ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
開かずのドア、回らずのノブ
帝国暦九十三年 炎心の月・学匠の日(現代暦:八月上旬)
この日の夜も、ソニアはラムリーザにくっついて寝ていた。自宅にいようが、キャンプに出かけようが、寝るときはいつも一緒である。
たとえ部屋を別々に用意されていても、寝る時間になればソニアのほうからラムリーザの部屋を訪れるものだから、ラムリーザには逃げ場がない。もっとも逃げる必要を感じることもなく、ソニアがくっつきたければくっつかせてやればよい。ふわふわとしてやわらかいソニアの身体は、抱き寄せていると妙に落ち着くものでもあった。
ラムリーザはソニアを抱き寄せたまま、窓の外を眺めていた。窓枠に半分隠れた月が一つ浮かんでおり、少しずつ窓枠の外へ出ていっている。
部屋の中は差し込む月明かりで明るいが、じきに暗くなるだろう。事実、窓の外から見える月が小さくなるにつれて、部屋は少しずつ暗くなってきた。
半分見えていた月が四分の一ぐらいになったとき、隣にくっついていたソニアの身体がもぞもぞと動く。
ラムリーザは窓から目を離して振り返った。すると、目を開けていたソニアと目が合った。
「ん? 眠れないのか?」
「う~ん……トイレに行きたい」
「行ってきたらいいじゃないか。ちっちゃな子供じゃないのだから、報告しなくてもよし」
ラムリーザは、くっついているソニアを引き離して、ベッドから押し出そうとした。しかしソニアは、ラムリーザの腕をぎゅっとつかんで離れない。
「やだ、一緒に行こうよ」
「なんで女の子と連れション――あ、横に立ってやる、というのはなしね」
「別に並んでやらなくてもいいよー。ただ、ドアの外にいて声をかけてちょうだい」
「なんでまたそんなことを……」
「いいの!」
ラムリーザはソニアに無理矢理ベッドから立たされ、トイレまで同行することになった。
廊下は昼間と同じ場所のはずなのに、夜になるとまるで別物だった。窓から差し込む月明かりも弱く、扉の影だけがやけに濃く見える。
「ふえぇ、ラム……やっぱりドロウが外にいたらどうしようぉ……」
薄暗い廊下を歩くとき、ソニアは妙にラムリーザに強くしがみついてきて、二人でお化け屋敷でも歩いているかのような具合になっていた。
これは、やはりあれだろうか。ラムリーザには心当たりがあった。
たぶん夕食後に定番の怪談をやろうという話になったが、そのときの話が怖かったのだろう。ラムリーザはそう思っていた。
………
……
…
夕食後、ジャンの提案で怪談をやろうという話になった。
「キャンプの夜の定番と言えば怪談だろ? これをやらないとキャンプをやったことにならないぜー」
ジャンは、コテージの広間に全員を集めながら、ロウソクも準備していた。
「去年のキャンプで、ネタを使ってしまいましたの……」
ユコは困ったような顔をするが、ジャンは「俺は聞いてなかったから同じのでもいいぞ」と励ます。
リゲルは、「仕掛けの用意とかやってないぞ」と言っている。去年のキャンプでは、ロープにつないだ電球を割り、その効果音を怪談に混ぜ込む作戦を取り、女性陣を混乱に陥れたことがあった。
「仕掛けとは何ですか?」
事情を知らない、去年その仕掛けにはめられた一人であるロザリーンが尋ねてくるが、リゲルは「何でもない」とごまかすのだった。
「怖い話、するよ、するよ!」
ミーシャはやたらとはしゃいでいる。リゲル譲りのホラー映画ネタがいくらでもあるということだろう。
「んーとね、んーとね、とある世界にウェブスピナーと呼ばれている邪神がいました」
こうして、まだ一部がどたばたと移動している中、ミーシャの話が始まった。
――二つの一族が、うまく調和して暮らしている村がありました。しかし、その表面下では、密かに不和の種が潜んでいました。そこで、とある旅の者が、ウェブスピナーに命じられました。二つの一族の指導者を両方とも殺せと。そして偽の証拠を残し、相手の一族を殺すように仕向けろ、と。旅人は、闇に紛れて一方の指導者を殺し、その傍らに別の指導者の短刀を置きました。そしてもう一人の指導者も殺し、そちらには最初に殺した者が持っていた指輪を傍らに置いて立ち去りました。そして夜が明けたとき、村人たちは、それぞれの指導者が殺されていることに気が付き、さらにその傍らに証拠の品が残されていたことにより、お互いに憎み合い、やがて村全体を巻き込んだ争いに発展していきました。そして村は、その日のうちに滅亡したのであった。最後に邪神は旅人に言いました。友人同士が戦う姿よりも美しい光景はない。お前が引き起こした不和を楽しむがよい、と。
「おおう、ミーシャにしてはダークな話だな」
ラムリーザは、邪神によって引き起こされた悲劇に少しゾッとしていた。
こんな感じで出だしは好調、一同は怖い話にのめり込んでいった。
ソフィリータが話した「灯台に住んだ家族が、知らぬ間に住み着いていた蟲に一家惨殺されてしまう話」や、ユコの「お爺さんとお爺さんが、大きなかぶに潰される話」、レフトールの「暴走族壊滅の話(自分の英雄伝っぽい)」、ソニアの「レンジで卵が爆発した話」などが披露されていった。ユコはいつ何時でも、物語の登場人物をお爺さんとお爺さんにしたがる。
ソニアもみんなに混じって楽しんでいたが、ジャンの話を聞いたとき、彼女の雰囲気に変化が訪れたのだった。
「よーし、首なしドロウの話をしてやろう」
ジャンの話は、出だしだけなら何の変哲もない怪談のようだった。
「それってデュラハンでしょ? 家を指差して、一年後にその家に住んでいた者を殺すという」
リリスはある方面において博識であることをアピールする。しかしジャンは、落ち着いたものだった。
「それは頭なしのデュラハン。俺が話すのは、首なしドロウ」
「一緒でしょう? 何が違うのかしら?」
「頭なしと首なし、その二つを分けて考えてみよう」
こうしてジャンの話が始まった。
――とある国に、クサミ・ドロウという者が住んでおった。いや、住んでいたのかどうかはわからぬ。家を持たず、うろついていただけかもしれぬ。ドロウは首がなく、頭が胴体にめり込んでいるという不気味な姿をしておった。そして糞尿を垂れ流しながらうろつく異常な存在であった。ある日ドロウは、フンブリエル! と叫んだ。するとドロウを中心として、半径三メートル以内の生物は、すべて死滅した。半径三十メートル以内の生物は意識不明になった。そして半径三百メートル以内の生物は、すべて強烈な不快感にとらわれたのだった。
「なにそれ怖い」
真っ先に突っ込んだのはユコだった。
「不条理な話ですね」
ソフィリータも不快感を示している。
「不気味な姿からして、悪魔みたいなものかな? 糞尿という点も、悪魔っぽいね」
ユグドラシルは、まだ分析する余裕がありそうだ。
しかしソニアは、神妙な顔つきでジャンを凝視している。ラムリーザの手をつかむソニアの手に力がこもった。
ジャンの不気味な話はさらに続く。
――ドロウは町の中心部に移動して、マゴロスキマリノマーキング! と叫んだ。その言葉を聞いた者は、脳が腐り、「たぼうさん……たぼうさん……」とつぶやきながら、無表情でその場を徘徊する廃人と化してしまうのだった。そして今もドロウは、ぶつぶつとつぶやきながらうろついている。ぷっぶっぶりっ……ぷっぶっぶりっ……と。
「意味わからんくて気持ち悪いぞ」
ラムリーザはそうツッコミを入れるが、ジャンは平然としたものだ。後日談のようなものを付け加えてくる。
「今もコテージの外を、ドロウがうろついているかもしれんぞ」
などと言ってのけるのだった。
このときラムリーザは違和感を覚えていた。誰かが話し終えるたびに、すごい勢いでツッコミを入れていたソニアが、この話を聞いたときだけ黙り込んでいたことに。黙っていること自体が、かえって彼女の怯えを目立たせていた。
………
……
…
意味不明な話だったけど、普段から突拍子もないソニアにとっては、それ以上に理解できないものが何よりも怖かったのだろうか。
ラムリーザは、ソニアの入ったトイレの扉にもたれたまま、ジャンの話を思い返していた。
「呪いの単語か……」
単語を発するだけで、周囲に甚大な被害をもたらすのは、それはそれで恐ろしい。やはり悪魔か――?
そう思ったとき、トイレの中からソニアの声が聞こえた。
「ラムいる?」
不安そうな声なので、ラムリーザは元気づけるために「ああいるよ」と少し力強く答えてやるのであった。
それから何度か、「いる?」「いるよ」のやり取りが繰り返される。
そのうちラムリーザは、少し悪戯心が芽生えた。
「ラムいる?」
「いないよ」
いないことにしてしまった。
「何でよ! いてよ!」
どうやらソニアは、声が聞こえているだけではダメなようだった。
しばらくして中から水が流れる音が聞こえたとき、ラムリーザはさらなる悪戯を思いついた。そこでソニアに、選択肢を提示してみる。
「なぁ、開かずのドアと回らずのノブ、どっちがいい?」
「……開かずのドアは怖いから、回らずのノブがいい」
少し間を空けて、ソニアの返事が返ってきた。そこでラムリーザは、トイレのドアについているノブをぎゅっと握りしめた。これでラムリーザの握力を上回らなければ、内側からドアノブを動かすことはできない。
ソニアは用を済ませてトイレから出ようとした。しかし――
「あれっ? ノブが回らない」
ドアノブは、まるでコンクリートで固めたかのようにびくとも動かなかった。
「これが、回らずのノブ」
ラムリーザは声を落として、怖がらせるように説明した。
「やっ、やだっ、出られないっ……回らずのノブはやだ! 開かずのドアにして!」
ソニアも多少混乱しているようだ。先ほどの選択肢で提示されたもう一つのほうを選んできたが、そっちのほうがあからさまに怖そうだ。
そこでラムリーザはノブから手を離し、今度は全体重をかけて、ドアを外から押さえつけた。足を伸ばして反対側の壁に突っ張り、身体を固定する。これで、ラムリーザを押しのけない限り、トイレのドアは開かない。
ソニアは中からドアを開けようとする。しかし今度はノブは回るものの、ドアはどれだけ押しても、まるで向こう側が塗り固められているかのようにびくとも動かない。
「ふえぇっ、ドアが開かないっ!」
「これが開かずのドア」
「やだっ! やっぱり回らずのノブにして!」
やはりソニアは混乱しているようだ。
またしてもラムリーザにノブを固定され、内側からノブは全然動かなくなってしまった。
「ふえぇ、出られないよぉ……」
その声が思ったよりも弱々しかったので、ラムリーザは少しだけ悪戯が過ぎたかと思った。そこで、ここまでにしておこうと考え、ドアを開けてやるのだった。
「どうだった? 怖かっただろう」
「ラムの馬鹿! ふえーんっ!」
ソニアはラムリーザに抱きついて、自分の額をラムリーザの胸に何度もぶつけてくる。
「泣くなって。そうだ、一人用のベッドと、二人用の床、どっちで寝たい?」
ソニアは不満そうに口をへの字にしたままラムリーザの顔をしばらく見つめてから、何かに気がついたかのような表情を浮かべた。
「それってラムはどっちみち床なんだね」
「よく気がついたな。さてと、馬鹿なことやってないで寝るぞ。僕はソニアをくすぐりながら寝るから、ソニアはそれを我慢しながら寝る。それでいこう」
「やっ、やだっ! そんなことよりも、キスしたまま寝てみようよ」
「なんだそりゃ」
「ラムの口とあたしの口を合わせたまま寝るの」
「馬鹿なことはやめるんだっ、――ってかそんなことしたら呼吸できないだろ? あーもー、変なことを言うから落ち着かなくなってきた。ぴちぷにょしてから寝るぞ」
「残念でしたー、あたし靴下持ってきてないもん」
「ソフィリータから借りてこいよ」
「いやぽっぽ~」
ソニアはまだ少し不満そうだったが、それでもラムリーザのそばから離れようとはしなかった。怖がった夜も、結局はいつもの二人の夜になっていく。
廊下の向こうには、もう怪談の不気味な気配なんてどこにもない。ただ耳を澄ませば、明日も晴れることを告げるような穏やかな本物の波の音だけが、繰り返し聞こえていた。
怖い話も、くだらない悪戯も、眠ってしまえば次の日には笑い話になる。たぶん、こういう夜もキャンプの思い出に混じっていくのだろう。
キャンプ日程も残りわずか。やり残しのないように、楽しんでいこうではないか。