ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
リレー物語
帝国暦九十三年 炎心の月・星々の日(現代暦:八月上旬)
この日は、特に変わったこともない平凡な日。日中は海水浴に日光浴、釣りにビーチバレーなどをして遊んでいた。
ビーチバレーをする際は、ラムリーザがわざわざ「くれぐれもソニアの胸元を狙うのは禁止」と決めて、普通に楽しませたのだった。
こうして夜まで特別なことは起きず、平凡な一日が終わろうとしていた。
夜になると、宿泊しているコテージに戻り、広間で寝る時間まで適当に過ごすのが日課になっていた。
ラムリーザが「今週いっぱいで、南の島キャンプも終わりだね」などと言うと、少ししんみりして名残惜しくもなってくるものだ。
外からは波の音がかすかに聞こえ、広間には一日遊び疲れた後のだらけた空気が漂っていた。こういう時間も、もう残り少ない。
そこで思い出作りに、みんなで何かをしようという話になった。
金塊探しなど思い出に残ることは多かったが、まだ足りないと感じている人もいるようだ。
「そうですわ、リレー物語というものをやってみませんか?」
ユコはノートを取り出しながら、今夜のイベントを提案した。
「リレー物語は良いけど、交換日記は誰が止めているのかしら?」
リリスはそう尋ねるが、止めている張本人のラムリーザさえ「そういえばそんなのもあったね」と言うほどすっかり忘れているのだから仕方がない。
「それで、リレーモノガタリって何だ?」
あまり文学的教養のないレフトールが尋ねた。
「一人ずつ交代しながら少しずつ物語を書いて、作り上げる遊びですの」
そう言ってユコは、言いだしっぺが一番という法則があるわけではないが、ノートに物語を書き始めた。
特にやることが決まっていない暇な夜。今夜はリレー物語とやらに興じてみよう。
そこで一同は、テーブル席へ集まって、ユコの書く物語に注目し始めた。
――昔々、お爺さんとお爺さんが住んでいました。お爺さんが川へ洗濯に行くと、川の上流から大きな桃が流れてきませんでした。
「はい、出だしはこれでいいでしょう。次はラムリーザ様にお願いしますの」
ユコはそう言って、ノートをラムリーザへ回した。
いろいろとツッコミどころがある。まずお爺さんとお爺さん、去年のキャンプで怪談をしたときに、ユコが話した内容とそっくりだ。そんなにお爺さん二人ネタが好きなのか? それに、文章の最後を「流れてきませんでした」で締めくくられたら、話の広げようがない。というより、書く必要があったのかな?
ラムリーザは、この物語をどう続けるか少し悩んだ。お爺さん二人では話を膨らませにくいし、川に行った意味もない。そこで川に行ったおじいさんのことは諦めて、もう一人のお爺さんに焦点を当てることにした。
――もう一人のお爺さんは、山へ行かずに町に行った。そこでお爺――
「――ってなんでお爺さんなんだよ、これじゃ話を盛り上げようにも盛り上がらないよ。昔話じゃあるまいし」
「そこを考えるのが醍醐味なんですの。ラムリーザ様なりに捻った話を期待しますわ」
「くそっ、普通にお婆さんを出してやる。ってなんで爺婆なんだよ……」
――そこでお爺さんが町を歩いていると、向こうから可愛らしいお婆さんがやってきました。
「はい、僕の担当分はこれでいい。次はレフトールね」
ラムリーザは適当にお婆さんを出して、さっさとレフトールへバトンタッチしてしまった。順番は特に決まっていない。たまたま目が合ったレフトールに押し付けただけだ。
レフトールは「俺?」などと言いながら、ノートとペンを受け取った。
「可愛らしいお婆さんって何かしら?」
リリスがいぶかしげな表情を見せる。
「ミーシャは、百四十六歳になっても今と同じ可愛らしい見た目なのー」
自分で自分を可愛いと言い切るミーシャ。そして百四十六歳まで生きるらしい。
リゲルは笑顔で「うんうん、ミーシャは何歳になっても可愛い可愛い」と言い、ソニアに「リゲルきもい」と言われるのであった。
そんな外野の雑談をよそに、レフトールは物語を書き上げていた。
――婆あの肩が爺いの肩にぶつかる。爺いは婆あに「どこに目を付けとんじゃこのクソ婆あ! いてこましたろか、オラァ!」と怒鳴りつけた。
「こんなので良いのか?」
レフトールは書き上げてから一同を見回した。
「いや、せっかく可愛らしいお婆さん出したのに話を荒っぽくするなよ」
ラムリーザは突っ込む。レフトールらしいといえばそうなのだが、突然物語がバイオレンスな方向へと動き始めてしまった。さらに地の文での二人の呼び方が変わってしまっている。
「知らんわ。だいたい、なんで爺いと婆あなんだよ。面白くねーよ」
「そこを面白くするのが腕の見せどころなんですの」
「ちっ、俺はもう書いたから、次はおっぱいちゃんな」
レフトールはユコに言い返されて、ノートとペンをソニアに押し付けようとした。しかしソニアは、ミーシャを間に引っ張ってきてレフトールに押し付ける。
「媚び媚びミーシャが御指名よ」
「はーい」
突然引っ張り出されて何が何だかわからないミーシャは、何の迷いもなくノートを受け取った。
「幼児体型を押し付けんなよ!」
レフトールは憤慨するが、ミーシャは気にせずに物語の続きを書き出した。バイオレンスをなくすか? それとも突き進むか?
ミーシャは少し小首をかしげて考えたあと、サラサラと書き始めた。
――お婆さんは、お爺さんに反撃した。しかしお爺さんはお婆さんの攻撃を受け止めると、攻勢に転じた。だがお婆さんは、バク転でその凶暴な拳をかわした。
物語を見た皆は、そのシュールな光景を想像して悩んだ。突然老人が殴り合いを始めたかと思うと、バク転するような身軽さ。そんな老人が、どこの国にいるというのか。
ラムリーザは「なんか、すっげーバイオレンス」と評し、ジャンは「もう一人のお爺さんは?」と尋ねる。それにはレフトールが「最初から二人で乱闘させていたらよかったんだよ」と答えた。
ミーシャはもう少しだけ二人の乱闘を書いたあと、「はい次リゲルおにーやん」と言って物語をリレーさせた。
リゲルは「くだらぬな――」と言いながら、それでもペンを取って書き始めた。
――百三十億年以上前に生まれた宇宙は、今も膨張を続けている。もしも宇宙空間の物質の量が少なければ膨張は止まることがない。これを開いた宇宙と呼ぶ。逆に物質の量が多ければ膨張は止まり、宇宙は一点に向かって収縮を始める。これを閉じた宇宙という。我々の宇宙空間が開いているか閉じているか、それはダークマターという物質が鍵を握っているのだ。そのような宇宙の理と比べたら、老人の暴力沙汰など、取るに足らないどうでもよいことである。
なんだか小難しいことを書き並べたが、リゲルはバイオレンスな展開を「どうでもよいこと」で片付けてしまった。
「壮大な物語なのか、どうでもよい話なのか、よくわからんな」
ジャンは首をかしげている。
「どうでもよい話だ」
リゲルはそう答えた。それから「次はロザリーン」と言って、ノートを回してしまった。
「では川に洗濯に行ったお爺さんの話で」
ロザリーンはそう言って、物語を作り始めた。
――その一方、川へ洗濯に行ったお爺さんは、洗濯を終えて家に帰って昼ご飯を作り始めました。まずは焼き豚を一センチぐらいの大きさに切って整え、ねぎはみじん切りにしました。そして炊いておいたご飯に卵を混ぜておきます。次にフライパンに油を引いて、卵ご飯、焼き豚、ねぎを、塩や鶏がらで味をつけながら炒めます。炒め終わったら丼に移しましょう。下地のご飯ができたので、次は上に乗せるものです。豚肉に小麦粉をまぶしつけ、溶いた卵、パン粉の順番につけて油で揚げます。これを先ほど作った味付けご飯の上に乗せます。そのとき真ん中は開けておいてくださいね。最後に上からかけるソースを作ります。タマネギをみじん切りにして油と塩を少々加えてあめ色になるまで炒めます。そこにニンニクとショウガを少し加え、さらにトマトを砕いて潰したものも加えます。最後にターメリック、レッドチリ、クミン、コリアンダーを加えてよく混ぜて、ソースの出来上がり。それを先ほどの丼にかけていきます。真ん中に隙間を作っていたので、そこを中心にかけて、出来上がり。お爺さんは、とんかつカレーかけ焼きめしを作って、もう一人のお爺さんを待っていました。
無茶苦茶長い文章を一気に書いたな、と思ったが、よく見たらいつもの料理レシピまる写しであった。
「なんか歌詞作りと同じ展開になってきたな」
「交換日記と同じですの。止めている人は早く書いて回してくださいね」
ラムリーザとユコは、リゲルとロザリーンの書いた内容がいつもと変わらないことに気がついていた。
「次はそうね、マックスウェルさんお願いします」
「俺も書くのかよ。めんどくさいんだな」
マックスウェルはロザリーンからノートとペンを渡され、やる気がなさそうにつぶやくと物語の続きを書き始めた。
――おじんとおばんは、死闘の末に二人とも死んだ。
「殺すなよ!」
最初の一文に、いろいろな場所からツッコミが上がる。内容もそうだが、登場人物の呼称もまた変わった。
「慌てるんじゃないんだな」
マックスウェルは、批判を気にせずにさらに文章を続けた。
――そのとき天から一筋の光が降り注いできて、おじんとおばんを照らした。すると二人は若い肉体に生まれ変わったのだ。二人は息を吹き返し、お互いを見つめ合った。一瞬にして惚れた二人はその場で服を脱いで
「待て、そこから先は危険だから書くな」
ラムリーザは内容が危険な方向へ向かい始めたのを察して、マックスウェルの執筆を遮った。
「ここからが面白いんだな」
「官能小説を書くな」
リゲルも批判してくるが、目が笑っている。何を期待しているのやら。
「しゃーねーな、次は誰だ? 書いていない人」
「私が書くわ」
名乗りを上げたのはリリスだ。
リリスはマックスウェルからノートとペンを受け取り、先ほどの続きをそのまま書き始めた。
――お爺さんのそそり立ったグラス・タワーは、お婆さんの地獄の門に
「ちょっと待て」
ラムリーザはリリスの執筆を止めた。このままではマックスウェルが書きかけた内容がそのまま続いてしまうことになる。
「そうだぞ、二人は若返ったんだぞ」
リゲルもリリスの書く内容に、妙な方向からしっかりと口を挟んでくる。
「いや、ツッコミどころはそこか?!」
ラムリーザの心配をよそに、リリスはリゲルに指摘された箇所を修正する。
――お兄さんのそそり立ったグラス・タワーの138階は、お姉さんの業火で照らされた地獄の門に激しく攻め込み
「いやだからダメだって――って、うわっ、何をする?!」
なんとか妨害しようとするラムリーザを、ジャンとリゲルが二人がかりで押さえ込み、リリスの執筆を促した。
邪魔者のいなくなったリリスは、とてもここでは書けないような、ひどい内容を書き連ねるのであった。
「ほら、面白い展開になったわよ。次はまだ書いていない人、ソフィリータとかどうかしら?」
「私ですか? えーと……」
リリスの次にノートを受け取ったソフィリータは、直前の過激な展開にドキドキしながら続きを書き進めた。
――お兄さんがお姉さんを連れて家に帰ると、お爺さんがいたので追い出しました。お爺さんは、外から扉を叩きながら、「入れてくれやぁ~」と言いましたが、二人は家の中で落ち着いて先ほどの続きをしました。
「お爺さんが可哀想!」
隣でノートを覗いていたソニアがソフィリータに非難を浴びせかける。
「いいのです。お爺さんとお爺さんが二人で暮らしているのがおかしいので、ここは軌道修正しました」
「でもお爺さんが可哀想!」
ソニアはまだ噛み付いている。
「それではこうしようか」
ユグドラシルは、ソフィリータをソニアの攻撃から守るように、ノートを受け取って続きを書いた。
――外に追い出されたお爺さんは、まるで最初からいなかったかのように、その姿が消えていきました。
「これで、若者二人の物語に軌道修正できたかな?」
「すでに最初の展開と、全然違う内容になってきたな」
ジャンはそう言うが、やっていることは官能小説紛いである。
「なんですの皆さん乱暴な話を書いたり、お爺さんをいなくしたり」
「ユコは若者よりもお爺さんのほうが好きなのか?」
「そういう意味じゃありません! ちゃんと二人のお爺さんを出してください!」
「どういうこだわりなんだよ……」
ジャンは、ユコのこだわりを反映させるために、二人目のお爺さんについて話を続けてやった。
――外にいたお爺さんが消えた後、空から一筋の光が降り注いだかと思えば、お爺さんは若返っていました。二人目の若者は、家の中に飛び込んで、「俺も混ぜろよ!」と言いながら、お姉さんと楽しく過ごしました。
「乱交パーティなんて止めてください!」
ユコは、自分の始めた物語がとんでもない方向へ進んでしまい、一人憤慨している。
「でもじじい二人の物語より、若者の男二人、女一人の三角関係が王道だろ?」
ジャンの言う王道とは何のことを指すのだろうか?
「でもマックスウェルのパクリだね」
ラムリーザの指摘に、ジャンは「むっ」と呻いて、書いた部分を修正し始めるのであった。
――まず骨が生成されて骨格が完成する。そして筋肉や血管などが絡みつき、人間の形を作り上げていく。最後に皮膚が出来上がって、お爺さんは若者の体に変貌を遂げた。
「いや、ホラーチックにしなくていいから」
「そっちのほうが視覚的によいぞ」
ジャンの文章にツッコミを入れるラムリーザと、肯定的に捉えるリゲルが対照的だ。
この時点で、物語を完成させるという目的は半分ほど失われていた。今はもう、誰がどれだけひどい方向へ話を曲げるかという勝負になりつつあった。
「よし、このひどい話の続きはソニアに書いてもらおう。これで一巡するかな?」
「一巡で終わりでいいよ。ソニアにはしっかりとしたエンディングを迎えてもらおう」
こうして一同の期待を背負って、ソニアは物語の締めくくりに入った。
――三人の若者には吸血狼男を退治するという使命があったので、そいつが住み着いている呪われた墓へと向かった。吸血狼男は、カラスのような漆黒の長髪を振り乱し、赤々と輝く瞳で睨みつけてくる。呪われた墓で壮絶なバトルが始まった。しかし三人の正義の力は、根暗な吸血狼男の力を上回っていた。吸血狼男は、まるで魔女のように中途半端なきようさと、中途半端なほうりきを使って襲いかかってきたが、いわゆる役立たず。魔女みたいな吸血狼男は、退治されてしまいました。最後に三人は、吸血狼男に「なぜこんなことをやったのか?」と問いかける。吸血狼男は、「懸賞のアレオカレーが当選しなかったからむしゃくしゃしてやった」と答えた。こうして吸血狼男の恐怖は消え去り、世界に平和が戻ったのである。おしまい!
何だかよくわからないが、ここまでの話の流れをまったく無視した展開だ。それでも一応ハッピーエンドを迎えたのだから、よしとするべきか。
「うん、めでたしめでたしだ、いいね!」
ラムリーザは、この後に来るであろう騒動の予感を覚えて、さっさとリレー物語が終わったことにしようとした。
「ちょっと待って」
リリスの言葉を聞いて、ラムリーザは「やはりな……」と思い諦めた。結局ソニアの書いたことは、物語の大詰めに見えるものの、「吸血狼男」「根暗」「魔女」にあるようにただのリリス攻めだ。吸血狼男の見た目からして、否定しようがない。
これにリリスが黙っているはずがない。
「二巡目に突入するわ。この続きをユコ書きなさい」
「二巡目ですか? わかりましたの」
こうして二巡目が始まった。
ラムリーザは、ユコが続きを書き出すのを見ながら、二巡目には絶対に「風船おっぱいお化け」が出てくると予想し、仕方なく最後まで付き合うのだった。
――三人の若者の前に現れたお爺さんとお爺さんは言いました。
結局お爺さんが増えるだけだった。しかも二人。
もう知らん。どうにでもなれ、というものだ。
物語は壊れたが、広間の空気だけは妙に楽しそうだった。ならばこれはこれで成功なのかもしれない。
だから、こんな無茶苦茶な夜も、後になればキャンプの思い出の一つになるのだろう。たぶん、あまり人には話せない種類の思い出として。