ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記
The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle
フォースデビルズヘッド探検隊、冒険開始!
帝国暦九十三年 炎心の月・森人の日(現代暦:八月上旬)
この日の朝、日が昇ってすぐ、ラムリーザは母の滞在している本館へ向かった。
この日は、昨日解読できた石板に書かれていた「南東にある小島」へ向かってみることにしたのだ。
そこで、自分たちだけで行くのは危険だろうと判断して、作業員を何名か探検隊に加えたい、という旨を伝えに行ったのだ。
ラムリーザの自主性を重んじる母のソフィアは、「万が一に備えて、レイジィをいつものような秘密裏の警護ではなく、直接同行させること」。これを条件に、あっさりと承諾してくれたのだった。
島民の中から、作業に余裕のある者を募集してみたところ、新しい刺激を求めてか多くの人が挙手したのであった。全員を連れていくとなると島の作業が滞るので、ここはメイドのナンシーに、くじ引きで十人ほど選んでもらうよう頼んだ。
ラムリーザはそこまで下準備を行うと、今度は自分の準備をするためにコテージへ戻っていった。
南東に離れた小島
今回の目的地となった、石板に書かれていた一節目である。
コテージの前にはすでに何人か出てきていて、これから始まる冒険に対して盛り上がっているようだ。
「それじゃあ探検に行く人と行かない人とを決めまーす!」
「なぜソニアが仕切っているのかしら?」
ラムリーザが戻ってきたとき、ソニアは何かの決め事を始めようとしていた。行くか行かんかなのか?
「行く人は、ラムリーザ、あたし、ソフィリータ、ほか数名、ジャン、ユコ。以上、リリスは連れていかん」
「なぜかしら?」
一人だけ省かれてむっとするリリス。しかしソニアは気にも留めないようで、よくわからない話を続けた。
「連れていかんから、噛め」
「勝手に決めないで」
「行きたい、行きたい。行き、たああぁぁぁぁぁぁいっ! ――って噛みながら叫んで」
「噛む族はあなたでしょ、ラムリーザにくっついてばかり。あなたが噛みなさい」
どうも話が見えない。しかし放っておくと口げんかに発展しそうなので、ラムリーザはすぐに割って入った。
「せっかくだから全員で行く。島民にも援護を頼んだからね、一大イベントになるぞー」
「リリスは魔女だから、パーティに加えたらお荷物になる」
「あなたは何もしなくても胸にお荷物を抱えているでしょう?」
しかしソニアとリリスは、それでもお互いにやり合っている。幼稚な二人は、何かあるたびにこうして口論を繰り返している。あまり意味のある内容ではない言葉で……。
「文句ばかり言うなら、二人には留守番を頼むことになるぞ」
そう言ったことで、ようやく二人の口論は収まった。
コテージ脇の駐車場に停めてあったバンに全員が乗り込み、ようやく冒険の旅が始まった。
今回も運転手を務めるリゲルは、「南東に離れた小島、あれか……」とつぶやきながら、最初に島一周したときと同じルートを通り、時計回りに島をぐるりと回り始めた。
「あの島、あまり近寄りたくないですの」
出発した時点で、すでにユコは嫌がっている。しかし声には出さないが、何人かはそう思っているだろう。
島民にフォースデビルズヘッドと呼ばれているその小島は、海岸から突き出た岩山で、四つの崩れたような人の顔が並んでいるようにも見える不気味なものだった。
自然に削られて出来上がったのか、何者かが意図的に作り上げたものなのかわからなかったが、こうして石板に場所を指定されると、ずっと昔に誰かが作ったものなのかもしれないと考えられた。
「まぁ、みんなで立ち向かえば怖くないですよ」
ロザリーンはそう言って、みんなを元気づける。
「そうだぜ、赤信号、皆で渡れば怖くないという標語もあるだろう?」
残念ながらレフトールの言う標語は、一度も聞いたことはなかった。
「うん、ミーシャ怖くないよ。リゲルおにーやんがいてくれたら怖いものなんてないもん」
「任せておけ」
運転席からリゲルの声が聞こえ、ミーシャは「リゲルおにーやん最高っ」と言うのだった。
「リリスも俺が付いているから安心して怖がれ」
ジャンがリリスにかけた言葉は、励ましか何なのかよくわからないものであった。
最初は東の海岸と呼んでいたが、正確な位置は東よりも少し南寄りだった。そこが南東の小島、と記されているゆえんだろう。
ラムリーザたちは出発に少し手間取った――主にソニアとリリスの口論が原因――ので、リゲルの運転するバンが東の海岸に到着したときには、すでに島民のグループが到着していて、簡易テントなどで作ったベースキャンプを設営しているところだった。
「あっ、ラムリーザくん。待っとったよ」
ラムリーザが車から降りてベースキャンプに向かうと、見知った顔が迎えてくれた。マトゥール島の副管理人のピーター・メナード、最初に島へやってきたときに海賊ごっこで出迎えてくれた人だ。
「メナードさんが支援隊をまとめてくれるのですね」
「副管理人はわりと暇でな。副が付いとるだけで、案外楽なもんや。せやきん、坊ちゃん方が島に来たときは、だいたいわしが面倒みよるんや」
海岸を見ると、すでに小型ボートが三隻ほど用意されていた。あのボートで不気味な島まで行くのだろう。
ベースキャンプの脇には、例の水が湧き出している場所があった。砂浜の中央あたりに盛り上がった場所があり、そこから絶え間なく水が湧き出しているのだ。その水は、以前の調査で海水らしいことがわかっていた。
「ちょうどボートは三隻あるけん、坊ちゃんたちは六人ずつ二隻に分かれて乗ろうや。残りの一隻は島民の支援隊に回す」
ラムリーザの乗り込んだボートには、ソニアがすぐに飛び乗り、続いてレフトールとマックスウェルが乗り込み、最後にソフィリータとユグドラシルが乗り込んできた。
そして、船頭と一緒に最後に乗り込んできた人物を見て、レフトールは「げっ!」と声をあげた。
「おい、やばいよこれ」
マックスウェルも、普段のぼんやりした顔つきはどこかへ消え去り、真剣な表情でレフトールの後ろに隠れようとする。
「それでは出発するぞー」
そう言って船頭は船尾に立ってボートを操り始めたが、レフトールとマックスウェルの二人だけは、船頭の隣でこちらをじっと見つめている人物に怯えていた。
「どうしたんだい、番長」
いつもと違う様子に、ユグドラシルはレフトールに尋ねた。どうやら番長は定着したようだ。
「あいつが来るなんて聞いてない。いや、ラムさんの兄さんも俺にとってはやばかったが、あいつはそれ以上に――」
レフトールは小声で言いながら、どう動けば良いのかわからないといった感じだ。マックスウェルなどは、あからさまにその男との間にレフトールを置いて隠れようとしている。
その様子を見て「ふんっ」と鼻を鳴らしたのはソフィリータだ。
「リザ兄様に手を上げるから、レイジィにやられるのです」
「ざまーみろ番長」
ソニアもレフトールをからかってくる。
ラムリーザの乗ったボートに同乗してきたのは、船頭となる島民の一人と、ラムリーザの私的用心棒、レイジィであった。
ユグドラシルは初対面なので島民の一人かと思っていたが、レフトールとマックスウェルの二人は、去年のラムリーザ襲撃事件の際に、彼に手痛い反撃を食らっていたのでよく覚えていたのだ。
ラムリーザはともかく、顔馴染みのソニアとソフィリータは何とも思っていない様子で、レフトールたちとは反応が非常に対照的だ。
「一応用心棒として直接連れていくようにって母に言われたんだ。だから今日は表立って同行するよ」
「俺はラムさんの用心棒のつもりでこっちのボートに乗り込んだのだが、本物の用心棒を連れていくなんて俺の立場は……でもまぁ普通プロに任せるよなぁ……」
レフトールは、いつもと違い珍しく怯えとがっかりを混ぜ合わせたような表情をしている。
「プロの用心棒は、あくまで危険を取り除くことが第一。プライベートには絶対に関わってこないんだ。たとえ主人が気づかないような敵でも事前に察知し、人知れず排除するんだ。その行動に、主人は気づかないこともあるんだ」
「それって、まさか……」
ラムリーザの台詞に、レフトールはあからさまな焦りを見せる。
「ひょっとしたら僕の知らないところで、狙ってきた敵を始末していたってこともあったかもしれないんだよ」
レフトールは、冗談じゃないといった顔をした。レイジィに聞こえないように、小声でラムリーザを非難してくる。
「俺にそんな奴ぶつけてきたのかよ」
「いやぁ、あのときは君たちのことをよく知らなかったから用心していたんだよね。それに君のおかげで護衛をつけ忘れていたことにも気づかされた。最初に僕を狙ってきたのが君ぐらいの人だったことに感謝しているよ」
それもそうであろう。フォレスター家の失態の一つとして、地方へ赴いたラムリーザに護衛を付け忘れたことがあった。
最初に狙ってきたのが、せいぜい学校内のツッパリ程度のレフトールだったことが幸いした。本気で襲撃者を送り込まれていたらと思うと、ぞっとしないではいられない。
「ふんっ、ラムに歯向かう者は、レイジィに地獄へ落とされたらいいんだ」
「そうそう」
ソニアとソフィリータは、レフトールに対してニヤニヤした顔を向けている。
結局島に到着するまで、レフトールとマックスウェルの二人は緊張しっぱなしであった。
南東に離れた小島、フォースデビルズヘッドと呼ばれる島にたどり着いた。
岩山はすぐ下から見上げると、ただのごつごつとした岩肌にしか見えず、崩れた顔のようには見えない。
小島に砂浜はなく、海に面している場所は岩だけだ。波打ち際から岩山まではだいたい十メートルほどのなだらかな坂となっており、所々に丸っこい岩が突き出ているだけだ。
岩と海しかないその小島には、最初から誰かを迎え入れる気などないように見えた。
ラムリーザたちはボートから降りて小島に立った。足場はそれほど悪くはなく、胸元が大きすぎて足元が見えないソニアもそれほど苦労はしていない。
ミーシャなどは、ビデオカメラ片手にあっちへ行ったりこっちへ行ったり。しかし小島の広さはそれほど大きくなく、岩山をぐるりと回れば歩いて十分ほどで一周できてしまった。
「それで、ここで何をするのかな?」
「鹿が烏帽子を被るとき」
ユグドラシルの問いにリゲルはそう答え、周囲を見渡した。しかし島に動物の姿は見えない。目に入る範囲で動いているものといえば、フナムシぐらいだ。そもそもこんな海に囲まれた岩山に鹿がいるとは思えない。
「とりあえず散開して鹿を探すことにしよう。それと、烏帽子を探すグループも作る。さっきボートに乗ってきたメンバーで二手に分かれるのでいいかな。それじゃあリゲルグループは鹿を探してね」
ラムリーザはてきぱきと指示を出し、半分のメンバーを率いて小島を時計回りに進み始めた。
しかし何の収穫もないまま、数分後小島の反対側でリゲルのグループとぶつかったのだ。
「何かあった?」
「いや、ただの島だった」
ラムリーザはリゲルに聞いてみたが、これといった収穫はないようだ。
そもそも鹿がいるわけがない。烏帽子があったとしても、風でどこかに飛んでいってしまうのがオチだ。
「おそらく昔はこの小島も緑豊かで動物とかいたのだろう。それが長い年月をかけて浸食されていき、今ではただの岩になってしまったのかもしれんな」
リゲルは海のほうを眺めながらそうつぶやいた。
「それじゃあこの文は飛ばして、次の文節を調べる?」
「次、小さな穴へと入れよ」
ラムリーザに促されて、リゲルは手帳を取り出して確認した。
「小さな穴、あったっけ?」
再び二手に分かれ、島をぐるりと一周する。しかし何も収穫を得られないまま、再び二つのグループは合流することとなった。
「やっぱり過去の話か、特に意味のないことだったのか、そもそも南東の小島自体間違えているとか」
しかし東の海岸に面した方向で、小島がある場所と言えばここだけだった。
休憩する者と、周囲を撮影して回る者に分かれた。主にミーシャとソフィリータの二人とそれ以外。
ミーシャは周囲の岩を撮影して回っている。ソフィリータはそれに付き添っている。
そのとき、一つの岩の前でミーシャは立ち止まった。その岩は岩山から突き出たような形になっていて、先端には小さな枯れ木が二本立っている。
「おおっ、これは何だか趣のある岩なのだ」
ミーシャはその突き出た岩を色々な方向から撮影して回っている。
「なんだか馬のような形をした岩ですね」
ソフィリータの言うとおり、その岩はちょうど馬の首から上にも見えなくはなかった。岩山から馬が首を突き出しているように見える。
「でもこの枯れ木二本が角に見えるよ、ユニコーンかなぁ?」
「ユニコーンは一角獣です。でもこれは二本だから、え~と、鹿ですか?」
「いーや、やっぱりミーシャにはこれは馬に見えるの」
「馬に角はありません、鹿です」
「馬!」
「鹿!」
なんだか二人が騒いでいるので、ラムリーザとリゲルは様子を見にやってきた。
「何を騒いでいるのだ?」
「ミーシャこれが馬に見えるのに、ソフィーが鹿って言うの」
「この枯れ木が鹿の角に見えませんか? これは鹿です」
「鹿だな」
ラムリーザはソフィリータの案に賛成した。リゲルはミーシャの味方をしようと思ったが、岩をよく見てから「これは鹿だな」と答えた。
「馬!」
ミーシャはまだ諦めていない。
「鹿を指して馬と呼んではダメだ。――ん? 鹿?」
リゲルは、岩山から突き出た鹿の首を見て何かが引っかかったようだ。
「呪文にあった鹿ってひょっとしてこれのことかな?」
ラムリーザは、リゲルの雰囲気から察したようだ。
「おそらくそうだろう。ということは、烏帽子をかたどった岩があるかもしれない」
そうして今度は、岩の形に注目しながら小島を一周したが、残念ながら烏帽子の形をした岩はなかった。
「う~む、思い違いだったか?」
リゲルは腕組みをして考え込む。
「鹿は見つかったのにね」
「二つの岩に挟まれた場所とかに、小さな穴が隠されていると思ったのだが、そう簡単には答えにたどり着けないようだな」
ラムリーザは、そこで鹿の岩をじっくりと観察してみることにした。
その岩は見れば見るほど鹿にしか見えなくなり、二本の枯れ木も自然に生えたものというより、人工的にそこに埋め込まれたようにも見えた。そもそも岩肌に木が生えるわけがない。そして鹿の頭の部分、角の間には丸い溝があり、まるでそこに何かをはめ込めるかのように見えた。
「鹿が烏帽子を被る、だっけ? この岩の頭の部分、何かをはめ込めるみたいだよ」
ラムリーザは自分が発見したことをリゲルに報告した。
「はめ込む烏帽子か、それなら転がっている岩に注目すべきだったな」
しかしちょうどそのとき、またソニアとリリスが騒いでいるような声が聞こえた。
何やらリリスは、両手で抱えるぐらいの、だいたい二十センチほどの岩をソニアに押し付けている。
「これなんだか帽子みたいだから、あなた被りなさい」
「石の帽子なんてやだ。不思議な帽子だったら被る」
「それじゃあこの岩をパンツの中に入れなさい」
「絶対やだ!」
リリスは重たいものをパンツに入れると、ソニアにダメージを与えられるということに気が付いてからそればかりだ。相変わらずソニアはミニスカートで悪戯されやすそうな格好だが、リリスは探検に行くと聞いていたのでショートパンツにサイハイソックスを合わせたスタイルだ。
「また変なことをしようとする。これは没収」
ラムリーザはリリスから帽子のような小岩を取り上げた。しかし小岩ならいくらでも転がっているから、すぐに別のものを拾って――そこで気づいた。この周囲には転がっている小岩はこれ一つだった。
それだけではない、突き出た岩はいくつかあったが、それなりの大きさをした小岩はこれだけだったのだ。
ラムリーザが手に持っている小岩は帽子のようであった。ユライカナンの知識があればそれが烏帽子の形をしているとわかったのだが、ラムリーザは烏帽子を見たことがなかった。
しかし帽子は帽子だ、一応リゲルに報告してから、ラムリーザはその岩でできた帽子を、同じく岩でできた鹿の頭に乗せてみた。
偶然なのか、そういう作りだったのか、鹿の頭にあった小さな溝に、その岩の帽子はすっぽりとはまったのであった。
「烏帽子を見たことはないが、これで鹿が烏帽子を被ったということになるのかな?」
ラムリーザは振り返ってそう言った。
「つまりこれで二文節目まで謎解きができたわけだ。しかしこれが何だというのだ? 何かの儀式か? そもそも鹿に帽子を被せる必要が――」
リゲルがいろいろと語っている途中で、それは起きた。
烏帽子を被った鹿の岩が、十センチほど沈み込んだのだ。その直後、ゴリゴリと岩を擦るような音が周囲に響き渡ったかと思うと、鹿の形をした岩の右隣に位置する岩肌に、大きな穴と小さな穴がぽっかりと開いたのだった。
偶然はまっただけだと思った次の瞬間に岩が沈んだので、ラムリーザは自分の手が本当に何かを起動させたのだと遅れて気づいた。
開いた穴は二つあった。一つは人が少しかがめば入れるほどの小穴で、もう一つは立って歩いても天井まで余裕のある大穴だった。それは小島の中央にある岩山の奥へ通じているようだった。
「――小さな穴へと入れよ、か」
リゲルはそうつぶやき、真っ黒な横穴を見つめていた。
ここまでは謎解きだった。だが、穴が開いたここから先は、もう本当の冒険だ。
百年前の海賊たちが遺したのかもしれない、光の届かない暗闇の迷宮。その未知の領域へ向けて、静かに最初の一歩を踏み出すのだった。