ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


野外公演に差す影

帝国暦九十三年 紅炉の月・王の日(現代暦:八月中旬)

 この日は朝から快晴で、絶好の野外公演日和だった。

 ラムリーザはソニアと共に、ホテル最上階に用意された部屋で目を覚ました。

「おはよ~ラム、チョコレートが食べたいなぁ」

 ソニアは寝ぼけまなこで、そんなことを言ってくる。

「チョコレート? リゲルにねだってこいよ」

 チョコレートはなかなか手に入らない。ごくまれに、リゲルが独自のルートで手に入れてくるらしいのだが、これまでに一度しかもらったことはなかった。

 ホテルの部屋割りは、贅沢にも基本的に全員個室というものだった。いくつか部屋割りに動きがあって、空室ができたかもしれないという話は、ここでは置いておこう。

 今日のスケジュールは、午前中は自由時間。午後の二時から二駅ほど離れた場所にあるメサシアル・パークで公演。それが終わると、今日の仕事は終わりで残りは自由時間となっていた。

 しかし、ホテルからの外出はなるべく控えるようにと言われていて、わりと暇を持て余すことになってしまった。

 幸いホテルの中にゲームセンターがあったので、ソニアたちはそこで遊んで、暇をつぶしているようだった。

 十時を回った頃、ミーシャとソフィリータの二人が警備員に連れられて戻ってきた。

「こらっ、何をやらかした?!」

 リゲルはミーシャを叱るが、ミーシャは「何もしてないよー」とだけ答える。

「申し訳ありませんが、ツアー中の外出は控えてください」

 警備員はただそう言っただけで、元の仕事へ戻っていった。

「……で、なぜ捕まった?」

 リゲルは再びミーシャに問い詰める。

「わかんない、こっそり抜け出して繁華街を散歩していたら捕まったの」

 どうやら、メンバーに対して厳重な警備が敷かれているようだった。

「安全を確保してくれるのはいいけど、ちょっと窮屈じゃないかな?」

 ラムリーザは、少し非難めいた口調でジャンに尋ねてみた。

「そりゃあお前たちは超VIP待遇ということにしているからな。ユライカナンの警備員たちも、神経を尖らせている」

「たかが一介のバンドに? 世界的に有名でもない、こんな一地方で盛り上がっているだけなのに?」

「表面だけを見ればその程度だが、実質的には国同士の親善大使みたいなものだ。他のメンバーはいいとしても、お前はその相手国の交流都市の領主となる身だ。迎賓の対象にもなっているんだぞ」

「僕は安全にホテルの中でおとなしくしているよ。でも他の人は自由にしてもいいじゃないか」

「それでミーシャやソニアに何かがあったら、ユライカナンに対するお前の心証が悪くなるだろ? メンバーも同じような待遇なんだよ。だからミーシャも部屋でおとなしくしてろってこった。そのために、立派な部屋をあてがっているんだ。あの部屋だと缶詰にされたとは感じないだろ?」

「まあいいか、みんな部屋に戻るぞ」

 こうして午前中は、少しトラブルがあったが平穏無事に過ぎていった。

 昼食時、ユライカナンで発売される新作ゲームの話題が上がっていた。何やら、ミシェイルトンサーガというRPGが出るらしい。

 ソニアとリリス、ユコの三人は、すでにユライカナン産のゲーム機も揃えている。最近ソニアが頻繁にラムリーザを対戦に誘うグンバゲンベリイも、その系統だ。

 そしてその新作RPGも面白そうというわけで、このツアー中にゲーム屋に寄って買って帰ろうという話になった。

 

 昼食が終わると、時間に余裕を持たせて、野外ライブを行うメサシアル・パークへ移動を始めた。そこは公園なので、開演まで散歩でもできるだろう。

 パークではすでにステージが仕上がっており、前座バンドが演奏していた。まだ始めたばかりのグループなのか、それほどうまくはない。

「ラムリーズの影響で、この地方の学生の間で、学生バンドが流行っているんです。その中から抽選で選んで、自由に演奏させているのですが、オーディションではなく抽選なので、腕のほうはまちまちでして」

 案内人はラムリーザにそう説明した。

「なんでまた抽選に……」

「オーディションは、ジャンの店に出演させるバンドを探すために使っていますので」

「そんなものかなぁ?」

 しかし一方のソニアは、前座バンドに文句をつけた。

「なんであのグループ、みんなクソ長い靴下履いてるのよ。あたし、あの靴下大嫌い」

 どうやらラムリーズの衣装も流行したようで、女性メンバーはそろって、ミニスカートにサイハイソックスといった出で立ちだ。

「衣装も流行っているのですよ」

 案内人の説明に、ジャンは「いいじゃん」と答え、ソニアは「馬鹿みたい」と答えた。

 そこで案内人に衣装の由来を聞かれたので、ラムリーザは通っている学校の制服をジャンが気に入っただけ、と答えておいた。流行だけでなく、涼暖機能素材が広まっているという理由もある。さらに、大胆なように見えて、それほど露出がないのが良いところらしい。一方の男性用はコート風で、これも学校の制服そのままだ。

 

 そうしているうちに前座の演奏は終わり、いよいよラムリーズのライブが始まる時間となった。

 今回は、オープニングをミーシャが担当することになった。たまには目立たせてやろうという、リゲルからの強い要望だった。

 ソニアとリリスを黙らせるために、その後のリードボーカルの配分はミーシャを少なめにする、という条件で納得させていた。

 

♪ぼーくは、たーだの、子供に見えるけどー、ホントはあの有名な「おまーた少女」なーのさっ――

 

 ミーシャの甘ったるい媚び媚び声が、スピーカーを通してパークに響き渡った。

 どうやら観客の中にはダンス動画を知っている者もいたようで、「あれ? あの娘、S&Mの踊り子ちゃんじゃないか?」などと話し合っているようだ。

 続いてリリスが二番手としてリードボーカルを取る。

 

♪思い出の歌、目に浮かぶわ、あの星空思い出の町。そう歌って、あの日の歌を。月がかがやく。行こう、手をつないで、あなたと二人、そういつの日も、あの歌のように――

 

 オーソドックスな力強い声がリリスの特徴だ。視線恐怖症を克服してからというもの、リリスの歌声はより力強いものとなっていった。

 続いてソニアが三番手として登場。

 

♪変わらない毎日、そんな中で走ってみても明日は見えなくて。不安定な足元を見つめながら、夜明けの街角で私は一人きり――

 

 ひときわ高い声。下手をすれば耳障りにもなりかねない、リリスとはまた違ったボリュームのある熱唱である。

 そんな感じでライブは進み、一時間弱の演奏で終了となった。

 最後の音が消え、客席から拍手が広がった。メンバーたちも、今日の公演は無事に終わったのだと、ほんの少しだけ気を緩めていた。

 

 異変は、そのとき起きた――

 

 観客もライブが終わったと思って気を抜き、ラムリーズのメンバーもやれやれと息をついたときである。

 ステージから見て右側の観客席で、小さなどよめきが起きた次の瞬間、一人の男がステージに向かって突進してきた。熱狂的なファンか?

 いや、違う。その手には、短剣が握られている。

 警備員が慌てて駆けつけるが、男はそれよりも素早くステージへ飛び上がった。

 男はちょうど目の前にいたリリスを突き飛ばすと、一直線にドラムセットへ向かい、ラムリーザ目がけて短剣を突き出した。

「死ねや! 帝国の手先!」
              
メサシアル・パークの野外ステージで、短剣を持った暴漢がラムリーザに迫り、レイジィが横から蹴り上げて阻止している場面
 短剣を前に、ラムリーザは素早く立ち上がり、ドラムのスティックを振りかざして対抗する。しかしそれよりも早く、脇から影が動いたかと思うと、男の手を横から蹴り上げた者がいた。レイジィだ。

 短剣は宙を舞い、ステージの端まで飛んで、ユコの近くに落ちて床に突き刺さった。

「キャアアァァーーッ!」

 そこにユコの悲鳴が響き渡る。

 警備員たちも、急いでステージに駆け上がろうとしているが、突然現れた暴漢は、短剣を失いながらもそのままの勢いでラムリーザに向かってくる。

 ラムリーザは、落ち着いて暴漢の顔面を右手で受け止めた。続いて、そのままつかんだ腕を振り上げた。暴漢は、顔面を鷲掴みされたまま宙吊りとなる。ラムリーザの指の間から、血がにじんだ。

 もがく暴漢にレイジィは素早く接近し、短剣を持っていた右腕を極めた。鈍い音とともに、暴漢の右腕から力が抜けた。肩の関節を外したようだ。すかさず左腕にも同じ技をかけ、暴漢はラムリーザに宙吊りにされたまま、両腕をだらんとぶら下げる形となってしまった。

 そこでようやくラムリーザは、暴漢の顔面をつかんでいた腕を外した。顔には指の跡が残り、そこから血が流れている。

 そこにレイジィの放った下段蹴りが、暴漢の右足にまともに入った。

 同時に、ソフィリータの飛び蹴りが、暴漢の顔面に炸裂!

 右足をまともに使えない状態になり、暴漢は吹っ飛ばされた。どうやら足を折られたらしい。

 両腕と右足の自由を失った暴漢は、倒れたまま動けない。

「失敗することになるぞ、足を一本残している」

 ラムリーザは、レイジィに指示を出す。そこでレイジィは、暴漢の左足を取り、股関節のあたりで鈍い音を響かせてまたしても関節を外した。

 そこにようやく警備員がドラムセットの近くに集まった。

「遅い! 接近される前に捕らえられんで、何が警備兵だ!」

 珍しくリゲルが声を張り上げるが、その顔はもともと色白だが、今はさらに青白い。

 ユコはキーボードの前にペタリと座り込んで泣きじゃくっているし、ロザリーンもピアノの席に座ったまま顔面蒼白だ。リリスとミーシャは、魂が抜けたように立ちすくんでいる。その一方で、ソニアだけは不満そうな顔をしているが、顔色はしっかりしていて、動じていない様子を見せていた。

 ソフィリータは、飛び上がって暴漢のわき腹あたりに、追撃の膝を落とした。そして、「この異常者が!」と言いながら、なおも蹴りを入れ続けるが、さすがにそれは警備員二人に羽交い絞めにされて引き剥がされてしまった。

 普段なら誰よりも落ち着いて止める側に回るはずのソフィリータが、このときだけは止まらなかった。

 パークの周囲は騒然となっていた。ユライカナンの関係者はみな蒼白。起きてはならない事態が、ツアー序盤から発生してしまった。まさか帝国の辺境に作られた親善都市の、将来の領主が襲われる可能性は低いだろうと、高をくくっていたところもあった。

 そもそもユライカナン側の親善都市の住民も、ラムリーザたちに好意的であった。しかし、すべての人間が好意的なわけではない。一人の愚か者によって、何もかも失ってしまう場合がある。そのことに頭が回らなかったのかもしれない。

 ラムリーザたちの華やかさが気に入らない者か、それともフォレストピアに店舗を出すことの選考に漏れた者の腹いせか、帝国とユライカナンが友好関係を深めると都合が悪い勢力か、それともただの狂人か?

 だが、その暴漢にも明確な目的はあったように見える。もしも見境なしに攻撃するのであれば、途中でリリスを突き飛ばしたりせずに、リリスもその短剣で狙えていたはずだ。しかしリリスには目もくれず、ラムリーザへ一直線に向かってきたのだ。

 ステージ上では、暴漢を取り押さえた警備員が、「どうしてこんなことをした!」「どこから入った!」などと尋問している。一方で暴漢は、押さえつけられたまま「パクりやがって!」「お前ら全部知ってんだろ!」とか叫んでいるが、その意味は明確ではない。

 そしてラムリーザたちは、そのままホテルへと退避することになった。

 泣いているユコは両側から抱えられ、呆然としているリリス、ロザリーン、ミーシャは手を引かれている。リゲルはかろうじて正気を保っているようだが、相変わらずソニアは不満顔で動じていない様子。

 そして、ソフィリータを押さえていた係員の手が一瞬離れた隙に、彼女は取り押さえられている暴漢のそばまで素早く走り寄り、その頭部にさらに蹴りを放ったのだ。ソフィリータは再び警備員に捕まえられる。

「ふんっ、あんたなんか、レフトールがいたら死んでいたね」

 警備員に再び引きずられながら、ソフィリータは捨て台詞を吐いた。普段の彼女を知る者にとっては、信じられないほどの乱暴な言葉づかいだった。

 そしてメンバー全員が、そのまま車に乗り込み、ホテルへと戻っていったのであった。

 

 厳重に警備されたホテルの一室に戻ったとき、ようやく一同は胸をなでおろした。ユコなどはまだうなだれているが、リリスたちは何とかいつもの様子を取り戻したようである。

 しかし部屋に戻っても、しばらく誰も声を出さなかった。さっきまで鳴っていた歓声も拍手も、今は遠い場所の出来事のように感じられた。

「いったい、何者なのでしょうか……」

 最初に口を開いたのはロザリーンだった。

「明確な意思を持ったテロリストだろうな。奴は一直線にラムリーザを狙ってきていた」

 リゲルは、あの状況でもなんとか事態を把握する気力を保っていたようだ。

「うん、だから対処しやすかったよ。無差別に襲われていたら、誰かが怪我をしていたかもしれない」

 ラムリーザは、血で汚れた右手を眺めながらそう言った。別に右手を怪我したわけではない。アイアンクローで握った際に暴漢の顔を傷つけてしまい、そこから飛び散った返り血がついただけだ。

「私と反対側からステージに上がってくるなんて、あの暴漢も考えたものです」

 まだ憤りを見せているのはソフィリータだ。あの中で唯一反撃に出たのが彼女だったのは、そのために格闘技をかじっているというのもあった。

「でも、レイジィさんでしたっけ、やっぱりあの人は速いですね」

 ロザリーンは感心したように言った。

 ラムリーザの個人的な護衛レイジィは、誰よりも早く暴漢の凶器を弾き飛ばしたのだ。それもあって、ラムリーザは落ち着いて暴漢に対処できたというのもある。

「彼はそれが仕事だからね」

「それにしてもソニアさん、怖くなかったのですか?」

 ロザリーンは、あの騒ぎの中でもまったく動じなかったソニアに質問を投げかけた。

「別に。『またか』って思っただけ。別にもう、いまさら驚かない。それに、レイジィもソフィーちゃんもいるし」

 ソニアは、吐き捨てるように言った。怖がっていないというより、怖がる前に怒っているような顔だった。

「またか――って、あれが初めてじゃない?」

 ロザリーンは驚く。

「いやまぁ、最初の頃は危なかったからね。だから僕はレイジィと稽古して、対処方法をいろいろと学んで、訓練してきたんだ」

「それがあの顔面握り潰しですか?」

「あれは視界を奪うという意味でも効果的だからね。持ち上げられると知ったのはレフトールと戦ったときだけど、襲いかかってくる者を正面から受け止めることはもう慣れているよ。サメとか――」

「あ――」

 そこで一同は思い出した。南の島へキャンプに行ったとき、海で襲ってきたサメを、ラムリーザは正面から受け止めたことがあった。

「僕が相手の動きを少しでも止めることができたら、あとはレイジィが何とかしてくれるから」

 事実、ラムリーザに動きを止められた暴漢は、その後素早く両腕の関節を肩から外されていた。

「あんなのやっつけてやればいいのにっ」

 ミーシャは怒ったように言った。

「それはダメだよ。実行犯だけを潰してそれで終わりでは、また次の実行犯が送り込まれてくるだけ。生かして捕らえて、背後関係を聞き出すのが、うちのやり方さ。たぶんもう兄のところに連絡が行って、動き出しているはずだよ」

 レフトールとの喧嘩程度で大騒ぎになったのだ。命を狙いに来たとなればどうなることやら。

「もっとも、ここで殺されていたほうが、彼にとっては幸せだったかもしれない。背後関係がわからなければ、国自体を標的にして、下手をすれば報復戦争もあり得るな……」

 だからラムリーザは、そうつぶやいた。

「まあ、おそらくあれだな。帝国とユライカナンが親密になると都合の悪い奴らの仕業だろうな」

 リゲルは、腕を組んだままそう締めるのであった。

 権力を持つということは、外敵にさらされるということにもつながる。理想だけでは生きていけないのだ。

 楽しいだけのツアーでは済まない。そうわかってしまったことが、この日の一番重い収穫だった。歓迎の拍手の中にも、刃を隠した者が紛れている。ラムリーザは、その当たり前の現実を、今さらながら思い知らされた。

 ユライカナンで初めてのツアー、いきなり暗雲が立ち込めるような展開となってしまったが、この先大丈夫であろうか――

 

 それから数時間後、ラムリーザに襲いかかった暴漢は、帝国に移送され、収監されたというニュースが流れた。