ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


意味のわからないパレード

帝国暦九十三年 紅炉の月・女神の日(現代暦:八月下旬)

 この日の朝、ラムリーズのメンバーは、一つの大きな部屋で全員一緒に朝を迎えることとなった。昨日の事件が原因で、特に女性陣が、個室で別々に泊まることに反対したわけだ。

 夜更けに大急ぎで布団などを一つの部屋に移して、まるで修学旅行の宿泊のような雰囲気を作り上げていた。そうすることで、安心を得ているわけだ。

 人目があっては同衾もできないと、ミーシャがリゲルの布団に入り込んでこようとすると、リゲルは「こらっ」と言って追い返していた。その一方で、ソニアは当たり前の顔をして、ラムリーザの布団にもぐりこんでくるのであった。

 誰かが寝返りを打つ音だけで、何人かが目を覚ました。昨夜は誰も、完全に安心して眠れたわけではなかったのだろう。

 

 今日はライブは休みだが、朝からパレードが予定されていた。

 ラムリーザはジャンに「自分たちはそこまで大物じゃないのに、パレードなんてやる意味があるのか?」と反対したが、「友好親善の象徴になる都市の領主候補が、小物なわけがないだろうが」と一蹴されて決行することになった。

 ただし昨日の今日なので、警備体制をより強化するということもあり、予定よりも開始時刻は二時間ほど遅らされることになった。

 昨日の事件の後、レイジィから帝国本土へ、主にラムリアース宛に連絡が飛び、そのラムリアースの命令で帝国からも護衛を増員して派遣すること、さらにユライカナン側の警備も増強することが命じられたのだ。

 そして捕らえられた暴漢は、ラムリアース主導で尋問を受けているという。

「これで三人目か……」

「え? なんだって?」

 ラムリーザのつぶやきに、ジャンは素早く反応した。

「なんでもな……いや、僕は君のことが好きだと言ったのだ!」

「気色悪い変なことを言うな!」

 ラムリーザにとって、命を狙われるのは初めてのことではないので、ある程度余裕があり、そのことを知っているジャンも、いつもどおりに軽口を叩き合っている。

「ふふっ、臆病者が」

 そしてソニアは、朝から口数の少ないリリスやユコを煽っている。一番恐怖を感じていたのは、やはりリリスやユコたちだった。

「なんですの……あなたは怖くないの?」

「いちいちこんなことで怖がっていたら、ラムの恋人なんて務まらないよ。さっさと寝取るの諦めたらいいのに」

「くっ……」

 リリスとユコは、これ以上ソニアに大きな顔をさせておくのも癪なので、なんとか平静を保とうと努力していた。

「でも去年、レフトールが襲いかかってきたとき、あなたすごく焦っていたじゃないのよ」

 リリスは去年のことを思い出して、ソニアに反撃を試みる。

「だってあのときはレイジィもソフィーちゃんもいなかったし」

 しかしソニアも、しっかりと切り返していた。これにはリリスも黙るしかなかった。

「そう思うと、あの時期が一番危なかったし、狙うならあの時期だった……」

「え? なんだって?」

 再びラムリーザのつぶやきに、ジャンが反応する。

 ラムリーザは、ソニアの言ったことを聞いて、護衛を置かずにポッターズ・ブラフで生活していたときのことを思い出した。初めての地で生活することに気を取られていて、基本的なことを忘れていたのだ。むしろ、そのようなときだったからこそ、本来なら護衛がもっとも重要な時期だったにもかかわらずだ。

 幸いそのときはまだ領主ではなく、ポッターズ・ブラフの市民だった。それに、ラムリーザの知名度もほとんどなかった。学園規模で不良には絡まれたが、政争絡みの刺客の標的にはなっていなかった。

「護衛もなしに、クリスタルレイクまでよく遊びに行ったな、と思っただけだよ」

「むっ、来年はそこでキャンプな。俺行ってないし!」

 だが今はもう大丈夫。護衛のプロであるレイジィが、ラムリーザの生活の妨げにならないよう、うまく姿を潜ませながら、常に周囲に気を配っていた。

 

 パレード開始までの待ち時間、気を取り直したリリスとユコは、ソニアと一緒に再びホテル内のゲームセンターに遊びに行っていた。これは「ホテルから出るな」というルールに反していない。

 今をときめくバンドのメンバーであっても、実態はただのゲーム好きだった。

 三人は、まだフォレストピアには流れてきていないゲームを楽しんでいた。なんだか風船を背負った人が、同じく風船を背負った敵の風船を攻撃して割れば勝ち、というルールのようだ。

 最初は協力して敵を退治していたが、操作ミスでソニアがリリスの風船を割ってしまって以後は、壮絶な同士討ちの戦いが繰り広げられることになってしまっていた。

 ソフィリータとミーシャは、ビデオカメラを片手にホテル内をあちこち歩き回り、投稿動画のネタ探しでもしているのだろう。

 一方リゲルとロザリーンは、ホテルのロビーラウンジでソファーに腰掛け、それなりに真面目な会話をしていた。

「私たちも、将来的にこういうことに慣れていかないとですね」

「ああ、首長というのも、こういったことが大変だな。今のうちに、フォレスター家に取り入って保護を受けたほうが賢明だな」

「リゲルさんは、フォレスター家に?」

「うむ、マトゥール島を見てきたことで、考えが固まった。フォレスター家は、帝国から独立しようと思えばできるほどの力を持っている。それなのに、なぜ宰相の地位に留まって満足しているのか――ラムリーザの父親はお人好しなのか……」

 リゲルは、マトゥール島周辺に眠る莫大な資源を見てきた。この資源は、一つの国を形成できるほどのものだ。それが、フォレスター家の管理下にあるのだ。

「重要なことを忘れていますよ。ラムリーザさんの母親は、皇帝陛下の姉君であらせられます」

 ロザリーンの一言に、リゲルは固まった。

 少しの間沈黙が流れた後で、ようやくリゲルは口を開いた。

「……それは壮絶な見落としだった、いろいろと納得したぞ。親父から実権を引き継いだら、積極的にフォレスター家に取り入ろう。しかし奴も先見の明があったというわけか……」

「誰です?」

「レフトールだ。あいつは誰よりも早くラムリーザに取り入ろうとしてきた。もともとケルムの配下だったのを、あっさりと乗り換えてな」

 リゲルは大きく息を一つ吐いて、ソファーの背にもたれかかって大きく伸びをした。

 その一方で、ラムリーザはジャンと共に、これから行われるパレードの打ち合わせを念入りにしているのだった。

 

 結局パレードは大幅に遅れ、昼食後に始まることとなった。

 メンバーは、バスのような乗り物に案内され、その屋根上に上がった。そこは手すりのようなもので囲まれていて、周囲からよく見える場所だった。

「やりすぎだろジャン!」

 ラムリーザは、あまりにも本格的な設備に戸惑い、立案者のジャンを問い詰めた。これではまるで、何かの大会で優勝したような行進だ。

「いいんだよ、人が集まっているだろ」

 しかしジャンは、どこ吹く風だ。

 ジャンの言うとおり、ホテルの駐車場を出たところから、すでに人だかりだった。ざっくり見た感じ、学生らしき人が全体の半分以上で、残りは大人と警備員が半々程度。

 バスが動き出すと、沿道のざわめきが一段大きくなった。誰かが名前を呼び、別の誰かが手を振り、警備員の笛の音がその間に混じっていた。
              
サロレオームの大通りで、警備員が沿道を固める中、ラムリーズのメンバーがバスの屋上から観衆に手を振るパレードの場面
 こうして、ラムリーズのパレードが始まった。

 

 ぱーぱかはいやー、ほいぬかゆー、なーむなやーよー、ほいなーやー
 ぱーぱかはいやー、ほいぬかゆー、なーむなやーよー、ほいなーやー

 

「警護がやたら目につくな」

「昨日の今日だし、警備体制が三倍になったらしい」

 警備員がガードしていて、バスの五メートル以内には入れないようになっている。さらにラムリーザたちと同じ屋根上では、隅のほうにレイジィが控えている。

 最初、ミーシャが馴れ馴れしくレイジィに近寄ってカメラを向けようとしたが、リゲルは素早くミーシャの手を引っ張って引き離した。

「警護の人に関わってはいけない。邪魔をするんじゃないぞ」

「はーい」

 なんだかんだとミーシャはリゲルに素直であった。

 ミーシャは逆に、観衆のほうへカメラを向ける。撮影者と被写体が逆転しているような気がするが、気にしないでおこう。

 パレードのバスは、大通りをゆっくりと南のほうへ進んでいった。

 ソニアはいつものように、不思議な踊りに必死になっている。妙な光景だ。

 しかしリリスとユコは戸惑っている。ユコなどは、ふらふらとラムリーザのそばへ近づいてもたれかかった。

「どうしたユコ、疲れたか?」

「いえ、こんなところで私たち、どうしたらいいんですの?」

 ラムリーザはくすっと笑って、ユコをそっと引き離して、しっかりと立たせてから言った。

「簡単だよ、笑顔で手を振っていればいいのさ」

 ラムリーザは右腕を掲げた。すると観衆がワッと沸いたような気がした。それを見てユコも、顔を赤らめながら手すりのそばで小さく縮こまって手を振ってみるのだった。そして「やっぱりこんなの、場違いすぎますの」とつぶやくのだった。

 一方、リリスはすでに目立つことを諦めて、後方へ移動してぼんやりと遠く離れていく観衆を見つめていた。

 リゲルはと言えば、最初から観衆の前に姿をさらすのは避けているらしく、屋上の床に座り込んだままで全然顔を出していない。

 ビデオ撮影に飽きたミーシャは、カメラをソフィリータに渡して続きを撮影させ、自分はソニアに合わせて同じ踊りを踊りだした。不思議な踊りをする者が二人、妙な光景は、さらに奇妙な光景へと進化した。

 ロザリーンはさすがにしっかりしているのか、最初から愛想笑いを浮かべて観衆に応えている。首長の娘だけあって、人前に出ることには慣れているようだ。

「それで、このイベントは何の意味があるんだい?」

 ラムリーザは笑顔で観衆に向けて手を振りながら、隣にいるジャンに話しかけた。

「アイドルというものは、こうしたパレードみたいなイベントをやることがあるだろ? それを真似て再現してみただけだぞ」

 ジャンが言うには、どうやら思いつきで試してみただけらしい。

「馬鹿な、誰がアイドルだ? もしも観衆が集まらなかったらどうするつもりだったんだよ? というか、彼らは本当に観衆か? ひょっとしてほとんどサクラとか――?」

「んなわけないだろ。一応最初に出したレコードは、ユライカナンのヒットチャートで十七位という結果を出したんだぞ」

「それもジャンが買い占めて出た結果だとリリスたちは噂しているぞ」

「それをやるなら一位にしていたさ」

「いや、それだとあからさまだから、適当な順位でお茶を濁したとか」

「だったら十七位という中途半端な順位じゃなくて、七位とかラッキーセブンを目指していたさ」

「そもそも帝国でオーディションも受けていない、非公式なバンドがこんなことやっていいのか?」

「甘いな、これはバンドの活動のように見えるが、半分はその通りで、もう半分には別の真の意図がある」

「何だそれは?」

「ユライカナンとの交流イベントの一環だ。領主様のお披露目会なのさ」

「う~む……」

 ラムリーザは、ジャンにうまく丸め込まれたようだ。

「いずれは逆に、ユライカナンのほうから人気バンドを呼んできて、パレードをフォレストピアでやるかもしれないからな」

 ジャンの理論が正しければ、いずれそんなイベントも発生するはずだった。

 ただし、「そのためにはまずはうちの店で公演を開いてもらう必要があるがな」と追加した。商魂たくましいというかなんというか、である。

 昨日の事件がなかったかのように、沿道の人々は手を振り、声を上げていた。だが、バスの周囲を固める警備員の列だけは、昨日の出来事を忘れさせてはくれなかった。

「それにしても、警備員の列が途切れないな。いったい何人集めたんだ?」

「ずっと同じ場所で警備しているわけじゃないさ。バスが通り過ぎてしばらくすれば、そこはもう警備する必要がなくなるので、手の空いた警備員は別の車で素早く移動して次の警備地点へ先回りするわけさ」

「なるほどねー。あーもう手を振り続けるの疲れてきた」

 最初から手を振るのを放棄しているのも数人いる中、ラムリーザは律儀にも観衆に応え続けていた。

「だめだ、ラムリィ。これはお前のためのパレードだ。いずれは逆のパターンも計画するが、今はお前ががんばれ」

「一番がんばっているのはソニアだけどね」

 そろそろ三十分を過ぎようとしているが、ソニアはまだ不思議な踊りの真っ最中。もうしばらくしたらダウンするだろう。そしてまた筋肉痛騒ぎか……

 そこでラムリーザは気がついた。

「ひょっとして明日は公演だよな?」

「ああ、スケジュールではそうなっている」

 ジャンに確認を取ってから、ラムリーザは手を振るのをやめてソニアのほうへ向かっていった。そして踊っているソニアを捕まえると、そのまま自分のそばまで引っ張った。

「なっ、何?」

「明日筋肉痛で倒れられたら困るから、ダンスはこれでおしまい」

「えー? あたし、踊ってない」

 ソニアの一言に、ラムリーザは絶句する。やはりあの行動は無意識のうちにやっていることだった。逆に言えば、無意識のうちに適当に踊っている動きをコピーするミーシャは、大したものだと言える。

「ほら、観衆に応えて手を振って。ほら、あの人はソニアに向かって手を振っているよ」

「えっ? どこどこっ?」

 ソニアは手すりから身を乗り出して、ラムリーザが示した方向へ手を振り出した。

 ラムリーザはそれを見て、これなら問題ないかと判断し、あとはパレードが終わるまで、ソニアが踊りださないように監視しておくのだった。

 

 ぱーぱかはいやー、ほいぬかゆー、なーむなやーよー、ほいなーやー
 ぱーぱかはいやー、ほいぬかゆー、なーむなやーよー、ほいなーやー

 

 沿道のどこかから、意味のわからない調子のよい掛け声が聞こえてくる。歓迎の歌なのか、ただの流行なのか、ラムリーザには判断できなかった。

 意味は分からなくても、そのリズムは不思議と心地よく、パレードの進む速度に合わせて街のあちこちへ広がっていくようだった。それは昨日、ステージで味わった恐怖を、ゆっくりと押し流していくための優しいおまじないのようにも聞こえた。

 バスはサロレオームの街とその隣町をぐるりと一周して、夕方前まで続いたのだった。

 意味があるのかどうかは、最後までよく分からなかった。それでも、事件の翌日にこれだけの人が集まって手を振ってくれたことだけは、ラムリーザの中に妙に残った。

 運営は全部ジャンに丸投げだ、任せてしまおう。ラムリーザは、そう考えるのだった。任せられる相手がいることもまた、領主候補としての救いだった。

 傾きかけた太陽が、サロレオームの街並みを鮮やかな紫色と茜色のグラデーションで染め上げた。パレードで浴びた、調子のよい掛け声や、まっすぐな歓声もまた、偽りのない現実だ。