ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ツアー前日の夜
帝国暦九十三年 炎心の月・創世の日(現代暦:八月中旬)
週末のフォレストピア・ナイト・フィーバー、ジャンの店にて――
観客はほとんどフォレストピアの住民、あとはユライカナンからの旅行者や、帝国の他の地域からの旅行者が少数だ。フォレストピアには、まだ娯楽施設が少ないので、夜は自然とここに集まって、夕食や音楽を楽しむのが常となっていた。
この状況は、ジャンが意図的に作り上げたものでもあった。ジャンは、ラムリーザと親しいという特権を最大限に利用して、ナイトクラブ系の施設を独占的に経営しているのだ。
共和国などでは、独占禁止法で責められる恐れのあるやり方だ。しかしここは帝国であり、皇帝の意向が最優先される。そしてその意向の一部は帝国宰相にも委ねられ、地方ではその地の領主の意向が優先されるようになっていた。
つまりフォレストピアは、ラムリーザの指先でどうとでも動く町だったのだ。
そうなると市民は、賄賂を贈るような不埒なことを考えるが、ラムリーザはさほど贈賄に興味を示さない。フォレスター家自体が、原油やリン鉱石を採掘できる島を所有しているという事情もあり、金銭的なものでは心が動きにくい状態になっていた。
ラムリーザ本人も同様で、芸術品にはさほど興味を示さずに、どちらかといえばごんにゃ店主のような、友人みたいな関係を好んでいるのだ。そして実は、賄賂に心を動かされないよう、あらかじめ小遣いを過剰に与えているという裏があった。
さらに、フォレスター家独特の誕生日のしきたりも、実はソフィアが賄賂対策として考えたものだという裏があった。ラムリーザに、誕生日プレゼントを与えて、関心を引くことは難しいのだ。有力者が癒着を狙って、ラムリーザにたとえ高価な絵画をプレゼントしても、おそらくラムリーザは「お、おう。ありがとう。君も両親に感謝するんだぞ」と答えるだけだろう。実際に、ユコも戸惑っている。
ただし、ソニアに対してはいくらでも贈賄は通用するだろう。あまり意味はないが……。
そんな状況もあり、ラムリーズは領主様がリーダーを務めるバンドということもあって、住民は競ってその演奏を聞きに来るという面があった。ラムリーズを盛り上げること自体が、領主様の心証を良くすることにつながっているのだ。
今日は、リリスが熱唱する「遥かなるコリドー」という新曲を披露していた。もちろんオリジナルソングではなく、ゲームソングだ。
「ここは、コリドーっ!」
人の視線が怖かったリリスも、今ではそれをすっかり克服し、リードギターをかき鳴らしながら絶叫している。
荒廃した世界を救うために戦う戦士の歌が終わり、ラムリーズの演奏も幕を閉じた。次はユライカナンからやってきたグループが演奏を始めた。
ラムリーズの演奏が終わったからといって観客が帰らないのも、観客の領主様への心証を良くしたいという思惑が働いている。もしも観客がそのまま帰り、後でジャンが「民衆はラムリーズの演奏しか見てくれない」とぼやいたなら、ラムリーザは打算的な民衆だなと思うことだろう。
それに、ラムリーズが有名と言っても、ネームバリューが占める部分も多少ある。演奏技術から言えば、わざわざユライカナンで選ばれたグループも、ラムリーズに勝るとも劣らない。
バベルの塔が建たなかった世界というわけでもないが、言語の壁がないというのもここではプラスに働いていた。
演奏を終えたラムリーザたちは、客席であるテーブル席へと移動して晩ご飯をとった。ただし今日はフルメンバーではない。
レフトールとマックスウェルは、島から戻ってからは他の子分たちと遊ぶことを優先して、夏休み後半はあまりフォレストピアを訪れていない。もっぱら繁華街のエルム街を主戦場としていた。子分を大事にするレフトールならではの流れだ。
ユグドラシルも、生徒会の慰安旅行に出かけたらしく、帝国東のクエスタ・ベルデに出かけたとかどうとか。ユグドラシルは、生徒会よりもラムリーザたちといるほうが楽しいと言っていたが、生徒会も大事にしているといった感じであった。そのあたりは、生徒会のメンバーとの親睦を深めることも欠かさない。
今ここにいるのは残りのメンバー、去年からのメンバーに後輩組を加えた八人だ。
「見事に男連中だけ抜けて、女の子が残ったな。ハーレムグループやのぉ」
ジャンは、ラムリーザたちの集まったテーブル席にやってきてそう言った。
ソフィリータは、「生徒会に入っても良かったかなぁ」などと言っているが、ミーシャに「ソフィ、ミーシャと遊ぼうよ」と言われて、「それもいいか」と考え直したようだった。
その食事中、ソニアとリリスが揉めだした。お互いに邪魔だなどと文句を言い合っている。
「あ、しまった」
ラムリーザが思ったときにはもう遅かった。
ラムリーザは、間違えてリリスをソニアの右側に座らせてしまった。いつもはリリスはテーブルの左端に座らせていたのだが、ラムリーザがジャンと談笑しようと左端に座ったのが間違いだった。
「リリスがぶつかってきたから、お肉が皿から飛び出た!」
ソニアの右肘がリリスの左肘に突かれて、肉がフォークから飛んでいったので怒っている。
「ソニアのせいでトマトが転がった!」
リリスもまた、ソニアに文句をぶつけている。
「チェンジ!」
ラムリーザは大声で二人を制し、リリスと席を替わるのだった。左利きのリリスは、テーブルの左端に座らせないと、どこかでトラブルが発生してしまうのだ。
「リリスの左利きってかっこいいよな」
ジャンは、ここでもリリスを持ち上げてくる。しかしリリスに不満を爆発させていたソニアはすぐに噛み付いた。
「全然かっこよくない! 手逆病でぶつかってくるだけじゃないのよ!」
「なっ、何が手逆病よ! のっぺら病のエルおっぱい!」
「静かに食事しろ!」
ラムリーザに声を張り上げられて、二人は口をつぐんでしまうのであった。
子供のころ、人形の首や手足を変に付け替えて遊ぶ妙な流行があった。腕を左右反対に付け替える手逆病も、首を百八十度回転させてのっぺらぼうみたいにするのっぺら病も、そのころのしょうもない造語である。それをこの場で持ち出すか?
けれどジャンは、そんなリリスをなぜか満足そうに見ていた。本当にそれでいいのか。
「ほら、せそ汁にもチャレンジしてメニューに加えてみたんだ。じっくり味わって食べてみろってんだ」
ジャンは、新たにトレイがやってきたときに、それに合わせて言った。せそ汁といえば、ユライカナン産の「せそ」という調味料を使った汁物だ。料理のさしすせそ、砂糖、塩、酢、せそ、そょうゆの五つは、ユライカナン料理では基本中の基本だ。
「せそ汁まで出すようになったか」
ラムリーザは、少し顔をしかめた。リリスが用意したあれは、熱くて飲めたものじゃなかった。
「実はロザリーンに少し手伝ってもらったんだけどな」
「マトゥール島でのキャンプで出してみようと思いましたが、島にはせそがなくて作れなかったので、今日の夕方リベンジしてみました」
新しい料理となると、喜んで飛びつくロザリーンであった。
「あたしのほうが、ラムがおいしいと言ってくれるせそ汁を作れるから、リリスは料理下手」
「何よ! あんなの勝負になってないわ。審査員がラムリーザ以外だったら私が勝っていたわ」
「一億人にまずいと言われても、ラム一人がおいしいと言ってくれたらあたしの勝ち! リリスは熱いだけの爆弾をラムに食べさせた酷い人なの!」
「ぐぬぬ……」
せそ汁合戦のことをソニアは持ち出して、リリスに攻撃を仕掛けた。あの戦いでは、熱いものが苦手なラムリーザに対して、冷えたせそ汁を出したソニアが勝って、熱いままのせそ汁を出したリリスは、ラムリーザの舌をやけどさせる結果になっただけだったのだ。
「俺はリリスのせそ汁のほうが、エル汁よりおいしいと確信しているぞ」
リリスの窮地を、ジャンはすかさずフォローした。
「そんなの魔女の誘惑に惑わされている科学者ジャンだけ。中途半端な役立たず同士で気が合うのよ。あたしはローザよりもおいしいせそ汁をラムに出す自信がある」
ソニアの反論は、いつもどおりだった。
さて、ロザリーンの作ったというせそ汁はどうだろうか?
「ん、このせそ汁はおいしいな」
ラムリーザは、初めておいしいせそ汁にたどり着いたような気がした。以前食べたリリスのは熱いだけだったし、ソニアのは食べられはしたが、具が中途半端だった。
「何でよ!」
ラムリーザがまんざらでもない顔をしているので、ソニアは不満顔で文句を言う。
「ラムリーザさんの分は、ほどよく冷やしておきました」
ロザリーンは、ラムリーザの猫舌問題の話を聞いていたので、ラムリーザに出すものにはあらかじめ氷を入れて冷やしていたのだ。
「ずっ、ずるい!」
ソニアは顔を真っ赤にして怒っているが、リリスは「ずるいのはあなたよ」とだけ答えて、ますます火に油を注いでいた。
ラムリーザの猫舌問題は、原因を知ってしまうと対処はものすごく簡単だ。残念ながら、そこにはもう、ソニアの優位性は存在しない。
ソニアとリリスの口喧嘩がうるさくなってきたので、ラムリーザはさっさと食事を済ませて席を立った。そのまま司会をしているジャンのそばへ向かっていった。
ラムリーザがなんとなくステージのほうへと目をやってみると、その奥には何か大きなものが置かれていて、白い幕がかぶせられていた。
「あれ? あんなのあったっけ?」
ラムリーザは、白い幕を指差しながらジャンに尋ねてみた。
「おお、あれはスクリーンだ。今日の特別イベントとして用意していたものだよ。さて、そろそろ時間かな?」
ステージ上ではちょうど演奏していたユライカナンのグループが、最後の曲を終えたところだった。一礼をして、ステージの袖へと消えていく。
次にジャンの合図で、白い幕が引き下ろされた。ステージ上に、大きなスクリーンが現れたのであった。
そしてすぐに、何かがスクリーンに映し出される。どこかのステージを横から映している映像のようだ。
「繋がったかな? 繋がったかな?」
ステージでは、見覚えのある人がキョロキョロしながらマイクテストのようなことをしている。
「ん? あれはエド・ゲインズさん?」
ラムリーザはすぐに思い出した。ユライカナンで初ライブをやった地方都市、サロレオームでのショーの司会者だ。
「そうだ、覚えていたな。おーい、映ってるぞー」
ジャンがスクリーンに映っているエドに語りかけると、彼も画面のこちら側を正面から見据えた。
「お久しぶりー」
「お久ー」
などとやりあっている。
以前サロレオームで世話になった相手が、今は画面の向こうからフォレストピアに話しかけている。その距離の近さが、ラムリーザには少し不思議だった。
「このスクリーン、いったいどうするのだ?」
ラムリーザがジャンに尋ねると、「これでこの店とあちら側の舞台がつながっているんだ」と答えた。
スクリーン上のエドは、「テストを兼ねて、ここで一曲!」と紹介すると、カメラがぐるりと回って今度はステージを正面から映した。そして向こう側のステージで、バンドの演奏が始まったのであった。
「うわっ、これはすごいね。これは向こうもこっちが映っているのかな?」
「うん、双方向でビデオ中継できるようにしたんだ」
「じゃあ向こうが演奏してくれたら、こっちは休憩できるわけだ」
「そういうこと」
客席からも、小さなどよめきが起こった。ステージに楽器ではなく大きな映像が現れるというだけで、いつもの店が少し別の場所になったように見える。
客席は、スクリーンに映し出された演奏でも十分に盛り上がっている。これは便利なものができたものだ。
向こう側の演奏が終わると、今度はこちら側からのテスト放送が行われることになった。休憩中のラムリーズではなく、リゲルの友人がリーダーを務めるローリング・スターズの演奏だ。
「ラムリーズじゃなくていいのか?」
「明日からユライカナンのツアーが始まるから、今はいいのだよ。それに、もうしばらくテストを続けるが、ツアーで回るすべての会場の様子もここから見られるようにするのだぞ」
ジャンは得意げに言っている。つまり、ラムリーザたちがユライカナンで活躍している様子は、この店からも見ることができるということだ。
「なんか、責任重大だなぁ」
「なぁに、いつもどおりにやってくれたらいいさ。これからはこのスクリーンも利用して、ここから見られる演奏も増やしていくからな。すでにいくつかのライブハウスとは、提携する話が進んでいるぞ」
「ジャン、君はすごいよ。そっか、ユライカナンのツアーか……」
「そんなに緊張することもないさ。ツアーと言っても、そこまで大物ってわけじゃないから、ユライカナン全土を回るわけではなく、以前行った地方都市サロレオームを中心に、その近辺を回るだけだから。ラムリーズは有名でも、せいぜい地方で盛り上がっている学生バンドレベルだからな。いくつかのステージを回るだけ、そんなに難しく考えなくてもいいさ」
「そんなのを大々的に広めていいのか?」
「友好都市の領主様がリーダーを務めるバンドということで、政治的効果が強い面があるのだよ」
「ん~……まあいいか」
ソニアやリリスは、リードボーカル合戦で揉めているが、自分たちは有名なんだと増長しているわけではない。楽しみながらやっていることに、いろいろ付随している程度だ。
運営については、ジャンとエド・ゲインズが連携して行ってくれるという話だし、「まぁ、なんとかなるんじゃないかな」とラムリーザは思うのであった。
いつもどおりにやればいい。ジャンはそう言うが、その「いつもどおり」が少しずつ大きなものに巻き込まれていることを、ラムリーザはなんとなく感じていた。
明日には、今度はこちら側がユライカナンの舞台に立つ。そう思うと、スクリーン越しに見えるステージの光が、少しだけ自分たちを呼んでいるようにも見えた。
「ちょっと何すんのよ!」
一方、客席ではソニアとリリスがまだやりあっていた。
リリスはソニアに何かをかけられたようで、濡れた場所をはたいている。それに合わせて、何やら「エンエン」という音がしている気がする。
「へー、ブタガエンってほんとうにエンエン言うんですのね」
ユコは、何だか感心したような顔で、体からエンエンという音を発しているリリスを珍しそうに眺めていた。
ソニアはブタガエンの入った小瓶を持ち歩いていて、リリスとの口論が頂点に達したときに思わず振りかけたようだ。毒性がないのはわかっている。ただエンエン音がするだけだが、いたずらには十分に使えるということがわかった。
リリスは素早くソニアから小瓶を奪い取って、ソニアにも頭から振りかけた。そしてすかさず頭を叩く。エンッ!
この日の帰り道、頭のてっぺんから足先までブタガエンまみれになった二人は、歩くたびにエンエンと鳴らしながら、帰路につくのだった。エンッ!