ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
最終日の昼、それぞれの時間
帝国暦九十三年 炎心の月・月影の日(現代暦:八月中旬)
さあ、泣いても笑っても、マトゥール島でのキャンプ生活は今日が最終日。明日の昼ごろには、ラムリーザたちは帰りの船の中にいるだろう。
朝、自室で目覚めたラムリーザは、くっついていたソニアと目が合った。この場面は、キャンプだろうが自宅だろうが変わらない、いつもの光景だ。
ほんの少し違うといえば、ソニアのおでこや肩、腕に、小さなあざがいくつかできていた。これは昨日のボート上の戦闘によるもので、おそらくリリスもあざだらけになっているのだろう。
「今日は島での最終日、何がやりたい?」
ラムリーザは、ソニアにできたあざを軽くさすりながら尋ねた。
「う~ん、最後はラムと二人きりでいたいかな」
「よし、海岸に出かけよう」
朝食を終えてから、ラムリーザはソニアを伴って海岸へ出かけた。
朝日が反射してキラキラと輝く海と、どこまでも続いているように見える白い砂浜。いつもと同じ海のはずなのに、明日にはここを離れると思うだけで、波の音まで少し違って聞こえる気がした。
倉庫の近くの砂浜には、ぼこぼこと穴がいくつか開いている。また、砂浜の中央には、雑に円が描かれており、その円の中は踏み荒らされたように砂が乱れていた。
ボーリング合戦に、ハッキョイ大会。いろいろな思い出がそのまま残っているのだ。
「なんだかいろいろあったけど、リリスと喧嘩ばかりしていたような気がする」
「いいんじゃないかな? 喧嘩するほど仲がいいというし」
「でも、なんだか今年のキャンプは、前に来たときよりも早く終わった気がするよ」
「これまでは、僕は兄と、ソニアはソフィと、それぞれ別にいることが多かったからね」
「同じ海、同じ砂浜のはずなのに、ラムと一緒に見たら全然違うものに見える不思議ー」
「二人のつながった心というフィルター越しに見ているからね」
「ラムは昨日砂浜で何をやっていたの?」
ソニアに尋ねられて、ラムリーザはその場にごろんと転がった。
「寝転がりながらジャンたちと、将来のこととか話してた」
ソニアも横になり、ラムリーザにくっついてこようとする。その結果、いつものことなのだが、巨大な胸をラムリーザの脇に押し付けてしまう。
ラムリーザは、くっついてきたソニアに腕を回すと、ぐいっと引っ張って自分の上に乗せて向かい合う。そしてじっとソニアの顔を見つめながら言った。
「ソニア、何でそんな可愛い顔をしているんだ?」
「ふえぇ……」
ラムリーザに可愛いと言われて、ソニアは恥ずかしくて言葉を失った。その結果、発せられるのはいつものフレーズ。
「ほんとにもー、可愛い顔して」
そして今度は、ギュッと抱きしめる。ラムリーザが力を込めると、ソニアはそのたびに「んんっ」とか「うんっ」とか小さく声を漏らして、それがまた可愛い。
最終日の朝、砂浜の外れでは二人の時が流れていた。
一方、ユグドラシルとソフィリータは、昨日に引き続いて町へと繰り出していた。
昨日は町で遊ぶのが主だったが、今日は町に来てからずっと土産物屋に入り浸っている。ただし、別に観光地というわけではないので、土産物屋といっても普通の雑貨屋だ。
ちなみにこの雑貨屋は、先日ラムリーザが解決した「家宝のどくばそ盗難事件」の現場、ボールダックス商店だ。
「いらっしゃい!」
威勢よく迎えてくれたのは、体格はいいがまだ顔に幼さが残っている、少年と青年の中間のような人物だった。ラムリーザとひと悶着あった、雑貨屋の息子クラウディオだ。
「うーむ、土産物屋代わりになるかなと思って入ってみたものの、ほんと日用品の雑貨売り場だね」
「この島は観光地ではないので、仕方がないのです」
「まあいいや、おそろいの何かを買おう。マグカップとか」
「くすっ、定番ですね」
そのときユグドラシルは、雑貨屋の奥の壁に飾られている置物が気になっていた。その置物は、ナイフぐらいの大きさで、先端は細長い円錐形をしている。
「あの置物は珍しいな、初めて見るよ。店主さん、あの壁にかかっている置物を売っていただけないかな?」
ユグドラシルは、気になった置物を土産物にしようとした。しかし店番をしているクラウディオは横に首を振って答えた。
「いかんいかん、これはうちの家宝で、守り神のどくばそやけんな。売り物やないんよ。……あーでも、気になる人がおるんなら、レプリカ作って量産するんもアリかもしれんなぁ」
「どくばそとは何ですか?」
「俺ぁ詳しいことはよう知らんけん、親父に聞いてーな」
そこでユグドラシルは、奥から出てきた父親のクラウドから、どくばそについていろいろと聞くのだった。死んだ爺さんの形見だの、今に必ずこのどくばそを必要とする者が現れるだのを――
「どくばそという名前が不思議ですが……」
「うん、それはわしもそう思うとるんやけどのう。受け継いだときから『どくばそ』やったけん、もうしゃあないんや」
「どくばり、毒針ではないのですか?」
「さあて、どうやろうかのぅ……」
これ以上の情報は入らないと悟ったユグドラシルは、ソフィリータとおそろいのペンを購入するのだった。普通のペンではなく、ちょっとした細工が施されていて飾っておいても面白いものだ。
「コズミックフォージ二本まいどーっ」
クラウディオの声をバックに、二人は雑貨屋から出ていった。
外に出て再び町を歩きながら、ソフィリータはぽつりと言う。
「ユグドラシル先輩」
「なんだい?」
ユグドラシルは振り返る。
「リザ兄様――いや、ラムリーザ兄さんといつまでも仲良くしてください」
「んん? 君とだけでなく、ラムリーザくんとも?」
「私はフォレスター一族の人間です。家族と仲良くできない人とはうまく付き合っていける自信がありません。両親とのことは追々考えるとして、今は一番身近にいる私の家族、ラムリーザ兄さんと仲良くしてください」
「それはもちろんだよ」
ユグドラシルは、堂々と答えた。ユグドラシル自身も、ラムリーザのことを友人として気に入っていたから、何の問題もなかった。それならば、とユグドラシルもソフィリータに同じように返す。
「それじゃあソフィも、ローザと仲良くしてくれよな」
「もちろんです」
ソフィリータも即答した。破天荒なソニアと接する機会が多くて疲れる中、真面目なロザリーンは一服の清涼剤のようなものだった。本人の戦闘力からは想像しにくい穏やかな性格のソフィリータは、ソニアよりもむしろロザリーンのほうが気が合うかもしれない。
「でもロザリーン先輩は、リゲル先輩と――」
「うん、リゲルくんともつながるね。そのリゲルくんは、ラムリーザくんの参謀になっているね。人は一人では生きていけない、いろいろと絡み合って助け合って生きていくのさ」
「くすっ、何だかかっこいいこと言っていますね」
「みんな仲間さ」
「ええ、仲間です」
二人は今度は、「金のリンゴ」と書かれた看板の店に入っていった。
一方、リリスとユコは何をしているのだろうか。
二人は、海岸のそばにある岩場に登って、打ち付ける波を眺めていた。そして二人が座っているその場所は、偶然にもラムリーザとラムリアースが語り合った場所と同じだった。
「リリスはジャンさんのことを、本気でどう思っているんですの?」
「どうかしらね」
ユコはジャンとのことについて尋ねるが、リリスははっきりと答えない。
「告白とかプロポーズとかあったの?」
「さあ、あったかしら?」
「曖昧ですのね、ジャンさんとは遊びなの?」
「それはどうかしら」
どうもリリスは先ほどから曖昧な返事しかしない。
しかし、少し間をあけてから、リリスははっきりとしたことを言った。
「彼が私に真剣なのは分かっているし、私も彼とは遊びだけで終わらせたくないわ。でも――」
そこで一旦言葉を切った。しかしユコが覗き込んできたところで、リリスは微笑を浮かべて言葉を続けた。
「ラムリーザも捨てきれないのよねぇ」
「そうですのよね。でもやっぱりあの風船が邪魔ですの」
「それはもうわかっているわ、ラムリーザは絶対にぶれないとわかった。ソニアはずるい。だから――」
そこで言葉を切って、怪しげというよりも邪悪に近い笑みを浮かべて言葉を続けた。
「だから限界までソニアをからかったり、嫌がらせしたりしてやるのよ」
「そうね、ソニアはずるい。でもやりすぎたらラムリーザ様に嫌われると思いますの」
「ソニアは分かりやすいから、そこはバランスよく。キーワードは『ふえぇ』よ。一度言わせるまでやり込んだら、それ以上追い詰めなければ大丈夫。目指せ、ソニアの口から『ふえぇ』よ」
「ふえぇちゃん」
「ふえぇちゃん」
二人は顔を見合わせて、くすりと笑った。
実は以前からちょくちょくソニアに「ふえぇ」と言わせているのだが、ここで改めて誓い合う二人だった。これにはソニアも災難だとしか言いようがない。
「それで、ユコはレフトールに本気なのかしら?」
唐突にリリスは、ユコに質問を浴びせかける。
「なんでですの?!」
ユコは知らないそぶりを見せるが、少し動揺しているようだ。
「嫌がっているわりには、しょっちゅう一緒にゲームセンターへ遊びに行っているじゃないの」
「あの人は、私の守衛なんですの」
「しゅえいマンオーウォー?」
「違います! 名前を空白にせずに、ちゃんと入力してください!」
二人の背後では、木の太い枝が一本折れて、地面に転がっていた。そして転がった枝の根元近くには、石が四つ落ちていた。
一方、ジャンといえば、今朝からコテージの広間にあるテーブル席で何やら書き物をしている。
昨夜のプロレスが盛り上がったということもあり、プロレス興行について試しに計画書を書いていた。
しかし、ノートのトップに「ふえぇプロレス原案」と書かれているところを見ると、本気度はまだ低く、遊びの範疇を超えていないと見える。
興行メンバーは、ラムリーザとリゲル、レフトールとマックスウェル、そしてジャンの五人である。
「ん~、これだとタッグマッチは限られるなぁ……。シングルマッチでも一興行につき二試合が限界だ。タッグマッチをしたら一試合しかできない。これならば、ユライカナンから未知の強豪を呼び寄せて、その怪物を軸に……。う~ん……ちょっとトレーニングでも始めてみるか」
ジャンはペンを置くと、テーブルから離れて床に手をつく。そして腕立て伏せを始めてみるのだった。
昨夜は遊びだった。けれど、遊びで終わらせるには、リングの上の熱が妙に頭に残っていた。
その一方でリゲルは、最終日の海釣りを楽しんでいた。
ボートを借りて海岸から少し離れた場所に出ようとしたところ、レフトールとマックスウェルも同行を申し出たのだった。
リゲルはいつもどおりマイペースで、レフトールは全然釣れなくてイライラしている。そしてマックスウェルは、淡々とモケケピロピロを釣り続けている。なぜそんなに釣れるのかわからないが、無欲の勝利とでもいうのだろうか。
しかも連続で釣れても、ちっとも見せびらかしてこない。意外と謙虚なところがあったものだ。
「うれしげに見せつけてきたら、海に蹴落としてやるのに」
レフトールはそう言い捨てると、釣り竿を投げ出してボートの上で大の字に寝転がるのだった。
最後の二人、ロザリーンとミーシャは、コテージ近くの砂浜に座っていた。
もともとロザリーンが一人、ゆっくりしていたところに、ミーシャがそばにやってきたという流れだった。
ロザリーンとしては、ミーシャはリゲルを巡って微妙な相手だ。しかし、ミーシャはそんなことを気にしていないのか、それとも知ったうえでやっているのか、ロザリーンにいつもどおり接してきた。
ミーシャは、ロザリーンのそばで砂山を作りながら、ちらちらとロザリーンの様子をうかがっている。ロザリーンは、いろいろと思案をめぐらせてミーシャに話しかけられずにいた。
そんな中、ミーシャが唐突につぶやいた。
「ミーシャ、リゲルおにーやんの取り合いはしないよ」
ロザリーンは、突然の一言に一瞬何を言っているのかわからなかった。
「ミーシャは、リゲルパパやママに見つかったらまた遠くに飛ばされちゃうの。だからローザがミーシャのこと邪魔だと思ったら、リゲルパパたちにミーシャが戻ってきたことを言えば、それでさようなら」
「な、何ですか突然?」
「だからリゲルおにーやんの一番はローザでいいの。ミーシャは二番、それでいいと思ってる」
「ちょっ、ちょっとミーシャちゃん?」
「でもね、でもね、ローザがリゲルおにーやんと結婚するまではミーシャもリゲルおにーやんと遊ばせてね。結婚したらもう近寄らないから」
ミーシャは砂を盛り上げながら、いつもの甘ったるい声で語り続けていた。
「ローザが悩んでいるのミーシャ知ってる。でもそれまでは我慢してね。我慢できなくなったら、さっき言ったとおりリゲルパパにチクッたら一発だから簡単だよ」
「そ、そんなことしませんよ。私はそんなひどい女じゃありません」
「それがけじめなの。でもね、でもね、奥さんを二人以上迎えるのが合法的になったら、諦めてミーシャも入れてね」
ロザリーンは、ミーシャが次々と語ってくるので戸惑い始めていた。敵意を向けられたほうが、まだ分かりやすかった。けれどミーシャは、そんなものなど最初から持っていないような顔で、ロザリーンの隣に座っている。
「それはその、そういうことですか?」
「うん、太鼓打ちのお兄ちゃんが、奥さんを二人迎えたらリゲルおにーやんもそれに倣うって言ってるから、そうなったら諦めてね、ということなの」
ロザリーンは、リゲルがラムリーザに正室だの側室だの時々迫っていることを知っていた。だからミーシャの言っていることも、おそらくそのことだろうと理解できるのだ。それに、リゲルが自分にもミーシャにも、ほとんど同じ距離感で接していることもうすうす感じ取っていた。
「ミーシャ、ローザとも仲良くしたい。一緒にリゲルおにーやんを支えていける日が来たらいいね」
ミーシャは、できあがった砂山にトンネルを掘り始めた。真ん中あたりまで掘ったところで、砂山は中央へ向かって陥没してしまうのだった。
ロザリーンは、カモメの飛び交う空を見つめて、「これからも落ち着いた交際を続けることは難しいのかな」などと考えるのであった。けれど、それでもリゲルを好きでいることをやめるつもりはなかった。
最終日の昼は、どこも穏やかに見えた。けれど、それぞれの胸の中では、帰ってからのことが少しずつ動き始めていた。
やがて、高く青かったマトゥール島の空は、ゆっくりと燃えるような茜色、そして静かな紫色のベールへとその色彩を変え始めていた。
砂浜で寄り添って眠っていたラムリーザとソニアの影。雑貨屋から笑い合いながら出てくるソフィリータたち。ボートの上で大の字になるレフトールと、腕立て伏せに汗を流すジャン。
微妙な結果に終わったボーリングの穴も、真剣にぶつかり合った砂浜のリングも、すべてはきらめく夏の思い出となって、穏やかな波の音が優しく包んでいった。