトってリリスとかと違うね。あいつらは露骨に寝取ろうとしてくるけど、イシュトはそうじゃないみたい。イシュトも吸血鬼とか呪いの人形って嫌いだよね」
ソニアは、イシュトのおっとりとした雰囲気に安心したのか油断したのか、最初の敵対心が薄れて普通に接している。
「吸血鬼に呪いの人形ですか? ヴァンパイアだけでなく、ミイラにも興味ありますよ。わたくし、ホラー映画とか好きで、今ちょうど映画館で吸血鬼ノスフェラトスという作品をやっていますよ」
「ホラー映画が好きなのですか。見てみようかな……」
ラムリーザは、この娘はリゲルと気が合いそうだなと思いながら、それでもなぜか見てみようと言い出してしまった。リゲルからいろいろと話を聞くうちに、自分自身も興味を持つようになってしまったのかもしれない。
「呪いの人形なら、今度公開される死霊紅魔館という作品が、それを扱った映画だと聞きます」
「くっそー、リリスもユコも映画に出やがって。あたしは出ていないのに!」
ソニアは一人で憤っている。ラムリーザは「それなら風船おっぱいお化けの出てくる映画はあるかな?」と聞こうと思ったが、わざわざ波風を立てるのも馬鹿馬鹿しいので黙っておくことにした。おそらくリリスやユコなら言っていただろう。
それに、ソニアの言葉はかなり鋭いはずなのに、イシュトの周りだけは波が立たない。怒るでもなく、困るでもなく、ただ柔らかく受け止めてしまう。
「それではちょうど映画館の近くまで来ましたので、見てまいりましょうか。わたくしも見てみようと思っていたので、ちょうどいい機会です」
「いいよ、見てみよう」
ラムリーザはイシュトに同意して、映画館に向かった。ソニアは一人「えー」などと乗り気ではないようだが、今日のソニアは付録だ。いや、付録って何だろうね。
こうして、まずは映画鑑賞から始まった。
映画が終わって映画館を出ると、昼の日差しが眩しい。まるで吸血鬼にでもなったかのように、日の光に照らされて塵と化してしまいそうだ。
ソニアなどは、「吸血鬼の実態がよくわかった。リリスにはより一層の警戒を」などと言っている。
「ゾンビが出てこなくても、怖い映画はできるのだね」
「あら、ホラー映画はゾンビだけではありませんわ。吸血鬼、狼男、ミイラ、そしてソニアさんが言っていたように呪いの人形。ものによっては家自体が悪魔になっていて、住民を苦しめるというのもありますよ」
「そ、それはすごいなぁ」
ラムリーザはリゲルに聞かされた範囲しか知らないし、最近はヨンゲリアの話で持ちきりだったのでゾンビぐらいしか知らなかった。そしてなんとなく、もっと他のホラー映画を見てみようかな、という気にさえなりかけていた。
こうなるとソニアは、「ラムが見るなら見る、見ないなら見ない」といういつもの行動に出ると思われるので、やりやすいと思う。
「ところで、ユライカナンで最新の映画はどんなものなのかな?」
ラムリーザは、いつの間にかイシュトと映画談義に興じていた。
「そうですね、キー・プスィ・オメガ・マーダーズでしょうか? なんだか二人組の殺人鬼、いえ表向きは害獣駆除を装っているけど、契約次第では人殺しも受け持つみたいでして。それに巻き込まれた主人公とヒロインの、どたばたコメディ? ホラーなのかしら? あらあら?」
「なんだか面白そうですね。次に機会があれば、それも見てみたいかな」
「わたくしの家に、大きなシアタールームがありますよ。こちらにいらしたときは、ぜひ一緒に見ていきましょうね」
ソニアが会話に置いてけぼりになっているが、ラムリーザはイシュトとは反対側でソニアの肩を抱き寄せながら歩き、それで埋め合わせをしているつもりだった。
「ソニアさんは、どんな映画が好きですか?」
と思ったら、イシュトは気を利かせて、ソニアにも話を振ってくれた。
「あたし? えっとね、呪いの人形と吸血鬼が戦って共倒れになるやつ」
「えーと、近いものではモンスター対狼男というのがありますが……」
「吸血狼男?」
「ええ、それもありますわ」
「あれれ? 実在したんだ」
ソニアはリリスをからかうために適当に使っていた言葉が、そのまま普通に映画として存在していたのを知って一人笑い始めた。
「なーんだ、リリスって映画のネタに事欠かないのね、あははっ」
ソニアが勝手に呼んでいるだけだが、そういうことなのだろう。
昼食には、ごんにゃとはまた別のリョーメン屋、スワキリョーメンという店に立ち寄ってみた。
とても領主の息子や娘が立ち寄るような雰囲気の店ではなかったが、そういった庶民じみたところが、ラムリーザの周囲に人を集める理由でもあり、またイシュトも似たような感性の持ち主だったということだろう。
「へぇ、ごんにゃ以外にもリョーメン屋があるんだね」
「わたくしは、ここのリョーメンが好きなのです。他にも、フータ、バリバリ、ヤマキンなどいろいろありますよ。抽選の結果、ごんにゃがフォレストピアへ行きましたが、まだまだ他にもあるんですよ」
「なるほどー、やっぱり店によって味が違うのかな?」
「はい、ここではピリゴマリョーメンがお勧めですわ」
「冷たいのある?」
「冷やしピリゴマかしら?」
「ではそれで」
そんなわけで注文してみたのだが、シチミが効いていて、辛口のリョーメンだった。トッピングとして、スレトノツメがそのまま乗っているが、激辛カレーで慣れたのか、ソニアはスレトノツメをそのまま食べている。
「ところで、ラムリーザさんは吸血鬼に襲われたらどうなさいますか?」
ここでも映画談義は続いていた。
「そうだねぇ、噛みつかれなければいいのだから、相手が近づいてきたら、顔をつかんでそれ以上近づけないようにするかな」
ラムリーザは、なぜかちらついて仕方がないリリスの顔を振り払いながら答えた。ソニアがリリスのことを吸血鬼、吸血鬼と言うから、いつの間にかラムリーザの中でも定着してしまいつつあった。
「あらあら、勇敢ですのね」
「ラムはね、勇敢さの徳は極まっているけど、清らかさの徳が足りない」
「何ですかそれは?」
「いや、気にしなくていいよ」
久々に出てきた徳の話。別に誰が聖者になろうが関係ない。ソニアがなりたければ、ソニアが聖者でも何の問題もない話である。
昼食の後は、適当に町並みを見物しながらそのままイシュトが住む屋敷へと向かっていた。屋敷ではイシュトが二人のためにケーキを焼いてくれるというのだ。
ケーキが出来上がるまでの時間、ラムリーザは庭にあったデッキチェアで横になって待つことにした。どこに行ってもラムリーザはこんな感じである。
そのとき突然茂みがガサッと音を立てて、誰かが現れた。ラムリーザは素早く身を起こすが、現れたのは見覚えのある人物だった。
「あれっ? ラムリーズのリーダー?」
「えっと、ウルフィーナさんでしたっけ? あーびっくりした、なぜそんなところから現れるんだい? てっきりまた襲われたのかと」
「この庭にはいろいろな花があってね、ちょうどここにミシアの花が咲いているんだ」
なんだか聞いたことのある名前だなと思ったら、例の五花術で使う花の一つだった。
「使えば敏捷度が上がる五花術だね」
「あ、知ってるんだ五花術」
「ユライカナンの人に聞いてね」
「それよりも、お姉ちゃんどうだった?」
「そうだね――」
ラムリーザは、ウルフィーナに姉のことを尋ねられ、思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。
やはり父親か誰かに言われて、今日一日付き合ってくれていたのか。しかし、そんな外交に娘が使われるのはかわいそうだ。そこだけは聞くことができなかった。
だから簡単に、「吸血鬼が怖かったよ」とだけ答えていた。それを聞いて、ソニアはきゃはっと笑った。どうせリリスのことを連想したのだろう。
ウルフィーナは姉のホラー映画好きを知っていたのか、くすくすと笑っている。
そこへイシュトが、焼き上がったケーキを持って庭に現れた。持ってきたのはホールケーキで、白いクリームに覆われ、その上にはイチゴが八つ乗っていた。
余談だが、実はラムリーザは、こういった生クリームを使った菓子が苦手である。しかしここでは、顔に出さないようにしているのであった。
「へー、自作でこんなのが作れるんだ、すごいね」
ラムリーザは素直に感心してみせた。一方ソニアなどは、すぐにでも食べたいといった様子を見せていた。
イシュトはデッキチェアのそばにあるテーブルにケーキを置くと、綺麗に四等分に切り分けた。
「ちょっと大きいかもしれないけど、おやつタイムにしましょうね。お口に合うか、自信はありませんが」
「食べ物に口のほうを合わせるのは得意だよな?」
ラムリーザは、ソニアを振り返った。
「うん。全然大きくないよ、あたし丸ごと全部食べる」
「そんなことをしたら、またおっぱいが膨らむぞ」
そんなことを言いながら、午後の時間を楽しく過ごすのであった。
今日はこのままイシュトの屋敷で過ごし、夕暮れが近づいたころ、再びイシュトに案内されてホテルまで戻り、この日はおしまい。町を案内すると聞いていたが、映画を見て通りを歩いたぐらいでほとんど屋敷で過ごしたような気がするが、まあよい。
ソニアが隣にいても、イシュトは最後まで嫌な顔をしなかった。むしろ最初からそういうものとして受け入れているようで、その穏やかさがラムリーザには少し不思議だった。
何を話しても急かされず、何かを間違えても笑って受け流される。そういう相手は、ラムリーザの周囲にはあまりいなかった。
ラムリーザの印象では、イシュトはおっとりとしていてそばにいて安心できる人だ、というものだった。友達や恋人というよりも、まるで優しいお母さんを連想するような……。
帰り際にイシュトは、一枚の手紙のようなものをラムリーザに手渡してから去っていった。ソニアなどはそれを見て、ラブレターを渡してきやがったと憤慨して、素早く手紙を奪い取る。
「なになに、小麦粉をふるいにかけて、牛乳と卵を――なにこれ?」
なんてことはない、先ほど作ってくれたケーキのレシピであった。
「なーんだ」と拍子抜けしたようにレシピを見つめるソニアの横顔を、夕暮れの光が、淡い赤色に染め上げていった。
打算も、悪意の影もない、ただただ穏やかだった、シロヴィーリ地方での休日。明日からまた始まるステージの熱狂を前に、その優しい甘さの記憶は、二人の胸に静かに、そして温かく残り続けるのだった。