ラムリーザ・サーガ フォレストピア創造記

The Ramlyza Saga – Forestpia Chronicle


ボーリング大会

帝国暦九十三年 盛歌の月・不死鳥の日(現代暦:七月下旬)

「そろそろ海で泳ぐのも飽きてきたわね」

 そろそろ二週間近く、南の島マトゥールで過ごしている。さすがにマンネリ化したのか、リリスはそうつぶやいた。

「何か別のことをするのはどうですか?」

 ロザリーンの提案を受けて、リリスはソニアたちを交え、まったく新しい遊びを考え始めるのであった。

 この日、男性陣はラムリアースの操るボートで沖に出て、船釣りに興じていた。ラムリーザも、たまには釣りでもしてみるかと同行していた。

 それで女性陣は砂浜に残り、何をしようかと雑談していたところだ。

 

「そうだわ、ボーリング大会をしましょう」

 今日もリリスが新しい遊びを提案した。先日のハッキョイで酷い目にあったソニアは警戒する。リリスのことだから、また何かよからぬ企みがあるのではないか、と。

「それはボールを転がしてピンを倒して、その数を競い合うゲームですか?」

 ロザリーンはリリスに確認する。しかしリリスは首を横に振って答えた。

「いいえ、それはボウリング。これからやるのはボーリング」

「何が違うんですの?」

 ユコには違いがわからなかった。声に出して聞くと、ほんの少し発音が違うだけだ。

「ボーとボウよ」

 リリスは説明するが、ソニアも「わかんない」と言った。そこでリリスは、木の棒で砂浜に文字を書く。ボーリング、ボウリングと。そして「ボーリング」の文字を指差しながら、「これよ」と説明するのだった。

「いや、ボーリングって穴掘り……」

 それなりに知識のあるロザリーンは、一番にその意味を汲み取って不審そうな視線をリリスに向ける。

「それじゃあボーリングに使う道具を探してくるから待ってるのよ」

 そう言い残して、リリスはコテージの離れにある倉庫へ、一人で向かっていった。

 

 残されたメンバーは、遠ざかっていくリリスに怪訝な視線を向けていた。

「穴掘り大会って楽しいんですの?」

 ユコは不安そうに尋ねる。するとミーシャが代案を提示した。

「それならゾンビごっこしよーよ!」

「なんですのそれは!」

 ゾンビという言葉にユコは拒絶反応を示す。

「ゾンビ役に噛まれないように逃げ回るの。噛まれたらその人もゾンビ役になって、全員がゾンビになるまで続くの」

「噛みつくのですか? 普通の鬼ごっこでよくありませんか?」

 常識人ロザリーンは、人に噛みつくという行為に抵抗があるようだ。

「タッチでもいいよ。でも鬼ごっこと違う点が一つ、ゾンビ役は走っちゃダメなの。全力疾走するゾンビって、それゾンビである必要ないよね。走るゾンビを出すぐらいなら、ミーシャなら狼男にするなぁ」

 ミーシャなりのゾンビ論を展開しながら、不気味なゲームのルールが語られていく。

「吸血狼男は?」

 ソニアは狼男という単語に反応して、いつもリリスに投げつけている言葉を尋ねてみた。

「呪われた血を引いた子が成長したらなるの」

 ミーシャの答えに、ソニアは「ふふっ」と笑った。どうせ後で、リリスを呪われた血を引く娘にしてしまうのだろう。単純なことだ。

「それじゃあミーシャさん、ゾンビやってみてごらん」

 ロザリーンは、リリスが戻ってくるまで暇なので、ミーシャのゾンビ演技を見て時間をつぶそうと考えた。もっともリリスが戻ってきても、ボーリング大会では盛り上がるかどうかはいまいち不明だが。

「の~みそをくれ~」

 ミーシャは、ロザリーンのほうへ両手を伸ばしながら、よたよたと近寄っていった。

「なぜ脳みそなのですか?!」

 ロザリーンは素早く後方へ飛び退きながら尋ねる。いくら可愛らしいミーシャでも、うつろな顔でよたよたと接近されては気味が悪い。

「脳みそを食べると、死人の苦しみがほんの少しだけ和らぐの」

 ミーシャは真顔になって、ロザリーンに解説した。

「気持ち悪いですわね!」

 その設定にユコは憤慨するが、ミーシャは今度はユコを標的に「の~みそ」と迫った。

 ユコは逃げ、ソニアも「なんかやだ! 脳みそなんておいしくない!」と言い張る。

「冷えた猿の脳みそとか、いかがですか? はるか西の国で、高級品として出されているみたいですよ」

「そんなの要らない!」

「では羊の脳みそはどう」

「ローザの脳みそ食べて賢くなる!」

 ソニアとロザリーンの会話をよそに、ミーシャはユコをよたよたと追い回す。ユコは運動は得意ではないが、よたよた近寄ってくるだけなので逃げ回ることができていた。

「うーん、ソフィーたんも手伝ってよぉ」

 ミーシャはソフィリータに援軍を要請した。よたよた追いかけるのがルールでは、ソフィリータが加わったところでその俊敏さは生かされないと思うがいかがだろうか?

 ソフィリータは仕方なく、脳みそ料理を勧めるロザリーンと、それを否定するソニアのところへ、おそるおそる近づいていった。

「どうしたのですか?」

 ロザリーンの問いに、ソフィリータは丁寧に答えた。

「えっと、あのぉ……まことに恐縮ですが、もしよろしければ、脳みそを頂けませんでしょうか?」

 ロザリーンはプッと吹き出して、ミーシャは「そんなゾンビがいるかぁ!」と叫ぶのであった。

 

 ちょうどそこへ、リリスが戻ってきた。

 その手には、直径十センチほどの鉄球が握られていた。かなり重そうだが、大砲の弾だろうか?

「の~みそをくれ~」

 ミーシャはリリスにもよたよたと詰め寄るが、リリスはミーシャに鉄球を押しつけて軽く押し返した。殴られたわけではないが、重たい鉄球で押されたミーシャは、後ろに尻餅をついてしまった。

「その玉でボウリングをするのですか?」

 ロザリーンは鉄球を見て尋ねるが、リリスは「ボーリング」とだけ答えた。あくまでボーリングをやるらしい。ルールはわからないが。
              
マトゥール島の砂浜で、リリスが砂浜に鉄球を叩きつけて穴を掘るボーリング大会を始め、女性陣が戸惑いながら見守っている場面
 リリスはそのままおもむろに振りかぶると、鉄球を砂浜目がけて叩きつけた。鉄球は砂浜にめり込んだ。再び鉄球を拾い上げると、同じ場所へ叩きつける。少しずつ穴は深くなっていく。五回ほど砂浜に叩きつけたところで、リリスは鉄球を拾い上げて一同を振り返った。

「こうして五回鉄球を砂浜にぶつけて、誰が一番深く穴を掘ることができるか競うのよ。これがボーリング、勝負しましょう」

「確かにボーリングしていますね……」

 ロザリーンは妙に納得していた。楽しいかどうかは置いといて、理屈は通っている。

「勝負というけど、負けた人はどうなるんですの?」

 運動が苦手なユコは、不安そうに尋ねた。罰ゲームとか用意されたらたまったものじゃない。

 しかしリリスは、くすっと笑いながら意味不明な罰ゲームを提案してくるのだった。

「最下位の人は、今日一日この鉄球をパンツの中に入れて過ごしてもらうわ」

「なにその変態!」

 ソニアはすぐにリリスの提案に噛みつく。リリスの作戦だと、なんらかの手段を用いて自分を最下位にするつもりなのだろうと、ソニアにも分かっていた。

「負けなければいいのよ。ほら、次はユコの番」

 リリスは、重そうな鉄球をユコに手渡す。鉄球を受け取ったユコは、それを抱えたまま前のめりになってしまうのだった。

「何これ、本当に重いですの!」

「重い鉄球を使って思い出を作る。ほら、あなたの思い……いえ、重い鉄球をぶつけなさい」

「なんなんですのもう……」

 ユコはなんとか鉄球を持ち上げて、砂浜に落とした。さすがにリリスのように叩きつける力はなかったようだ。しかし鉄球は、自然落下だけでも十分に砂浜にめり込む。それでもユコは、なんとか五回鉄球を拾い上げて同じ場所に落とすことができたのであった。

「う~ん、深さはどうやって測ろうかしら」

 リリスは、砂浜にできた二つの穴を見つめながらつぶやいた。

「次は誰ですの?」

 ユコは少し汗ばんだ顔で振り返った。鉄球は砂浜に埋まったままだ。

「あたしがやる!」

 ソニアは鉄球を砂浜から掘り出して持ち上げた。リリス並みに力のあるソニアは、鉄球をなんとか普通に持ち上げられるようだ。そしてリリスの動きを警戒しながら、鉄球を砂浜に叩きつける。

「ラムだったらこの鉄球も握りつぶしちゃうかも」

「それはさすがに人間じゃありませんの!」

 ゴム鞠ですら握りつぶされたら怖いのに、鉄球なんて握りつぶされた日には、とユコは本気で怖がっている。

「はい、五回叩きつけて穴を開けたよ。これが何なの?」

「これがボーリング」

 リリスはすました顔で答えた。本気で楽しいと思っているのだろうか?

 ミーシャ、ソフィリータと続き、最後にロザリーンが挑戦することになった。

「新しい遊びとは、偉い人が暇を持て余し、暇つぶしに始めたものが定着したものだと言われていますが、このボーリングは――」

 リリスは、砂浜に鉄球を叩きつけるロザリーンを凝視していた。先日のハッキョイでは、試合表に細工を施したものの、ロザリーンの運動能力を過小評価していたために自分の思い通りにはならなかったという経験がある。今回の勝負も、ソニアにだけは負けられないが、それ以上にロザリーンを警戒していた。

 鉄球は落とすだけでも腕に響き、同じ場所へ五回ぶつける頃には、ただの穴掘りが立派な重労働になっていた。

 こうして六人全員が鉄球を叩きつけ終わると、砂浜には六つの穴が開いていた。あとはこの穴の深さを調べて、誰の穴が一番深いか、一番浅いかで勝負がつく。

 しかし、鉄球を叩きつける力よりも鉄球自体の重さのほうが強く影響したらしく、どの穴も同じぐらいの深さになっていた。

「これは、物差しを使わないとわからないわね」

 リリスはしゃがんで間近で穴を見つめながらつぶやいた。

「最下位の人は、変態行動しなくちゃならないんですのよね……」

 ユコは、自分が最下位になったら逃げることにしていた。リリスの言うような、変態的な罰ゲームを受ける気にはなれない。

「どう? ボーリングは楽しんでいただけたかしら?」

 リリスは立ち上がり、皆のほうを振り返って言った。

「あんまりおもしろくなーい」

 真っ先に答えたのはミーシャだった。ユコよりも力のないミーシャは、一生懸命持ち上げて落としただけ。そう評価するのも仕方がないだろう。

「疲れただけですの」

 負けたときのことを考えて、ユコはリリスから少し距離を取りながら答えた。

「えっと、発展途上といいますか、いろいろと改良していけば、もっとよくなると思います」

 ソフィリータの意見は、オブラートに包んでかなり遠回しに言っているが、要はつまらないとのことである。

「普通にボウリングをしませんか?」

 ロザリーンはわりとストレートに言ってくる。ボーリングを評価していないことに変わりはない。

「ダメダメ、ボウリングをボーリングって間違える人がいるから、その間違えた先のほうをもっと有名で面白い遊びにしてしまうのよ。そうすれば間違えたからといって馬鹿にされることはなくなるわ」

 リリスはあくまでボーリングを流行らせたいらしい。しかしソニアはより辛辣なことを言い放った。

「根暗のリリスが考えることは暗いことばかりだから、リリスという人間がどれだけ考えても面白い遊びなんて生まれない。このボーリングも全然面白くないから、絶対に流行らない」

 むっとした顔を見せるリリスと、言い負かしてやったとドヤ顔のソニアが対照的だ。

 新しい遊びを作るのは自由だが、自由だからといって面白くなるとは限らない。ボーリングはそのことを、身をもって教えてくれる競技になった。

「それではあなたが責任を取りなさい」

 リリスはそう言い残して、鉄球を倉庫に片付けに向かった――

 

 ――かのように見えたが、ソニアとすれ違う瞬間に、素早い手つきでソニアのパンツの中に鉄球を忍び込ませたのだった。いつもの短いミニスカートなので、隙を突くのはたやすかった。

 鉄球の重みで、ソニアのパンツは足首までストーンとずり落ちた。

「なっ、なっ?!」

 ソニアは突然パンツがずり落ちたので、慌てて引き上げる。しかし鉄球が入っているので手を離すと再び足首のところまで落ちてしまった。

「ふっ、ふえぇっ……パンツが落ちる!」

「鉄球を取り出せばいいのに……」

 その様子を見たロザリーンは、呆れたように言った。しかしリリスはすぐに「お静かに」と言って、ロザリーンを黙らせた。

 その間にも、ソニアはパンツを持ち上げては、また落とすことを繰り返しているし、罰ゲームを免れたミーシャとユコは大笑いだ。

「パンツが落ちないように、しっかりと手で持ってたらいいんじゃないかしら?」

 リリスもニヤニヤしながら、ソニアにアドバイスのようなものをしている。

 ソニアはものすごく慌てた表情で、ずり落ちて仕方がないパンツを両手でしっかりとつかんでいた。数分後、鉄球が入っていることに気がつくまで――。

 遠くの水平線に沈みかけた太陽が、騒がしいビーチを穏やかなオレンジ色に染め上げていく。鉄球を使ったおかしな穴掘り大会の跡を、満ちてきた波が優しく消し去るように、南の島の涼しい風が吹いていた。

 しかしソニアが何をやっているのだか、さっぱりわからない。

 ……馬鹿だね、ほんと。