ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
ふえぇ・エル・ソニア
帝国暦九十三年 炎心の月・旅人の日(現代暦:八月上旬)
「それでは一発芸大会、続きましてはふえぇプロレスのセミファイナルマッチを行います!」
ジャンの似非大流血は、拭き取れば何も残らず、本人も何事もなかったかのように司会進行へと戻っていった。ただし団体名は、やはりふえぇプロレスのままのようだ。
「それでは、六十一分三本勝負を――」
「三本なんてめんどくさい!」
「一本勝負を行います」
ジャンは三本勝負と言いかけたが、ソニアに文句を言われて一本に訂正することになった。
「だいたいなんで中途半端に六十一分なのよ。五十七分でもいいじゃないの」
ソニアはさらに追及してくる。五十七分も中途半端だと思うが、ジャンは気にしない。
ジャンは、「この一分にいろいろなドラマが詰め込まれるのだよ」などと、曖昧な答えを返しておいた。そもそもソニアに六十分もプロレスを続けられるだろうか? ジャンとマックスウェルの試合は、せいぜい五分ぐらいだった。
「とにかく始めるぞ、青コーナーよりソフィリータ・カスミ・フォレスター選手の入場です!」
軽快な入場テーマは流れないが、ソフィリータは青コーナーのポストに飛び乗り、リングの内側を向いた状態から後方宙返りをして、リング内へ着地した。
「おおっ、シューティングスター・リングイン!」
観客がそれだけで沸く。
「何よそんなの! あたしだってドラゴン・リングインってすごいの見せつけてやる!」
ソニアは、まだコールされていないのに、赤コーナーのポストにもたもたと登り、コーナーポストの上で直立して腕を組んでいたが、少し顔をしかめてそのままリング内に飛び降りた。結局のところ、ソフィリータと同じようにくるりと回ってやろうと思ったものの、怖くてできなかったようだ。
「あ、ソニア姉様はこれをつけてください」
ソフィリータは、ソニアにヘッドギアを渡す。これである程度は衝撃を吸収できるので、ソフィリータも技を出しやすくなる。
「なんかバクシング思い出すからやだ」
ソニアはこのヘッドギアをつけてバクシングの試合に挑み、ラムリーザに一応勝つことができた。しかしその代償として、ブラウスのボタンが飛んで、その巨大な胸元を観衆に晒す結果になったことがあった。
「蹴られたら痛いですよ。私は蹴りますよ」
「むー、ソフィーちゃんもつけろ」
「わかりました」
ソフィリータがヘッドギアをつけるのを見て、ソニアもしぶしぶ装着するのであった。
「なんかプロじゃなくてアマチュアみたいだな、アマレスをやるのかな?」
ジャンはソニアを煽ってくる。しかしソニアも負けていない。
「ジャンはパロレスでもやってたらいいんだ。寝転がって足だけで戦う競技のパロレス! 戦士がチャンピオン!」
なんだかよくわからない競技だった。
こうして、ふえぇプロレスセミファイナルマッチ、ソニア対ソフィリータの試合が始まった。
試合開始直後は、普通の立ち上がりだった。ソニアとソフィリータはリング中央でがっちりと組み合う。ソフィリータはソニアに、小声で忠告した。
「これからジャンさんに負けないような魅せる動きをしますので、しっかりと頭をガードしてください」
「何をするつもりよっ」
ソフィリータは忠告すると、ソニアと組み合っていた腕をほどき、反対側のロープへと駆け出した。そして縄で代用したロープに飛び乗って体を反転させてソニアのほうを向き、そのままロープの反動を利用して高く飛び上がった。
ソニアはびっくりして腕で頭を抱えて身を守る。そこにソフィリータは、空中で前転しながらかかと落としを放った。以前レフトールに放った前方宙返り式二段踵落とし――派手な飛び技だ。
「あれを使ってきたか、あれは二段攻撃だから初見殺しだぜ」
レフトールは、以前食らったときのことを思い出して顔をしかめる。飛び上がってからのかかと落としと思ったら、反対側の足も振り下ろしてきて痛い目にあったものだ。
ソフィリータは、ソニアがしっかりとガードしているところを選んで、まずは右足のかかとを叩きつけた。すかさず左足も振り下ろして、これもガードの隙間を狙うようなことはせず、固めた腕に叩き込んだ。
本気で痛めつける勝負ではない。ソフィリータには、ソニアへのダメージを極力少なく抑えるだけの手加減の技術があるようだ。
二連発のかかと落としを放った後、その勢いで再び飛び上がり、ソニアの後方にあるロープへと飛んでいった。
ソニアはまだ少し腕がジンジンしていたが、振り返ってソフィリータの姿を追いかける。
ソフィリータは、再びロープの上に飛び乗り、またしても反動を利用して飛び上がった。まるでサーカスの演技でも見ているような錯覚にとらわれる。
再びソニアのほうへ飛び上がったソフィリータは、今度はソニアの頭の上に着地した。すかさず直立して胸の前で腕を組む。ソニアが頭の上にいるソフィリータを捕まえようとしたときには、再び素早く飛び上がって、バク転をしながらソニアの前方へと着地した。
このソフィリータの一連のムーブで、数少ない観衆は大騒ぎ。
砂浜に作られた即席リングとは思えないほど、その動きだけは本物の格闘ゲームのように見えた。観客の少なさなど関係なく、視線は自然とソフィリータに集まっていた。
しかしリリスは、ちょっと変わったツッコミを入れてくる。
「ソフィリータ、宙二蹴りの後は少し硬直してあげて、相手の技を食らってあげるものよ。その後に攻撃を続けてはいけないわ」
「黙れ吸血鬼! そんなクソゲーの話なんかするな!」
ソニアは、その変わったツッコミに一人憤慨している。
「どんどん行きますよ。ソニア姉様、しっかりと耐えてくださいね」
しかし試合はまだ続いているので、ソフィリータは今度は上下に蹴りを散らし、ラッシュを放つ。ソニアは押されっぱなしになった。
コーナーポストに追い込まれたソニアは、苦し紛れにソフィリータの身体を押し返す。ソニアも力だけは多少あるので、ソフィリータは突き飛ばされて尻餅をつく。そこにソニアは飛びかかるが、ソフィリータはクルリと身体を反転させてタックルから逃れてしまった。
二人は距離を取り、再びリング中央で対峙した。
「私だけが攻撃していたらしょっぱいので、今度はソニア姉様が攻めてください」
格闘技ではソニアより慣れている分、ソフィリータには試合展開を指示するだけの余裕があった。
ソニアは今度は自分の番とばかりに、ソフィリータの肩のあたりを強打した。これはハッキョイの試合でリリス相手に見せた、ただの張り手だ。
ハッキョイのときと違ってヘッドギアもつけているので、ソニアは遠慮なく頭も叩いてくる。
「なんか派手な試合が、一転して泥臭い試合になったな」
ジャンはそうつぶやいたが、マイクを持ったままだったので会場に響き、ソニアの耳にも入ってしまった。
「黙れドロヌリバチ! 最強のソニアちゃんスペシャルを見せてやる」
ソニアはソフィリータの背後に回り、首に腕を絡みつけた。なんてことのない、ただのスリーパーホールドだ。ただし、単純な技にちょっとアレンジを加えてオリジナルホールドにするということは珍しくない。ソニアは、立ってスリーパーホールドに固めたまま、後ろからソフィリータの尻に膝蹴りを連打している。
「あーっと、ふえぇちゃんスペシャルが極まりました! これにはさすがのソフィリータもふえぇだーっ!」
勝手に名前を変えて実況するジャン。しかしふえぇプロレスにふえぇちゃんスペシャルだと、そのふえぇちゃんが主役に見えてしまう。困ったものだ。
しかしソフィリータも負けてはいない。おんぶをするようにソニアを持ち上げると、背負ったままコーナーポストに背中からぶつかっていく。
「ってか俺、あのふえぇちゃんスペシャル食らってみたいわ」
試合を観戦していたレフトールは、思わずそうつぶやいていた。
「スリーパーホールドだろ?」
ラムリーザはそう答えるが、レフトールは「違う違う」と首を横に振った。
「思いっきり背中におっぱいちゃんを押し付けているじゃないか」
「それか……」
布団の中で毎晩プロレスごっこをしているわけではないが、いつもくっつかれているラムリーザには思いつかない発想であった。
そこでレフェリーがいないことに気がついたラムリーザは、リゲルに頼んでみたが、彼はソニアの試合でレフェリーを務めることを拒んだ。仕方がないので、代わりにロザリーンがレフェリーとしてリングに上がることになった。
突然リングに上がってきたロザリーンに、ソニアは飛び蹴りを放った。
「ちょっと! 私はレフェリーです! あなたの相手はそっち!」
ロザリーンは、ソニアの蹴りを受け止めると、身体をつかんで反転させてソフィリータのほうを向けた。
その隙に、ソフィリータは飛び上がって再び前方宙返り式二段踵落としを仕掛けた。
「また宙二蹴りだ! あたしには一度見た技は二度と通用しない!」
ソニアはそう叫んで、勇猛果敢にも飛び上がったソフィリータに突っかかっていった。
「ちょっとそれ危ないですっ!」
ソフィリータはそう叫んだが遅かった。
狙いがずれたことで、まずはソニアの肩にソフィリータの右足がぶつかる。そのまま左足も落ちてきて、ソニアの肩の上に座る形になってしまった。
「ちょっとなんであたしの上に乗るのよ!」
「ソニア姉様が突っ込んできたからです!」
ソニアは腕を上げてソフィリータの腰をつかんだ。これでソフィリータは、ソニアの上から動けなくなってしまった。そしてそのまま、ソニアはソフィリータを前方へ落とし、リングに叩きつけた。まるでラストライド寄りのパワーボムだ。
「むっ、あいつの宙二蹴りの弱点がわかったぞ」
その一連の流れを見て、レフトールはにやりと笑った。飛び上がったときに前に突っ込めば、かかとを頭にぶつけられることはない。
「でもプロレスは相手の技を受け止めてこそ、強さを誇示できるってものだぞ」
「やり方次第では、俺はあいつに勝てる」
「戦うのかよ、ソフィリータと」
「あ、いや、もし戦ったとしてだよ」
レフトールは、ラムリーザにじろりと睨まれて、慌てて言葉を取りつくろった。
リング上では、仰向けに倒れたソフィリータを上からソニアが押さえ込んでいる。寝技の展開のようにも見える場面だが、興奮して落ち着きを失ったソニアは、ソフィリータをリングに押し付けるだけで、技としてはよくわからない動きになっている。
ソフィリータはもがいて逃れようとするが、ソニアは足をつかんで離さない。
「ギブアップしたら負けでしょ? ギブアップしろっ!」
「何も技をかけてないじゃないですか!」
リング上ではそんなやりとりをしながら、試合展開はグダグダだ。
ソフィリータは立ち上がって体勢を整えようとするが、ソニアはしがみついて立たせない。仕方ないので、ソフィリータは寝転がったまま、ソニアに蹴りを仕掛けた。しかしソニアは蹴ってきた足をつかんでしまった。こうなると、膠着するしかない。
ソニアはソフィリータの足を捕らえたまま次の攻撃に出ないし、ソフィリータは倒れたまま足をつかまれて動けない。
「何か技をかけてください。それで私はギブアップして負けますから」
ソフィリータは、仕方がないのでソニアに花を持たせようと攻撃を仕掛けるように促した。ハッキョイのときみたいに八百長か? いや、プロレスでは、勝敗よりも試合内容が評価される場合もある。ソフィリータは、この試合はソニアが勝つのが美しいと考えたのだろう――というより、ソニアが負けたら後からうるさいから、というのもある。
しかしソニアは、正式な試合となると、緊張と興奮から知っているはずの寝技が頭に浮かばない。
頭の中では、あれもこれもできるはずだった。だが、リングの上で見られていると意識した途端、知っている技の形がすべてぼやけてしまった。
年末年始の休暇では、ラムリーザ相手に変形逆エビ固めを極めてみせたが、あれは二人きりの落ち着いた環境だったからだ。
それが観客の目がある中では、今はせいぜい叩くぐらいしかできなくなっていた。もっとも、あのときも正式な逆エビ固めを仕掛けられなかったということは、ソニアの中ではプロレス技はあやふやなところが大きいのかもしれない。
ソニアは、うつぶせになったソフィリータの膝のあたりを抱えたまま、荒い鼻息をしている。ソニアの目の前に見えるのは、ホットパンツを履いたソフィリータの尻、そこから覗く過度に筋肉質な太もも、そして薄水色のサイハイソックス。
そこでソニアは、この状態から本能的に思いついた、馴染みの攻撃を仕掛けるのだった。
「なっ、何を?!」
ソフィリータは驚いて絶句して固まり、リングサイドでは観戦していたリリスが「ぶっ」と吹き出す。
「またソニアは……」
にやにや笑いが止まらないレフトールの隣で、ラムリーザは頭を抱えたくなるのであった。
ソニアの攻撃を受けたソフィリータは、右足のサイハイソックスをくるぶしのあたりまでずらされる結果となってしまった。これまで主にリリスがその毒牙にかかってきた、ソニアの謎の靴下ずらし攻撃がプロレスでも炸裂。
その隙にソフィリータは右足をソニアの腕から引き抜くが、残っていた左足も同じ攻撃を食らってしまうのだった。
「あーっと、ふえぇ・ストライクが炸裂! ソフィリータ、生足を晒す結果となりましたーっ!」
変な技に変な名前をつけるジャンの実況は続いていた。
「しっかし、あいつの足、見たらガチだよな。かなり鍛え込んでいることがわかるよなぁ」
レフトールはソフィリータの生足を見た途端に、にやにや笑いは消えてマジな顔つきになっている。
「ソフィーは蹴りの練習とか、下半身の鍛錬に余念がないからね。女の子にしては鍛えすぎだと思っているのか、そのガッチガチの足を晒すのを恥ずかしがってか、いつもあの長い靴下を履いて隠しているみたいだけどね」
ラムリーザは、それでも一応ソニアの攻撃は、ソフィリータに精神的なダメージを与えているだろうな、とは思っていた。
ソフィリータは、ようやくソニアのグラウンド地獄――何も技は仕掛けられていないけど――から抜け出したが、そのままごろごろと転がってリングの外に降りていってしまった。リング下でうずくまって、ソニアにずらされた靴下を直している。
一方、ソニアはリング上で仁王立ち。ソフィリータに効果的な攻撃を仕掛けたことで、ちょっと得意げだ。もちろん、プロレスとしては成立していない。
しばらくしてからソフィリータはリングの上に戻ったが、ソニアはすかさずソフィリータの足に飛びかかった。
「ちょっ、ちょっとソニア姉様?!」
ソニアはソフィリータの太もも――正確に言えばサイハイソックスに手を伸ばす。今度はソフィリータも身をひねってソニアの手から逃れようとした。それでも膝あたりまでずらされてしまった。
「ちょっとやめてくださいっ」
ソフィリータは試合どころではなくなった。ソニアの謎の攻撃に防戦――というか逃げることしかできなくなってしまった。
左足の靴下を直そうとかがんだところへソニアが接近し、今度は右足を脛のあたりまでずらされてしまった。
「ちょっとレフェリー! 反則取ってください! コスチュームに手をかけるのは、マスクに手をかけるのと同じことです!」
「えっと、反則は――」
「五カウント」
リゲルからアドバイスを受けて、ロザリーンはソニアに五カウントを取ろうとする。しかし靴下ずらしは一瞬なので、反則カウントを取ったところで一カウントだけで終わってしまう。
ソフィリータはたまらずリングの下に転がり降りた。
ソニアがリングの端まで寄ってきて、ソフィリータを上から見下ろしている。もう少しリングに近づけば、ソフィリータの姿はソニアの巨大な胸の死角に入り込むことになるのだが、それどころではなかった。
リングに上がれば、ソニアの気色悪い攻撃を食らってしまう。
ソフィリータはそのことで頭がいっぱいになっていた。常人には理解できないソニアの奇襲戦法、それはソフィリータの戦意をかなり引き下げてしまっていた。
「リングの外には二十カウントだぞ」
再びリゲルのアドバイスで、ロザリーンは一、二とカウントを取り始めた。
結局ソフィリータは、リングの下からリング上のソニアとにらみ合ったまま上がってくることはなかった。なんだかよくわからないが、ソニアのリングアウト勝ち。
「なんかしょっぱい結果になったけど、ソフィリータのリングアウト負け、ふえぇ・エル・ソニアの勝利です!」
「何よその変な名前!」
勝手に付けられた妙なリングネームにソニアはジャンに噛みついていった。
「Lカップのふえぇちゃん、という意味だ」
ジャンもしれっとしたものである。
一方、ソフィリータは、グダグダになった試合の終わらせ方に不満そうな顔をしていた。
ソフィリータとしては、ソニアが負けたら後からうるさいので花を持たせてやるのに抵抗はないが、こんな意味不明な終わらせ方ではたまったものじゃない。
「まあ、気にするなよ。なんというか、ソフィーの空中殺法はすごかったよ」
ユグドラシルに慰められて、ようやくソフィリータは平常心を取り戻した。
「今度またソニア姉様とプロレスの試合――いえ、何でもいいから格闘技の試合をすることになったら、コスチュームはパンタロンスタイルで挑みます」
負けたことそのものより、見せ場を作った試合をこんな形で終わらされたことが、ソフィリータには悔しかった。
こうして、ソニア対ソフィリータの試合は、ソニアの勝利で終わったのであった。
ソニアは勝った。ソフィリータは負けた。けれど、観客の記憶に残ったのは、華麗な空中殺法と、なぜか靴下をめぐる攻防だった。
あとはメインの試合を残すのみとなり、一発芸大会兼ふえぇプロレスは、最高潮に……達しているのかな?