ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
小さな穴を右へ右へと進むべし
帝国暦九十三年 炎心の月・森人の日(現代暦:八月上旬)
南東に離れた小島、フォースデビルズヘッドにて、鹿の形をした岩に烏帽子の形をした岩をはめ込んだことで、そばの岩山にぽっかりと穴が開いたのだった。
穴は二つあった。背丈以上の大穴と、少しかがめば入れるぐらいの小穴で、どちらも奥へ道が続いている。どちらに進むのが正解か?
「三つ目の文節は、小さな穴へ入れだったね?」
「そうだ」
リゲルは大きなほうの穴には目もくれず、小さいほうの穴を覗き込んでいた。
「入っていくならライトが必要だなぁ」
「レミーラ!」
「は?」
ソニアは洞穴の中に手をかざして、謎の台詞を発した。ソニアの手の先は光り、洞穴の中を明るく照らし――はじめなかった。
「脳筋戦士が呪文を使おうとしている、くすっ」
リリスはそんなソニアの様子を後ろから見つめ、くすりと笑う。そして何を思ったか、突然後ろからソニアを突き飛ばしたのだった。ソニアは前につんのめって洞穴の中へと三歩ほど入ってしまった。
「ちょっまっな、にっすんのよっ!」
ソニアはびっくりして変な声を上げながら洞穴から出てこようとするが、リリスが素早く通せんぼをして外に出さない。そのまま二人は、洞穴の入り口付近で押し合いを始めてしまった。ハッキョイノコリッ!
「意味のないことをするな。ライトを取りに戻るまで、勝手に奥のほうまで行くんじゃないぞ」
「あ、それなら私が取ってきます」
立ち上がったのはソフィリータだ。身軽なソフィリータなら、早く取りに行けるだろう。
「それと、できるだけ長いロープも用意しろ」
リゲルはさらに注文を加えた。
「ライトとロープですね、わかりました」
ソフィリータはそう言うと、ボートを停めたあたりに作ったベースキャンプへ向かった。
「小さい穴が正解だとして、大きな穴はどうする?」
「罠の可能性があるから、入らないほうがいいだろう」
ラムリーザはリゲルの判断を採用して、大きな穴へは入らないよう皆に促すのだった。
ソフィリータの帰還を待って、いよいよ洞穴の探検を始めることになった。
「何人かは、いざというときのために残っていたほうがいい。それに、あの鹿の岩と烏帽子の岩が洞穴の入り口と連動しているのは間違いない。もし帽子が外れたら入り口が閉まってしまう可能性がある。そのときのために、待機する人も必要だ」
リゲルはラムリーザに代わって、てきぱきと指示を飛ばす。
「それじゃあ俺が残ってやるんだな」
そう答えたのはマックスウェルだ。彼はあまり洞穴探検に興味はないらしい。
「私も外で待機しますの」
続いて待機組に名乗り出たのはユコだ。こちらは純粋に洞穴の中が怖いのだろう。
「ミーシャも怖いから待つのー」
ミーシャは洞穴の中をビデオカメラで撮影しようとしたが、真っ暗で何も映らなかったので、やめることにしたようだ。それほど高価なカメラではないので、暗いところではうまく撮影ができないようだ。
――と思ったが、そのカメラをソフィリータに渡している。つまりミーシャも洞穴が怖い、と。
「そうだ、ロザリーンに頼みがある」
そう言ってリゲルは、ソフィリータの持ってきたロープの端をロザリーンに持たせた。
「このロープをどうするのですか?」
「入り口で待機して、このロープを持っていてほしい。周囲は岩肌ばかりで、くくりつける場所がないから、持っていてもらう。このロープを手放さずに進めば中で迷うことがないというわけだ」
「なるほど、分かりました」
ロザリーンはロープの端を持ったまま、入り口で待機することになった。
「ソニアも危ないから待機ね」
ラムリーザはソニアに待機を促したが、「やだ」と返された。そして「ラムが行くなら行く、行かないなら行かない」とお決まりのフレーズを繰り出した。
「そうだな、ラムリーザは待機したほうがよいと思うぞ」
リゲルはそう提案してくる。指導者は後方で待機するものだ。
「いや、正直奥がどうなっているか見てみたいんだ」
好奇心は身の破滅とも言うが、ラムリーザは好奇心のほうが勝ってしまっているようだ。この時点でソニアも同行決定になる。
「ジャンはどうする?」
「リリスが行くなら行く、行かないなら行かない」
ジャンは、ソニアのほうをニヤニヤと見ながら、そう言ってのけた。
「なによ、ジャンのリリスストーカー。リリストーカーね」
ソニアは自分の台詞を意図的に真似されたと気がついて、ジャンに非難の言葉を浴びせかけた。
「まさにブーメランだな。ラムリーザストーカーが、他人をストーカー呼ばわりしている」
「ジャンはデスストーカーだから、覆面マントにパンツ一枚になればいいんだ――っ、むーっむーっ」
「とりあえず僕が先頭を歩くから、中に入りたい人はロープを伝って入ってきてね」
ラムリーザはもがくソニアをなだめながら、ロープを持って洞穴に入ろうとして、あることに気がついて一旦止まった。
「先頭はレイジィに頼むよ」
「かしこまりました」
ラムリーザは、ロープの先端をレイジィに渡し、自分はすぐその後に続いて入った。この場合、レイジィは護衛であると同時に引率者や保護者だ。
ソニアがその後に続き、その後ろにはリリスが続いた。ソニアとリリスが前後に並んでいるのは不安要素でしかないが、ラムリーザは順番まで指定する気にはならなかったので、気にせず先へと進んでいった。
リリスの後にはジャン、リゲルと続き、ソフィリータとユグドラシル、そしてしんがりはレフトールとなった。
こうして八人に、護衛のレイジィを加えた九人は、小さな洞穴へと入っていったのである。
一歩足を踏み入れた瞬間、南の島の容赦ない太陽の光が消え去り、ひんやりとした重い闇が一行を包み込んだ。コツコツと岩を叩く靴音と、どこか遠くでポツリ、ポツリと滴る水の音だけが、地底の静寂に響いていた。
洞穴は、背を伸ばして歩くと頭をぶつけてしまうほどの高さだ。そこで一同は、少しかがみ気味で進んでいった。
リリスは、すぐ前をソニアが歩いているので、また悪戯の種を探している。ここにあの鉄球があれば面白いのに、などとくだらないことを考えていた。
ジャンは、すぐ目の前にリリスがいるので、不埒な方向に余計なことを考えていた。
その後ろのリゲルは、二本目のライトで前方を照らしながら進んでいく。
そのとき、前方からラムリーザの声がした。
「前方に分かれ道があるよ、どっちに行こうか?」
「馬手というやつだな、右方向へ進めばいいはずだ」
リゲルには、四枚の石板を組み合わせて作り上げた文章の、最後の一行を今実行しているのだという感覚があった。文章はこれで終わり。とにかく、右へ右へと進むしかない。
ラムリーザはリゲルの話を聞いて、先頭を歩くレイジィを右へ進むように促した。
リゲルの後ろを歩くソフィリータは、自分もラムリーザのそばを歩いて警護したいと思っていたが、その一方でレイジィが付いているから良いかと考え、自分の後ろを歩くユグドラシルの護衛になればいいか、などと献身的なことを考えていた。
ユグドラシルは、この冒険も学校のイベント企画として何かにつなげられないか、などと考えていた。
最後尾のレフトールは、三本目のライトを持って後方から照らしている。みんなについて行きながら、レイジィについていろいろと考えていた。
ラムリーザに対するプロの護衛、それは今の自分が自称しているラムリーザの騎士とは違い、本物であった。本気で護衛するなら、彼のようにストイックに構えなければならないのか? いや、自分はもっとラムリーザのそばに身を置いていたい。そのためにはどういう道を歩めばよいのか、などと普段のレフトールには思いもよらないような、建設的で将来を見越した考えを巡らせているのだった。
そのうち、洞穴の様子も変わってきた。
最初は明らかに人工的に削ったような壁だったが、三度目の分かれ道で右側を選んだあたりから、ごつごつとした天然の岩穴へと変わっていった。
空気はひんやりとしていて、少し湿っていた。ロープを手放したら、すぐに闇の中へ取り残されそうな空間だった。
「天井がごつごつしていて、頭をぶつけたら危ないから、上に気をつけようね」
ラムリーザは、ライトを持っていないほうの腕を頭の上に掲げて、天井に頭をぶつけないようにしながら進んでいった。
「金塊探しゲームも、リアルで見たらこんな感じなのだろうねー」
ソニアは、夏休み前ぐらいからプレイしている金塊集めを思い出しながらそうつぶやいた。もっとも、ソニアはパズル的な要素が苦手で、このゲームに関してはラムリーザがプレイしているほうが多い。
「あなたはそれをやっているのかしら?」
それを聞きつけたリリスは、その話に食いついた。なんだかんだでソニアとリリスはゲーム仲間でもあった。
「うん、でもあれ難しいから、ラムがプレイしているのを見てることが多いよ。リリスは何をやってんの?」
「私はバージョンアップした格闘ゲームの新作を極めてる。いつでも勝負してあげるわ、宙二蹴り投げられや、サイコ投げられを食らわせてあげるから、いつものキャラで対戦を挑んできなさいよ」
「ふんっ、あんなクソゲー知らない、前のバージョンだったら対戦する。それよりも今の時代はパズルゲームよ、金塊集めは頭の体操になっていい感じ。ステージのエディット機能もあるから、あたしの作った面をクリアできたらなんでもしてあげるから」
ただしソニアは、そのパズルゲームでよく詰まっている。その一方でエディット機能で自作のステージを作ってラムリーザにプレイさせている。しかし毎回、どう考えてもクリア不可能なステージばかり作ってきて、ラムリーザを困らせている。ラムリーザが困惑する姿を見てニヤニヤしている困った娘だ。
「それよりも、たまにはマインビルダーズのマルチプレイに入ってきなさいよ。ユコもあまり来ないから、ほとんど私のソロプレイになっているわ」
「だってリリスの作った嫌がらせ施設しかないもん」
リリスは、ソニアがたまにマインビルダーズのマルチプレイへログインしてくると、決まって自作の施設へと送り込む。
破壊できない岩盤でできた立体迷路に閉じ込められたこともあるし、足元に爆弾が地雷のように仕掛けられた部屋に閉じ込められて、爆死させられたこともある。また、「押すな」と書かれた立て札のそばにボタンがあり、それを押すと、はるか上空にテレポートされ、落下死させられてしまう。「あなたは都市の上空にテレポートして地面に落下した」などというメッセージも、ご丁寧に添えられていた。
世の中には人の嫌がることを進んでする、といった美徳もあるらしいが、どうやらこの二人もお互いに人の嫌がることを進んでやっているようだ。かなり物騒な方向へアレンジを施して……
頭上に注意しながら少しずつ進んでいった。みんなロープを頼りに進んでいるので、これまでの分かれ道も、どちらからやってきたかはすぐにわかる。リゲルが言うには、右へ進み続けたのだから、帰りは左へ進み続ければよいと。
道はなだらかな下り坂となっていて、どんどん地下深くへ潜っているようだ。右へ右へと進めという石板の言葉は、少なくともここまでは本当だったらしい。
そして五つ目の分かれ道を右へ進み、少し行ったところで通路は終わり、わりと大きな空間へたどり着いた。低く狭い通路を進んできた分だけ、その空間は不自然なほど広く感じられた。
ここまではただの洞穴探検だった。けれど、目の前に広がった空間は、その先に何かがあることを無言で示していた。