ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
昼下がりの五人組
帝国暦九十三年 炎心の月・鍛冶師の日(現代暦:八月上旬)
青い空に白い雲が浮かんでいる。
マトゥール島でのキャンプ生活も、残すところ二日となった。明日を過ごせば、明後日はいよいよ本土に戻る日となる。
ラムリーザはこの日、特に何をするでもなかった。砂浜で、リゲル、ジャン、レフトール、マックスウェルの四人と寝転がってのんびりしていた。
こうして五人だけで集まるのは、このキャンプ中では初めてかもしれない。
「いろいろあったよねぇ」
ラムリーザはぽつりともらした。キャンプ生活もこれだけ長くなると、いろいろなことがあったものだし、そろそろ飽きもくる。
「俺はほとんど釣りをしていたかな」
リゲルは、ラムリーザの言葉を受けて短く答えた。
ポッターズ・ブラフ地方もフォレストピアも、比較的内陸部にある町だ。それゆえに、海釣りをしに行こうと思えば、バスか汽車に乗って海辺まで移動する必要がある。それ以外といえば、山に登って川釣りか?
とにかくリゲルは、数年分ぐらいの釣りを、この離れ小島で満喫できたはずだ。
「俺も釣りしてみたり、マックと町に行ったりしていたかな? たまにはこういう気晴らしもいいもんだ」
レフトールはそう答える。普段なら、あてもなく町をぶらぶらしているだけの休暇だったはずだ。ラムリーザと知り合ったことで、レフトールの環境もかなり変わったものだ。
「俺は女子に混じって遊んでいたぞ。いやぁ、ラムリィも上玉集めてくれて感謝感謝。これだけ上玉集めておいて、ソニア一択なのだから、欲がないねぇ」
「どんな美人も美少女も、ソニアの可愛さと比較したら霞んで見えるものでね」
「ラムリィは、おっぱいの大きさがLカップ以上ないと女として見ていないからな」
「勝手に決めるな!」
「ほんじゃさ、俺がLカップの胸を持てたら、ラムさんは俺を女として見てくれるのか?」
そこにレフトールが口を挟んでくるが、ラムリーザは顔をしかめて言い返すだけだ。
「気持ちの悪い変なことを言うな」
「マック。お前、俺とつるんでないとき何やってた?」
レフトールは、さらっと話題を転換した。いつも寡黙でぼんやりとしているレフトールの一番の子分は、のんびりとした声で「昼寝してたんだな」と答えた。
「そういえば、僕も砂浜で横になって昼寝というか日光浴していたけど、マックスウェルも近くにいたような気がするなぁ」
ラムリーザもマックスウェルと同じく、イベントのないときはごろごろと昼寝派だ。自宅でも、窓際やウッドデッキに置かれたリクライニングチェアが指定席だった。
「ラムさんとマックって、どんな会話するん?」
レフトールは二人にやたらと食い込んできた。
「来年はまだ生きてるかなー、とか?」
「血圧は安定しているか、とか?」
「ワニマン病院は待ち時間が少なくて快適だ、とか?」
「饅頭の中身は小豆より栗だよな、とか?」
ラムリーザとマックスウェルが交互に回答するのを聞いて、レフトールは首を捻って「お前ら老人か?」とだけ返した。
海を見ると、女子たちがそれぞれゴムボートに乗ってぶつけ合っている。五隻のボートで戦争ごっこでもやっているのだろう。あっ、リリスの突進を食らってミーシャが海に弾き飛ばされた。
ソフィリータとユグドラシルの姿がない。二人で町にでも出かけたかな?
ラムリーザたち五人は、砂浜に頭を内側へ向け、円になるように寝転がっていた。ラムリーザを起点にして時計回りに、ジャン、レフトール、マックスウェル、リゲルの順に並んでいた。
五人の視線の先には、同じ青空が広がっている。誰かが真面目な話をしても、別の誰かがすぐ茶化すので、湿っぽい空気にはなりようがなかった。
この様子を上空から撮影したら、きっと良いシーンになるだろう。
「おおっ、なんか青春のワンシーン?」
ジャンは、なんだか上機嫌になっている。
「俺たち仲間だぞ。裏切った奴は怒るでしかし!」
昨夜のプロレスで、ラムリーザをボコボコにしたレフトールが、仲間を強調する。もっとも昨夜のは、あくまでプロレスのルールに沿ったものでもあったわけだが。
「よし、この五人を主力メンバーにして、団体戦の順番を決めよう。大将はラムリィで、あとはどう配置するか決めてしまうんだ」
ジャンの提案で、なぜか勝ち抜き戦の順番決めが始まってしまった。
「俺は先鋒やってやる」
レフトールは切り込み隊長を請け負うつもりだ。
「三人抜きして副将と引き分けてやるから、あとは任せたぞ」
五人抜きはしないつもりらしい。
「副将はリゲルかな? ジャンかな?」
「リゲルっぽいな、ジャンは次鋒になって、ぐおごごごとか叫びながら敵に突進し、カウンター食らって秒殺される役目」
「なんでそうなる!」
レフトールにほとんど人数合わせ役にされたジャンは不満をこぼす。
「これで敵の大将に次鋒のジャンが負けたとして、次は中堅マックスウェルかな?」
「待て待て、俺ホントに秒殺でやられる役?」
「また派手に大流血してレフェリーストップになるんだ」
「それは昨夜の演出だ!」
ジャンは訂正するよう食い下がるが、話題は敵の大将対中堅のマックスウェルという話になった。
「それで、大将相手にどう攻める?」
ラムリーザの問いに、マックスウェルはのんびりと答えた。
「まず場外に落とす。それからガチで胴締めスリーパーをかけて動けなくするんだな。そのまま両者リングアウトで引き分けに持ち込む。これで団体戦こっちの勝ちなんだな」
「しょっぱいのぉ」
レフトールはつまらなそうにぼやいた。
「いやいや、最初に君が三人抜きして四人目と引き分けるって流れにしたから、こういう展開になってしまうんだぞ」
ラムリーザは反論する。前提からしてレフトールはやりすぎだ。
そこでジャンは、代案を出した。
「そうだな、そこは俺ならこうする。先鋒のレフトールは二人抜きするけど、敵の中堅に負ける。次鋒の俺は玉砕してもかまわん。それで中堅戦になるけど、マックスウェルが一勝。次は敵の副将に挑むけど敗北。そしてリゲルが登場し、副将戦になるわけだ。これを引き分けにしたら、大将同士の戦いで決着となって、盛り上がるぞ? どうだ?」
「なんだかジャンが負け役で定着しそうな流れだね」
「むっ、見てろよ。俺はここ一番という大勝負でラムリィ、お前に勝ってやる」
ジャンは、天に拳を掲げて誓うポーズをとった。
「ヒョロガリ無双はオタク好みだからな」
「せっかくの熱血展開に水を差すな、リゲルン!」
「何がリゲルンだ、気持ちの悪い変な呼び方をするな!」
「お前らはラムリン、リゲルン、レフトン、マックンだな!」
「その呼び方、ジャンだけ変えようがないね」
ラムリーザはくすりと笑った。
「ジャンンにすればいいんだな」
相変わらずのんびり屋のマックスウェルだった。
そんな妙な会話が展開されている、日差しもまだ穏やかな昼下がりの出来事であった。
海上では、ソニアとリリスの一騎打ちが始まっていた。互いのゴムボートをぶつけ合っている。残りの三人は、二人を囲むようにして、それぞれゴムボートに乗ってぷかぷかと揺れている。
「ところでさ、巷で話題になっている話があるんだけどさ。俺たち、ちょうど五人いるから聞いてみよう」
ジャンは唐突に、話題を変えた。
「俺たち五人が、とある雑貨屋に行って、なんでもいいから食べ物かお菓子を買いました。どこかに座って食べようと店を出たところ、ちょうど四人掛けのベンチが二つ並んでいます。さて、どのように座る? 元ネタではな、一人だけハブられていて議論されているんだ。不人気だからハブられているとかなんとか」
なんだろうか? 診断テストみたいなものだろうか?
「お前ら四人が座っとけ。俺は立って食べる」
一番に答えたのはリゲルだ。どちらかと言えば馴れ合いをやりたがらない、リゲルらしい割り切り方だ。
「いや、そこは僕が立つよ。君たちが座って食べたらいいさ」
譲り合いの精神というわけではないが、ラムリーザも立つことを主張する。領民を第一優先する良識派領主だ。
「それはいかん。領主のお前を立たせていたら、俺たちは何様だという話になる」
リゲルは、多少選民意識があるので、ラムリーザが苦労を買って出るのを否定しがちだ。
「マックお前立てよ」
レフトールはマックスウェルをハブろうとする。
「だめだぞ、子分を大切にしないなんてレフトールらしくないぞ」
「お前ら立つ立つ言ってるが、ベンチは二つあるんだぞ? それ忘れてないか?」
ジャンは、話を軌道修正させる。
「めんどくさいから全員立って食おうぜ」
レフトールは話を投げ出してしまった。仕方がないので、ジャンは無難な持論を展開することにした。
「しょうがない奴らだな。普通にラムリンとリゲルンの組み合わせ、レフトンとマックンの組み合わせでそれぞれのベンチを使えばいいんだよ。そこで俺は、気が向いたほうに加わるのだ。一人だけハブるようなことは、俺たちはやってはならないのだよ」
「おっ、なんかジャンがかっこいいこと言ってるような気がするぞ」
ラムリーザは、少し茶化し気味に答えた。
「仲間だろ」
「なるほど、ジャンにとって俺たちは、スカウトされた悪魔らしい」
リゲルが難しいことを言ってくる。悪魔とは?
「なんだそりゃ」
「仲魔だろ?」
残念ながら、他の四人にはいまいち伝わらなかったようだ。詳しく話せばレフトールあたりは「ああ、あれか」と答えただろうが、言葉にすれば仲間も仲魔も読み方が同じなので伝わらない。
話題はあちこちへ飛んだが、誰もそれを戻そうとはしなかった。
一方、海上の決戦は、いつの間にかゴムボートのぶつけ合いから、ゴム製のオールを使った戦闘へ発展していた。ソニアとリリスは、まるで騎馬戦でもやっているかのように、ゴムボートを漕ぎつつ相手をオールで叩き合う勝負を繰り広げている。
近くにいると危ないので、残りの三人が作る輪は少しばかり広くなっていた。
「ところでラムさん、ラムさんの周りで働いている人ってどんな人がいる?」
レフトールの質問に、ラムリーザは少し考えてから答えた。
「僕が知っている範囲では、執事とメイド。この二人はソニアの両親ね。あとはコックとか警護の人とか、それから――」
「警護かなぁ、やっぱし」
ラムリーザの台詞を遮るように、レフトールは言葉をかぶせた。
「警護? レイジィの弟子入りでもするのか?」
「ん、なんでもないよ。ただ、俺は将来どうしようかなってね」
レフトールは、首を横に振りながら恥ずかしそうに言った。いつものように大声で言い切るのではなく、レフトールは少しだけ視線を外していた。本人にとっては、冗談で済ませきれない話なのだろう。
「ほう、番長の分際で真面目なことを考えているものだな」
そこにリゲルが皮肉を飛ばしてくる。
「うるせーな、ラムさんの騎士として、ちゃんと形にするにはどうすればいいかなってね。それよりもリゲルはどうするんだよ?」
レフトールは苦し紛れに、リゲルに問いかける。
「俺は昼間は家の仕事をやりつつ、夜は天文台にこもりきりという生活を狙っているさ」
「天文台?」
レフトールには、あまり馴染みのない単語であった。
「簡単に言えば望遠鏡のでかいやつだ、とだけ言っておこう」
フォレストピアに、大規模な天文台を作るという計画も進んでいた。
「けっ、星を見る人かよ。そっちのジャンは? ってかお前、なんでおっぱいちゃんにドロヌリバチって呼ばれているんだ? 意味がわからんのだけど」
「俺も知らねーよ。どうせあいつが漫画か何かで別のジャンっていうキャラが、ドロヌリバチの巣にストローでも差し込んでハチミツを吸っている場面でも見たんだろ? それで勝手にそう呼んでいるんだ、意味はない。逆に俺の呼ぶエルには、具体的な根拠があるけどな」
「Lカップの百三センチだっけ? 揉みてーっ、おいラムさん、俺に譲ってくれよ」
「だから五百年ぐらい待てと言っているだろ」
いつの間にかソニアの話になっている。ラムリーザは五百年後になれば、本気でソニアをレフトールに譲るつもりらしい。
「ドロヌリバチはどうでもいいけど、プロレスを本格的にやってみたいと思わないか?」
ジャンは話を引き戻してきて提案した。
「昨日の試合やってみてわかったけど、結構面白いじゃないか」
「本気でふえぇプロレスを旗揚げするん?」
ラムリーザは尋ねてみた。本気でこんな妙な名前の団体名でよいのかと。
「それはもう昨日旗揚げしている。フォレストピアで本格的なのを作るんだよ。そしてユライカナンから未知の強豪を招いてさ」
「それやるなら、もっと身体を鍛えないとね」
ラムリーザやレフトールは、多少身体つきはがっちりしているものの、ジャンは普通の体型といったところだ。学生プロレスなら普通にありそうではあるが、本格的にやるなら負け役一直線だ。
「おう、ウェイトトレーニングを日課に取り入れてやる。そして俺もゴム鞠を破裂させてやるさ。そしてラムリーザとコンビを組んで、ダブル・ドラゴン・クローを決めてやるのだ」
なんだかすごいパワーファイターコンビが誕生しそうだ。
「それだったら俺は、カメンマシーンとでも名乗って、フルフェイスの鉄仮面を被ってプロレスしてやる。ドラゴン・クローを封じると同時に、アイアン・ヘッドバットを必殺技な」
話の流れで、レフトールは謎のマスクマンになってしまった。
そこでちらりと海上を眺めてみると、ソニアとリリスが同時に相手の頭にゴムのオールを叩きつけたところだった。二人ともバランスを崩してゴムボートから転落する。
すぐにロザリーンやユコの手によって海から引き上げられたが、どっちが勝ったか、どっちが先に落ちたかで言い合いが始まってしまったようだ。
「リリスええなぁ……」
その様子を見て、ジャンは笑みを浮かべてつぶやいた。本気でリリスに惚れ込んでいる。
「そんなにリリスええか? 根暗――」
言いかけてレフトールは慌てて口をつぐんだ。ラムリーザに「根暗吸血鬼」とは呼ばないようにと言われているのを思い出したのだ。もっともソニアなどは、リリスとの口論の際に連発しているのだが。
だからレフトールは、「――俺ならおっぱいちゃんのほうがええけどな」と付け加えて誤魔化した。
「今年の目標、絶対にリリスをラムリィから引き剥がして俺のものにする」
ジャンは握りこぶしを固めて、青い空に誓うのだった。
「いや待って、僕は別にリリスを取っていないよ」
「ラムリィがリリスを取っているのじゃない、リリスの心の中にいるラムリィから引き剥がすのだ」
そう言われてもラムリーザは困る。
去年、確かにリリスはラムリーザに告白した。しかしそれから一年、ラムリーザから見てリリスは、本気でラムリーザを狙っているというよりも、ソニアのほうへ攻撃しているといったイメージでしかなかった。ラムリーザを欲しいから奪おうとしているのではなく、ソニアが悔しがるから奪ってみる、そんな感じがしているのだった。
「で、リゲルの旦那。お前はどうするのだね?」
女の子の話題になったところで、レフトールはリゲルに話を振ってみた。今一番めんどくさい立場にいるのはリゲルだろう。
「だから前から言っている。ラムリーザが正室と側室を迎えれば、俺の問題は解決するのだ」
「無茶な……」
リゲルは本気で二股問題を力技で解決するつもりらしい。
海上では、まだソニアとリリスのオールでの叩き合いが続いている。どうやらどちらかが海に投げ出されるまで続くようだ。
ロザリーンは二人の戦いをじっくりと見守り、ユコはゴムボートの上に寝転がって空を眺めている。そしてミーシャは、戦っている二人の周りを、ゴムボートをこいでぐるぐる回っているのだった。
女子たちの騒ぎ声も、波の音も、だんだん遠くなっていく。大会の熱も、洞窟の不思議も、今は少し遠い。残り少ないキャンプの時間は、こんなふうに何もないまま流れていくのも悪くなかった。
五人だけの昼下がりは、何かを決めるでもなく、ただ穏やかに過ぎていった。特別なことを話していたようで、ただどうでもいいことを話していただけのようでもあった。けれど、こういう時間こそ、あとになって妙に思い出すものなのかもしれない。
そしてラムリーザたちは、徐々に口数が少なくなり、輪になったまま砂浜で大の字になって眠りこけるのだった。