ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
風車の理論
帝国暦九十三年 炎心の月・旅人の日(現代暦:八月上旬)
プロレス大会に変わった一発芸大会では、ファイナルマッチとしてラムリーザ対レフトール戦が行われている。
二人の対決は二度目であり、一度目は敵同士で、本気で相手をつぶすつもりで戦っていた。しかし今は違う。今は互いに相手をリスペクトし、仲間同士の技の磨き合いとして戦っているつもりだった。
レフトールは以前よりも強くなっていて、攻め込まれたラムリーザは、思わずリングの外へエスケープした。
「ラムリーザ、これを使うといいわ」
リングの外に下りたラムリーザに、リリスが近寄ってきて何かを手渡した。受け取ったものを見てみると、それは瓶の蓋を開けるために使う栓抜きだった。リリスは瓶入りのジュースを飲みながら、必要なくなった栓抜きをラムリーザに渡したのだ。
「ちょっと待って、凶器攻撃をしろって?」
「それで、あの番長のレフトールをガツンとやってやればいいわ。大丈夫、正義はあなたにあるから」
「いやいや、正義側が凶器攻撃したらおかしいよね?」
「ラムリーザ様、こっちのほうが威力ありますわ」
そこにユコがやってきて、食事のときに使っていたフォークを差し出した。
「いや、要らないってば」
「別にあなたが凶器を使ったとしても、みんな番長じゃなくてあなたを応援するわ」
「それはそれでおかしいと思う」
ラムリーザは、リリスから受け取った栓抜きをユコに押し付けて、リングのエプロンへと上がっていった。
帝国では、プロレスとは筋書きのないドラマだと言われている。勝ち負け以上に、観客を楽しませ、魅せることが重要だ。
だから、正義側が凶器を使えば、正義側である意味がなくなる。悪役が悪役として魅せるための道具を正義側が使っては物語が成り立たない。悪役らしいことをしない悪役も同じだ。
「やっぱり正義の領主様が、ポッターズ・ブラフ悪の双璧の片割れを退治する物語だよな」
ラムリーザは自分に言い聞かせて、トップロープとセカンドロープの間をくぐってリングインしようとした。そのとき、これまでの流れを思い出して、コーナーポストに登ってから入ったほうがよかったかな? などと思ったが、すでにトップロープをくぐった後であった。
そこにレフトールが突進!
ラムリーザの体勢がまだ整わないうちに突っ込んできて、かがんだ状態のラムリーザに上からハンマーブローを叩き込む。
思わず膝をつくラムリーザ。レフトールは攻撃の手を緩めない。
「おらぁ! くたばれやぁ!」
普段のおちゃらけた仮面を脱ぎ捨て本性を現したのか、うずくまるラムリーザを蹴って蹴って蹴りまくる。
「ラムがんばれーっ!」
たまらずソニアは叫ぶ。ここが大会場だったら、ラムリーザコールの大合唱でも発生したかもしれない。
コーナーポストに追い込まれ、背を預けて座り込むラムリーザに、レフトールはなおも正面から蹴りを入れ続ける。
しかしそこにレフェリーのリゲルが割って入る。
「ここはブレイクだ」
「うるせぇっ!」
レフトールはリゲルを押しのけて、ラムリーザの肩口へ膝を叩き込んだ。二度、三度と膝をぶつける。どうもプロレスの熱気に押されて、興奮してしまっているようだ。レフトールの騎士道はどこへ行ったのか? これではラムリーザに対する刺客だ。
「あーっと、ラムリーザ、サンドバッグ状態であります! わがままな膝小僧、レフトールの膝爆弾が炸裂しまくりだーっ! フォレストピアの町は、悪の番長の手に落ちるのかーっ?!」
「ぶーぶー!」
ソニアは一人、文句を言っている。ここが大会場だったら、ブーイングの嵐でも巻き起こっていたか?
ラムリーザは、座り込んだまま腕をだらりと落としてうなだれている。戦意喪失か?
そこでレフトールはとどめに入った。
一旦ラムリーザの座り込んでいるコーナーから離れて、対角線側のコーナーまで戻る。そして右腕を高らかに掲げた。
「ぶー!」
ソニア一人のブーイングである。大会場だったら以下省略。
レフトールはそのままラムリーザのほうへ駆け出して、近くで低く飛び上がって低空ミサイルキックを放った。レフトールの両足の裏が、ラムリーザの胸に激突!
「あーっと、番長の放つ低空ミサイルが爆発! フォレストピア陥落かーっ?!」
「ちょっとこれ、やばくないか?」
観客もそわそわしはじめた。ユグドラシルなどは本気で心配して、レフェリーのリゲルのところへ駆け寄って忠告する。
「リゲルくん、これは試合を止めたほうがよくないかい? ラムリーザくんが危ないよ」
「別にレフトールは反則をしているわけではない」
リゲルは落ち着いたものだ。
「やっぱりプロレスは無理だって、危ないよ」
ユグドラシルは食って掛かるが、リゲルはラムリーザの様子を近くへ見にいく。しかし試合を止めるそぶりは見せなかった。
「太鼓打ちのお兄ちゃんがんばれーっ!」
ミーシャの応援を皮切りに、数人規模の観衆ではあるがラムリーザを応援する声が上がり始めた。
「ラム立ち上がって!」
ソニアも大声を張り上げている。
しかしラムリーザは、ミサイル攻撃が効いたのか、うなだれていた頭は今では上を向き、コーナーポストにもたれてしまっている。
レフトールは起き上がり、再びラムリーザの対角線上へと歩いていった。そして再びガッツポーズをして、今度は首切りポーズまで見せた。
「こらー番長! やりすぎだぞーっ!」
ミーシャも媚び媚び声で非難する。ちっとも迫力がない。
その一方では、リングに上がって救出しようとするソフィリータを、ユグドラシルが懸命に押さえている。
「さあ、悪の番長、フォレストピアの栄光を奪い去るのか、それとも打ち砕くのか?! 出るか再び、フォレスター・キラー?!」
レフトールがとどめの一撃を放つために、再びラムリーザに向かって駆け出す。ラムリーザ、万事休すか?!
そのときである。
ラムリーザは待ってましたとばかりに素早く起き上がり、自分もレフトールに向かって駆け出した。両者、リング中央で激突――っ!
――とはならなかった。
ラムリーザは、レフトールとぶつかる瞬間、体を少し左へひねり、ぶつからないように交差した。流れるような動きのまま、ラムリーザは大きな右手を、レフトールの視界を完全に遮るように突き出す。
そして、右手でレフトールの顔面を鷲掴みにする。リンゴや石をも粉砕するラムリーザの強烈な握力で、レフトールの顔の骨格がきしむような圧力をかける。
「しまった――!」
レフトールは思わずつぶやいていた。捕まってはいけない相手、ラムリーザに捕まってしまったのだ。
「あーっと、ラムリーザの竜の爪が番長の顔にめり込むーっ! フォレストピアの秘密兵器、ドラゴンクローががっちりとレフトールの顔面を捉えたーっ!」
「やったーっ!」
ラムリーザの反撃が決まったのを見て、ソニアは万歳をする。
レフトールはラムリーザの腕をつかんで引きはがそうとするが、レフトールが強くなったのと同様、ラムリーザの力も強くなっていた。まるで貼りついたように離れない。
動きが止まったレフトールに対して、ラムリーザは今度は自分の右足をレフトールの後方へ伸ばして引っかける。そしてまるで大外刈りのようにレフトールを後方へと倒しにかかった。ただし大外刈りと違うのは、ラムリーザがつかんでいるのはレフトールの顔面だけである。
そしてそのまま、レフトールの後頭部をリングに激突させた!
「決まったー、起死回生のスペース・トルネード・フォレストピア! ドラゴンクローで決めたまま、リングに叩きつける荒技炸裂ーっ!」
レフトールは、リング上に大の字になったまま動かない。ラムリーザもドラゴンクローで極めたまま、その手を離さないでいた。
そこでリゲルは近寄って、カウントを取り始める。
スリーカウントが入り、試合終了。スペース・トルネード・フォレストピアからのドラゴンクローホールドで、ラムリーザの勝利だ。
「ラムが勝ったー!」
ソニアは真っ先にリングに駆け上がり、ラムリーザのもとへ飛び込んでいく。
「太鼓打ちのお兄ちゃんが、顔つぶしのお兄ちゃんになった。たぶん手で顔を同化して取り込むんだ」
ミーシャの言っていることは、若干よくわからない。
「ふー、ハラハラしたよ。しかし今度はレフトール君が大丈夫かな?」
ユグドラシルは、今度はレフトールの心配をしている。リングには多少弾力はあるものの、後頭部を叩きつけられているのだ。
「それでは、ふえぇプロレス公認の、ふえぇチャンピオンベルトを贈呈するぞ」
ジャンもリングに上がってきて、ボール紙で作った適当なベルトを差し出した。
「なんだよ、そんなちゃっちいの要らないよ」
ラムリーザは受け取ることを拒否する。だいたいふえぇチャンピオンベルトとは何か? ちっとも威厳の欠片が見えない。
「もったいないことを言うな。これはチャンピオンベルトと、ふえぇちゃんがうまく混ざっているふえぇチャンピオンベルト。お前は今日からふえぇチャンピオンだ」
「余計要らんわ!」
ラムリーザは、ボール紙のベルトをリング外に投げ捨てた。
するとミーシャがそれを拾い、「ミーシャがふえぇチャンピオンなのだー!」と一人で騒いでいる。
そこにむくりとレフトールが起き上がった。
「あ、気がついたみたい」
介抱していたロザリーンは、レフトールが突然起き上がったので少しびっくりしていた。
「レフトール君、大丈夫かい?」
ユグドラシルも心配そうに聞いてくる。
「いや、大丈夫と言えばぶち壊しになってしまうから、言えないんだよな、これが。でも大丈夫なんだわ。よくできているな、このリング」
「後頭部を叩きつけられたのに、結構頑丈なんだね」
「まぁ、そういうことにしといてやるわ。あー、どしん」
レフトールは、そう言って再び仰向けに倒れるのだった。
「やっぱりダメじゃないか!」
ユグドラシルが心配する中、レフトールは一人、ラストシーンを思い返していた。
ラムリーザは初戦のときのように、本気で顔面を潰しにきていなかった。せいぜい顔を固定し、動きを封じる程度の力にとどめていた。そして足払いをかけてきて後方に倒してリングに激突させようとしたのだが、激突する直前に、顔面をつかんでいる指に力が入るのがわかった。そのおかげで、後頭部がリングにぶつかる瞬間、ほんの一瞬だけ落下の勢いが殺された。ラムリーザはそのままぶつけたら危険なのがわかっていて、ぶつける直前に少しだけ勢いを殺してから、リングに落としたのだった。そしてリング自体も、うまく衝撃を和らげるようにできていた。
レフトールはその細かい動きがすべてわかっていた。だからここで返すのは野暮だと判断し、後頭部をぶつけられてダウンすることにした。もちろん、勝負が決まった後に起き上がって、平然と歩き回るような野暮なことはしない。
ラムさん相手なら負け役でもいいや。
レフトールもそれなりに暴れられたので満足していた。蹴りもミサイルも、全てラムリーザの頑丈なボディに集中させてやった。例外として足を狙った必殺のフォレスター・キラーも、綺麗に決まった。これ以上望むのは贅沢だというものだ。
同じ二人が戦っても、敵としてぶつかるのと、仲間としてぶつかるのとでは、残るものがまるで違う。レフトールは倒れたまま、その違いを少しだけ噛みしめていた。
相手を弱く見せて勝っても、試合は盛り上がらない。レフトールの力を受け、回し、最後に自分の熱へ変える。まるで風車のような理屈だからこそ、ラムリーザの勝利にも意味が生まれる。
これが、誰もが納得のいくプロレスだ。
リングを囲むかがり火のオレンジ色の火の粉が、静かに夜空へ溶けていく。
「やっぱりラムが一番かっこいいね! 流血ドッキリのジャンよりも、ラムが世界一のチャンピオンだよ!」
「お前の変な靴下ずらしよりは、プロレスをしていたぞ」
ソニアはラムリーザの腕に抱きつき、ジャンはソニアにジト目を向けている。
「ありがとうソニア。でも、少し休暇が必要かな」
ラムリーザが苦笑しながらソニアの頭を優しく撫でると、彼女は「ふにゅ~……」と嬉しそうに目を細めて体を寄せてくるのだった。
遠くの暗い海からは、頑張ったみんなを祝福するような、穏やかで深い波の音だけが、繰り返し聞こえていた。
泥臭くて、バカバカしくて、けれどなによりも大切な仲間たちの熱気に包まれた、南の島の特別な夜だった。
腕の中の確かなぬくもりを抱きしめながら、ラムリーザは静かに目を閉じた。かけがえのない夏の思い出を、その胸に深く刻み込むかのように。
こうして、かなりハラハラドキドキさせる試合は大いに盛り上がり、ジャンの企画した第一回ふえぇプロレス興行は、成功した――のかな?