ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
さらばマトゥール島
帝国暦九十三年 炎心の月・賢者の日(現代暦:八月中旬)
新しい朝が来た。マトゥール島での最後の朝だ。
長かったキャンプもこれでおしまい。朝の支度をする面々は、いつもより口数が少ない。それは寂しさから来るものだろうか? それとも、ただ単に眠いだけだろうか?
「ラム~、頭がぼんやりするよぉ~」
ソニアは眠いだけのようであった。
ラムリーザはコテージの広間に荷物を集め、忘れ物はないか念入りに確認しておいた。
昨日まであれほど騒がしかった広間も、荷物をまとめてしまうと妙に広く見えた。人の気配が抜けていく場所を見ると、いよいよ帰るのだという実感が湧いてくる。
「金塊、砂金、金が多いなぁ」
ミーシャは、金の塊と瓶に入った砂金を眺めている。
「一度離れると、資源を輸送する定期便か、島の人が本土に移動する日ぐらいしか船が出ていないからね。なかなか来られないから、忘れ物には気をつけてな」
「俺は青春と思い出をここに置いていくぜ!」
ジャンが何だかキザな台詞を吐くが、あまり反応はよろしくないようであった。
コテージに備え付けのものが多いことに加え、もともと私物をあまり持ち込んでいなかったこともあって、多少土産物が増えたぐらいである。
そこにコテージの管理人であるスーザンおばさんがやってきた。
「あと一時間ぐらいで船が出るけんの。コテージの後始末はこっちでやっとくきん、はよ本館へ行きまい」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
ラムリーザは、スーザンおばさんに挨拶とお礼を述べ、一同を率いてコテージから出発した。
「いろんなことがあったよなぁ」
ユグドラシルは、懐かしそうにつぶやいた。
「一番の思い出は何かな?」
ジャンはそう尋ねてくるが、すぐにリリスからツッコミを受ける羽目となった。
「あなたは思い出をコテージに置いてきたのではなかったかしら?」
「そっ、それは言葉のあやで、とにかく! 最初から振り返ってみよう!」
「あたしグンバゲンベリイでラムの操る飛空艇を撃沈させた!」
ソニアの一言に、ラムリーザ以外のメンバーは、頭にハテナマークを浮かべることになった。
「そこから思い出か? それ、キャンプの出発日の朝じゃないか」
「最初は何だっけ? サメ?」
「あたしラム兄にサメの肉食わされそうになった! というより、船に戻れなくなりそうになった!」
「階段を下ろさずに海に飛び込むからだ」
「それから海賊に襲われた?」
「いや、あれは島民の演技だったろ?」
「気がつくまでビビって逃げ回っていたくせに」
本館までの道すがら、次々に思い出話を語り合い、盛り上がっていった。
「スイカ割りは、手加減しないラムが破壊した。あとソフィーちゃんに叩かれた」
「あっ、あれはリリスさんの策略で――っ」
ソフィリータは慌てて弁明する。
「それから何をしましたっけ、ハッキョイ大会?」
「あれはリリスがずるい人間だということがよくわかったイベントだった!」
ロザリーンが持ち出した話題に、ソニアはリリス下げで噛みついた。試合数がどうのこうのと、揉めていたっけ?
「でも、ああいった日程表を組む場合が実際にあるから、私は間違っていないわ」
「なんで日程表に細工して、消化試合数がずれるような仕組みにするんでしょうか?」
ロザリーンは不思議がるが、リリスはまねて試合表を作っただけで、その意図まではわかっていない。ただ単純に勝ち数だけで勝負して、ソニアの全試合数を少なくしただけだ。逆にリリスは多かった。
「のだま拳は……ノーコメント」
これは酒の勢いで無茶苦茶になったイベントだった。
「それから砂金集めして、金塊探し?」
「あの探検にはまだ続きがあるみたいだけど、それはまたの機会にね」
謎の呪文が書かれた四枚の石板を解読して探し当てた金塊の山。しかしその金塊の山の中で新たな石板を発見し、他にも宝があるかもしれないことを匂わせていたのだ。
「あっ、リリスが鉄球をパンツの中に入れてきた!」
そんな中、ソニアはどうでもいいことを思い出しているようだった。
とにかく皆は、夏休みを十分に満喫していた。これでもかというぐらいに。それでも夏休みの全日程のまだ半分ほどしか経っていないのだから、まだまだ楽しめそうである。
ラムリーザたちが本館に到着したとき、すでに整頓が終わって中はさっぱりとしていた。ここにいた人たちは、すでに港へ向かっているようだった。
本館から港はさほど遠くない。一同はそのまま本館を素通りして、港へと向かっていった。
「ところで、洞窟で見つけた赤い宝石は何だったんですの?」
ユコは、島の内部にある洞窟の奥で見つけた宝を気にしているようだった。あのときは持ち帰るのは危険と判断してそのまま置いておいたが、それ以降結局何の調査もしていない。
「気がかりと言えば気がかりだけど、後日の楽しみを残しておくのもいいじゃないか」
ラムリーザは、またこのメンバーで島に来るのかどうかわからないが、すべてやり尽くすのではなく何かを残しておこうと考えたわけだ。
港では、船の前ですでにラムリーザの母親たちが待っていた。
「全員来ましたか? 置いてけぼりはいませんか? ソニアもちゃんとついてきましたか?」
メイドのナンシーが、確認を取ってくる。
「なんであたしだけぼんやりさんみたいなこと言うのよ!」
「それだけお母さんに気にかけられているのだよ」
ラムリーザは、むきになるソニアを後ろから抱えて、優しく言ってやった。
「ソニアは南に行くと言って、真下に穴を掘って進んでたことがあるからね」
リリスは本当かどうかわからないことを言うが、ソニアは怒ったように「そんなことしたことない!」と叫ぶのだった。
船に全員乗り込み、いよいよマトゥール島とのお別れのときがやってきた。
波止場には、副管理人のメナードをはじめ、暇な人が何人か見送りに来ている。そして船には、何人か島民も乗っていた。交代制の休暇で本土に戻るため、ついでに同じ船に便乗させてもらったわけだ。
「こんなとき、紙テープをお互いに持っているんじゃないのー?」
ミーシャは、港にカメラを向けながらそんなことを言っている。
「媚び媚びミーシャが島に残って紙テープ持っててよ。あたしが反対側を船から持っていてあげるから」
ソニアはどさくさに紛れて、ミーシャ置いてけぼり事件を起こそうとしていた。
「バカなことはやめるんだ」
リゲルはソニアを睨みつけてそう言うのだった。
船が動き出した。
結構長い期間を過ごしたマトゥール島の波止場から、船は少しずつ離れていく。
「マトゥール島さようならーっ!」
ソニアは船尾から、少しずつ遠ざかっていく島へ手を振って叫んでいる。
波止場で手を振る人たちの姿が、少しずつ小さくなっていく。声はもう届かないのに、誰もすぐには手を下ろさなかった。
「はぁ、終わっちゃいましたの」
一方、ユコは名残惜しそうにしんみりモードだ。
「キャンプに行くたびに思いますけど、この時間が一番寂しいのですの」
ソフィリータも同意して、ユコの肩に手をやった。
「なあ、来年も来られないかな?」
その一方で、ジャンはラムリーザに尋ねてみる。こんなにいい島だったら、毎年のようにキャンプに行きたいものだ。
「どうだろうか、別荘は他にもあるし、そのときが来たら母と相談してみるよ」
しかし、そろそろ母の判断に頼るだけではなく、ラムリーザ自身の意思で別荘の行き先を決められる日も近そうだ。
「あ、そうだな。俺はリゲルの別荘にも行ってねーし。先にそっちでもいいかな」
ジャンはリゲルのほうを振り返って言った。
「俺の別荘は新しいルールが決まってな、ちょっと厳しいぞ」
「なんだなんだ?」
「体のパーツに緑色が多いものは、うざいから来てはならないことになっている」
ジャンはぷっと笑って、それに該当する人物の姿を探したが、その本人は島に向かって大きく手を振り続けていた。
マトゥール島はだんだんと小さくなり、やがて水平線の彼方で、点のようになってしまった。そして完全に見えなくなるまで、みんなはその一点をじっと見つめていたのであった。
島が完全に見えなくなると、とたんに全員がだんまりモードに突入してしまった。
楽しかった場所ほど、離れるときには急に遠くなる。船が進むたびに、マトゥール島での出来事は、少しずつ思い出という形へ変わっていった。
みんなは楽しかった思い出を振り返り、いろいろと感傷に浸っているのだ。
島で十分に泳いだので、帰りの船で泳ごうと言い出す者は、さすがにいない。皆デッキで横になって、青い空を眺めていた。さらに言えば、ここにきてキャンプの疲れが一気に出たというのもあるだろう。
ラムリーザとジャンの二人は、船尾付近に設置されているデッキチェアに並んで寝転がり、今後の予定を話し合っていた。
「数日後にユライカナンツアーを始めるから、体調管理はしっかりしといてくれよ」
突然ジャンは、聞きなれない言葉を発してくる。ユライカナンツアー?
「ツアーって? ユライカナン?」
「まぁ首都とかで大掛かりなものをやるほどじゃないから大丈夫。この前サロレオームでライブやっただろ? そこを中心に、その近辺の会場や公園などを数日間移動しながらいろんな場所でライブをやる企画だ」
「なっ、わっ、それは大変だろう?」
唐突な話に、ラムリーザは多少声が上ずった。
「段取りは俺が全部仕上げるから、ラムリーザたちはいつもどおりに演奏してくれたらいいよ」
「あーそれ、俺パス」
二人の会話が聞こえたのか、レフトールが割って入ってきた。
レフトールは、夏休みの前半を、マックスウェルと二人だけで南の島で遊んで過ごしていた。後半は、他の子分たちとの交流を深めたいと考えているようだ。
「自分もちょっと夏休みの後半は予定が立て込んでいて……」
続いてユグドラシルも参加を取りやめた。なんでも生徒会メンバーでのイベント企画が入っているようだ。
二人とも、ラムリーザたち以外にも交流があるのだ。
「そういえば、そろそろリリスの誕生日じゃなかったか」
さらにジャンは、思い出したかのように付け加える。
「覚えていたのね」
それを聞いて、リリスは嬉しそうな笑みを浮かべる。
残念ながら、ラムリーザは忘れていた。というよりは、家の風習の違いによって、他人の誕生日を祝う習慣がないので、まだまだ慣れていなかった。
去年は帝都のシャングリラ・ナイトフィーバーで盛大に祝って、リリスが過去を振り切るきっかけとなったイベントでもあった。一方、ソニアはひどい目に遭っていた。自業自得だが。
「でも、実は今日なのよ。今年はどうしてくれるのかしら?」
リリスも誕生日を祝ってくれると嬉しいらしい。ジャンのそばへ行って、期待の視線を向けている。ジャンにとって、リリスの中で株を上げるチャンスだ。
「今年は俺の店、二号店でパーティをやろう。さすがに今日は無理だけど、近いうちに開くから」
「僕も出なくちゃダメかなぁ?」
「ん~」
ジャンはそこで考え込む。ラムリーザの家風を知っているので、これまでほぼ参加してこなかったことも特に気にしていなかった。去年はたまたまライブと同じ日程だったので、参加したようなものと考えていた。
「あなたも出るべきよ」
リリスはラムリーザをじっと見つめながら言った。それを聞くとジャンも「ん、出ろ」と言うのだった。
「来年はお前の誕生日パーティもやってやるさ」
「いや、それは別にいいけど……」
ラムリーザは口ごもるが、ジャンは「いいさ、いいさ」と言って、なし崩し的に来年の計画まで立てようとした。
島が見えなくなっても、夏休みそのものが終わったわけではない。
そのうち、ラムリーザとジャンの周囲も静かになった。こうなると、船の上はしんとしたものだ。波の音と船のエンジン音ぐらいしか聞こえない。
「なんだかしんみりですの」
ユコがぽつりと漏らした。改めて、楽しかったキャンプ生活は終わったのだなと実感する。
「終わりがあるから楽しいの。終わりがなければ永遠。永遠なんて、いつか退屈になるだけ。終わりがあるから人はその日その日を精一杯生きるの。昨日は今日の思い出、今日は明日の思い出。思い出の数だけ人は生きる意味を見出すの。思い出をくれたことに感謝します」
適当なメロディに合わせて、ミーシャは何だかすごく真面目なことを歌い上げてしまった。
「なにその歌、聞いたことないですの」
ユコの言葉にミーシャは、「今の気持ちをそのまま歌ってみたのー」と答えた。
「媚び媚びミーシャのくせに詩人。でも詩人はすべての武器が使えるから、魔女のリリスよりはずっと優秀」
ソニアは少しよくわからないことを言うが、ミーシャはさらに歌を続けた。
「終わりは新しい出来事の始まり。終わりがなければ同じことの繰り返し。繰り返しなんて退屈なだけ。人は終わりがあるから、新しい一歩を踏み出せるんだ」
いつもの調子で歌っているだけのはずなのに、その言葉は妙に今の空気に合っていた。ラムリーザは、少しだけ驚いたようにミーシャを見た。
「なんだかカッコいいこと言ってますの。これ、ミーシャ作詞ということにして、私が作曲してみますの」
ユコは、ミーシャの歌詞そのままではないが、新たな一歩を作り出そうとしているようだ。
「ミーシャが歌詞を書いたから、ミーシャが歌うの。レコードのA面で人気ナンバーワンになるの」
「絶対ダメ!」
ソニアとリリスは口をそろえて否定し、ミーシャの自作曲まで奪う気満々なのであった。
船は黙々と北を目指している。
船上で一泊して、明日には本土に到着するだろう。
楽しかったマトゥール島の思い出をしっかりと胸の奥に抱いて、みんなを乗せた船は、明日という新しい始まりの光へ向けて、静かに、広い大海原を突き進んでいくのだった。
しかしこのとき本土では、大量発生したゾンビが橋の上などをぶらぶらと大変な騒ぎに――もちろん、そんなことはまったくないのである。