ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
隠し芸大会? プロレス大会? 砂浜リングの第一試合
帝国暦九十三年 炎心の月・旅人の日(現代暦:八月上旬)
今夜は隠し芸大会、もしくは一発芸大会。
朝一番で決まったばかりで、今日一日で何ができるようになるのかわからない。しかし夕方を過ぎた頃から、砂浜に集まって何かを作っている集団もいた。よく見れば、島民も何人か手伝いに来ている。
「一体何をやっているのだい?」
ラムリーザは気になって、陣頭指揮を取っているジャンに尋ねてみた。
「すげーだろ、プロレスリングを作っているんだ」
「プロレス? なんでまたそんなことを?」
「レフトールがやろうって言い出したんだ。それを聞いて俺もやってみたいなってな、島からちょうど良い素材を集めてリングを組み立てているんだ」
確かによく見てみると、プロレスのリングっぽい。
周囲には四つの鉄柱が立てられていて、その間に古びたタイヤを並べ、砂で隙間を埋めて土台を高くし、その上に板を張っている。板の上には厚めのゴムシートを敷き、叩きつけられたときのダメージを軽減する仕組みにしている。これらは島にある素材で流用できたらしいが、ロープにはカバーの付いていない太めの縄が使われていて、少し格好が悪い。
板の継ぎ目は少し不揃いで、縄で代用したロープも本物のリングとはほど遠い。それでも四本の鉄柱に囲まれたその場所は、不思議と試合場らしく見えた。
「すごいな、僕もプロレスにしよう。隠し芸とか一発芸じゃないけど、プロレス大会でいいや」
「俺も出ることにした。プロレスらしいプロレスを見せてやる。一発芸には、プロレスの試合もあり、ということにするぞ」
「よしレフトール、僕が相手だ」
「なっ、ラムさんと? まあ喧嘩じゃなくて、ちゃんとしたルールの中で試合するから、無茶しないでくれよ」
「お互い様だね」
一方、女性陣は、あまりプロレスをやりたがらなさそうだった。しかしこのリングは、試合だけでなく一発芸を披露する舞台としてちょうどよさそうだ。
ミーシャは、「リングの上でダンスを披露する」などと言っている。
「これで盛り上がるようだったらさ、フォレストピアにプロレスジム作ってやろうぜ。プロレスの戦い方を学んでやる」
なんだかジャンは楽しそうだ。
「フォレストピア・プロレス旗揚げ?」
「んー、ひねりがないなぁ。エンシェント・ドラゴンズ・プロレスとかどうだ?」
「レスラーはみんな竜族という設定なのね」
「待てよ、それだと色物になってしまう。やっぱり王道がいいかな」
ジャンはそこで腕を組んで考える。
「フォレストピアだけでなく、ユライカナンのレスラーも集めてやるから、世界的な感じがいいかもしれないよ」
ラムリーザのアドバイスで、ジャンは「それなら国際プロレスかな――」と言いかけて、「地味だ、名前はあとで考えておく」と締めくくった。
そこにソフィリータがやってきて、「私もやってみたいです」と言い出した。
プロレスの話に乗ってくる人は、一発芸を思いつかなかった人なのだろうが、この際触れないことにしておこう。
「相手は誰? ロザリーンとか?」
「いえ、私はちょっと……」
ロザリーンは尻込みしてしまう。格闘技は、それほど得意とはしていないのだろうか。ハッキョイのリーグ戦では優勝していたはずだけど。
「あたしが相手する!」
そこに飛び込んできたのはソニアだった。
「いや、エル。お前はプロレスって身体じゃないだろ?」
「何よ、それだったらドロヌリバチもあまり鍛えてないじゃないのよ」
「おっ、言ったな? 俺はインナーマッスルが優れていて、外からはわからないが、内側はガチガチに鍛えられているのだ」
「むー……」
ジャンの謎理論で、ソニアは納得してしまった。なぜソニアがジャンのことをドロヌリバチと呼ぶのかは、当人にしかわからないことだ。
「別にソニア姉様でいいですよ。プロレスは身体を動かす嗜みのようなものですから。それにソニア姉様は何かと頑丈ですから」
「頑丈なおっぱいのふえぇちゃん」
ジャンはソニアを変な呼び方で呼んで、無用な争いを生み出してしまった。
「それよりもさー、みんなこっち向いてー」
今度は何やらミーシャがビデオカメラを持ってうろうろしている。マトゥール島でのキャンプの様子を記録に残しているそうだ。
「また媚び媚び娘が生命カメラで霊魂抜き取ってる!」
「ふえぇちゃん笑ってー」
「誰が笑うか!」
ソニアが怒鳴った瞬間、そこにリリスが後ろから抱え込むようにして抱きついてきて、ソニアの脇をくすぐり始める。
「ふっ、ふえぇっ!」
「こらこらまた変なことをする――って、なっ?!」
リリスを止めようと向かったラムリーザを、ジャンがカニバサミで転倒させた。
「よっしゃ、押さえていろよー」
そこにレフトールが駆け込んできて飛び上がり、ラムリーザへ肘打ちを仕掛けた。しかしラムリーザはうまく身を捻り、レフトールは砂浜に肘を打ち付け、自爆することとなった。
すでにプロレスは場外乱闘から始まっており、その瞬間はミーシャのカメラにしっかりと収められていた。
こうして大会が始まる前から、砂浜の空気はすでに隠し芸というよりプロレス寄りになっていた。
日が沈み、リングの周りにかがり火を並べ、いよいよ一発芸大会とプロレス大会が、ごっちゃになったイベントが始まった。
司会進行役を引き受けたジャンが、リング上に立って場を進める様子は、まるでラムリーズの公演を見ているようだ。
「会場にお集まりの皆さん、こんばんは! これより第一回隠し芸大会を開始します!」
会場に集まっている人は、ラムリーザたち一行のほかは、島民が数人見ているだけのなんとも寂しいものだ。それに、いつの間にか一発芸が隠し芸に変わっている。
ジャンの決めた順番で、まずはロザリーンとユコ、ユグドラシルとリリスがリングに上がり、ロザリーンのオカリナを中心とした演奏が披露された。ロザリーンのオカリナは自前のものだが、ユコのキーボード、リリスとユグドラシルのギターは島から借りてきたものらしい。
続いてミーシャとリゲルがリングに上がり、リゲルのギターを伴奏にしてミーシャが踊る。
この踊り子ちゃんとリゲルのコンビは、二年以上前の彼らを知らないラムリーザやジャンには馴染みがないが、ユグドラシルなどにとっては、昔から何度か見かけていた光景だった。
そしてここから、一発芸大会の雰囲気がガラッと変わっていく。
「それではふえぇプロレスの旗揚げマッチを行います!」
ジャンが適当につけた、脱力系の団体名でのプロレス旗揚げ戦が始まった。
「なんだそのふえぇプロレスは、弱そうな団体名だな」
ラムリーザは小声で突っ込んだ。一方、ふえぇの自覚がないソニアは、キョトンとしているのだった。
「それではオープニングマッチ! 青コーナーより銀の金槌、マックスウェル・シルヴァーハンマーの入場です!」
入場テーマなどという洒落たものは用意されていなかったが、マックスウェルはゆっくりとリングイン。
「赤コーナーより、青春のエスペランサ、ジャン・エプスタインの入場です!」
ジャンはマイクを投げ捨てると、リングから転がり降りて、マックスウェルの反対側からリングに入りなおした。わざわざコーナーポストに登って飛び降りるという無駄な行動を付け加えて。
両者、リング中央でガッチリと組み合う。
「こういうのって、実況中継があるよな」
リングサイドで観戦していたレフトールは、ラムリーザのそばに寄ってきて言った。
「だな、ソニアとリリスは実況プレイが好きだったみたいなので、やってもらおうか」
「実況プレイなんか知らないわ」
リリスは真顔で答える。やはりゲーム実況プレイは、完全に歴史の闇に葬り去られているようだ。
「あーっと、最強の銀金槌マックスウェルが、糞雑魚蜂ことドロヌリバチ・ジャンと組み合っています! 会場のオッズでは、マックスウェルの十二に対してジャンはマイナス二! 百二十パーセントジャンが負けます!」
一方、ソニアはマイクを持って、調子に乗って声を張り上げている。なんだかいろいろと間違えているみたいだが、ジャンに負けろと言っているのだけはわかる。
ジャンのドロップキックは空振りし、マックスウェルのラリアットは空を切り、ロープに走ったジャンは、縄のロープが背中に食い込んで悶絶する。
これではプロレスをやっているのか、何だかよくわからない別物になっているのか、判断がつかない。素人が遊びで好き勝手にやると、こんなものだという良い例だろう。専門用語を使えば、スイングしていないとでも言うのだろうか。
「あーっと、チャンピオンのマックスウェルが優位に試合を展開していますっ!」
その間ソニアは大声で、まるで偏向報道のようなマックスウェル贔屓の実況を続けているのだった。
「殴って悪し、蹴って悪し、飛んで悪しのドロヌリバチ・ジャン! 貫禄のある王者マックスウェルの猛攻にたじたじっ!」
実際にリングの上では、うずくまったジャンにマックスウェルはストンピングの嵐。たまらずジャンは場外に転がり落ちた。
「あーっとジャン、敵前大逆走でありま――ああっ、放送席に乱入! このままでは実況が続けられない、悪党ジャンが放送席に乱入! これはいけませんねぇ。解説のラム、どう思う?」
「は?」
突然話を振られてラムリーザは固まる。目の前では、ジャンとソニアが、お互いにマイクをつかんで引っ張り合っているだけだ。
「あっ、ジャンが何か取った。なんか小さな袋に入った赤いのを取った。放送席を離れてリングに戻っていきましたー」
ちなみに放送席などない。ソニアはリングサイドにラムリーザと並んで、マイクを持って騒いでいるだけだ。
ジャンはリングの外からコーナーポストに登り、そのまま何もせずに飛び降りて、リングイン。その瞬間を見計らっていたかのように、マックスウェルのラリアットが今度は命中。
倒れたジャンに、マックスウェルは上から覆いかぶさってフォール。しかし、レフェリー役を決めていない!
そこにミーシャがリング内に飛び込んで、スライディングカウントを敢行。ツーカウントで、ジャンはマックスウェルを跳ね飛ばした。
そこにリゲルもリングに入った。そしてミーシャに一言二言何かを言ってから、ミーシャをリングから下ろさせる。リゲル自身はリングに残っており、どうやらミーシャには危ないと判断して、レフェリーを引き受けたようだ。
ちなみにソニアの実況は「あーっと、リゲルが乱入してジャン対マックスウェル対リゲルの三つ巴マッチになりました」と現実をまったく伝えていない。
ジャンは起き上がると、素早くマックスウェルをヘッドロックに固める。さらに、マックスウェルの頭を抱えたまま、リングをぐるぐる回った。
「あーっと、ジャンのまぐれ攻撃が極まっています。ギブアップしたほうがいいぞーっ!」
偏向実況はいまだに続いている。
マックスウェルはヘッドロックから逃れると、場外に転がり落ちた。
「チャンピオン、一旦引いて戦況を整えます。ジャン、負けろ!」
そこでジャンは、ラムリーザに何か指示を出した。ラムリーザはすぐにその意図を読み取って、ソニアからマイクを取り上げた。
「あっ、マイク取られた! ラム、返してよーっ」
「僕が実況する。マックスウェル、リングに戻りました。ん? 何かを隠し持っているみたいだぞ?」
偏向実況ではないが、勢いのない淡々とした実況に切り替わった。
リングに戻ったマックスウェルは、ジャンをロープに振ると見せかけて、レフェリーのリゲルへぶつけてしまった。ジャンとリゲルは揃ってリングに転がる。
マックスウェルは、左手でジャンの髪をつかんで引き起こすと、右手を掲げた。手にした金物が、かがり火の明かりを反射してキラリと光った。
銀色の金槌だ!
マックスウェルは、金槌をジャンの額に叩きつけた!
ジャンは額を抱えてのけぞる。その指の間から、かなりの量の赤いものが流れ、そのまま白目を剥くようにして、糸の切れた人形みたいにリングに崩れ落ちた。
ほんの数秒だけ、誰も声を出せなかった。かがり火の音だけが、やけにはっきりと聞こえた。
リングサイドは一気に騒然となった。
ユコなどは悲鳴を上げるし、ミーシャなどは「すごーい!」と目を輝かせる。
実況は完全に止まってしまい、離れた位置で見ていた少数の島民はざわついた。
ジャンは額を真っ赤にし、顎からポタポタと赤いものを垂らしながら、リングに転がっている。マックスウェルは、素早く金槌をリングの下に落として知らぬ振りをしている。
そこでレフェリーのリゲルが起き上がって、ジャンの戦闘不能を告げて試合を終わらせてしまった。負傷レフェリーストップで、マックスウェルの勝ちだ。
だがそれどころではない。
ユグドラシルやロザリーンはリングに駆け上がり、頭から血を流して倒れたジャンに駆け寄る。ミーシャも上がってきて、血まみれのジャンを嬉しそうに眺めていた。ちょっと怖いぞミーシャ。
しかし、この惨劇を引き起こしたマックスウェルも、レフェリーを引き受けていたリゲルも平然としている。リゲルはホラー映画が好きだから、血を見慣れているのかもしれない。
その様子に違和感を覚えたラムリーザは、マックスウェルが落とした金槌を拾いに行った。それは、本物そっくりの軽い素材でできたおもちゃだった。凶器攻撃の演出として使うものだ。
「おいっ、気をつけろ! 何かあるぞっ!」
ラムリーザは、心配そうに覗き込むユグドラシルたちに忠告した。しかし、少し遅かったようだ。
「脳みそをくれぇ!」
ジャンは真っ赤な顔をしたまま突然飛び起きた。これにはユグドラシルとロザリーンも驚き、後ろにのけぞった。ユコなどはまた悲鳴を上げ、リングから数歩下がっていった。
ミーシャはきゃっきゃと騒ぎながらリングを逃げ回り、それをジャンは面白そうに追いかける。
リングの上は、すでにわけのわからない状態になっていた。
周囲が落ち着いてから、ジャンは濡れたタオルで顔を拭きながら笑っていた。
額に傷などどこにもなかった。
「どうだ、俺の一発芸に驚いただろう」
どうやらジャンは、プロレスという隠れ蓑を使って、大怪我をしたように見せかけるドッキリを披露したようだ。プロレスは王道がいいと言っていたはずだが、どこへ行ってしまったのだろうか。
「趣味が悪すぎますの!」
人一倍驚いたユコは、一人憤慨している。
「ゾンビ度八十点」
謎の採点をするミーシャもいる。
「マックスウェルもナイスなムーブだったぜ」
ジャンとマックスウェルは、お互いにハイタッチして健闘を称え合っている。
「あたしジャンが赤いのなんか持ち込んだの見てた!」
ソニアは、自分だけ真相を知っていたとでも言わんばかりに、ジャンのトリックの手がかりを口にした。しかしジャンも平然としたものだ。
「次はエルの試合だからな。俺の試合よりも、もっと盛り上がる試合を期待するぜ」
それを聞いて、ソニアはむっとして口をつぐむ。そして対戦相手のソフィリータのほうを振り返った。ソフィリータは、流血騒ぎにもそれほど驚いていないようだ。
悪ふざけの流血ドッキリで、砂浜の特設リングは最高潮に温まった。こうして一発芸大会は、プロレス大会へと変わるかに見えたが、やはり当初の予定通り一発芸大会のまま進んでいくのであった。
リングも試合も、まだ粗だらけだ。けれど、遊び半分で始まったこの一戦には、妙な熱だけは確かにあった。