ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


兄の助言 フォレストピアの先を見て

帝国暦九十三年 炎心の月・竜神の日(現代暦:七月下旬)

 この日の夕方、ラムリーザは兄のラムリアースに呼ばれてコテージを出て、散歩に出かけた。

 コテージから出ようとしたときにソニアがついて来ようとしたが、兄が「今日はラムリーザと二人で話があるから」と言って、コテージに押し戻してしまった。

 そのまま、砂浜から少し西に離れた、海へ突き出している岩石海岸へ向かっていった。

 少し高くなった場所から見下ろす波打ち際では、何度も岩肌に波がぶつかり、水しぶきを上げている。西の空には低い位置に太陽が輝き、海を金色に染め上げていた。

 二人は夕日と波がよく見える場所に並んで腰を下ろした。コテージの賑わいはもう届かず、聞こえるのは波の音ばかりだった。こういう話をするには、ちょうどいい場所だったのかもしれない。
              
夕暮れの岩石海岸で、ラムリーザとラムリアースが並んで座り、フォレストピアの将来について語り合っている場面
 西の地平線に近づいた太陽が、燃えるような朱色から刻一刻と色を変えていく。激しく岩肌を打つ波しぶきさえも、その光を浴びて黄金の粒のように弾けていた。

 かつて帝都の広い屋敷で、毎日泥だらけになって競い合っていた幼い頃の記憶が、目の前の大きな兄の背中と重なる。
 
「ほんの数年前までは毎日よく一緒に遊んだものだが、今はあまり会えなくなったよな」

 ラムリアースは遠い水平線を見つめたまま、静かに口を開いた。

「僕自身が帝都を離れちゃったしね。兄さんも城勤めで城からほとんど帰ってこないし」

「これが大人になるってもんよ。でも城は良いぞ、与えられた居住区は、屋敷とは比べ物にならんぐらい住み心地がいいぞ」

「僕は別にいいかな、城暮らしは礼儀作法とか重要だし、そんなところにソニアを連れていくのは不安しかないや」

「大丈夫、お前が城で暮らすような立場の人間になれば、それにふさわしい相手を紹介されるから安心して生活できるぞ。そうだな、宮廷音楽家の娘とかどうだ?」

「いらないよ」

 二人の会話は、他愛ない身の上話から始まった。

 ラムリーザの持論であり望みは、お城での優雅な生活よりも、ソニアとのささやかな幸せであった。

「俺と父上はあと数日で休みは終わり、先に本土へ帰り城へ戻る。あーあー、学生に戻りたいな、今のお前は自由だ」

「そういえば父さんとあまり話せなかったなぁ……」

「まぁ父上は母上とほぼ二人きりだったからな、俺たちぐらい成長したらいちいち干渉してくることはないさ。おかげで酒も飲めたし、ソニアと落ち着かないことだってできるだろ?」

「いやまあ、それはいいけど、ね」

 ラムリーザの父は普段は城勤めで帰ってこないし、母もほとんどラムリーザの生活に干渉してこない。小さい頃はそうでもなかったが、今では食事のときぐらいしか顔を合わせないことも多いものだ。おかげでソニアとの同棲生活が維持できているともいえるのである。

「フォレストピアはどうだ? 聞いた話ではユライカナンの食文化とか、面白そうなことをやっているそうじゃないか」

「面白そうなことね――」

 ラムリーザはこれまでのことを思い返してみたが、ソニアとリリスが問題を起こすことばかりが脳裏に浮かんで仕方がなかった。スレトノツメとかサビとか……。

「うん、おいしい食事をいろいろと紹介してくれたよ。フォレストピアに店舗を出したから、兄さんも機会があれば来てみたらいいよ」

「おう、視察という名目で行くか。待てよ、お忍びの旅も面白そうだな」

「ご隠居様、困っている住民を助けてあげてね」

「それではラムリーザさん、参りましょうか」

「なんだそりゃ」

 ラムリーザは転がっていた石を海へ投げ込んだ。石は突き出ていた岩に当たり、二つに割れて海へと飛び込んでいった。

 それを見たラムリアースは、同じように落ちていた石を投げる。今度はラムリーザのぶつけた岩を通り越して、その向こう側へ飛んでいった。

「俺の勝ちだな」

「勝負していたんだ」

 ラムリーザは今度は手のひらで包み込めるほどの大きさの石を拾い、石をつかんだ握りこぶしをラムリアースの目の前に突き出す。力を込めるとビシッと音がして、石は二つに割れてしまった。

「おっ、やるなぁ」

 ラムリアースは二つに割れて転がった石を受け取ると、片手でお手玉のように交互に投げてみせた。だがラムリーザは、その程度では驚かない。器用だなと思うぐらいだ。

 そのとき、ラムリアースはいきなり、割れた石の片方を空高く投げたのだ。ラムリーザの視線が空を飛ぶ石へと向かったとき、今度は残ったほうの石を同じように空へ投げた。

 その次の瞬間、空中で二つの石が衝突し、四つの破片となって海の中へと飛び込んでいった。

「おっ、やるなぁ」

 ラムリーザは、兄と同じ台詞しか返せなかった。

「さあ次はどうする?」

 なんだか知らない間に、二人だけの隠し芸大会のようなものが始まってしまった。

 何かないかと周囲を探すラムリーザに、ラムリアースは突然真面目なことを語りかける。

「フォレストピアに、もっと人材を集めておけよ」

「ん? リゲルやジャン、ロザリーンは優秀だよ」

「開発に有能な人材はいても、防衛は?」

「防衛?」

「しっかりしろよ、外敵から領地を守るためのものだ。帝都にも騎士団はある、領主ならフォレストピアにもそういった組織を作らなければならない」

「リゲルに言われて憲兵は組織し始めたけど、騎士団までは手が回っていなかったなぁ。でもユライカナンとは友好的に国交しているし、外敵はいないんじゃないかな?」

「西側はな。しかし北側は空いている。そこを通って他の国が侵略してくる可能性もあるぞ」

「う~ん、アンテロック山脈の北側に防衛用の砦と軍事施設を作って、監視していればいいかな」

「いろいろ考えろ。侵略のための軍備は帝国で考えるが、領地の防衛のための軍備はそれぞれの領主が考えることだ」

「中立です、と宣言するのは?」

「相手に『ほーん』と言われて攻め込まれるのがオチだ。自衛手段を持つのが大前提、そのうえでこっちからは戦わないよ、攻めてきたら叩き潰すよ、と示す。そのくらいは準備しておけ。もっとも皇帝陛下が戦うぞと言えば、お前も戦う義務が生じるけどな」

「戦えるよ」

 ラムリーザは、今度は直径三センチほどの石を拾ってきた。それを親指と人差し指で摘んでラムリアースの前へと突き出した。そして力を込めると、指で挟まれた石は、ぼろりと崩れた。

「おおう、柔らかい石だろ? こいつでやってみろ」

 ラムリアースは、先ほどと同じぐらいの石を拾ってきてラムリーザに手渡した。それでもラムリーザは、今度は親指と中指で摘み、同じように砕いてしまうのであった。

「うむ、総司令官となる領主の武力は問題なし、後は前線指揮官だ。そうだな、帝国騎士の家に生まれたが、次男坊とか三男坊とか、行き場がなかなか見つかっていない者を見繕ってフォレストピアに赴任させてやる。あとは要となる指揮官だ。これは近いうちに帝国会議の場で話に出して決めてもらうさ。そうだ、ラキアの弟を派遣してやろうか、将来有望だと思うぞ」

 領地の騎士団まで身内で固めてしまおうとするラムリアースであった。それと同時に、ラムリーザが石を指で砕く芸を見せたので、今度はラムリアースが何かを見せる番になっていた。

「ラキアさんの弟?」

「うん、兄のほうは帝国騎士団長の後釜になるだろう。その弟は、フォレストピアの騎士団長を任せればいい。確かお前と年は近かったぞ」

「ラキアさんにも兄弟がいたんだね」

「そういうこと」

 ラムリアースは、石ころを拾っては捨てることを繰り返しながら答える。会話をしながら次の芸を考えているようだ。

「今のフォレストピアの規模は、まだ住民三百人にも満たない、小さな村といったところだね。まずは千人を超える町を目指さなくちゃね」

「資金なら心配するな。そこでだ、隣のポッターズ・ブラフ地方を参考にして、町の区域を機能ごとに区分するのだ。商業区、工業区、住宅区、娯楽区、農業区って具合にな。混在していると管理しづらくなるぞ」

「今のところ、住宅区と商業区が広がっているかな。娯楽区というほどではなく、娯楽施設はジャンの店と中央公園、それに小さいものではカラオケやゲームセンターぐらいだな。農業区はこの冬の大寒波で被害が出たから立て直し中。工業区はほとんどないなぁ」

「ま、三百人にも満たない村となるとそんなものだろう。全体の広さはどのぐらいだったっけな?」

「えっと、アンテロック山脈の西側から、国境のミルキーウェイ川までの一帯になっているね。汽車の線路が通っている場所を基準に考えているので、北や南への広がりは考慮していないけど」

「結構広いな。そのミルキーウェイ川の河口付近に港町を作るのもありだぞ。海路を使って、物資のやり取りができる。帝国最南端の港町アントニオ・ベイは、フォレスター家に縁の深い町だからな。これで南と西が我らのものになる」

 ラムリアースは、手のひらで包み込めるサイズの石を拾うと、海岸とは反対側の林に生えた、ラムリーザたちの座っている場所から三メートルほど離れた木の枝を目がけて投げつけた。飛んでいった石は、木の右側に突き出ている直径十センチほどの枝の根元にめり込んだ。

「ナイスヒット」

 ラムリーザは、命中したことに対して称賛を述べた。

「後は家の繋がりか――いやそれは要らんか」

 ラムリアースは、先ほどと同じサイズの石をお手玉のように弄びながら言った。

「縁組のために、というのは嫌だよ。ソフィリータがユグドラシル先輩と付き合っているぐらいで十分だと思う。僕がロザリーンを取る必要もないと思うし……」

「他の家との縁組が必要ないぐらい、当家の影響力は強大だ。他から頼まれるぐらいだが、まぁソニアを大事にしろよ」

 そう言って、ラムリアースは再び石を投げた。

「当たり前、僕はソニアを幸せにしてやるのが人生の目標の一つでもあ……」

 そこでラムリーザは言葉に詰まった。ラムリアースの投げた石が、先ほど木の枝にぶつけた石と同じ場所に当たって、二つの石が同じ場所にめり込んだことに驚いたからだ。

「ソニアは幸せ者だな。幸福のバランスを取るために、もうちっとばかしいじってやるか」

「それはやらなくていいから」

 ラムリアースは三つ目の石を選ぶかのように、再び落ちている石を拾っては捨てることを繰り返している。ラムリーザは、木の枝に埋まった石を見つめたままだ。表面には一つの石しか見えないが、奥にもう一つ埋まっているはずなのだ。

「縁組の依頼は何度か来るだろうなぁ。俺が予想するに、ヒーリンキャッツ家やユライカナンからの可能性はある、と言っておこう」

「そういうの困るんだよなぁ」

「まぁ帝国は妾を持つことに対して特に禁じていない。女好きの貴族などには、何人も寵姫をはべらせている者も少なくはない」

 それを聞いて、ラムリーザはニバス先輩の顔を思い浮かべていた。あの先輩の周りには、いつも取り巻きの美人でいっぱいだ。ユグドラシル先輩などはからかわれているのを何度も見ている。

「どうしてもソニアを一番にしたいのなら、縁組を求めてきた者に対しては寵姫扱いにしてもかまわんぞ」

 ラムリアースの提案は、リゲルが言っていたことと重なって聞こえた。結局リゲルも、ロザリーンとミーシャを二人とも得てハーレムを作ることを、ラムリーザにも前例を作ってもらって合法的にしたいわけだ。もっとも帝国では、ハーレムを築くこと自体は、資産や当事者の理解さえあれば合法なのだが……

「ソニア以外のお嫁さんなんて考えられないなぁ」

「それもいいさ」

 ラムリアースは、三つ目の石を木の枝目がけて投げた。この石も木の枝の根元、同じ場所に命中し、枝は大きく揺れた。そろそろ貫通するのではなかろうか?

 力で砕くのとは違う。ラムリーザにとって、狙った一点に、同じだけの力を何度でも叩き込めることのほうが、むしろ恐ろしかった。

「ああそうだ、最後に一つ話しておくことがあった」

 ラムリアースは、四つ目の石をラムリーザの目の前でお手玉しながら話を続けた。

「これは万が一の事態に備えてのものだが、領地内にこの組織を作るのだ」

 お手玉をしていないほうの手で、懐から数枚の書類の束を取り出した。

 ラムリーザは表面を流し読みして「憲兵?」と尋ねた。憲兵なら少し前にリゲルから「クッピン王国の滅亡」という本当なのか嘘なのかわからないような歴史話を聞かされてから、真面目に組織したつもりだ。

「憲兵ではない、よく見てみろ」

 そこでラムリーザは、書類にじっくりと目を通す。そして読み終わると、ラムリアースに怪訝な視線を向けるのだった。

「こんな組織作る意味があるのかな?」

「あるのだ。意味がないに越したことはないが、意味が生まれる非常時に生きてくるのだ。表には出さずに、信頼できる人間を集めるんだな。もしもフォレストピアを転覆させようとする者が現れたとき、この組織がその者を秘密裏に葬り去るのだ。このように!」

 ラムリアースは力強く断言し、四つ目の石を投げた。すでに三つの石がめり込んでいる枝の根元へぶつかった四つ目の石は、それらの石をさらに奥へとめり込ませる。そしてとうとう最初に投げた石は枝の根元を貫通し、向こう側に弾き飛ばされるのであった。

 その直後、太い枝は根元から折れて、ドサッと重たい音を立てて地面に落下した。

「どうだ、薪が取れたぞ」

 ラムリアースは、にやりと笑ってラムリーザのほうを振り返った。

「す、すごい……。あ、いや、いろいろと情報とかありがとう」

 ラムリーザはちょっとした動揺を覚えたが、慌てて平静を取り繕った。石を投げて太い枝を叩き折るなんて初めて見た。それも四発同じ場所に命中させて。

「なぁに、フォレスター家発展のためさ。さて、そろそろ帰るか」

 太陽が西の海に半分ほど沈み、周囲も暗くなったのでラムリアースは立ち上がり、ラムリーザもそれに続いた。

 二人がコテージに戻ったときには、すっかり夜になっていた。

 去り際にラムリアースは、「これが、二人が夜を徹して語り合った最後の夜であった……」と言い残していった。

 ラムリーザは「語り合ったのは夜じゃなくて夕方だったし、フラグにならなくて残念だね」と、とりあえず突っ込んでおいた。

 兄と並んで海を見ていると、自分一人では気づかなかったことがいくつも見えてくる気がした。

 兄と話をして、なんだか少しだけ成長した気分になった日であった。

 夜を迎える前の穏やかな波の音は、兄との約束をそっと包み込むように、どこまでも深く島を満たしていくのだった。