ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
雑貨屋の家宝どくばそ
帝国暦九十三年 炎心の月・旅人の日(現代暦:八月上旬)
「今夜は隠し芸大会をするぞ」
マトゥール島でのキャンプ生活も残り少なくなったということで、矢継ぎ早にイベントを盛り込んでくるようになった。
これまたジャンの提案で、怪談に続いて隠し芸大会と来た。朝一番に通達があり、今日一日でネタを探して、夜に何かを披露しようということになった。
そんなこともあり、昼食後、ラムリーザは一人で町に出かけていた。島にある小さな町は、都会と違って便利なものがいろいろあるわけでもない。それでも気分転換とネタ出しを兼ねて、一人で訪れていた。
そもそも隠し芸を一日で完成させろというのも無理がある。本来なら、数日ぐらいかけて、しっかり練習してから披露するものではないだろうか?
ラムリーザはそんなことを考えながら、寂れてはいないが地味な町を歩いていた。
すると、以前来たときとは、町の雰囲気が少しばかり違う。なんだか町の一部が騒然としているのだ。ラムリーザは、その騒ぎの元へと近づいてみた。
そこは町の雑貨屋、ボールダックス商店という場所で、何やら店主が店の中をあちこちひっくり返して騒いでいる。どうやら何か大事なものがなくなってしまったようだ。
「おーい、かあちゃん! 昨日、掃除んときに店の隅へ置いとった箱、ほんまに触っとらんのやろうなーっ?」
「知らないよ、クラウディオがどこかにやったんじゃないのさ?」
「おかしいのう……あん中へ入っとった大事な『どくばそ』が、なくなってしもうとるんやー」
ちょうどラムリーザが店に入ったとき、探しものをしている店主と、その間だけ代わりに店番をしている奥さん、そして店の周囲に数名の野次馬がいるだけだった。
「何か困りごとでも起きたのですか?」
ラムリーザは、自分にできることなど少ないだろうと思っていたが、なんとなく気になって声をかけてみた。
「あっ、こりゃこりゃ、フォレスター家の坊っちゃんやないか。大きゅうなったのう」
「クラウドさんも元気そうで何よりです」
雑貨屋の店主、クラウド・ボールダックスは、少しだけ探す手を休めラムリーザにお辞儀をする。そしてすぐに、探しものを再開するのだった。
「商品が消えたり盗まれたりしたのですか?」
「違う違う、盗んだところでこんな島、逃げるところなんてどこにもなくてすぐに捕まるけん。それに、のうなったのはどくばそやけん」
「どくばそ? そんな日用品、見たことも聞いたこともないなぁ」
ラムリーザは、どくばそについていろいろと思いを巡らせてみたが、残念ながら何も出てこなかった。
「違う違う、どくばそは売り物じゃないけん。死んだ爺さんの形見で、この島に昔から伝わる古い彫像やな」
「彫像ですか……」
「爺さんから『今に必ずこのどくばそを必要とする者が現れる、大望を抱き、人々のために戦う者が』と聞かされているきん。それまで大事に取っておくつもりやったのにのぅ……」
だんだんと、店主クラウドの元気がなくなっていく。
その様子を見たラムリーザは、隠し芸のことは忘れてこの人を助けてやりたいと思い始めていた。
「どうでしょうか? 僕がそのどくばそ探しを手伝ってあげましょうか?」
「そっ、そんな、フォレスター家の坊っちゃんの手を煩わせるなんて」
「いいのいいの、休暇で遊びに来ているだけですし。今日もいろいろと考えごとをしていたので、ちょうど良い気分転換になりますよ」
「そうですか、ほんだらお願いすることにしましょう」
こうしてラムリーザは、ボールダックス家に代々伝わる彫像である「どくばそ」とやらの捜索を手伝うことになったのである。
まずは聞き込みから開始だ。どくばそが一体どんなものなのか、それがわからなければ探しようがない。
最初は店主からだ。
「どくばそとはどういったものですか?」
「大きさはナイフぐらいで、形は細長い円錐形をしとる」
「トーテムみたいなものかな」
形がわかったので、ラムリーザは今度は店を出て周囲を探索し始めた。ひょっとしたら、どくばそはそれなりに見栄えのするもので、見つかれば一晩だけ貸してもらって隠し芸のネタに使えるかもしれない。そんなことを考えていた。
手始めに、見物している野次馬に聞いてみた。だが、雑貨屋に置かれていることは知っていたものの、なくなったことまでは知らないと言う。昨日は騒ぎが起きていなかったので、なくなったのは今朝一番。怪しい人は見かけなかった。そもそも島で知らない人はいない。
島民以外となると、先住民はいないとのことなので、キャンプに来ているラムリーザたち一行しかいないはずだ。レフトールの手癖の悪さは知っているが、朝から一緒にいたので犯人ではないだろう。
ひょっとしたら、誰にも知られていない先住民がいるのか?
そんなことを考えながら、ラムリーザは町を回ってみた。しかしそれほど大きくない町なので、三十分もしないうちにすべてを回りきってしまった。当然怪しげな人はいないし、この広さだと店主の言うとおりいたとしてもすぐに捕まるだろう。
島にある他の場所は、居住区と港ぐらい。島の中央部に逃げ込まれていたら、探し出すのは大変だろう。
居住区では、世間話のほかには「今朝からクラウディオを見かけていない」という情報を得たくらいだった。クラウディオとは、雑貨屋のクラウドの一人息子だ。
ラムリーザが居住区と港を見て回り終わったとき、太陽は西の空へ傾き始めていた。
雑貨屋に戻って「進展はありましたか?」と聞いたが、何も進展はなかったので、今度は少し島の内側へ向かって移動してみた。
町から南に向けて、林の中を通る道が一本だけ続いている。作業員はこの道を通って、島の中央付近にあるリン鉱山へ向かっているのだ。
林道に入ると周囲は静まり、ときおり鳥の鳴き声が聞こえるぐらいになってしまった。
そのときラムリーザは、林の中に人影を見たような気がして立ち止まった。
「誰かいるのか?」
まさかいないと思われていた先住民? と思いながら、周囲を警戒しつつ声をかけてみる。
「ちっ、見つかっちまったか」
木の影から出てきたのは、一人の男性であった。背の高さはラムリーザより少し低く、まだ童顔で年下のように見えるが、体格はわりと良く、力がありそうだ。
「君は誰だ?」
ラムリーザは問いかけてみたが、その童顔の若者は問いには答えず、こう言った。
「お前、見たことがある。ラムリアースやろ?」
「おしい、それは兄のほうだ。まぁ兄弟だから、似ているところはあるのだろうけどね」
「ラムリーザのほうやったか。フォレスター家の写真で見たことがある。俺の親父の雇い主、帝国宰相」
多少情報が交錯しているが、その若者はラムリーザのことを知っているようだった。
「父親は何をやっているんだい?」
「雑貨屋」
若者は短く答えたが、それだけで十分だった。先住民ではない、普通の島の住民だ。しかも彼が本当に雑貨屋の息子なら、今朝から見かけていないと聞いたクラウディオだろう。
ラムリーザは少し安心して、今取り掛かっている問題について、少し説明してみた。
「雑貨屋の主人、つまり君のお父さんが困っていたよ。なんでもどくばそという家宝を何者かに持ち出されたらしいんだ。君は何か知っているかい?」
「これのことやろう」
その若者は、懐から何かを取り出してラムリーザに見せた。
ナイフぐらいの大きさで、細長い円柱状の持ち手、円錐形の先端、球状の後端を備えた古びた鉄の彫像だ。その表面には細かな傷がいくつも走っていて、飾り物というより、長いあいだ誰かの手元に置かれてきた道具のようにも見えた。
雑貨屋の店主クラウドから聞いたものと一致する。
「その彫像を持ち出して、どうするんだい? それがなくなってお父さん大騒ぎだよ」
「そっか。親父が騒いどるなら、うまくいって何よりやな」
ラムリーザの話を聞いて、若者は少し笑みを浮かべた。してやったりといった感じだ。
「なんでまたそんなことを……」
そこで、若者は自分の不満をラムリーザにぶつけた。
「俺ぁ、こんななんちゃない田舎の島なんか、もう嫌んなったわ。街へ出ていろいろ遊びたいんに、親父のやつ島から出るんは絶対許してくれんけん。昨夜もそのことで大喧嘩して腹立ったけん、朝イチで親父が大事にしとるこれ持ち出してやったんや。誰っちゃ知らんとこへ隠して、困らせてやるんやけんな」
クラウディオはそう言いながら、林の向こう、港のある方角をちらりと見た。島の外へ出たいという言葉は、ただのわがままだけではないように見えた。
「う~む、犯人は君だったのか」
ラムリーザは、彼の気持ちもわかる気がしたが、店主が困っているのも事実だ。ここは説得して、返させるべきだろうと考えた。しかし、ラムリーザが説得の言葉を探すよりも早く、若者は飛びかかった。
「取り返しに来たんやな!? そないにはさせんけんなっ!」
「むっ?!」
ラムリーザは素早く身構えたが、それよりも素早く影から飛び出してきた者がいて、つかみかかった若者の腕を受け止め、捻り上げてしまった。ラムリーザの目の前で、若者は突然現れた男に締め上げられて、地面に押さえつけられた。
「くっそぉ、誰やいきなり」
押さえつけられた若者は、悔しそうな悲鳴をあげた。
「警護の人」
ラムリーザは短く答えた。相手に名前を教えてやる必要もない。
レイジィは若者の腕を後ろ手に取ったまま、ラムリーザの前に立たせた。
「ああ、俺もアホやのう。ラムリアースほどの人やったら、護衛の連中がおるくらい、わかっとったはずなんに……」
「だからそれは兄のほうね。この人は根っから悪い人ではなさそうだから、離してあげても良いよ」
ラムリーザの指示を聞いて、レイジィは若者の腕を離す。しかし、また襲いかかってくるようならすぐにでも止められる場所に留まっている。
若者は、レイジィのほうをちらちらと意識しながら、どうしたものか考えているようだ。
「親父に頼まれて、ここへ来たんか?」
「いや、困っているみたいだからこっちから手伝いを名乗り出ただけなんだ」
「お人好しやのう。……そうや、なんちゃ見んかったことにして、見逃してくれんか?」
「そうもいかないのだよなぁ。先にお父さんのほうと約束してしまったし、僕は取り戻す側で依頼主を裏切れないね」
すると若者は、開き直ったようにどくばそを差し出した。返してくれるのか?
ラムリーザが差し出されたどくばそを握ったが、若者は離さない。
「こうなったら勝負や。このどくばそをお互い握って、逆向きにひねるんや。力負けして、ひねられたほうの負け。俺が勝ったら、このまま見逃してもらうけんな。お前が勝ったら返したるわ」
唐突に勝負を挑んできた。こうなったら、売られた喧嘩は買うしかない。
「それはいいけど、円錐形だから細いほうを持ったほうが不利だね。あと、君は力がありそうだけど、そんなことをしてどくばそは壊れないのかい?」
「先っちょは尖っとるけど、真ん中あたりは同じ太さやけん、そこ持っとったら大丈夫や。あと、これ鉄で出来とるっぽいけん、よっぽどやない限り壊れんはずや」
「それなら良いけどね。壊れても知らないよ」
ラムリーザは、細くなったところよりも根元側、若者が持つのと同じぐらいの太さの部分を握った。そしてレイジィにスタートの合図をお願いして、どくばそを握る手に力を込めた。
「ぬ、おおおぉっ……!」
若者の顔が瞬時に真っ赤に染まり、太い腕の筋肉がミシミシと膨れ上がる。予想以上の凄まじいひねりの力が、どくばそを介してラムリーザの手のひらへ伝わってきた。だが、ラムリーザの右腕は、微動だにせずその暴威を受け止めてみせる。
その若者は、ラムリーザが思っていたよりも力があった。しかしリンゴやゴム鞠を握りつぶし、片手で人の顔をつかんで持ち上げるラムリーザの腕力も伊達ではない。
どくばそがギリギリと悲鳴を上げるような勝負は、ラムリーザの勝利で終わった。
「くっそーっ、腕力にゃ自信あったんやけどなーっ!」
若者はどくばそから手を離す。これにより、どくばそはラムリーザの手に渡ったことになった。
「腕力自慢をしたいなら、リンゴやゴム鞠を握りつぶせなくちゃね」
「ゴム鞠はやったことないけどのう、リンゴやったら爪立てて潰せるんやぞ」
「へー、力がそこそこあるなら、プロレスとかどう? 機会があったら見せてあげられるかも」
「プロレスかー……ええかもしれんな。ほれより、そのどくばそは返すわ。でも親父には絶対謝らんけんな」
こうしてラムリーザは、どくばそを探し出すのに成功したのだった。
そういえば名前を聞き忘れたなと思ったが、すでに別れた後で、若者は林の中に消えてしまっていたのだった。
ラムリーザは町の雑貨屋に戻り、店主のクラウドにどくばそを見せて「これですか?」と尋ねた。
「おおっ、これですこれです! いやぁ、戻ってきてほんま良かったわぁ。もしこれ見つからんかったら、先祖の呪いが発動して、わし末代まで祟られるとこやったけん」
「それって、呪いのアイテムになってませんか?」
「はっはっ、祟りは冗談。ところで、これをどこで見つけたんかい?」
「町外れに落ちていましたよ。たぶんカラスか何かが店からくわえて持ち去って落としていったのでしょう。ところで息子さんのことですが――」
ラムリーザは、先ほど出会った若者――どくばそを盗み出した犯人だった――について尋ねてみることにした。彼が言っていたことは本当なのか。本当ならばなんとかしてやりたいと思ってもいた。
それに、盗んだことまでは、今ここでラムリーザの口から言うべきではない。そこは、クラウディオ自身に向き合ってもらうべきだと思った。
「ん? クラウディオが、どないかしたんですかの?」
「ちょっと彼と話す機会があって、いろいろと聞いたのですよ」
そこでラムリーザは、店主のクラウドに、先ほど会った若者――クラウディオが話していたことや、不満などについて説明した。島を出て都会に行きたいと思っていることなどを、できるだけ穏やかに伝えた。
クラウドは黙って聞いていたが、話を聞き終わると「それではこの店はどうなるのですか?」と尋ねた。
「店主さんが息子さんに継いでほしいという気持ちも分かりますが、彼には彼のやりたいこともあるのですよ。もし人手が足りないというのなら、必要ならいくらでも補充できます。それに雑貨屋の仕事は、年を取ってからもできますよ。クラウディオ君でしたっけ、彼も若いうちは自由にやらせても良いのではないでしょうか?」
「う~む……」
クラウドは腕組みをして考え込む。
「ね、クラウディオ君の話も聞いてあげてくださいよ。むろん悪いことや無茶なことをやろうとしているなら全力で止めるべきですが、それ以外のことだったら彼の可能性を試してみるのも悪くないと思います」
「坊っちゃん」
「は?」
「立派なことを言うようになって、成長しましたなぁ」
「いやぁ、僕はまだまだですよ。人に頼ってばかりいることも多いし」
「わかりました。坊っちゃんの言葉を信じて、わしも愚息の成長に賭けてみましょうかの。今夜はさっそく家族会議ですな」
「穏便にね」
こうして、どくばそを巡るトラブルも解決し、雑貨屋の息子クラウディオの未来も、少し開かれそうになったのである。
いろいろあって、気がついたらもう夕方になっていた。隠し芸大会まで、もう時間がない。
「やっぱりこれしかないか……」
結局ラムリーザは、八百屋に寄ってリンゴを二つほど買ってから、コテージに帰るのだった。
前にもやったことの繰り返しとなるが、時間もないし仕方がない。そもそも急に隠し芸大会をやると言っても無理なものだ。
どくばそ探しそのものは、隠し芸のネタにはならなかった。けれど、島のどこかで一人の若者の道が少しだけ広がったのなら、それはそれで悪くない一日だった。
――大望を抱き、人々のために戦う者が現れる、か。
ラムリーザは、クラウドの言葉を思い出していた。
クラウドの先祖が遺したというその言葉の本当の意味は、まだわからない。けれど、幼馴染の笑顔や、大切な仲間たちのいるこの場所を、何があっても守り抜くこと。それこそが、ラムリーザがこれから歩んでいく領主としての道なのだと、夕闇に包まれていく海を見つめながら、静かに胸に刻んでいた。
たった一つの家宝探しにすぎなかった。それでも、誰かの暮らしや未来に関わるということは、きっとこういうことなのだ。