ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


思い出がいっぱい

帝国暦九十三年 炎心の月・王の日(現代暦:八月上旬)

 この日は朝から雨がしとしとと降り続けていた。どうもこの島は、本土に比べて雨が降ることが多いようだ。

 午前中に降り続いていた雨は、午後に入ってから土砂降りになった。

 ラムリーザとソニアの二人は、今日は広間に出ずに個室でのんびりしていた。

 ゲーム機がないのでソニアはラムリーザにくっついている。やることがなくなって暇になると、ソニアはいつもラムリーザにくっついてくる。そしてしばらくの間二人は窓のそばで寄り添って、砂浜を叩く雨と、少し荒ぶっている海を眺めていた。

「ねぇ、ラムは昨日ラム兄と何を話していたの?」

 ソニアは、ラムリーザに頭を撫でられながら尋ねてくる。

「ん? フォレストピアについてだよ」

「ふ~ん」

 ソニアがそれ以上追及してくることはなかった。リリスやユコと違って、ラムリアースならソニアの警戒心はまったく動かない。これが昨日、リリスあたりとラムリーザが二人きりになるからソニアはお留守番、などという話になっていたら大騒ぎになっていただろう。

「ウッドデッキには屋根があるから、外のデッキチェアでゆっくりしようか」

 風はそれほど吹いていないので、屋根があるところまでは雨は飛んできていない。まずラムリーザがデッキチェアに横たわり、ソニアがその上に乗り込んでくる形になった。

「ううっ、んっ」

 もぞもぞと動きながら、ソニアは一番落ち着けるポイントを探していた。

 この雨が続けば、父と兄が本土に帰る日程は延期されるかもしれない。だが、それはそれで悪くなかった。めったに会えない二人と、少しでも長くいられるのは嬉しかった。
              
マトゥール島のウッドデッキで、土砂降りの海を眺めながら、ラムリーザとソニアがデッキチェアで寄り添い、これまでの思い出を語り合っている場面
 だだだんと、まるでスネアドラムを叩き続けるような音が、ウッドデッキの屋根に響いている。そして屋根からは滝のように雨水が滴り落ちていた。

 しばらくして、ラムリーザたちのコテージを担当する給仕が昼食を持ってくる。この日は雨で、釣った魚や集めた貝などがないため、普通の食事となった。

 ソニアはひき肉をこねて焼いたものをパンに挟んだ食べ物、いわゆるハンバーガーの類を食べながらぼやいた。

「あたしこのキャンプで、変なのいっぱい食べさせられた」

 ラムリアースはソニアをおもちゃのように扱っている。サメの生肉に卵、ヒザラガイにカメノテ、あげくの果てにはリン鉱石や原油まで食べさせようとした。

「でもうまかっただろ?」

 最後の二つは別として、それ以外はラムリーザも食べてみたが、それなりにうまかったのだ。普段食べたことのない新しい味に感動したと言ったほうが正しいか。しかしソニアが気に入らないのは、毎回毒見役みたいな役目を押し付けられることだ。

「う~ん……」

 だから、ラムリーザの言葉にも即答はしない。

 今でこそ陸での活動が主となっているが、海賊退治の話が本当かどうかは置いておいて、フォレスター家の祖先は海の人だった。その当時に書かれた、海にすむ生き物のうち食べられるものなどをまとめた書類があるとラムリーザは兄から聞いたこともあった。つまりラムリアースは、その書類に基づいて食べさせてくるのだから、問題はない……のかな?

 食事が終わると再びデッキチェアに横になる。それはウッドデッキに三つほど並んでいるのだが、ソニアは別のデッキチェアを使わずにラムリーザにくっついてくる。それはまあ、よい。

「いろいろあったなぁ」

 ラムリーザは大きく伸びをしてつぶやいた。去年の春に帝都を離れてほぼ一年半、長いようであっという間だった気がする。

「いっぱいゲームやったなぁ」

 それにソニアが呼応する。それはラムリーザにとって、ゲームでの負け役を演じる一年半でもあった。

「何をやってきたっけ――ああ、ギャルゲーか」

 去年の春以前は一緒の部屋で過ごしていなかったので知らないが、同棲みたいなものを始めてから、ラムリーザもいろいろなゲームを見てきたものだ。帝都を離れてからのラムリーザの記憶では、ソニアが最初に始めたのはギャルゲーの類だった。

 リリスやユコの美少女さに不安を覚えたソニアは、ラムリーザの気を引くためにギャルゲーのご褒美イベントを再現したのだった。ラムリーザにとっては、ゲームと違って何の脈絡もなしにイベントが発生するから、謎としか思えなかったのだ。

 しかし、それがきっかけになり、結果として恋人としての距離がさらに縮まったのも事実だ。今でも時々、二人は手のひらに円を描く。

「次に始めたのが――ああ、ネットゲームか。あれは酷かったな」

 たった一週間ほどであったが、ソニア、リリス、ユコのネットゲームへののめり込みは異常であった。これはまずいと考えたラムリーザの手でネットゲームはほぼ禁止となり、代わりにバンドのラムリーズを立ち上げたようなものだ。

「あたし一生懸命やってただけだもん」

「一生懸命すぎて他がいろいろと残念な状況になっていたのがまずいんだよ」

 それでもそのネットゲーム騒動があったからジャンと再会し、ジャンの店でライブ活動をするようになったのだから、何が悪くて何が良いのかわからない。そのときは最悪な状況でも、それがきっかけで好転することもあり得るという、いい例だろう。

 ジャンの店での最初の一年は、週末に二時間ぐらい演奏するだけだった。それでも、ラムリーズとしての活動が本格化したようなもので、ジャンにはいろいろと感謝している。

 どこへも行けない雨の日だからこそ、自然と話題はこれまでのことへ向かっていく。そういう日も悪くないと、ラムリーザは思っていた。

「それからなんだっけ、マインビルダーズ?」

「あれはリリスはまだやってるんだって。あたしも時々ログインして遊ぶけど、前衛的な都市が出来上がっていたよ、ダルコとか再現していたし」

 ダルコが何なのかわからないが、ラムリーザの記憶ではゾンビに襲われて全滅したものだった。

 そして夏が来て、最初に行ったのは自動車の運転免許を取るための合宿。ソニアがたとえ家から離れても寝るときは一緒じゃないと嫌ということが発覚したぐらいで、特に問題もなく終了。そして帰省。

「帰省したとき、なんだかめんどくさいことになったよなぁ」

「あのときの約束、ラムは覚えてる?」

「覚えてるよ。『別れよう』という言葉は二人の間では禁句な」

「うんっ、あたし絶対にラムと別れないから」

 ソニアはそういうと、思いっきりラムリーザの首にしがみついてくるのだった。

「それが終わると、クリスタルレイクのキャンプかぁ」

「リゲルの別荘にしては、静かでいい場所だったね。湖も綺麗だったし、また行きたいな」

 そこの山小屋で、リゲルやリリスたちと怪談をしたり将来を語り合った。そこでフォレストピアに大学を作ってみんなで進学しようという話になったっけ。

 そして夏休みが終わり、学校が始まった。

「休み明け、何があったっけ?」

 ラムリーザはソニアに尋ねてみた。ソニアは少しの間降りしきる雨を眺めて思い出していたようだが、すぐにラムリーザに鋭い視線を向けた。

「ラムが浮気した! チロジャルと」

「あれはニセ写真騒動だろ? 嫌がらせだと思うけど、いったい誰がやったのだろうね」

「あたしとラムを仲違いさせようとした人がいるんだ!」

「僕とソニアが別れて得をする人がいる?」

「リリスが寝取って喜ぶ!」

 それはありうるが、ラムリーザはリリスがあんな手の込んだ嫌がらせをするとは思えなかった。これまでの経験上、リリスはソニアには攻撃を仕掛けるが、ラムリーザへ直接迷惑をかけるようなことはしなかった。ただし、ソニアを通じて迷惑をこうむることは何度もあったのは否定できない。しかし全然関係ないチロジャルを巻き込んだことが、リリスではありえないと考えられた。

 それが終われば今度は続けざまにレフトールの乱。ニセの手紙を使ってソニアを誘い出して襲おうとしていたし、ラムリーザとの決闘にまで発展した。

 そのときまでまったく面識はなかったのに、突然絡んできたのも不思議だ。誰かが後ろで糸を引いていたのかもしれないな、とラムリーザは思い出しながら考えるのだった。

「でもラムが決闘で勝ったから、あの番長はラムに尻尾振ってきたね」

「彼は良い意味でも悪い意味でも権威に弱い。僕が上に立っている限りついてくるだろうね」

「じゃあラムが失脚したら?」

「怖いこと言う娘だな、その場合はレフトールが離れるとか突然牙をむく以前に、僕が亡命するハメになるから」

「あたし、ラムが亡命するってなってもついていくから!」

「ま、そんな悲劇的な未来のことは、あまり考えないようにしよう。ソニアもバッドエンドよりハッピーエンドがいいだろ?」

「バッドエンドって、あたしがラムを橋から突き落とすの?」

「なんだそりゃ……」

 それが終われば今度は体育祭に文化祭。軽音楽部定番の体育館ライブではなく、部室を使ってカラオケ喫茶をやることになったが、珍しさもあってその年の文化祭では一番の目玉イベントになっていた。

「あのときの無茶振りで、演奏できる曲のレパートリーが無茶苦茶増えたし、長時間演奏に対する耐性もついたんだよね」

「ジャンもわざわざ帝都から来てたし。あっ、そういえばあたしは見たよ? 後夜祭のダンスパーティで、ジャンはリリスと踊ってた」

「そうだっけ、僕はソニアしか見ていなかったから気づかなかったな」

「演奏ステージから見えてた」

 文化祭の後夜祭イベントは、毎年大きなかがり火を囲んで音楽を流してのダンスだった。しかし去年は突然音源が壊れて音楽を流せなくなったので、急遽ラムリーザたちが生演奏してそれに乗って踊るという流れになったのだ。生徒会の役員が軽音楽部所属だったから、突発的に対応できたようなものだった。

「それが終わると、テーブルトークゲームに手を出したんだったな、蛮族のソニアちゃん」

 ラムリーザがからかうと、ソニアは「うるさいっ」と言うのだった。そして「ラムは脳筋ソーサラー」と追加した。

 当初はゲームマスターをユコとリゲルが持ち回りで担当し、ユコの王道ファンタジー、リゲルのホラーサスペンスと個性が大いに発揮されたシナリオを楽しんだものだった。

「去年のソニアの誕生日は酷かったなぁ」

「覚えてないっ」

 そう言いながら、ソニアは恥ずかしそうな顔をしている。一時間弱にも及んだ狂喜乱舞の不思議な踊りは、今でも語り草だ。それはわりと嘘だが。

 そして新しい年がやってくる。

「おみくじでは全員が災厄だったんだよなぁ」

「あたし寝取られるとかそんな結果だった!」

「なんだっけ? 内容はあまり覚えてないけど、見知らぬ土地へ投げ出されるとかそんなのなかったかな?」

「それユコのだ、そんな内容だったよ」

「う~ん、微妙に当たっているのが謎だね」

 確かにユコは、今年に入ってから今まで住んでいた場所から引っ越してフォレストピアに移り住んでいる。見知らぬ土地へ投げ出されるというのは当たっているような、なんというか不思議なものだった。

 それから生徒会の引き継ぎがあり、選挙で勝利したユグドラシルの政権が始まった。

 ソニアはリリスとの勝負で、オークションを使ってゲーム機を転売して稼ぎ、リゲルの意地悪でハメられたこともあった。続いてゲーム実況にも付き合わされ、ラムリーザも恥ずかしい思いをしたものだ。

「ソニアとリリスの引き起こす騒動に、僕は巻き込まれてばかりだったなぁ」

「リリスが悪い!」

 悪いと断定はできないが、たいていはリリスが言いだしっぺだ。それにソニアが乗ってきて、騒動が大きくなる。こんなパターンが多かった。

 一年が終わり、進級して二年生となる。妹のソフィリータが帝都から引っ越してきて後輩となり、去年から少しばかり縁のあった妹の友人ミーシャもやってきた。

「そのとき、ユコに転校するする詐欺食らってココちゃん取られた!」

「嘘になったから返してもらっただろ」

 そうだ、ソニアとユコのココちゃんに対する確執はここから始まったのだった。ココちゃんぷにぷにカレーの激辛完食でぬいぐる――いや、クッションがプレゼントされるというのを見つけて以来、二人は何度も激辛カレーを食べていた。おかげで現在、ラムリーザの部屋には大量のココちゃんが転がっている。

 二年目から、舞台はポッターズ・ブラフからフォレストピアへ移っていた。

 ユライカナンからの食事文化を体験し、リョーメン、スシ、ギュードン、せそ汁といろいろ食べたものだ。

「ソニアはユライカナンの食事、どれが一番好きだった?」

「う~ん、ギュードンかな。お肉大好き。でもリリスが赤い粉で無茶苦茶にした、許せない!」

「あーわかったわかった」

 ソニアは何かを語るたびに、リリスへの怨嗟の声を上げる。

「で、ラムは何が好き?」

 そして唐突に素に戻る。

「ん~、スシかな。冷たくて食べやすいし」

 今さらこのソニアの変わりように戸惑わず、普通に対応できるラムリーザであった。

「でもあれも、リリスが変なものをすり込んで台無しにした!」

 結局、ソニアがリリスにいたずらされた話になってしまった。

 そしてユライカナンへの旅行、レコードデビューにコンサート。帝国内では目立っていないのに、先にユライカナンでデビューしてしまったラムリーズも不思議なグループだ。

「修学旅行でユライカナンの名所めぐりをしたときに飲んだ、頭が良くなる水の効果はあったのかな」

 正式には、聖水寺にある滝、ブリーク・フォールから流れる学業成就の水である。

「あたし赤点取らなくなった!」

「うん、ご利益はあったようだね」

 勉強会のおかげか、ご利益のおかげかは、わからない。

 ユライカナンで出したレコードは、ジャンの話ではヒットチャートで十七位まで上がったという。ジャンは二枚目も出すつもりらしいが、今の時点ではどうなることかわからない。

 一つずつ思い出していくと、たった一年半のこととは思えない。騒ぎだけなら、もう何年分もやったような気さえした。

「ほんと、いろいろあったよなぁ」

「今は~?」

「今は南の島マトゥール島で、雨の中ソニアと二人で語り合っているさ」

「雨、止まないねぇ」

 一瞬空が光り輝き、数秒後にズドーンと深い音が響き渡った。

「こうして二人でのんびりしているのも、いいものだよ」

「ふにゅ~」

 天気は悪いが、対照的に二人の仲は良いのである。雨降って地固まると言うが、二人の絆は雨が降らずとも固いものなのだ。

 面倒なことも、騒ぎも、振り返れば二人の思い出になっている。そう思えるくらいには、ここまでの時間は悪くなかった。

 いつまでも二人で平和に過ごせますように。

 ラムリーザは、どんよりと荒れた空へ願うのだった。

 降り続く雨の音は、二人の固い絆を確かめるように、どこまでも深く、マトゥール島の夜を包み込んでいく。