ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
リリス・バースデー・フェスティバル
帝国暦九十三年 炎心の月・白雪の日(現代暦:八月中旬)
帝都でリリスの誕生日プレゼントを買った、その帰りの超特急汽車の中。
去年はそのまま帝都のシャングリラ・ナイト・フィーバーでのライブとなっていたが、今年からはフォレストピアの二号店でライブを行うことになっている。
その帰り道、ジャンは自分がリリスに贈ったプレゼントを喜んでもらえたことにご満悦といった様子だが、ソニアはなんだか不満顔。じっとリリスを見つめて怒ったような顔をしているので、ラムリーザは気になって尋ねてみた。
「どうした? 帝都まで行って疲れたか?」
「あたしの誕生日にも、もっといっぱいプレゼントが欲しい」
ソニアは不満をラムリーザに訴えるが、これまでフォレスター家では、誕生日は両親に感謝する日という認識だったので、ソニアにねだられてもラムリーザは困ってしまう。ソニアの一家もフォレスター家と同居しているため、この方針に準じてきた。だから去年まで、二人は誕生日を祝ってもらうという感覚がなかったのである。
「誕生日は両親に感謝する日だよ」
「それはわかってる。でもリリスとかずるい」
ギターアンプの入った大きな箱を抱えたリリスを見ながら、ソニアは本音をぶちまけた。
「家訓なら仕方ない。その代わり大金持ちじゃないか。誕生日とか関係なく、自分が欲しいものを好きなときに買えていただろ?」
そんなソニアに、ジャンが言い返した。
ソニアは自分が欲しいと思ったときにラムリーザにねだり、いろいろなものを買ってもらっていた。ジャンの店でライブをするようになってからは、その報酬もあり、お金に困ったことはない。
「あたしもプレゼントが欲しい」
人の欲望とは、際限のないものである。
「それじゃあ次のソニアの誕生日にも、またイベント企画してやるよ。えっと、神帰の月・賢者の日だっけ? 聖なる夜にでもしてやろうか? それで満足か?」
ジャンにそう言われ、ソニアはまだ何か言いたそうだったが、口を尖らせたまま頷くのであった。その手には、ミニチュアのマンガ肉を模したおもちゃが握られているのだった。
フォレストピアの町まで戻ってきたとき、空は茜色に輝いていた。そろそろ日も暮れる頃だ。
「ギリギリ帰ってこれたな、危なかった」
ジャンは西の空を眺めながらそう言った。
「日帰りの強行も大変だね」
「ん、今日のライブはリリス・バースデー・フェスティバルだ。主役はリリスな」
ジャンから方針を伝えられて、ソニアは当然のように噛みついた。
「リリス主役の吸血魔女祭り、サバトみたいなもの?」
「そんなこと言うと、お前主役だとエルライブにしてやるぞ」
「風船祭りでもいいわ」
ジャンとリリスが二人がかりでソニアを攻めてくるので、ラムリーザは仕方なくソニアに援護射撃をしてやる。
「グリーン・フェアリー・フェスティバルでいいじゃないか?」
ラムリーザの援護が入ったところで、ソニアは調子に乗ってしまう。火に油を注ぐというより、機械に燃料を加えるといった具合か。
「科学者が魔女のために企画した中途半端フェスティバル。魔女は多少の特殊能力があるって意味がわからない。科学者ジャンは、魔女リリスの見た目に騙されている。リリスの本性は根暗吸血鬼、闇に滅せよとか言ってるの」
調子に乗るとソニア理論を展開して、中途半端にゲームネタなどが混ざって、よくわからない煽りになるのが残念なところだ。リリスの雰囲気が魔女っぽいのは百歩譲るとして、ジャンが科学者というのはこじつけでしかなく、ジャンに科学的権威はまったくない。科学者リゲルなら微妙に合っているのだけれど。
「そんなことはもうどうでもいいから、ほら、家に帰ってステージ衣装に着替えてくるんだ」
口論の無意味さ、時間の無駄さを実感したジャンは、ソニアへの煽りを中断して、業務連絡に切り替えた。
「えー、やだー」
ジャンが促し、ソニアが嫌がったステージ衣装、それはただの学校の制服だ。
「何をまだぶーぶー言ってんだよ」
ジャンがソニアにめんどくさそうに言うが、ソニアはただ「靴下が嫌い」とだけ返答した。
「何を言うんだ、ニーソいいじゃないか」
「うっとーしーだけ」
ジャンは見るぶんにはお気に入りだが、ソニアは履くのが嫌いといった感じだった。
ここでいったん別れて、ラムリーザとソニアは自分たちの屋敷に戻り、ライブの準備をしてから、ソフィリータを伴って再びジャンの店へと向かった。すでに他のメンバーは集まっていて、店の前にはリゲル、ロザリーン、ユコ、ミーシャが待っていた。
キャンプの後は別行動をすると言っていたユグドラシルとレフトールは、今日は来ていないようだった。
こうして、リリス・バースデー・フェスティバルと称されたライブが始まった。
まずはリゲルの昔からの友人がリーダーを務めるローリング・スターズの演奏で幕を開けた。
――今日が君の誕生日? それなら俺たちで楽しい時間を過ごそうじゃないか。君の誕生日で俺たちも嬉しい、おめでとう!
こんな感じの歌を、今日のための曲ということで、激しく演奏していた。
その後は通常の曲を時間までこなし、今度はジャンがユライカナンで契約してきたグループがステージに上がった。
一つのグループが一度に担当する持ち時間は三十分。それに休憩を挟んだりして、二度目、三度目を行う形式で、ジャンのクラブハウスでは時間を持たせていた。
ちょうど二つのグループの演奏が終わって一時間ほど経過した頃、司会のジャンはステージに上がり、リリスをステージに呼び込む。
「さあ今年も、ナイトフィーバーからリリスに誕生日のお祝いがありますよー」
笑みを浮かべるリリスと、不満顔のソニアが対照的。ラムリーザは、去年のようにソニアが変なことをしないように、今年はしっかりと自分のそばにいさせて監視していた。
ソニアが動かなければ、変なことは起こらないはずだ。
ステージ上では、リリスに大きな花束が渡され、さらに店からのプレゼントとしてネックレスが贈呈された。黒い石、黒曜石でできたネックレス。ジャンは、今日の午前中にリリスがラムリーザたちを呼び出したとき、彼女がソニアと石についてやり取りしていたのを聞き、覚えていたのだ。それで、店側に連絡して、裏で用意させていたのだった。
「おめでとう!」
いつものように軽く笑っているようで、ジャンの手つきは少しだけ慎重だった。リリスのために用意したものを渡すというだけで、彼もいつもより落ち着かないらしい。
差し出された黒曜石のネックレスが、ステージの照明を反射して静かにきらめいた。それは午前中の他愛ない会話をジャンが覚えていた証であり、彼女を想う気持ちの象徴でもあった。
リリスはジャンから手渡された花束とネックレスを胸元に抱えたまま、一度だけ小さく息を吸った。視線が集まっていることは分かっている。それでも、去年のように逃げるつもりはないようだった。
「お、ありがとうございます。私のための皆さんを祝ってもらえてとても嬉しいです。私の十七歳が、誰にも比べられないくらいイカしている……ます」
若干言い回しにぎこちなさが残っていたし、自分で自分をイカしていると言うのは何だが、リリスも成長したものだ。去年は人の視線を気にして怯えたり取り乱したりしていたが、今はもう、それを克服しつつあった。ただし一瞬「お」と詰まりそうになり、言葉運びや語尾も微妙だった。幸いなことに、そのことに気づいた者は一人もいなかったようだ。
ラムリーザがそのことをソニアに話すと、ソニアはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。
「黒魔女が黒い首飾りしてますます黒くなった。あれもどうせ黒魔術の儀式用首飾り」
「人の幸せをねたむのは見苦しいぞ」
ラムリーザがやんわりとたしなめると、ソニアは激しく反論した。
「リリス以外が幸せになるのはあたしも祝福する!」
「リリスの幸せも願ってやれよ」
「リリスが口にガムテープを常時貼り付けていて、嫌味なこと言ってこなくなったら祝福する!」
「めんどくさいなぁ」
二人がそんなやりとりをしている間に、ステージ上での催しは終わり、今度はラムリーズの演奏の時間となった。
去年は無茶苦茶になったが、どうやら今年は無事にリリスの誕生日パーティーは終了したようだった。
パーティーと称した今日のライブの出番が終わると、ジャンは「二次会行けるぞ」などと言った。
去年は遠く離れた帝都でのライブだったから、終わればすぐに帰らなければ夜遅くなってしまうというのがあった。しかし今年は地元のフォレストピア、リゲルたちポッターズ・ブラフ組も、そんなに遠くなくすぐに帰れる場所だし、汽車ではなく車で来ている。
「それはいいけど、店の営業はまだ続くんじゃないか?」
ラムリーザたちの出番は終わったが、店の営業はまだ続いている。
「あうっ、司会代理を立てて、俺もちょっと店を抜ける」
それでも、キャンプに行くときに代理を頼んだ人をまだ雇っていて、ジャンは身動きが取りやすいようにしている。一時間ぐらい外に出ても、滞ることはないだろう。
それでもやはり、リゲルたちはあまり遅くなると困るということで、乗ってきた車で帰ってしまった。同乗していたロザリーンとミーシャもそれに倣った。本気で二股だ。普通に二股だ。それでも表面上は平穏に成り立っている。
そんなわけで、二次会はラムリーザとソニア、そしてジャンとリリス、ユコとソフィリータの六人で行くことになった。
「さて、どこに行きたい?」
ジャンの問いかけに、ソニアは「ココちゃんカレー!」と答えた。
「エルには聞いてない。リリス、どこ行きたい?」
「ココちゃんカレーよね? ココちゃんカレーよね?」
そのリリスにユコがくっついて、まるで呪詛のように耳元で繰り返していた。
「別に私はココちゃんカレーでもいいわ」
リリスも特にこれといった場所はなかったので、ユコが行きたがるならというわけでそれで承知するのだった。
「こいつら、カレーじゃなくてその景品が目的だからな」
「知っているよ」
ラムリーザとジャンは、ココちゃんカレーを推す二人の目的は十分に承知していた。
それでもリリスが行くと言ったので、六人はそのままココちゃんカレーへと向かっていった。
「やっぱり時代はカレーですの」
ユコはそんなことを言っているが、ラムリーザとジャンには「時代はココちゃんですの」としか聞こえなかった。
ココちゃんカレーの店舗前に来ると、そこには立て札があり「ココちゃん残り30体」と書かれていた。数字のところだけ札になっていて、減っていく様子を示せるようになっていた。
「あと三十体? もうなくなるの? 今日は二杯食べる!」
ソニアは無茶を言うが、ラムリーザにたしなめられてその暴挙は諦めた。
「あと一か月、毎日通いますの。いえ、十日間、三食カレーにします!」
「それもやめなさい」
ユコも無茶を言っている。普通のカレーならともかく、景品をもらうには激辛マグマカレーを食べなければならないのだから、そんなものを三食毎日食っていたら病気になりかねない。
ほぼいつもどおり、ソニアとユコは激辛マグマカレー、ラムリーザは冷え冷えカレー、その他はぷにぷにカレーで、いつものメニューに収まった。
相変わらずマグマカレーは赤い。見た目はまるで溶岩のような、舌にはまさに溶岩を流し込んでいるような、そんなカレーに今日も二人は大量の汗をかきながら挑むのだった。すべてはココちゃんのために。
必死な二人をよそに、ラムリーザたちは談笑中。
「リリス、すごく成長したね。去年のあのうろたえぶりが嘘みたいだよ」
「こらっ、それは俺が言おうと思ったのに!」
ラムリーザとジャンのやり取りを見て、リリスはクスッと笑った。
「ラムリーザのおかげよ。認めたくないけど、ソニアのおかげでもあるのかな」
「お、俺は?!」
リリスがラムリーザとソニアしか挙げないので、ジャンは困ったような表情を浮かべる。
「ジャンもよ。今日の場所を用意してくれて、ありがとう」
「それほどでもない」
ジャンは軽く茶化そうと口を開きかけたが、リリスの表情を見て、取り繕ったような真面目な顔になるのが面白い。そしてリリスは、微笑を浮かべながら言葉を続けた。
「みんなと出会って、みんなと過ごすうちに、過去の失態なんてどうでもよくなって、恐怖はどこかに行ってしまったの。一人では無理だったかもしれないけど、みんなが一緒だったから、助けてくれたから私は克服できたの」
リリスの言葉を聞いて、ジャンは照れくさそうに視線を泳がせ、ラムリーザはいい言葉だなと思った。
いつもは皮肉や嫌みを口にするリリスが、まっすぐな瞳で紡いだ心からの謝辞。その言葉は、マグマカレーを前にしたテーブルの喧騒を、一瞬だけ優しい静寂で満たしたような気がした。
「今のリリスの台詞、書き留めておいたら詩になりそうだね。そしたら歌にできそう、そう思わないかユコ?」
ラムリーザは、作詞はできないけれど作曲ならできるユコに、歌詞の種を提供しようとしてみた。
「あとにしてくださいまし!」
しかし作曲家ユコは、顔を真っ赤にしてマグマカレーと格闘中だった。
「ふえぇ……」
もう一人の格闘家も、悲鳴を上げながらそれでも赤い食べ物をスプーンで口に運び続けているのだった。
普通の夕食とあまり変わらない二次会。それでも、リリスの言葉ではないが、みんなと一緒に過ごせる時間は大切なものなのだ。
派手な言葉ではなかったし、完璧な挨拶でもなかった。とはいえ、リリスが自分の口で礼を言えたことだけは、去年とは決定的に違っていた。
この日、ラムリーザの部屋に新たにココちゃんが増えた。その数は十八体まで膨れ上がり、部屋の一角をクッションのプールに変えてしまっているのだった。
大量のココちゃんに埋もれて、「きゃっきゃっきゃっ」と騒ぐソニアを見て、ラムリーザは「意味不明」とつぶやくのであった。
窓の外に広がるフォレストピアの夜空を仰ぐと、満天の星々は、先ほどまでのライブの熱狂と、リリスの十七歳の始まりを静かに祝福しているようだった。
騒がしくて、面倒で、けれどこれ以上なく愛おしい日常。そんな一日の終わりを告げるように、部屋の時計が静かに夜更けの音を刻んでいた。