ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
即席リョーメン、クッパタ
帝国暦九十三年 炎心の月・不死鳥の日(現代暦:八月中旬)
この日は、朝からラムリーザとソニアは二人連れで散歩というかデートというか、屋敷の庭をうろうろしているだけだった。
昨日からブタノールに浸していたへんこぶたを回収してケージに戻した。そして、できあがったと思われるブタガエンを使って実験してみていた。
へんこぶたを浸していたブタノールは、ブタガエンに変化しているはずだ。そのブタガエンをスポイトで少し吸い取る。そして、固い石の上に一滴落としてみた。
「エンッ」
二人は顔を見合わせて、くすりと笑う。
「本当に水滴なのに、衝撃を与えるとエンッと音がするとは……」
「じゃあこうしたらどうかなぁ」
ソニアは今度は、石の上にブタガエンを塗りつけて、そこを別の石で叩いてみた。
「エンッ」
すると今度も、石同士がぶつかるカツンという音に混ざって、へんこぶたの鳴き声らしきものが聞こえたのだ。
「どういう理屈か知らないけど、このブタガエンに衝撃を与えると音がするんだね」
「じゃあこうしてみたらどうだろう」
ソニアは、ブタガエンが染み込んだ石と、別の石を手に取って何度も叩き合ってみる。すると、それに合わせて「エンッ、エンッ、エンッ」と音がするのだった。
ラムリーザは思わず吹き出してしまう。こんな不思議な現象があるだろうか。いや、実際に起きているのだから、不思議がっても仕方がない。
「エンエン」といった音は徐々に小さくなり、そのうちカツンカツンと石のぶつかる音しかしなくなった。ブタガエンは全部蒸発してしまったようだ。
ソニアは、小さな瓶にブタガエンを移し入れて、残りはボトルに蓋をして、そのまま置いておいた。ケージの中では、一晩ブタノールに漬けられていたへんこぶたが、うろうろしながら「えーん」と鳴いていた。
こうして午前中は、屋敷の周囲に広がっている庭を散歩していたのだ。
昼前、ごんにゃの店主から電話が入ってきて、新しいものを仕入れたから試しにおいで、と誘われたのであった。
というわけで、昼食はごんにゃでリョーメンでも食べるかと、二人は町へと向かうことにした。
夏休み前に五花術を試した庭を横断し、門を抜けて屋敷の敷地から外へ出る。フォレストピアの町外れまでの途中には竜神殿があるので、少し寄ってお参りをする。いつものように安全祈願をしてから、銅貨を数枚、賽銭として入れる。十分ほど歩くと、フォレストピアの町外れに到着した。
ちなみにここまで通ってきた道のりは、通学路でもある。
町外れの小さな公園で、ジャンに出会った。今日は一人のようだった。
「おーおー、二人でデートかお熱いねー」
ジャンは二人をからかってくる。
「昔からよく出かけていただろ。ジャンは今日は一匹狼ごっこか?」
「おうよ。運は悪くなるが、素早さと体力、そして賢さの鍛錬になるんだぞ」
「なんだそりゃ」
そこにソニアが、小さな瓶を振りかざす。中に入っていたブタガエンが、少量だけジャンの足元に飛び散った。
「エエンエンエンッエンッ」
「うわっ、びっくりした!」
突然足元で不可解な音がして驚いて飛び上がるジャン。
ソニアはきゃはきゃは笑いながら、「ブタガエン爆撃ー」などと言っている。
「ブタガエンって、へんこぶたを捕まえたのか?」
「なんか昨日ソニアが捕まえてきたんだ。それでブタノールに一晩浸していたら、こんな液体ができた」
「そっか。まあ、化学の教科書に載るぐらいだから珍しくはないのだよな。だがブタガエンの使い道が皆無に等しいので、全然話題に上がらないだけなんだよ」
ジャンの言うとおり、衝撃を与えると「エンッ」と音がする液体の使い道はあまり思いつかない。先ほどのように、せいぜい人を驚かせるぐらいにしか使えそうにない。
「それじゃあまた」
ラムリーザとソニアの二人は、ジャンと別れて再びデート――ではなくて、ごんにゃへ向かう道を進んでいった。
「昼ご飯は久しぶりにリョーメンかー」
「あたしカレーのほうがいい」
「クッションが欲しいのだろ」
「クッションなんか要らない、マグマカレーを食べる」
「それをクッション目当てというのだよ」
今通っている道を進めば、ごんにゃにたどり着く前にココちゃんカレーの店舗前を通ることになる。ラムリーザは、この状況で素通りするのは難しいかなと考えたが、ある変化に素早く気づき、そのまま直進していった。
ココちゃんカレー店舗の前で、ソニアは足を止めてラムリーザを引っ張る。
「ごんにゃじゃなくてこっち!」
「あれー? この前まであった、ぬいぐるみプレゼントの旗がなくなっているよ」
「そんなの元からない! クッションプレゼント!」
しかし、先日見かけた「残り30体」の垂れ幕も消えているのだ。それに気がついたソニアは、店の中に飛び込んでいって、すごい剣幕で店主に詰め寄っていた。店主は両手を肩の高さで左右に広げて苦笑いしている。
ソニアはしばらく何か言っていたようだが、そのうちしょんぼりした顔で店から出てきた。
「ひどいよ。もうココちゃん、なくなったんだって」
「限定五百体から始まったココちゃんプレゼント、ようやく終わったか」
「あたしまだ十八体しか持ってないのに!」
「いや、それ十分多すぎるから」
「ユコは二十五体って言ってたのに!」
「それユコがおかしいからね」
ソニアはしばらく、消えた垂れ幕のあった場所を見つめていた。そこにまだ「残り何体」と書かれているような顔をしている。
すっかり肩を落としたソニアの背中は、まるで大事なおもちゃを奪われた子供のようで、見ていて少しおかしく、そして少しだけ不憫だった。ラムリーザは苦笑しながら、その華奢な肩を軽く叩く。
なにはともあれ、ソニアがこれ以上マグマカレーを食べるという苦行から解放されたのは事実だ。もっとも、自分で望んでやっていることではあるけれど。
「カレーなんて二度と食べない」とぼやいているソニアを引っ張って、ラムリーザはリョーメン屋ごんにゃへと向かっていった。ココちゃんがなくなるだけでカレーは要らないと言い出すソニア、結局のところ、クッション目当てだったわけだ。
昼のごんにゃには、そこそこ人が入っている。いまだにリョーメンの店舗が一つだけというのもあり、独占状態は続いていた。もう数店リョーメン屋を入れるという計画は進んでいるが、まだ選考中であり、すぐにという話にはなっていない。
ラムリーザとソニアの二人は、ごんにゃ店主に促されて、カウンター席の調理場に一番近い場所へと案内された。ここなら店主とも話しやすい。
「それで、話って何ですか? 何か新製品でも?」
「新製品というわけでもないのだが、先週に本国から取り寄せてね。紹介しようと思ったのだが、領主さんがいなくて」
「ああそれはごめんよ、南の島の別荘にキャンプに行っていたんだ。それで、取り寄せたものとは?」
「これだ!」
まるで「ジャーン!」とでも効果音が流れていそうな雰囲気の中、店主がカウンターテーブルの上に置いたものは、高さ二十センチぐらいの容器であった。コップにしては少し大きい。ガラス製ではなく、発泡スチロールのような軽い素材でできている。
ラムリーザは差し出されたものを手に取ってみる。それは軽いものだった。コップのような形をした上には蓋がしてあり、そこにはリョーメンの絵と、「クッパタ」という文字が印刷されていた。
軽すぎて、これが食べ物だと言われても少し信じがたい。器の中に乾いた麺らしきものが入っているだけで、店で出てくる湯気の立つリョーメンとは似ても似つかなかった。
「これは何? クッパタって書いてあるけど」
「即席リョーメンというものをご存知かな?」
「うーん、初耳だなぁ」
ラムリーザが珍しそうな顔をすると、店主は得意がって熱湯の入ったやかんを取り出した。
「これは、お湯を入れると三分で出来上がる、どこでも食べられるリョーメン。時間がないときや、非常時の非常食としても優秀だぞ」
店主は、蓋を開けて熱湯を注ぎ込んだ。
ソニアがシチミの入った瓶をいじっているのを見て、ラムリーザは素早く取り上げてから店主に尋ねてみた。
「クッパタという名前も変わっていますね。何か由来でもあるのですか?」
「クッパタかぁ……領主さんは、かつてクッピン王国という国があったことをご存じですかね?」
「聞いたことあるよ」
ラムリーザは、以前リゲルから「クッピン王国の滅亡」という話を聞いていた。国王の嫌がらせで犯罪の責任を一人の人間にすべて押し付け続けることによって、犯罪王国となり滅亡した妙な国の話だ。
「ハマクリボウという者に責任を押し付けて滅亡したという話で有名だが、国王クッピンゲリアには、パルパタという寵愛していた者がおったのだ」
「寵姫ですか?」
「いや、パルパタは少年だ」
「うほっ……」
「とまぁ、そこのところの関係は……一応関係あるか……。愛称でそう呼ばれていた国王クッピンゲリアと、彼が寵愛していたパルパタ少年の名前を合わせて、クッパタとなったという説がある」
「妙なところから名前を取ってきますね。ところでそのパルパタは、国王の息子、王子なのですか?」
「いや、何の関係もないよその子だったという話だ」
「……いろいろとクッピン王国は終わってますね……いや、もう終わったのですね」
ただの商品名の由来話にしては、妙にろくでもない話だった。ラムリーザは、即席リョーメンよりもそちらのほうが少し気になってしまった。
「国王が変だと国は滅びる。領主様もしっかりしてくださいよ」
「リゲルにも言われた……というか僕はそこまで変じゃないはず」
変なのはどちらかと言えば――。そう思いながら、ラムリーザは隣でお湯の入ったカップを見ているはずの娘にちらりと目をやる。その娘は、持っていた小瓶の液体を、カップの中に注ごうとしていたので、素早く小瓶を取り上げた。
そのとき、一滴だけ液体が小瓶のふちから飛び出して、テーブルの上に落下した。
「エンッ」
「は? 何か言ったかい?」
「い、いや、気にしなくていいですよ」
ブタガエンの雫はテーブルに落ちて、独特の音を発して店主を不思議がらせるのだった。
「そろそろ三分だな、蓋を開けて食べてみても良いぞ」
「それではいただきま――熱いっ、氷をお願いします……」
ラムリーザは氷を入れてもらい、スープをぬるくしてから即席リョーメンとやらを口に運んでみた。多少味が濃い気もするが、確かにリョーメンの味だ。
縮れた乾麺がスープを吸って、独特の歯ごたえを生み出している。ソニアも隣でフーフーと息を吹きかけながら、物珍しそうに麺をすすった。
「なんか、お店のとは違うけど……これはこれでクセになりそう」
ソニアは、さっきまでカレーを引きずっていたのが嘘のように目を輝かせている。そんな彼女の横顔を見ながら、ラムリーザもスープをもう一口運んだ。
「リョーメンと名乗っているが、即席リョーメンを、素材から手打ちで作るものに換算すると、ゴーメンレベルだな。形はしっかりしているからマーメンではない」
リョーメンは、最上級のリョーメン、並みのゴーメン、低質のマーメンという種類に分けられている。
「これをどうするのですか? ここのメニューに加えるのかな?」
「冗談じゃない、ここは手打ちリョーメンが売りなのだ。これは即席リョーメンとして雑貨屋に卸して、そこで売る形にするつもりだよ。まぁここでもお土産として少しは置いておくけどな」
「なるほどね、味は問題ないので、雑貨屋のほうには新製品の話をしておくから、販売に向けた交渉はお願いします」
「あいよっ」
こうしてフォレストピアに、ユライカナン産の即席リョーメンが取り入れられて流通することになったのであった。
二人はお土産としてクッパタを一個ずつもらって、ごんにゃの店を出ていった。
「これを一つはソフィリータにあげよう。もう一つはソニアが食べてもいいよ」
「ブタガエン返して」
ソニアは、ラムリーザが先ほど取り上げた小瓶の返却を求めた。
「飲まないと約束する? 食べ物に入れないと約束する?」
こんな約束をしなければならないのか、とラムリーザは思うが、ソニアの好奇心はしっかり見張っていないと、とんでもない方向へと突き進んでしまう。
「約束する」
そう言って、ソニアはラムリーザからブタガエンの入った小瓶を取り戻した。
しかしここからが問題だった。確かにソニアは、ブタガエンを口にすることはなかった。しかし、通行人の背後を目がけて、数滴ずつふりかけて回っているのだ。
通行人は、突然背後から「エンッ」と謎の音がしてびっくりして振り返る。しかし、そこには音の原因らしいものが何もないので、不思議そうな顔をする。
「やめなさい。音だけで済んでいるけど、知らない人からしたら普通に迷惑だぞ」
ソニアはぺろりと舌を出して微笑んだ。
「意味のないいたずらばかり……。とまあ、ブタガエンとやらはこういった遊びにしか使えないな。世間に広まらないわけだ」
入ってほしくない道に撒いておけば防犯に使えないこともないが、音が「エンエン」ではしまりがないし、意外と早く蒸発するので常時撒き続けなければならない。確かにこれでは、使い道はそう簡単には思いつかなかった。
しばらくの間、ペニーレインの町並みをぶらぶらと散歩してから、二人は帰宅することにした。
フォレストピアには、こうしてまた一つ、ユライカナンからの品物が増えた。大きな交易の話ではない。ただ、昼食のついでに持ち帰れるぐらいの、小さな変化だった。
町外れを抜け、少し坂を登って竜神殿の前を通り過ぎ、しばらく歩くと屋敷に到着した。
ソニアはへんこぶたのケージのそばに置いてあるボトルから、ブタガエンを小瓶に補充して戻ってきた。
屋敷に入り、ラムリーザの部屋の前でメイドに遭遇する。フォレスター家で働いている、ソニアの母親だ。
ソニアはラムリーザの部屋を通り過ぎ、珍しく自分の部屋に入った。そしてしばらくして、ラムリーザの部屋の前からメイドがいなくなるのを確認してから、ラムリーザの部屋に転がり込んできた。
「めずらしく自室で過ごすのかと思ったよ」
「あたしの部屋何もないもん」
何も用意されていないのではない。ソニアの私物はすべてラムリーザの部屋にある。去年に引き続き、ほとんど同棲状態である。家族と同じ屋根の下で過ごしているのに、よく見逃されているものだ。
以前ラムリーザは、こっそりとソニアの私物であるココちゃんを、一つずつソニアの部屋に運び込んでいたことがあった。十個以上も転がっていて邪魔でしょうがないし、一つずつ時間をかけて運んでいたらソニアも気がつかないだろうと考えての行動だった。しかし結局、途中でばれてしまい、ソニアは無茶苦茶怒って再びココちゃんをすべてラムリーザの部屋へと戻したのだった。
それはそうとして、ソニアは早速ゲームを開始した。
ここのところ、キャンプに行く前からそうだったが、グンバゲンベリイという小型の飛空艇を操縦し、敵の工場を破壊するゲームばかりだ。
今日もラムリーザは小型の飛空艇役をやらされ、グンバゲン帝国側のソニアに撃沈させられまくるのであった。
部屋の片隅には、かつて追い出されそうになりながらも必死に守り抜かれた十八体のココちゃんたちが、静かに二人を見守るように並んでいた。
窓の外からは、夕暮れの涼しい風がカーテンを揺らして入り込んでくる。
ブタガエンの奇妙な音、即席リョーメンの新しい味、そしてこの騒がしいゲームの時間。すべてがこの特別な夏の一部として、ゆっくりと部屋の中に溶けていくようだった。