ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
財布役交代
帝国暦九十三年 炎心の月・白雪の日(現代暦:八月中旬)
マトゥール島でのキャンプも終わり、日常が戻ってきた。
一昨日は帰りの船上で一泊し、昨日一日は外にも出ずにゴロゴロしていただけだった。さすがに疲れていたので、何もしなかった。そして今日も、ラムリーザは朝から部屋でゴロゴロしていた。ソニアもゲームをやる気力がないのか、一緒にゴロゴロしている。
転がっているうちに、時折二人の身体がぶつかる。それ以外にも、ソニアの集めたココちゃんにぶつかったり踏んづけたりしていた。
ココちゃんをまくらにしているソニアを見て、ラムリーザはどうでもいいと思いながらも、暇つぶしに声をかけてみた。
「ココちゃんが『まくらにするなー』って怒ってるよ」
しかしソニアは、いつものクッション理論で反論した。
「ココちゃんはクッションだから、まくらにされることがあっても普通。ぬいぐるみがまくらにされたら怒るのはわかるけど、クッションはクッションらしくしなければダメ!」
そしてラムリーザが大の字で転がり、腹の上にココちゃんを乗せているのを見つけると、さらに文句を言った。
「ココちゃんはクッションだから下に敷くもの! 上に乗るのはぬいぐるみ、ココちゃんは下!」
しかしラムリーザは、ソニアの文句を聞き流して、そのまま転がっているのだった。
そういえば最初の一体、実家で懸賞に当たったからという理由でもらったココちゃんは、帽子を被っていた。しかしその後、ココちゃんカレーで量産されたココちゃんは帽子がない。どうやら最初の帽子は、わざわざ別のものを被せただけのようだった。
ソニアによると、帽子を被っていないココちゃんは「はげぼうず」ということになっている。クッションとしては普通の頭だけど、ぬいぐるみにしては「はげぼうず」すぎるということで、この点もココちゃんがぬいぐるみではなくクッションであることを強調しているのだ。
ラムリーザとしては、頭がどうのこうのという話も、ぬいぐるみかクッションかという話もどうでもよい。しかし間違えるとソニアが怒るので、なるべくココちゃんはクッションであると自分に言い聞かせていた。
最初のココちゃんが被っていた帽子は今では帽子掛けに吊るされていて、帽子を被ったココちゃんは一体もいなかった。
そこに、ラムリーザの携帯端末がメールの着信を表すチャイムを発した。
「むっ、またリリスからだな!」
ソニアが机に手を伸ばして奪い取ろうとするよりも早く、ラムリーザはヒョイと拾い上げた。「浮気者浮気者」と言いながら次々にココちゃんを投げつけてくるソニアを無視して、ラムリーザは携帯端末のディスプレイを覗き込んだ。
そこには、メールのマークと差出人リリスの名前が。
「ジャンからのメールだったよ」
このように嘘をつくことでソニアはおとなしくなって、再びココちゃんに埋もれながらゴロゴロし始めた。
メールの内容は、『買い物をするから金貨をいっぱい持ってきて』とのことだった。
そういえば、今年はマトゥール島にキャンプに行っていたこともあり、リリスの誕生日を祝えなかった。だからこの日の夜に、数日遅れのパーティをするからということでジャンの店に呼ばれていた。ところが、リリスは午前中からラムリーザを呼び出した。金貨をいっぱい持ってきてということは、また何か高額な物を買ってもらう算段なのだろう。
そしてメールはこう締めくくられていた。『ふえぇちゃんがいると邪魔だから、一人で来てね』と。
ラムリーザは、ソニアを置いてリリスと会うのと、リリスの言いつけを破ってソニアを連れていくのとで、どちらが自分や周囲への被害が少ないかを考え、あまり考えるまでもなく後者を選ぶのであった。
「ジャンからリリスの誕生日プレゼントを買いに行く誘いが入ったから出かけるぞ」
とりあえず、ジャンから連絡が来たという設定を徹底しておく。「リリスが誕生日プレゼント買ってと言ってきた」などと言うと、ソニアが騒ぎ出すのは火を見るよりも明らかだ。
「よし、昼食もついでに食べに行くか」
「昼食カレーにしようよ」
ソニアの返答を意訳すると、「ココちゃんもらいに行こうよ」である。
「そのココちゃんを一つリリスにプレゼントしたらいいじゃないか」
「やだ! リリスなんかにココちゃんあげない!」
「十体以上持っているんだから一体ぐらい……まあいいや、出かけるから着替えるぞ」
「またリリスはラムを財布にするんだな?!」
「いいからいいから」
こうして二人は、リリスに会うためにフォレストピアの町へと向かった。
リリスが呼び出した場所は、ジャンの店の前だった。店の前で、ジャンとリリスが待っている。夏前あたりから、リリスはジャンの店の上階にあるホテルで寝泊まりしているのだ。
そしてそのままリリスの誕生日プレゼントを買いに四人で出かけた。しかしソニアとジャンは、ちょっと不満顔。ソニアはリリスがまたラムリーザを財布にしているのが気に食わないし、ジャンはリリスが相変わらずラムリーザ頼りなのが残念だった。
「今年もよろしく頼むわよ」
会って早々、リリスはラムリーザにねだった。
「リリスのプレゼントなんてこれで十分!」
不満なソニアは、リリスに落ちていた握り拳ほどの石ころを手渡して言い放った。リリスは素早くその石をソニアの服の胸元へ滑り込ませてしまった。
「なっ、何すんのよっ」
パンツの中に入れられてストンと落ちるよりはマシだが、普通にソニアは怒り出す。
「石なら黒曜石をお願いするわ。ちゃんと削って整えたのをね。溶岩に水をかけただけなのはダメよ」
「黒魔女は黒い石を欲しがるのね。全然謙虚じゃないくせに黒い石を欲しがるなんて変!」
「じゃあ金剛石ぐらい用意してみなさいよ」
「未婚のくせに金剛石ねだるな、結婚七十五年目に買ってあげる。今の黒い魔女には黒い木炭で十分、どうせ成分同じだし」
学校のテストの成績は悪いくせに、変なところに知識があるソニアであった。なぜかリリスと互角にやりあえている。
そんなやりとりをしながらも、リリスはフォレストピアに出張してきた小さな楽器屋に入っていった。去年は帝都の大きな楽器屋で、それなりに値が張るギターを買ってもらったものだ。
しばらく店内を見て回った。といっても、それほど規模がないので、そんなに時間はかからなかった。見終わった後、リリスは「あまりいいものがなかったから帝都に行こう」などと言い出した。
まだ午前中で、ジャンの店が本格的に動き出す夕方以降までは十分に時間がある。そういうわけで、そのまま駅に行って帝都行きの特急に乗るのであった。
ポッターズ・ブラフまでしかなかったときは、田舎ということもあって普通列車か特急列車しか走っていなかったが、フォレストピアができ、隣国ユライカナンまで鉄道が開通したこともあり、超特急列車が新設されたのだ。
同じ汽車でも、上質の石炭や練炭を使ったり客車を減らしたりすることで、運賃は倍以上になるが、速度はかなり出る。それに、主要な駅しか停まらないのでなおさらだ。
これで帝都までの道のりにかかる時間は大幅に短縮されたのであった。
最初はボックス席に四人で腰掛けていたが、しばらくしてジャンはラムリーザを呼び、二人で別の席へと移動してしまった。
ソニアとリリスから少し離れた場所に座りなおしたジャンは、ラムリーザに尋ねてくる。
「おい、去年リリスに何を買ってあげた?」
「ん、ギター。結構高かったよ、金貨二十枚はしたかな」
「ああ、あれか。去年の夏休み中に突然高価なギターに変わっていて何かと思っていたが、そういうからくりがあったのか」
ジャンはため息をついて言葉を続けた。
「そりゃあお前につきまとうわ」
「別に、欲しがるから買ってあげただけだよ。少し前にはマイコンとか買ってあげたけどね。なんかソニアと二人で黒歴史を作っただけみたいだけど」
ただ、ラムリーザの名誉のために付け加えるなら、確かにソニアとリリスはゲーム実況で黒歴史を作り上げただけだが、同時に買ってやったユコは、今でも音楽の打ち込みに役立てていると言っておこう。
「お前がソニアに全力で与えてやるのは自由だが、リリスにまで手を広げるのはやめてくれよ」
「でもソニアにだけ買ってあげるのはずるいって言うんだよ」
「ずるくていいんだよ。これからは、リリスには俺が全力で与えるから、お前はお茶を濁す程度にしてやれ。な、な、これ約束、頼むぜ。俺も常識の範囲内なら、お前がリリスに買ってやれるものと同じぐらいのものは用意できるから」
「ん~、悪かった……のかな?」
「いや、別にお前に怒っても仕方ない。誕生日の考え方も違うし、リリスにせがまれたから買っただけってのもわかる。ただ、リリスの金銭感覚を狂わせないでくれってこと。今日も金貨いっぱい持ってきたんだろう?」
「うん、五十枚ぐらい」
「はー……」
ジャンは、再び大きなため息をつく。
「わかった、ジャンの意見も考慮して選ぶ」
「そうしてくれ。リリスの難易度を上げずに、俺に任せてくれ。そうか、金貨二十枚のギターか。ステージでお祝いするよりそっちになびくわけだ。いろいろ納得」
ジャンは、どれだけ手を尽くしてもリリスがラムリーザから離れない理由が、ここに来てようやくわかったようだ。
「今年は買わないでおこうか?」
「んや、リリスが欲しいと言ってきたものは俺が頑張る。お前が渡すプレゼントは俺が選ぶ。これでいこう。しかし何をねだってくるものやら……」
いつもの軽い調子ではあったが、声の奥には少しだけ焦りがあった。リリスをラムリーザのそばから引き離したいというより、今度こそ自分のほうを向かせたいのだろう。
ラムリーザは、ジャンのためにリリスから一歩引くことを考え始めた。もともとソニア一筋なのだが、リリスのわがままをそれなりに聞いてやった気がする。これからは、そのわがままの矛先をジャンに向けさせるように仕向けよう。そう考えるのであった。
通常の特急列車なら二時間以上かかっていた道のりだが、超特急列車では一時間と少しほどで帝都に到着した。
早速帝都の楽器屋へ向かうリリスについていくと、途中でメルティアに遭遇した。ジャンがフォレストピアに移ったことであまり目立たなくなっていたが、メルティアも帝都で元気にやっていたようだ。
「あっ、ソニアちゃんじゃないのーっ」
「うあ、メルティア?!」
ソニアは思わず自分の巨大な胸を抱えてラムリーザの後ろに隠れる。おっぱい大好きメルティア、油断はできない。
「ジャンもそっち行っちゃって、つまんなーい。お店に行っても、もうジャンいないし」
メルティアが少し寂しそうな表情を見せるので、ラムリーザは将来の展望を少し語ることにした。
「僕たちの進学に間に合うようにフォレストピアに大学を作るから、再来年になったらメルティアも来たらいいよ。そしたらまた一緒だよ」
「大学? ソニアちゃんも行くの?」
「行くのかなぁ……」
ラムリーザは口ごもる。ソニアの成績では、大学進学はそれこそ夢物語かもしれないのだ。
「あたし大学行くけど、メルティアは来なくていい!」
行けるかどうかわからないが、きっぱりと言い切るソニアであった。
その後、楽器屋でリリスがねだったのは、エレキギターのアンプであった。
去年、ラムリーザにギターやマイコンを買ってもらって味をしめたリリスは、最初金貨二十枚の高価なアンプを要求した。
去年なら、ここでラムリーザが何も考えずに財布を開いていたかもしれない。けれど今年は違う。リリスの隣には、少し背伸びをしながらも、彼女のために金を出そうとするジャンがいた。
ジャンはポケットの中の財布を一度だけぎゅっと握りしめると、からかうような笑みを消し、大人の男のような真剣な眼差しで棚に並んだアンプを見つめ始めた。
しかしソニアが文句を言うだけでなく、ラムリーザもジャンを立てるために説得したので、最終的には金貨五枚のアンプに収まった。
リリスは最初こそ不満そうに唇を尖らせたが、ジャンが真剣な顔で選んでいるのを見ると、それ以上は無茶を言わなかった。
それでも、まだ多少は高価なものであることに変わりはないのだが、そのぐらいならジャンにとってはまだ常識の範囲内であった。
リリスが満足そうにアンプを眺め、ジャンが少しだけ誇らしげな顔をしているのを見て、ラムリーザはこれでよかったのだろうと思った。
こうして、ラムリーザにとっては二度目となる、リリスの誕生日プレゼントの買い物は終わった。
ちなみにラムリーザは、ジャンにあまり金をかけるなと言われていたので、一万エルドの金貨ではなく、五千エルド程度で買えるギターピックをプレゼントしたのであった。
一方ソニアは、帝都のおもちゃ屋の表にあったガチャガチャで、ミニチュアのマンガ肉を当てようと少しの間回していた。そのときに当たった「はずれ景品」である、猫の鳴き声のような音がする笛が出てきたので、こんなのいらないとばかりにプレゼントとしてリリスに押し付けたのであった。
去年と同じような買い物のはずなのに、今年はラムリーザの横にジャンがいる。それだけで、リリスを囲む空気は少し違っていた。
帰りの超特急列車。ラムリーザの懐に残った、使わずに済んだ金貨の重み。
少し寂しいけれど、どこか誇らしげにリリスのアンプの箱を抱えているジャンの背中を見て、ラムリーザは大切な親友の未来がうまくいくことを願っていた。