ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
シロヴィーリ・パーク公演
帝国暦九十三年 紅炉の月・精霊の日(現代暦:八月下旬)
ラムリーザたちは大きめの車に乗り込んで、少し北のほうにある町ビエダへと向かう。この町の近くには水晶がよく採れるという山がある。
そんなこともあって、この町のお土産として有名なのは、ジプシーの玉と呼ばれている握りこぶし大の水晶玉だ。この玉を覗けば、周辺の地図が見えるかもしれないという、なんだか怪しい水晶玉であった。同じように頭の中に地図のイメージを浮かび上がらせるには、ナイトシェードとマンドレイクという貴重な秘薬を使ったおまじないが必要なので、そんな怪しい手順が不要なこの玉はお得ですよ、というのがこの町に住んでいる土産屋の店主の常套句となっていた。
明らかにうさんくさいが、旅行者の中には、こういった独特なものを土産として買う者も多い。水晶玉というのは事実で、少なくともインテリアにはなる。
「あたしたち有名人?」
車の中で、ソニアは目を輝かせながら尋ねてきた。
「残念ながら、有名と言ってもユライカナン全体では東端のシロヴィーリ地方だけだからな。首都公演とかはまだまだ大それたものだぞ」
しかしジャンは、まだまだだと言う。でもまあそれでも仕方ないというより、十分だと考えるべきだろう。ユライカナン最東端の中心都市サロレオームと、帝国最西端のフォレストピアという、隣接する都市同士が仲良くできたらそれでよい。それが第一目的で、ラムリーズの名声を高めるのは二の次三の次だ。
ちなみにこれはラムリーザには教えられていないのだが、帝国はユライカナンを、さらにその西にあるヌマゼミという厄介な国に対する緩衝地帯のように見ているところがあった。その国は粗野で、帝国ではいずれ討伐する計画もあるようだが、それがいつになるかはラムリーザの知るところではなかった。
さて、今日のライブには、この地方の領主の一家も見に来るらしい。御前演奏というほど大袈裟なものではないが、それなりに大切なことかもしれない。
ユライカナン最東端の地方領主として治めているのがシロヴィーリ家である。シロヴィーリ・パークとは、この領主家の名を冠した公園なのだ。
サロレオームの中心街からビエダまでの距離はそこそこあり、ポッターズ・ブラフ地方の東から西までぐらいの距離があった。ここまでがシロヴィーリ地方の北端となっているらしい。
それとは別に、出発前には、二日前のメサシアル・パークでの襲撃について、市長が謝罪に来ていた。
ラムリーザは「大事に至らなかったから気にしていないよ」と市長を安心させていたが、リゲルは「気にしろよ」と強く主張した。
「まぁ別に、僕はレイジィを信頼しているし、敵がユライカナンの警備の壁を突き破ってきても、レイジィなら止めてくれるよ。それに僕自身も、もう慣れているから相手の動きを瞬時に見切って、どんな状況でもその動きを止めることぐらいはできるからね。僕が少しでも相手の動きを止めてしまえば、先日のように、あとはレイジィが戦闘能力を瞬時に奪ってくれるので、僕は相手を迎撃することは考えなくていいんだ。少しでいいから身を守って敵に隙を作ればいいだけなんだよね」
「でもレフトールとは一騎打ちでやりあったのでしょう?」
そう言ったのはリリスだ。彼女にとっては聞いた話でしかないが、ラムリーザが一騎打ちでレフトールを迎撃したことは、ラムリーザの周囲にとっては自慢の種だった。
「彼との一件は……言っちゃ悪いけど、結局は子供同士のせめぎ合いなんだ。プロの殺し屋から身を守る護衛であるレイジィとは次元が違う。だから一騎打ちでも勝算があると睨んで挑んだわけさ。ただ、取り巻きが手を出したらめんどくさいので、そこはレイジィに頼ったけどね」
「相手が大勢で乗り込んできたらどうする?」
リゲルは、別の観点から掘り下げた。
「それはもう暗殺じゃないよね、大規模な襲撃だよね? そこまで来たらもう戦争だよ、個人がどうこう言っている次元を通り過ぎているんじゃないかな? そのために、通常の警備員がいるんだ。そこはユライカナンを信頼しよう。警備も増えていたからね。ちなみにレイジィの部下も数人呼んだ。僕は本当に狙われる立場なのだと知ったから、これからは警護もより厳重にするよ」
「しかし、ユライカナンにも変な奴はいるんだな……」
ジャンは、少しがっかりしたようだ。だからラムリーザは、元気付けるために言った。
「どこの国にでも善人と悪人はいるよ。一人の悪人が事件を起こしたからといって、全部を憎むのは間違っている。悪いのは犯人とその狂気、それを仕向けた者。間違っても、関係のない人々や他の国民にまで責任を負わせてはいけないね。あくまでその犯人一人と、その裏にいる組織の責任を問うくらいにとどめないと、正常な国交なんて不可能だよ」
そこに珍しく、レイジィがラムリーザのそばにやってきた。ラムリーザ以外のメンバーに、緊張が走る。
レイジィは、ラムリーザの耳元で何かをつぶやくと、すぐに離れていき、目立たない場所へと身を隠した。
「何だ今のは?」
リゲルはラムリーザに尋ねる。
「えっと……そのぉ……たぶんユライカナンの悪者の話をしていたから、最新の情報を持ってきたのだと思う」
「犯人について何かわかったのか?」
「帝国の強引な取り調べで、あの犯人、ヌマゼミの刺客だったみたいなんだ」
「ああ……」
リゲルは何かを察したように頷いた。
「リゲル、何か心当たりあるのか?」
「んや、帝国とユライカナンが親密になると、面白くないのはヌマゼミだ。だから刺客を放ち、ユライカナンで事件を起こさせて、二国の仲を裂こうとしたのだろう。単純な考えだな」
「戦争になるかな?」
リゲルの考察を聞いて、ジャンは身を乗り出す。
「なんだお前は、戦争を望んでいるのか?」
「いや、あの国は変な国だから、一度徹底的に叩いておくべきだと思うんだ。支配しても価値がほとんどないから動かないだけなのだろうけどね」
ジャンとリゲルの会話をきっかけに、場に冷たい沈黙が落ちた。学生バンドのツアーという華やかな表舞台のすぐ裏側に、国家間の血生臭い思惑が渦巻いている。その事実が、ラムリーザたちの肩に重くのしかかるようだった。
「物騒な話はやめよう。それよりもソニアたちは平気かい?」
ラムリーザは、話が変な方向へ進み始めたので、ソニアたちに話を振って話題をそらしてみた。
「あたし怖くない。レイジィ強いもん」とソニア。
「有力者の宿命です」とロザリーン。
「これで私も有名人かしら」とリリス。
「こんなことでラムリーザ様に対する忠誠心は変わりません」とユコ。なんだか必死に聞こえる、無理をしているのがバレバレだ。
「呪いの人形の忠誠心なんて要らん」
そう言い放ったのはソニアだ。どうやらみんな、必要以上に萎縮はしていないようだ。
「ミーシャはね、リゲルおにーやんが守ってくれるから怖くない」
普通にそんなことを言ってくるものだから、リゲルは「馬鹿」とつぶやいて顔をそむけた。なんか顔が赤いぞ?
その中で一人だけ物騒に答えたのが、ソフィリータだ。彼女は、「迎撃します」とだけ答えていた。
そんな雑談をしているうちに、公演の時間が近づいた。
ラムリーザは、みんなを励ますつもりで勢いよく立ち上がりながら言った。
「このツアーを中止したら、ユライカナンとの間に禍根が残る。それがあの国の目的なのだろうから負けていられない。なぁに、今日もかっ飛ばす。ラムリーズはまだまだ終わらんぞ、ベヤングだベヤング!」
「おいっす!」
「だからなぜそこでまたベヤングが出てくるのよ」
気合を入れてラムリーザに同調するソニアと、ツッコミを入れてくるリリス。その差は、いつもどおりだ。
それでも一同は勢いよくホテルを飛び出し車に乗り込み、シロヴィーリ地方北の都ビエダへと向かっていった。
車で三十分ほど移動して、ビエダの町へと到着した。
公演を行うシロヴィーリ・パークの前では、この公園の名前の由来となっているシロヴィーリ家の当主、シロヴィーリ卿が待っていた。彼がこのユライカナン東部地方の領主であった。
「これはこれは、フォレストピアの領主殿」
シロヴィーリ卿が恭しく頭を下げて手を差し伸べたので、ラムリーザもそれに応じた。実際のところ、ラムリーザはまだ正式な領主ではなく、成人してから正式な領主となり、それまでは母親が代行をしていることになっている。だが細かいところは気にしない。未来の領主という意味では、同じようなものであった。
「初めまして、シロヴィーリ卿。ラムリーザ卿です」
「違う」
すかさずリゲルがツッコミを入れた。
「ラムリーザは名だから、そこは姓であるフォレスター卿と名乗るのが正解だ」
「――ということです」
ラムリーザは、顔を赤らめて頭を掻きながらリゲルの説明に続いた。
シロヴィーリ卿は、「わっはっは」と大笑い。それを見てソニアなどは、「つかみはオッケー」などと謎めいたことを言っている。
最初の挨拶が和やかに終わると、とたんにシロヴィーリ卿は真顔になって話した。
「ところであの暴漢はどうなったのでしょうか? こちらで捕らえていろいろ調べたかったのですが……」
「それはその、僕の兄がそういうことは絶対に許さない性質なので、強引に帝国へ送還してしまってすみません」
「いえいえ、君たちは被害者、謝るのはこちらです」
ラムリーザとシロヴィーリ卿は、互いに頭を下げ合っている。だがラムリーザは、シロヴィーリ卿を責めてもしょうがないとわかっていたので、ここは慰めることにした。
「大丈夫です、こうして僕たちも無事なわけですし、そんなことをいちいち気にしていたらやっていけません。それに、昨日のパレードの警備は完璧で、何も問題は起こらずにスムーズに進行できました。この点についてはお礼を言います。ありがとうございました。そしてありが――」
ラムリーザは、二重のお礼になりかけたのであわてて口をつぐんだ。
「ありがとう! そしてありがとう!」
ソニアが余計なことを脇から述べる。ラムリーザは、ソニアの頭にげんこつを落とそうとして、思い直して胸元をぐっと押した。
「ふえぇ――っ」
その様子を見て、リリスとユコはくすりと笑った。そして小声で「ふえぇちゃん発動」とお互いにつぶやき合って、くすくすと笑い続けているのだった。
「それはそうと、紹介したい者がいるので、挨拶をさせましょう」
シロヴィーリ卿は、後ろに控えていた三人を前へ出した。まずは、もっとも背の高い男性が名乗った。
「アッシュ・シロヴィーリだ。シロヴィーリ家の嫡男である」
その印象は、黒衣に包まれたリゲルに近かった。冷静沈着な跡取り息子、といったところだろう。まるで値踏みをするような鋭い目つきで、ラムリーザを見つめている。
ライブの前の挨拶というより、どこか次代の領主同士の顔合わせのようでもあった。ラムリーザには、まだその重さを実感できていない。
「わたくしは、イシュト・シロヴィーリと申します。初めまして、よろしくお願いします」
今度は、穏やかな女性がゆったりとした口調で名乗った。おっとりとした娘といったところか。アッシュと違って、その目は優しそうだ。声は大きくないのに、不思議と聞き取りやすかった。聞き手を急かすところがなく、周囲の空気まで少し柔らかくするような話し方だった。
「あたしはウルフィーナだよ。よろしくねっ」
最後の一人は、なんだか元気いっぱいといった感じの少女だった。ソニアやミーシャと気が合いそうだ。
「長男のアッシュ、長女のイシュト、次女のウルフィーナです」
最後に、シロヴィーリ卿が三人の関係を説明して、自己紹介は終わり。どうやらアッシュはラムリーザよりも二つ上、イシュトは同い年、ウルフィーナは二つ下らしい。
ラムリーザ自身の印象では、アッシュは黒衣のリゲルのようで、イシュトはおっとりした雰囲気の物腰のやわらかい娘、ウルフィーナは元気な娘といったところか。今日はこのシロヴィーリ家の人々もライブを見ていくらしい。
「ところで、母親はどちらでしょうか?」
ラムリーザは、来ているのが父子四人だけで、母親の姿が見えないことが気になった。そして尋ねてから、聞くべきではなかったことかもしれないとちょっと後悔していた。しかし、別にラムリーザが危惧するような理由ではなかった。
「その、家内はこういった騒がしい場が苦手で……。そんなこともあって、無理に連れてくるのも可哀想かなと」
「あ、それはその、大変ですね。あいやいや、大丈夫ですよ」
何が大変で大丈夫なのかはわからないが、ライブとは基本的にうるさいもの。きっと物静かな奥さんなのだなとラムリーザは勝手に想像していた。そういえば自分の母親も、ライブに顔を出したことはないな……と。
そうこうしているうちに、開演時間がやってきた。
ラムリーザたちはいつものようにステージ上で準備を始めた。ソニアなどは相変わらず不思議な踊りを披露している。いつものことだ。
今日のライブでいつもと違うのは、途中でゲストとしてアッシュ、イシュト、ウルフィーナの三人が一曲ずつ歌う企画が入っていることだ。
イシュトの歌声は、リリスのように力強くも、ソニアのように高く突き抜けるものでもなかった。ただ、ゆっくりと耳に残るような、柔らかい響きがあった。
また、アッシュはおそらくラムリーザと同じ立場で、シロヴィーリ地方の未来の領主といったところだろう。将来を見据えて、初顔合わせついでに初共演も行って親睦を深めておこうといった狙いがあるのだ。
二人が領主となったとき、二つの国が手を取り合って繁栄できるように、といったところだろう。
最後はソニアのきーらきーらで締め。例の大寒波事件以来、雪を嫌っていたソニアだが、時も流れあの寒さも忘れたのか、最近では普通にレパートリーとして復活している。
また、二日前のような事態を繰り返さないように警備もさらに強化されていたのか、今日は何もトラブルが発生することなく終わったのであった。
余談だが、ラムリーザはビエダの町の土産屋で、ソニアたちからジプシーの玉をねだられた。ここにも、うさんくさい土産に飛びつく旅行者がいた。
シロヴィーリ・パークでの公演が終わり、帰り支度をしていると、ラムリーザはシロヴィーリ家の長女イシュトに呼ばれ、誘われるようにステージ裏へと向かっていった。
イシュトは、穏やかな視線をラムリーザに向けたまま、ゆったりとした口調で語りかけた。
「ラムリーザ様、でしたわね。今日の公演、お疲れ様でした」
「いえいえ。イシュトさんこそ、楽しんでいただけたなら何よりです」
ラムリーザは、そのゆったりとした、おっとりした口調に、なんとなく癒しを感じていた。元気なソニアとはまた違った魅力だ。ただし、自分の名前を様付けで呼ばれると、ユコの顔がちらついて仕方がない。
彼女の瞳は、まるで波ひとつない静かな湖面のようだった。底が見えないのに、どこか心地よくて、つい覗き込みたくなるような不思議な引力を感じる。周囲の片付けの喧騒がふっと遠のき、二人の間だけに特別な時間が流れているような錯覚を覚えた。
イシュトは、笑顔を浮かべて言葉を続けた。
それは穏やかな誘いだった。強引さはなく、押しつけがましさもない。それなのに、ラムリーザはその言葉が妙に耳に残るのを感じていた。
「明日の休暇に、わたくしに、この町を案内させていただけませんか? できればラムリーザ様お一人で――」