ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
一対一の再戦 拳による会話の始まり
帝国暦九十三年 炎心の月・旅人の日(現代暦:八月上旬)
「それでは! ふえぇプロレスのファイナルマッチを行います!」
一発芸大会はいつの間にかプロレス大会へと変わっていて、いよいよ最終戦が始まろうとしていた。
「それでは青コーナーより、熱き蹴撃手レフトールの入場!」
ジャンの司会の声がかかった直後に、レフトールは「ふえぇ!」などとおどけてみる。ソニア以外のメンバーは、くすりと笑う。一応つかみは成功したらしい。
レフトールはリングの外から勢いよくコーナーポストに登り、そのまま何もせずにリングイン。
「あっ番長! あたしのドラゴンリングインをパクった!」
ソニアは一人だけ文句を言っているが、パクるとか盗むとか、そういうものではないはずだ。ただコーナーポストを経由してリングインするだけのこと。何の特徴もなければ、観客もちっとも沸かない。
だいたい派手な飛び技を見せるリングインならともかく、ただ飛び降りるだけでドラゴンリングインとは何か? ソニアはそんなにそのリングインを独占したいなら、ふえぇリングインとでも名付けていればよいのだ。
とまぁ余談は置いておいて、司会は続いている。
「赤コーナーより、ふえぇちゃんの許婚ラムリーザの入場!」
「なんだそりゃ!」
ラムリーザはツッコミを入れ、ソニア以外のメンバーは笑い声をあげたり、くすりと笑ったり、失笑したりと様々だ。ソニア自身は、自分が「ふえぇ」と言っている自覚がないのだから、何が面白いのかも自分がなぜ「ふえぇちゃん」と呼ばれるのかも、さっぱり分かっていない。
ラムリーザは、自分の試合がコミカルな方向へと動き始めているのを察して、ここはひとつ流れをシリアスな方向へと戻してやろうと考え、試合前のデモンストレーションを見せることにした。
まずはリングに上がる際、自分もコーナーポスト経由で入るべきか少し考え、とりあえず流れに乗る形にして、コーナーポストをよじ登って、そのままリングの中にゆっくりと降りていった。
これで最初の二人、ジャンとマックスウェル以外は、ロープをくぐってリングインせずに、コーナーポスト経由で入場したことになった。ただし、ソフィリータ以外は何もせずに降りただけ。
それから、リングに持ち込んだリンゴのうち、一つをレフトールに投げ渡した。これは、夕方に町で買ったものだ。
「なんでぇリンゴ?」
突然渡されたレフトールは、少し困惑しているようだ。
レフトールの注意がラムリーザのほうへ向いたところで、ラムリーザは持っていたリンゴを斜め上に掲げた。後は力を加えて――
「待って!」
リングの外からロザリーンの声が聞こえた。何事かとラムリーザが振り返ると、彼女はその場で待つように言って、コテージの中へ駆けていった。そしてすぐに戻ってきたとき、その手には銀のボウルが握られていた。
「リンゴを握りつぶすのでしょう? リングが汚れるし、リンゴがもったいないので、この中にお願いします」
ロザリーンにボウルを手渡され、ラムリーザは「これでは締まりがないなぁ」と困惑する。
リング中央で、リンゴを天に掲げて破壊する。それこそがインパクト抜群だというのに、ボウルの中で潰すのでは、コテージの部屋でやる一発芸にしかならない。
「一発芸か……」
ラムリーザは、リングの一角に観客を全員集めた。そしてみんなが集まったところで、ボウルの中でリンゴを握りつぶして見せるのだった。すごく地味……。
「やっぱりそれ、十分に怖いわよ」
それでもリリスやユコに対しては、十分にシリアスな方向へ持っていくことには成功したようだ。
「番長も潰してみてよ」
ソニアはレフトールにもリンゴ潰しを促したが、レフトールはラムリーザから受け取ったリンゴにすでにかぶりついていた。
「あ、食べた、つまんない!」
ソニアは文句を言うが、レフトールの行為こそ、リンゴに対する正常な扱いである。
こうして、ラムリーザは場の流れを派手なものにしようとしたが、結局地味なまま試合開始を迎えたのであった。
ラムリーザはリング中央に陣取って、レフトールのほうへ手を伸ばす。レフトールは同じように手を伸ばしかけたが、力比べをすると痛い目に遭うことを思い出して、ラムリーザの手を避けて肩のあたりで組み合った。
「あーっと、両者リング中央でロックアップ! しかしレフェリーがいない!」
ジャンの実況を聞いたリゲルは、ラムリーザの試合ならばとリングに上がった。
「むっ、リゲル、何だよ。二人がかりで俺を攻めるってか?」
「俺はレフェリーをやってやるつもりだが、お前がそう望むならそうしてやってもいいぞ」
「ふざけんなよっ!」
レフトールはそう言いながら、ロックアップを振りほどいてラムリーザの首を脇に抱えた。
「あーっと、今度はレフトールのヘッドロックがラムリーザに極まったーっ!」
首を極められたラムリーザだが、落ち着いてロープのそばへ移動して――
「そこでロープブレイクはつまんない!」
ソニアが文句を言ったので、ラムリーザはロープをつかもうとした手を引っ込めた。仕方がないので、レフトールを押し出し、ロープのほうへ振った。
レフトールは、ロープの反動を利用して戻ってこようとしたが、荒縄が背中に食い込んで、その動きが止まってしまった。
「やはり荒縄むき出しのロープでは、ちょっと痛かったか……」
ジャンはそう言うものの、プロレスのロープとは、当たると痛いものである。これまで観戦しかしたことがなく、実際にリングを作って戦うのは今日が初めて。これには慣れるしかない。
「こらーっ、ロープに振られたら戻ってこないとダメじゃないかーっ、塩番長!」
ソニアは野次を飛ばすが、レフトールも負けていない。
「何だバカヤロウ! じゃあ、お前やってみろよ!」
「あたし試合したもん、ソフィーちゃんに勝ったもん!」
「お前棒立ちしてただけじゃねーか、最後だって変なことしてソフィリータが逃げただけじゃねーか」
「お取り込み中のところ悪いけど、今の相手は僕だぞ」
レフトールがソニアと舌戦を繰り広げている途中、本来の対戦相手であるラムリーザが接近。レフトールは慌ててラムリーザが伸ばしてきた手を受け止めるが、結果的にそれは力比べの形となったのである。
「し、しまった!」
ラムリーザと手で組み合ってしまったレフトールは、慌ててその手を引き抜こうとする。しかしがっちりとつかまれていて逃げられない。
レフトールはラムリーザのボディに蹴りを放って逃れようとするが、ボディの頑丈なラムリーザはびくともしない。
「い、痛い、痛い!」
手を強く握られて、レフトールは悲鳴をあげる。
ただし、このままでは試合に華がない。ラムリーザは地味な展開を避けるために、つかんでいた手を離して、すかさずレフトールの脳天にチョップを叩き込んだ。脳天唐竹割りだ。
レフトールは、手を離してくれたことを幸いとして、少し間合いを取って構える。その様子を見て、ラムリーザは両手のガードを上げて頭部を守り、胴体部分をさらけ出した。まるで、去年の夜の公園で真剣勝負をやったときと同じ構図だ。
レフトールはあのときと同じように蹴りを放った。しかしラムリーザは、その蹴りを避けることもガードすることもせず、そのまま自分も相手に拳を叩き込んだのだ。蹴りとパンチが同時にぶつかり合い、レフトールは後ろに尻餅をついてしまう。
それは、観客に初めて公開された、あのときのラムリーザとレフトールが繰り広げた真剣勝負の一幕だった。
しかしこれはプロレスなので、殴り合いにしてはならない。そもそも拳で殴りつけるナックルパートは反則だ。蹴りはよくて拳がダメなのはずるい気もするが、ルールなので仕方がない。
だがレフトールには、ラムリーザにガチで決めたい技が一つあった。それさえ決まれば、あとは自分の流れになると考えていた。ラムリーザ相手に本気を出さずして、何がラムリーザの騎士だ。
レフトールは起き上がり、今度は左手で軽く殴りかかった。いわゆるジャブといったところか。
ラムリーザがそのジャブに反応して、腕のガードを合わせたところだ。そのジャブは囮だった。
レフトールは、右足をしならせて、鋭い蹴りを放った。ラムリーザの頑丈な身体は狙わない。狙うは、凡庸なる下半身へ。
以前のように、ただ蹴りの強さだけで押してくる相手ではない。わずかな牽制を混ぜながら、こちらの反応を見てくる。
「――オラァッ! これを待ってたんだよ!」
レフトールが吼えると同時に、彼の放った鋭い右ローキックが、低く重い風切り音を立てて、夜の空気を切り裂いた。
上段へガードを合わせていたラムリーザは、レフトールの放った渾身の下段蹴りをもろに食らう。どれだけ頑丈な肉体を誇るラムリーザであっても、完全に不意を突かれた軸足への直撃には耐えきれず、鈍い衝撃と共に体勢を大きく崩してしまう。そのまま足をすくわれるように、リング上に転倒してしまった。
「おっしゃ、決まった! どうだ、フォレスター・キラー!」
レフトールは、リング上に転がるラムリーザを見下ろしながら、得意げに叫んだ。
「あーっと、レフトールの必殺技フォレスター・キラーが決まって、ラムリーザがダウンだーっ!」
ジャンはすかさず実況を入れる。
「いや、これはダウンじゃない。スリップだぞっ」
それに対してラムリーザは、未練がましく言い訳をしてみた。
「それなら攻撃続行っ!」
レフトールはダウンじゃないなら、今がチャンスとばかりに追撃を仕掛けた。ラムリーザが上半身を起こしたところで、背後に回り込んで背中をボールに見立てるようにして蹴っ飛ばした。
たまらずラムリーザは、ごろごろと転がってリングの外へとエスケープする。
「まいったなぁ、レフトールは以前戦ったときよりもパワーアップしているよ」
ラムリーザはそうぼやく。最初に戦ったときは、分かりやすい蹴りしか放ってこなかった。それに対して今は、小技を挟んでくるので、単純なガードだけでは対処できない。
一方、リング上では、レフェリー役のリゲルがレフトールに忠告していた。
「お前、相手を怪我させるような攻撃を仕掛けるなよ。これはプロレスだぞ」
「わかってるけど、ラムさん相手だと手を抜いたらヤバいんだよ」
レフトールは言い返す。そこを相手に怪我をさせないように、うまく力加減を測り、魅せる試合にするのがプロレスなのだ。しかし今日、唐突にやってみようという話になったわけで、そこまでの技量は、まだ伴っていなかった。
一年前の戦いでは、ラムリーザがレフトールを一方的に蹂躙していた。しかし、レフトールもあれから鍛錬を積んできた。ラムリーザを追い込めるほど、強くなっていた。
レフトールのリベンジマッチになるのか?
それともラムリーザは意地を見せて、今回も迎撃するのか?
即席会場は、いつの間にか真剣勝負を見せる二人によって熱気を帯びていた。ふえぇプロレスという脱力系の名前だけが、場違いな響きを作り上げていた。
夜の涼しい潮風に揺られ、リングを囲むかがり火が、オレンジ色の火の粉をパチパチと激しく散らしている。
リングの外、白い砂浜に膝をついたラムリーザは、背中の砂を払うことも忘れて、リングの上で肩を揺らして構えるレフトールの姿をじっと見つめていた。
ソニアは、「ラム、番長に負けちゃダメーっ!」などと叫んでいる。
遠い暗闇の海から聞こえる大きな波の音を背景に、大会は最高潮の熱気をはらんだまま、いよいよクライマックスへと突き進んでいくのだった。
夜はまだ終わらない。